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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
間章 魔法使いと奇妙な隣人
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馬車内にて

 翌朝、シリウスは雨が降るなか学校までの路地を小走りで進んでいた。


 この世界にもある天気予報では一日快晴とのことだったが、完璧に外れてしまったようで、家を出てからしばらくしてぽつぽつと雨が降り始めて次第に強くなっていたのだ。


(やはり念のために傘を持っていくべきだったか)


 玄関先から空を見上げた時に雲の流れが速かったので気になっていたが今更後悔しても仕方ない。


 シリウスはできるだけ急いだがますます雨が酷くなってきたので街路樹の下に一時的に避難することにした。

 周囲を見回すと同じように閉まっている商店の軒先などに身を寄せている人々が散見された。


(この分だと今日の合同演習は延期になるかもしれないな)


 演習は午後からであったが、それまでに雨雲が過ぎ去ってくれるかは微妙なところで、もし中止になれば楽しみしていた友人が落胆するだろう。


 この天気のようにどんよりと落ちこんだ友人の姿を想像していると、目の前の街路をゆっくりと走行していた豪華な馬車がシリウスの前で停止した。


 シリウスが不思議に思っていると、目の前で馬車の窓が開かれ、魔導学校の制服を着た白い髪の少女がひょっこりと顔を出した。


「あの、隣に住んでいるマーシャルさんですよね」


「そうだが……」


 シリウスがまさに昨日友人との話題に上がったばかりのソラ・エーデルベルグが話しかけてきた事と、自分を知っていた事の二重の意味で驚いていると、少女は気さくな表情で馬車内を指し示してみせた。


「よければ馬車に乗っていきませんか? 当分雨が止む気配はなさそうですし」


「いや、しかし……」


 さすがにシリウスがためらっていると、今度はソラと同じ制服をまとった金髪の少女が馬車の扉を開いて手招きした。


「お隣同士ですし、遠慮なんかいらないですよ。ささ、どうぞどうぞ」


 確かソラの妹のマリナだったか、やたらと元気に誘ってくる少女の勢いに半ば押されてシリウスは馬車へと乗り込むことになったのだった。


 シリウスが礼を言いながら並んで座っている姉妹の向かいに腰掛けると、隣にいたミアと名乗った黒髪のメイドがタオルを手渡してくれた。


(それにしても高そうな馬車だな)


 タオルで湿った髪や制服を軽く拭きながら馬車内に視線を向けると、四人が座ってもまったく窮屈に感じないほど広々とした室内はさながら高級ホテルのような内装であり、脇には菓子や飲み物やボードゲームなどが置かれてあり至れり尽くせりであった。


(前世で例えるなら高級リムジンのようなものか)


 シリウスがマーシャル家の全財産を注ぎ込んでも所有できるか分からんなと考えていると、背後の小窓を開いて御者と会話していたソラが尋ねてきた。


「行き先は騎士学校でいいですよね」


「そうだが、本当にいいのか? 魔導学校から少し離れてるし、遠回りすることになるが」


「大丈夫ですよ。うちの姉は几帳面なのでいつも必ず余裕を持って行動してますから」


 ソラの代わりにマリナが笑顔で答えると馬車が再び動き出した。


(しかし、妙な事になったものだ)


 シリウスは馬車の窓から雨が打ちつける路地を眺めつつ、これまでほとんど接点のなかったエーデルベルグ家の馬車に乗り込むことになるとは人生とは何が起こるか分からないものだと思った。


 向かいで仲良く会話している姉妹にシリウスは何気なく視線を向ける。


 絹のような白い髪をしたソラとウェーブした明るい金髪のマリナは、まだ幼いとはいえ前世でもお目にかかったことがないほど整った顔立ちをしており、こうしているとまるで精巧な人形が並んでいるようで友人が騒ぐのも無理はないように思えた。


(もし友人が知ったら羨ましがるだろうな)


 あの友人のことだから細かなところまで話すよう詰め寄ってくるに違いなく、それを聞きつけたクラスメイト達も食いついてきそうである。


 面倒なことになりそうなのでこの事は黙っていようかと考えていると、向かいのソラとふと目が合ったので気になっていたことを訊いてみた。


「不躾な質問かもしれないが、よく俺のことが分かったな? これまで少し挨拶をした程度だと思うんだが」


「お隣ですからもちろん知ってますよ」


 ソラはこともなげに返すが、一口に『お隣』と言っても広大なエーデルベルグ家の敷地と隣接する家は相当な数にのぼるはずである。


 それら全ての住人の顔を覚えているとしたら驚きだが、そもそも彼女たちほどの上流階級の人間がシリウスのような一般人を記憶に留めていたことが意外であった。


 単に名家の子女というだけでなく、魔導士がそうでない人間を見下したりすることはよくある話であり、ましてソラとマリナはエーデルベルグ家の令嬢であるので勝手に近寄りがたいイメージを思い描いていたのである。


 しかし実際には、その物腰などに優雅さを感じるものの、こうして彼女たちの様子を眺めているとどこにでもいそうな仲良し姉妹で、シリウスに対する態度も近所の顔見知りとそう変わらないものであった。


(よく知りもしない人間を想像だけで決め付けるのはよくないな)


 シリウスが心の中で軽く反省していると、マリナが大きな目をくりくりさせながら見つめてきた。


「シリウスさんは騎士学校の生徒なんですよね。授業ではどんなことをするんですか?」


 見た目の印象そのままに好奇心旺盛らしいマリナの質問にシリウスは色々と学校のカリキュラムなどを説明してみせる。


 マリナはふんふんと興味深そうに聞いていたが特に騎士が扱う武器について関心を惹かれたようだった。


「馬上槍かあ。少し興味あるんだよね。颯爽と馬を乗りこなしながら敵を槍でばったばったと薙ぎ倒すとか格好いいかも。今度お祖父ちゃんの所に来るお弟子さんの誰かから教えてもらおうかな」


