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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
四章 魔法使いと幻影の島
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第16話

「お姉ちゃん! あれ見て!」


「あれは……もしかして、ジョシュアさん!?」


 難破船を探索していたソラとマリナが突然聞こえてきた爆音を確認するために外へと出てみると、内陸にある森の方で派手な粉塵と木々の間を逃げ惑うジョシュアの姿を目撃したのである。


 よほど必死に駆けずり回っていたのかジョシュアは全身泥だらけになっており、そんな彼に向かって少し離れた位置からテオドールの部下である三人の黒ローブたちが狩人よろしく攻撃を容赦なく繰り出していた。


 黒ローブたちの手には筒型の魔導具らしきものが握られており、魔導が扱えないこの島においてその武器から発射される炎の塊で遠距離攻撃しているようだ。


「あいつら、やっぱり敵だったんだね!」


 マリナが憤慨しながら走り出しソラもそれに続く。


 二人はまだ気づかれていないアドバンテージを生かし、視界の悪い森を気づかれないよう気配を殺しながら接近すると、一気に死角から油断している黒ローブに襲い掛かった。


「な、何だ!?」


 喜悦の表情を浮かべながらいたぶるようにジョシュアを攻撃していた黒ローブ二人は、突然左右から飛び出してきた影に身体を強張らせると、そのままソラとマリナに拳打を打ち込まれて気絶する。


「お、お前ら!?」


 残ったひとりがソラたちの顔を見てぎょっとするものの、かまわず二人が間合いを詰めると慌てて手に持っていた武器を構えようとしたが、結局間に合わずにマリナの飛び蹴りを顔面に喰らって倒れ込んだのだった。


 黒ローブ三人が完全に気絶したのを確認し、ソラとマリナは呆けたように戦闘を眺めていたジョシュアのもとに駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


 ソラは地面にへたり込んだままのジョシュアに声をかけるが全く反応がなく、もしかしてどこか怪我でもしたのかと心配していると、しばらくこちらを見上げたまま微動だにしなかった金髪の少年がぽつりと呟いたのだった。


「き、君たち、生きていたのか……」






「――なるほど。そんな事になっていたんですね」


 難破船の休憩場所へと戻ってきたソラたちはかすり傷程度で済んでいたジョシュアからひと通り事情を聞き想像以上に事態が深刻なことを知った。

 テオドールの裏切りやこの島の秘密など驚くことばかりだがあまり悠長にしている暇はなさそうだ。


「早くアンナさんを助けに行かないと。でも、あのテオドールって人は何が目的なんだろ。遺跡の奥にあるものも気になるし」


 まずは体力を回復させなければと、マリナが温め直したカニ鍋のスープ入りカップをジョシュアに渡しながら疑問を口にする。

 現時点では情報不足なので分かりようもないが、少なくともキメラ研究所なんていう物騒な建造物の地下にあるものがまともなものだとは思えず、はっきり言ってかなりやばそうな予感がする。


「それにしても、ジョシュアさんが無事でよかったですよ」


「……ああ。アンナが身を挺して助けてくれたからね」


 聞けば研究所を脱出できたのはアンジェリーヌの機転によるもので、縦穴を転げ落ちた先は運よく外に通じていて山の麓辺りに出たのだそうだ。

 地面には古びた道具やらゴミが大量に積み重なっていたらしいが、どうやら壁に空いていた穴とはダストシュートのことだったらしい。


 ただ、ショックな出来事の連続だったジョシュアはうつむきがちで受け取ったカップに口をつけるのも億劫そうだった。


「……けど、君たちこそ荒れた海に放り出されてよく無事にこの島まで辿り着けたね。今でもちょっと信じられないよ」


「マリナが助けてくれたんですよ。姉の私でも驚くような行動力ですけど」


 ソラが妹に視線を向けると、早くもカニ鍋をお代わりしていたマリナがピースサインを作りながら得意げに笑ってみせ、その様子を見ていたジョシュアがようやく少し笑顔を見せた。


