第17話
かつてバルバロイが拠点にしていた半壊した建物やその周辺では多くの兵士が慌しく動いていた。
キメラが倒されて当面の脅威はなくなったものの、周囲の警戒に負傷者や捕縛した海賊たちの船への移送などやることは山ほどあるのだ。
「それでは、私たちはこれからアンナさんの救出に向かいます」
「なにとぞ姫様の事をお願いします。沖には出られないでしょうが、念のためこちらでも出航の用意を整えておきますので」
準備を整えたソラとマリナは深々と頭を下げるパトリックやその背後のアンジェリーヌの部下たちに頷く。
初老の副官も幼少の頃から見守ってきた主のもとへ駆けつけたかったろうが己の役割を理解しているようだった。
「アイラもあとはお願い。もう大丈夫だと思うけど海賊が妙な真似をしないように見張っててよ」
ソラはすでに兵士たちが制圧した海賊船へと順番にぞろぞろ歩いていく海賊たちを眺める。
テオドールの操るキメラに殺されかけた時点で戦意を失っていたようだが、なにより敵をほとんどひとりで倒してしまったアイラに畏怖を抱いているようで反抗する心配はないと思われた。
他にも海賊の頭の個人的な理由もあるようだったがそっちはあまり考えたくない事である。
「……うう、承知しました」
対してアイラは断腸の思いで送り出すかのような表情で渋々頷いた。
生死不明だった姉妹とようやく再会できたのにすぐにまた離れ離れになるのを良しとせずごねていたのだが、キメラとの激しい戦闘の直後で体力が低下している彼女を連れてはいけないと判断して残ってもらうことになったのだ。
「そうだね。アイラがいてくれると助かるけど無理して倒れたら大変だし。でも、私も武器がないと不安かなあ」
「それでは姫様のレイピアをお持ちください。兵士たちが使っている武器よりも頑丈でお役に立てるかと」
ソラを助けるために自身の大剣を海に捨てざるを得なかったマリナにパトリックが海賊から没収されていたアンジェリーヌの剣を差し出す。
細身で軽いレイピアは妹の好みではないだろうが強度は申し分なさそうだ。
「ありがとう、パトリックさん! けど、アンナさんがどうなったか心配だよ。テオドールもとんでもない怪物を起こそうとしてるみたいだし」
「すぐにはキメラを起動できないみたいだから今は祈るしかないね」
船の墓場でテオドールの部下から聞き出した情報によれば、長い間水槽の中で眠っていたキメラを起動させるには相応の時間がかかるらしい。
アンジェリーヌを助け出すことが最優先だが、大事になる前にテオドールの野望も阻止しなければならない。
「さあ、ジョシュア様もこれを」
パトリックは続いてジョシュアが持っていた細身の剣を渡そうとしたが、本人は首を横に振ってぽつりと言ったのだった。
「……僕は行かない」
「ジョシュアさん!?」
驚いたマリナが信じられないという風に声を上げるが、ソラもてっきり一緒に助けに行くものと思っていたので意外な気持ちになった。
正直戦力としては期待できないものの、ひと通りの事情を知った今、彼が望めば同行を拒否する理由などないからだ。
「ジョシュア様……」
「……僕じゃ足手まといにしかならないよ。皆がこんな目に遭ったのも僕のせいだし、さっきだってマリナたちに助けてもらわなければ山の中で人知れず死んでいたかもしれない」
ジョシュアはぽつぽつと胸の内を明かす。
「……本来なら僕がアンナを逃がすべきだったのに、僕はだた茫然と突っ立っているだけだった。いつもそうだ。僕は守ってもらうばかりで何もできない。……僕にはアンナを助けに行く力も資格もないんだ」
ジョシュアが口をつぐむと近くで聞き耳を立てていたらしい海賊の頭が口を挟んできた。
「なんかよく分からんが、男なら大事な女を助けに行くべきだぜ、少年!」
「……いいから、お前は黙っていろ。そのヒゲを全てこそぎ落とすぞ」
いい笑顔でぐっと親指を立てた海賊の頭だったが、背後からアイラに双剣をひたりと顎に当てられると顔を青くして黙り込んだのだった。