「やめときなさい。いくらマリナでも腕がもたないよ」


 えいと槍で突く真似をするマリナにソラが冷静にツッコミを入れるが、少女の細腕ではまともに持ち上げることすらできないだろうとシリウスはその無邪気な考えに心中で苦笑する。

 そもそも魔導士である彼女が武器を持って戦うことなど一生ないだろうし、むしろ騎士などから守られる側の人間なのだ。


 まさかマリナが元魔導騎士団団長である祖父や現役の魔導騎士たちから剣術を習っているとは露ほども思わないシリウスがそう考えるのも無理なからぬことであった。


 その後もマリナは騎士学校についてあれこれ聞き出していたがふとといった様子で訊いてきた。


「学校に通ってるってことは、やっぱりシリウスさんも将来は騎士になるんですよね」


「ちょっと、マリナ」


 ソラが無邪気に尋ねる妹をたしなめるがシリウスは思わず素直に答えていた。


「……いや。両親には悪いが騎士になるつもりはない。他にやりたい事があるんだ」


「そうなんですか。でも自分の進みたい道が一番ですよね」


 にっこりと笑うマリナを見てシリウスは不思議な感覚にとらわれる。

 どこか昔の記憶を刺激されたような気がしたのだ。


 なんにせよ友人以外には喋っていない事をあっさりと明かしてしまい、この少女はだいぶ聞き上手のようだと思っていると、当の本人は隣にいる姉をなにやら催促するようにつついており、やがてソラが観念したように口を開いた。


「あの、質問ついでにもうひとつ尋ねたいことがあるんですけど、シリウスさんの家はもしかして東方と関係があるんですか?」


「ああ、マーシャル家は何代か前に東方から移住してきた一族なんだ」


「なるほど……。目と髪が両方黒い方はエレミアではあまり見かけないので以前からちょっと気になってたんです」


「エレミアに居を構えるようになってからだいぶ経つし、今では家族の中で黒目黒髪は俺だけだが」


 東方ではポピュラーだがエレミアではわりと珍しい容姿なので少女の目を引いたのだろう。

 これまでも何人かの同級生から似たような事を言われたことがある。


「私たちは何だかんだで東方の血筋を引く人間に縁があるもんね。ミアだってそうだし」


 マリナの言葉にシリウスが隣に目を向けると、これまで静かに座っていたミアが目を伏せて軽く頷いてみせた。

 確かに改めて観察すると自分によく似た容姿をしている。


「お姉ちゃんのお師匠さんも東方出身だしね。というかこの前クオンさんが去ってからお姉ちゃんが微妙に寂しそうにしてるんだよねえ」


「余計なことは言わなくていいから!」


 わずかに頬を赤くしたソラが妹の口を塞ごうとすると、マリナはさっとかわしながら逆に姉に抱きついてじゃれつき始めた。


 その騒がしいというか仲睦まじい姉妹の様子を見ていたシリウスはかすかに笑みを浮かべながら既視感を覚えていた。

 片方の性別こそ違うもののかつて自分が親しくしていた兄妹もこんな感じでいつも仲が良かったのだ。


(ここでなくてもどこかの世界であの二人がこんな風に仲良く暮らしていればいいんだが……)


 シリウスが目を閉じてかつての兄妹の姿を思い浮かべていると、ひとしきり姉をいじくって満足したマリナがぽつりと漏らした。


「それに、私たちが黒目黒髪の人が気になるというか親近感を覚えるのは当然かもだし」


 意味が分からずシリウスが訊き返そうとすると、マリナは何かを思い出したように突然ぽんと手を打ち合わせた。


「そういえば今日騎士学校で合同演習があるんですよね。お姉ちゃんも初めて参加するんですよ」


 何かはぐらかされた気もするが、シリウスはそれ以上気にすることもなく、昨日友人が目の前のソラをはじめ何人かの初等科の生徒が参加することを興奮気味に語っていたのを思い出す。


「もしかしてシリウスさんも参加するんですか?」


「その予定だったが、この天気だと中止になるかもしれないな」


 馬車の窓から外を覗くといまだに雨が降り続けており、むしろ先程よりも勢いが強くなっているようだった。


「そっかあ。残念だなあ……。でも、もし予定通り演習が行われたらお姉ちゃんとペアを組んであげてくれませんか? お姉ちゃんも顔見知りの人と組んだ方が気が楽だろうし。その時は優しくリードしてあげてくださいね! むふふ」


「何言ってんの、あんたは……」


 ソラが呆れたように息を吐くが、シリウスは苦笑しつつも一応頷いておいた。

 はっきり言って有名人と組んで目立ちたくはないのだが、マリナなりに姉を心配しているのだろうと察したからである。


 それから他愛のない世間話をしていると馬車が騎士学校に到着し、執事姿の御者が正門から死角になっている場所に馬を停止させた。

 どうやらこちらが何も言わなくても注目を浴びないように気を遣ってくれたようで、さすがにエーデルベルグ家で働く使用人だけのことはあった。


 シリウスがソラ達に礼を述べてから降りると馬車は魔導学校に向けてゆっくりと走り出す。


 しばらくシリウスは雨の中馬車を見送っていたが、目敏い友人あたりに見つからないよう教室に向かって足早に歩き出したのだった。

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