「死にかけたってのに、相変わらず元気だね君は」


「これくらいで落ちこんでられませんよ。お姉ちゃんが無事だっただけで幸せですし、これからアイラたちやアンナさんを助けにいくんですから」


「いくら君たちでも魔導が使えないこの島ではできることは限られていると思うけど……。海から生還したことといい何とかしそうな気がしてくるから不思議だよ」


 そっけなかったジョシュアがマリナと普通に会話している姿を見てソラは少し意外な気がした。

 どうやらいつの間にか打ち解けていたらしいが、こうして見ると年相応の素直な少年である。


「……さてと。マリナの言うとおり皆を助けに行かなきゃだけど、その前にできるだけ情報を手に入れておかないと」


 ソラはスープを飲み干して立ち上がると、柱に縛り付けておいた気絶したままの黒ローブたちに視線を向ける。

 あのまま放置しておくのも忍びなかったので、彼らが使用していた古代の魔導具をカスタマイズしたらしい武器とともに苦労しながらここまで運んできたのだ。


「どうするの? 大人しく口を割るとは思えないけど」


「まあ、見ててよ」


 ソラが黒ローブのひとりの頬を軽く叩いて目覚めさせると、顔にマリナの飛び蹴りのあとが薄っすらと残っている男は慌てて周囲を見渡して自分たちの置かれている現状を認識したようだった。


「お、お前ら、生きて――」


「それはもういいから。それより訊きたい事があるんだけど」


 時間がないのでソラはさっさと男のセリフを遮ると鋭い視線を向けた。


「とりあえず遺跡の奥に何があるのかとあなたたちのボスが企んでいる事を喋ってもらいましょうか」


「それで尋問のつもりか? 所詮はお嬢様だな。テオドール様に忠誠を誓っている俺が話すわけないだろう。他の連中も同様だ」


 余裕を取り戻した男は小馬鹿にしたように鼻で笑うとそっぽを向くのだった。


 ソラはしばらく男を無言で見つめていたが、おもむろに彼らが使っていた武器を拾ってきて鼻先に突きつける。


「それじゃあ、残念ですけど、少し痛い目にあってもらうしかないようですね」


「……ふん。それはあらかじめ魔力パターンを登録している人間にしか扱えないぞ」


「そんな事は調べたので分かってますよ。だからこうして使うんです」


「もがっ!?」


 ソラはいきなり武器の柄にある鉤爪状になっていた部分を男の口に突っ込んだのである。


「は、はにを(な、何を)……!?」


 唐突な行動に目を白黒させる男に向かってソラはゆっくりと口を開く。


「知ってます? 昔、祖母から教えてもらったんですけど、人間が最も苦痛に感じる肉体的行為のひとつに何の処置もせず歯を抜くというのがあるそうなんですが、それを聞いて以来一度でいいから試してみたかったんですよね」


「――ひっ!?」


 ソラが優しく微笑みながら言うと男はおもいっきり顔を引きつらせた。


 もちろん、ソラも本気でこんな拷問まがいなことをしようなどとは考えていない。

 この緊迫した状況において手っ取り早く情報を得るためにはこういうハッタリなども必要なのだ。


 それに、こっちはこいつらのボスの不意打ちを受けて海を漂流する羽目になるわ、勘違いだったが顔に海グモが張りついて起きるというおよそ考えられる限り最悪の目覚めを体験するなど散々な目に遭っているのだ。