それから余計な口を出した海賊の頭が連行されていき、しばらく場が沈黙に包まれたままでいると、すっとマリナが歩み出てパトリックに手を差し出した。
「それじゃあ、その剣は私に預からせてください。私からアンナさんに渡しておきますから。いいですよね、ジョシュアさん」
「マリナ様?」
その突然の申し出にパトリックが驚きジョシュアも顔を上げるとマリナは静かに続けた。
「その剣は次期女王を守るために贈られるものなのだと船でパトリックさんが教えてくれました。ジョシュアさんはそれを放棄するんだからもう必要ないはず。だから私が返しておきますよ」
マリナの強い口調にジョシュアは押し黙り、ソラも普段あまり見られない妹の姿に内心驚いていると、しばらくして様子を見守っていたパトリックが口を開いた。
「……本来なら臣下として危険な場所に向かわせるべきではないのでしょうが、私もジョシュア様に姫様を助けにいってほしいと思いますよ。……ジョシュア様はなぜ姫様がこの剣をお贈りになられたかご存知ですか?」
「……どういうことだい?」
途中から話が変わってジョシュアが戸惑っていると、パトリックは持っていたあまり飾り気のない剣を抜いてみせた。
「本当はもっと豪華で重量のある剣にもできたのです。しかし、姫様はこの剣のように一見細くて頼りなくともしなやかで芯の通った男になってほしいと願って贈られたのですよ」
「アンナがそんな事を?」
ジョシュアが驚いているとパトリックは頷いた。
「ジョシュア様は幼い頃はお身体が少々弱く、それゆえ初代女王アンナの危機を何度も救った英雄バルバロイに憧れておいででしたが、姫様はバルバロイではなくジョシュア様なりに少しずつ強くなってほしいと考えておられたようです」
「……アンナはいつも僕の心配ばかりであまり期待されていないように感じていたんだ。暗に不適合だと言われているようで」
「姫様は昔からジョシュア様に甘かったですからな。ですが、選定に陛下や他の貴族が関わってくるとはいえ、最終的に決めるのは次期女王である姫様自身です。本当に相応しくないとお考えならこの話を受けたりしませんし、しばらく保留にすることもできたはずなのです。姫様は真っ直ぐで正義感の強いジョシュア様を信頼されているのですよ」
「…………」
黙り込むジョシュアにパトリックは続ける。
「それに、あのバルバロイでさえ当初は元海賊ゆえに女王の伴侶になるには相応しくないという声が少なからずあり、なかには革命を成功させた功績でさえ好きに暴れ回った末の偶然だと陰口を叩く者もあったのだとか。しかし、バルバロイは黙々と国の発展のために尽力して少しずつ否定的な人間からの信頼と評価を勝ち取っていき、現在は彼を誇りに思うことはあっても悪口を言う者はほとんどおりません」
パトリックは剣を鞘に収めるとジョシュアを見つめる。
「まして、まだ学校を卒業されたばかりのジョシュア様が資格を口にするのは少々早い気がします。差し出がましいかもしれませんが、あなたはまだこれからの人間であり、今大事なのは意志を示す事かと」
そう言ってパトリックが口を閉じ、しばらく皆がうつむいたままのジョシュアの決断を見守っていると、やがて金髪の少年は顔を上げてぽつりと言ったのだった。
「……僕も行くよ。アンナを助けに」
「ジョシュアさん!」
マリナが歓喜の声を上げるとジョシュアは少し照れくさそうに礼を言う。
「……ありがとう。あのまま諦めていたら僕は一生後悔するところだったよ」
どうやらパトリックの話を聞いて吹っ切れたようで、先程まで自信を喪失していた瞳には決意の色が宿っていた。
パトリックも笑みを浮かべながらジョシュアに剣を手渡す。
「ジョシュア様、お気をつけて。姫様を連れて皆で帰ってきてください」
「うん。パトリックも本当にありがとう。必ず助け出してみせるよ」
ジョシュアは頷くと受け取った剣を強く握りしめたのだった。
※※※