 この程度の脅しくらいなら罰は当たらないだろうし、決して恨みがあってやっているわけではないのである。


 ちなみに、この方法を冗談まじりに教えてくれた祖母ウェンディが試したことがあるのかどうかは怖ろしくて聞けずじまいであった。


「……その、なんというか、君のお姉さんは見た目と違って容赦ないんだね……」


「……うちのお姉ちゃんを本気で怒らせるとちょー怖いんですよ?」


 背後で見守っていたマリナとジョシュアがひそひそと会話しているのを無視し、ソラは駄目押しの演技をする。


「でも、安心してくださいね。私も鬼ではないのでショック死しない程度には配慮しますから」


 そう言って笑顔を浮かべながら歯と歯茎の間に軽く先端を押し込むと、ガタガタ震えはじめていた男は悲鳴を上げながら降参したのだった。






「……『海底研究所』に究極のキメラですか。やっぱりろくでもない情報でしたね」


「僕らに扉が反応したのはそういうカラクリだったんだな。テオドールが報告したバルバロイの手記の解読内容や遺跡の調査結果もほとんどがデタラメだった。……けど、一番の問題は奴がクーデターを企んでいたってことだ!」


 ジョシュアはありえないという風に首を振る。

 男の口から色々と衝撃的な事実が出てきたものの、最も驚いたのはテオドールの国家転覆計画だろう。

 規格外の怪物を使って王都に攻め込み、王族や邪魔者を一掃した後に新国家を樹立するのだという。

 おそよ正気とは思えないが本気で実行に移すつもりなのであれば笑い飛ばしてもいられない。


「この人たちもその賛同者ってわけね」


 ひと通り吐いてからまた気絶してしまった男を振り返るマリナ。

 黒ローブたちはテオドールが時間をかけて集めた仲間らしく、彼らが部下になった理由もそれぞれ国の体制に不満があったり権力を欲したりなど様々であった。


「初めからそのために僕に近づいたのか……」


 最初から騙されていたジョシュアは悔しそうに唇を噛む。

 おそらくキメラ研究所に関してはテオドールにとっても望外の出来事だったろうが、表では優秀な宮廷魔導士として振る舞いつつも裏では虎視眈々と牙を研いでいたのである。


「あと、最近海で魔物が活発化していたのはテオドールがキメラを使役していたせいだろうね」


「そうだね。時期的にも合ってるみたいだし」


 テオドールは研究所で発見した制御キーを使い、あらかじめサンマリノ近海でキメラの実験を行っていたらしいが、あんなものが突然出現すれば生態系に影響を与えてもおかしくなさそうだ。


 それから、ソラたちはまず海賊に捕まっているパトリックたちのもとへ向かうことになった。

 男の話だと扉を無事解除したあとに邪魔な人間をキメラを使って始末する予定なのだという。

 本来ならアンジェリーヌとテオドールを一刻も早く追うべきなのだろうがこちらも放ってはおけない。


 それに、アイラがアンジェリーヌのお陰で敵に捕まっていないのは朗報だったが、彼女が自分だけ助かろうと考えるわけはなく、おそらく他の兵士とともに機を見て救出に乗り出しているはずである。

 現在も戦闘中なら加勢しなければならないし、なによりソラたちが無事なことを早く知らせてあげたい。


「その後はテオドールを倒してアンナさんを助け出す番だね! 頑張りましょうね、ジョシュアさん!」


「あ、ああ……」


 気合を入れるマリナにジョシュアは頷くが、そのどこか歯切れの悪い口調にソラは内心で首を傾げるのだった。






 難破船を出発したソラたちは船の残骸が連なる海岸線を小走りで北上していた。

 ジョシュアの話によれば、遺跡の位置や逃げてきたルートから、三隻の船が停泊している入り江とその近くにあるパトリックたちが捕まっている建物まではそんなに離れていないようだった。


「……しかし、凄い数の船だな。島に来た時は気づかなかったけど」


「一日に一回、短い間だけ海流が変わって島への道が開けるそうですけど、その時巻き込まれるように遭難した船や沈没船が海岸線に流れついて、気の遠くなるような時間をかけて少しずつ積み重なっていったんでしょうね」