ソラたちがアンジェリーヌ救出に向かった頃、テオドールたちは海底研究所内にある大きな扉の前で足止めを食っていた。
この施設で最も重厚で威圧感のある扉を見た時は、普段冷静なテオドールもいよいよこの時が来たのだと興奮を抑えきれずにいたが、最後の扉の解除に思いのほか時間がかかっていたのである。
「本当に大丈夫なんだろうな。ジョシュアは殺さずに連れてくるよう命じているが……」
「大丈夫だって。バルバロイがいじくった扉は地上のひとつだけだ。手記にもそう書いてあったろ」
お預けを食らった状態のテオドールが少しきつく問うと、扉の横で操作していた長身の黒ローブが軽い口調で答えた。
テオドールの部下にしてはなんとも飄々とした受け答えであったが、実はこの男だけは他の黒ローブとは違っていわば協力者のような立場なのである。
出会った時に考古学者だと名乗ったこの若い男は、テオドールたちが『幻影の島』や遺跡について調査している時に一体どこから嗅ぎ付けたのか、古代の言語や魔導技術に精通している専門家だから手を貸そうと突然接触してきたのだ。
むろん、テオドールはこちらを見透かしているような得体の知れない男を大いに怪しんだものの、当時苦戦していたバルバロイの手記や研究所の資料をあっさりと解読し、海底研究所に続く高度な技術によって造られた扉のセキュリティ端末の操作なども苦にしなかった事から、表向きは配下のひとりという形で仲間に加えることにしたのである。
実際、この男が手伝うようになってからは作業スピードが飛躍的に上がり、キメラの制御キーの発見などを含め、ここまでスムーズに事を運べたのは彼のお陰だと認めざるを得ないだろう。
ただ、協力の見返りは海底研究所の保管庫にあるかもしれないとあるアイテムを探すだけでいいらしく、何を要求されるか警戒していたテオドールも思わず拍子抜けしたくらいで、いまいち意図が掴みづらい男ではあった。
しばらくして無事に扉のロックが外れると、操作を終えた自称考古学者の男は振り向いてフードの影からテオドールに視線を向けた。
「ほら、最後の扉も解除したぜ。あとはそこの大きなボタンを押すだけだ。これで俺の仕事は全て完了したし、これからは約束どおり好きにやらせてもらう」
「ああ。これまでご苦労だったな。ひとりだと手間取るだろうから部下二人を連れていくといい」
そう言ってテオドールが目配せすると、残りの部下たちがもう歩き始めている考古学者の男を追いかけていき、やがて三人は通り過ぎた部屋のひとつに消えていった。
テオドールは最後まで理解しがたい男だとその背中に冷めた視線を向けていたが、すぐに気分を切り替えて目の前の扉に触れる。
「結局、あなたは何がしたいのです。そのような危険なものに手を出してもいずれ身を滅ぼすだけです」
硬い表情で成り行きを見ていたアンジェリーヌの問いにテオドールはそろそろ頃合だと考えた。
本来は間抜けな元主君であるジョシュアと一緒に驚愕させる予定だったのだが。
「キメラは私の目的を叶えるための道具に過ぎませんよ。もともとあなた方には最後に教える予定でしたが、その前に改めて名乗らせてもらいましょう。私が公で名乗っている苗字は偽名で、本名はテオドール・ライール・ド・エスターライヒといいます」
「……エスターライヒ? まさか……」
その名前に心当たりがあったらしいアンジェリーヌが驚くと、この瞬間を待ちわびていたテオドールは手を広げてみせた。
「そうです。私はあなた方の祖先である初代女王アンナと海賊バルバロイに滅ぼされた前王国の統治者エスターライヒ王家の生き残りですよ」
「そんな……。かつての王族は革命時の戦いでみな命を落としたと」
「記録ではそうなっていますが実際にはひとりだけ生き残った少年がいたんですよ。そして慈悲のつもりか、アンナとバルバロイは表向きは王族は死に絶えたとしながらも民衆には内緒で彼を国外へと追放して生かしたんです。私はその少年の子孫になります」
テオドールは思わぬ真実を知り動揺するアンジェリーヌを見て暗い悦びを覚える。
「もうお分かりでしょう。私の真の目的はたかが地方貴族と薄汚い海賊風情に簒奪された王座を取り戻すこと。そのために我が一族は名前を変え密かにこの国へと舞い戻りずっと機会を窺っていたんですよ」
テオドールの先祖たちは何百年もの間ずっとかつての王国を復活させるために生き続けてきたが、一度国外へと追放され庶民にまで落ちぶれてしまった一族が返り咲くのは容易ではなかった。
幼い頃から己の本来あるべき地位と使命を教え込まれてきたテオドール自身も、宮廷魔導士として王宮に入ったりジョシュアに取り入ったりしたものの心のどこかでは叶わぬ夢だと諦めていたのかもしれない。
だが、ジョシュアがバルバロイの手記について相談を持ちかけてきた時から風向きは変わり、解読した中身を知った時は遂に一族の無念を晴らす好機が訪れたのだと興奮で夜も眠れなかったくらいだ。
「……正気とは思えませんね。あなた方が王座を追われたのは民を不当に虐げ自らの享楽を優先させたからでしょう。それにキメラを使って国を支配できると本気で考えているのですか?」
「民草にとってある程度の生活さえ保障してくれれば支配者が誰だろうがそこまで気にしないものですよ。私はかつての先祖のような失敗はしません。適度にアメとムチを使い分けて支配するつもりです。海の藻屑と消えたエーデルベルグ家の姉妹のように、邪魔者であるあなた方現王族を根絶やしにしてね」
テオドールの言葉にアンジェリーヌは嫌悪したように眉をひそめたが、
「……『エーデルベルグ家の姉妹のように』とはどういうことです。そういえば昨夜も突然勝負を挑んだそうですけど彼女たちに何かあるのですか?」
「別に彼女たちがどうこうではなく、単に目障りだったから消えてもらったまでですよ」
「だから卑怯にも不意打ちしてあの少女を海へ落としたというのですか!」
怒りの目を向けてくるアンジェリーヌにテオドールは冷めた視線を向ける。
生まれながらにして頂点の座が約束され何不自由なく生きてきた王女には分かるまい。
這い上がるためにこれまで血を吐くような思いをしてきた自分にとって手段を選んでなどいられないからだ。
『至高の五家』に対する敵愾心はあったが、それで計画に影響を与えるほど幼稚ではないつもりである。
今回、テオドールの計画を成就させるための最大の障害は間違いなくエーデルベルグ姉妹だった。
彼女たちが相手ではキメラと海賊を用いた海上の戦闘であっても確実に勝利を収められるとは言い切れず、本来ならいなかったはずのあの二人をいかに排除するかというその一点に頭を悩ませたものだ。
いくつかの細かな計画の修正を余儀なくされたものの、狙い通り隙ができてピンチに陥ったソラ・エーデルベルグは最後の一押しをするだけでよく、妹の方は愚かにも海に落下した姉を追って姿を消し、結果的にテオドールが考えていたよりも上手く処理する事ができた。
ただ、アンジェリーヌにはいちいち説明するつもりはないが、ソラ・エーデルベルグに関しては個人的な感情が全くなかったといえば嘘になる。
あれは数年前、テオドールがエレミアに留学していた頃のとある勝負に理由があった。
当時、留学先のエルシオン魔導学校中等科でトップクラスの成績をおさめていたテオドールにとって、目の上のたんこぶだったのが同じクラスにいたローゼンハイム家の少年とピースフィールド家の少女であった。
ともに『至高の五家』の一角をなす名門出身の二人は同世代の中でも抜きん出た才幹を持っており、初めて太刀打ちできないと悟らされた相手だった。
特に冷たい水色の瞳に貴族然とした立ち居振る舞いのローゼンハイム家の少年はあからさまにテオドールを見下しており、才能の差を痛感しながらもいつか一矢報いようと密かに対抗心を燃やしていたものである。
そして、テオドールの留学期間が終了する前にソラと行った例の的当てゲームを申し込んだのだ。
多くのギャラリーが見守るなか行われた勝負は中盤まではほぼ互角の攻防が続いたが、終盤に差し掛かったところで力の差が如実に現れ始め、焦ったテオドールはここで大きなミスを犯してしまった。
こちらの攻撃を苦もなく蹴散らしていたローゼンハイム家の少年が嘲笑する様を目の当たりにし、相手が余力を残したまま遊んでいる事に気づいたテオドールは思わずカッとなってしまい、両手に用意していた魔弾に制御できる許容量をはるかに超える魔力を込めてしまったのである。
テオドールが我に返った時にはもう遅く、そのまま制御を離れてしまった魔弾のひとつが至近距離で暴発し、自身の右顔面から肩口に大きなダメージを与えてしまったのだ。
周囲が騒然となる中、テオドールは気の遠くなるような激痛とミスを犯してしまった動揺とで頭が真っ白になったものの、まだ危機が去ったわけではなく、続いてもうひとつの魔弾も弾けそうになった。
審判の処置も間に合いそうになく、見ていたギャラリーもすぐ先の大惨事を予感しただろうが、ここで誰もが予想しない出来事が起きたのだ。
魔弾が炸裂する瞬間、どうすることもできないテオドールが命の危険すら感じていた時、突然遠くから一条の閃光が走って暴発する寸前の魔力の塊を消し飛ばしたのである。
すぐそばの自分を傷つけることなく魔弾のみを速やかに排除した魔導にテオドールは驚愕し、ざわめくギャラリーたちが注目する先に視線を向けると、そこには初等科の制服に身を包んだまだ幼い少女が立っていたのだ。
偶然中等科に来て観戦していたらしいその生徒は、空色の瞳に白い髪を肩まで切り揃えた目を引くような美しい少女で、普段縁のないテオドールでも知っている有名人だった。
対戦相手の少年と同じく『至高の五家』のひとつであるエーデルベルグ家の長女であり、魔導学校に主席入学した神童と呼ばれているその少女――ソラ・エーデルベルグは周囲の賞賛の声を浴びながら呆然とするテオドールに歩み寄ってこちらを気遣ってきたが、急いで駆けつけた医療班の言葉も含めもはや耳には何も入ってこなかった。
ローゼンハイム家の少年に完敗した上に無様な姿を晒し、己よりずっと年下でありながらすでに魔導士として上を行っている少女に助けられたテオドールの自尊心はずたずたになっていたからである。
そして、この瞬間、少女に命を救われた事などもはや関係なく、『至高の五家』の魔導士は忌々しい王族たちと同じように邪魔な存在であるとテオドールにはっきりと刻まれ、完全な敵意へと昇華したのだ。
今考えれば小さい頃から溜め込んできた鬱屈とした感情の格好の矛先となった面もあるのかもしれない。
それから数年の時を経て再会したソラ・エーデルベルグはテオドールの事を完全に忘れているようだった。
あの時は顔面血まみれだったということもあるが、遥かな高みに立っている少女からすれば、死にかけている哀れな留学生をたまたま助けた程度の認識で歯牙にもかけていないのだから当然だろう。
(結局、あの姉妹は運がなかったということだ。この時期にサンマリノを訪れなければ死なずにすんだろうに)
もともと目障りだったエーデルベルグ家の人間が計画の障害になるならば、どんな手を使ってでも排除する事に何のためらいも感じないのは当然である。
哀れみをかけた相手から手痛いしっぺ返しを喰らったわけだが、かつてテオドールの先祖に同じことをしたアンナとバルバロイもこれから同じ目に遭うのだ。
テオドールは最後の扉を開くべく大きな赤いボタンを押すと、大きな扉がゆっくりと左右に開いていき、部屋の奥の巨大な水槽の中に眠っている生物が徐々に見えてきたのだ。
「こ、これが……」
「資料によれば、このキメラは古代魔法帝国の支配者たちが逆らう者を殲滅するために造った究極の兵器だそうです。あなた方逆賊を滅ぼすのに相応しいじゃありませんか」
圧倒的な存在感を放つキメラを目の当たりにしてアンジェリーヌが絶句し、テオドールは歓喜の表情を浮かべながらゆっくりと部屋を進んだ。
「さあ、我が一族が再び頂点に返り咲く時だ」