 どこか哀愁の漂う光景をジョシュアと一緒に眺めながらソラは呟く。

 身体を休めていた難破船の船長の日誌にもそれを裏付けるような記述があったので多分間違いないだろう。


「でも、バルバロイもよく気づいたよね。そんな針の穴みたいな道に」


「彼やその仲間は優れた航海術を持っていたからね。微妙な変化を見逃さなかったんだと思う」


 マリナに向かってどこか誇らしげに語るジョシュアからは彼ら王家の人間が始祖であるバルバロイを尊敬している事が窺えた。


 それから走ること数分、ソラたちは『クイーン・アンナ号』や海賊船が係留されている入り江に到着していた。

 思っていたよりもソラとマリナが休んでいた場所から近かったが、時間限定の航路の事を考えれば当然なのかもしれない。


「あれだよ、お姉ちゃん! ……って、なんかめっちゃ崩れてない?」


「あれは戦闘の跡だよ!」


 入り江の近くにあった古い建物は半壊状態になっており、現在は沈静化しているようだったが、まだうっすらと戦塵が舞っており、ついさっきまで激しい戦いが繰り広げられていたようだった。


 ソラたちが崩れてできた大穴から急いで建物に入ると、中央に海ガメのようなキメラがあちこちから体液を滴らせながら倒れており、なぜかその周囲を兵士と海賊が入り混じった大勢の人間が武器を持って取り囲んでいたのだ。


 そして、完全に沈黙したキメラのすぐ前には息を切らした赤い髪の女戦士が両手に双剣を携えたまま佇んでいた。

 よほどの激闘だったのか全身にキメラの体液を浴びており、泥だらけだったジョシュアとはまた別の意味で酷い姿である。


「アイラ!」


 心配したソラが呼びかけると、虚ろな表情のまま宙を見つめていたアイラはハッとこちらに顔を向けた。


「……お、お嬢様?」


 アイラは駆け寄るソラとマリナを見て信じられないというような表情をしていたが、そばまで来ると突然顔をくしゃくしゃにして泣き出しながら二人を強く抱きしめたのだった。


「……心配かけてごめんね、アイラ」


 こんなあられもないアイラの姿は初めて見たかもと思いながらソラはマリナと一緒に抱き返す。

 キメラの体液がこちらの服にも付着してきて苦笑するしかないが、これまで彼女がどんな気持ちだったのかを考えればこれくらい大したことではなかった。


 しばらくしてアイラがようやく落ち着きを取り戻した頃、静かに見守っていた兵士たちの中からパトリックが進み出てきた。


「ソラ様、マリナ様、ご無事でなによりです。こうしてまたお会いできるとは」


「パトリックさん」


 パトリックは微笑みながら船から部下に持ってこさせた清潔なタオルを差し出し、ソラも笑みを浮かべながらそれを受け取る。


 周囲では皆が協力して包帯や薬などを運び込んでキメラとの戦いで出た怪我人の治療を開始しているようだった。


「ジョシュア様も。ソラ様たちと一緒にいる理由は分かりませんがよく無事に戻ってこられました」


「パトリック……僕は……」


 うつむくジョシュアにパトリックは首を振る。


「あなたもテオドールめに騙されていたわけですし、今更過去を悔いても仕方ありません。顔をお上げくださいませ」


「うん……」


 ジョシュアが素直に頷くとパトリックは笑みを浮かべたがすぐに真剣な顔になる。


「……して、姫様は?」


 ジョシュアがこれまでの経緯を説明すると、パトリックは「そうでしたか……」と表情を曇らせた。


「けど、皆さんも無事キメラを倒せたようで良かったです。ずっと心配してたんですよ」


「というか、何で普通に海賊が混じってるの? あいつらもテオドールの部下でしょ?」


 ソラとマリナがアイラをタオルで拭きながら説明を求めると、パトリックはアンジェリーヌたちが去った後の出来事を教えてくれた。


「テオドールが部下とともに姫様とジョシュア様を連れ出してからほどなくしてでしたな。ずっと建物の入り口で動かずに我らを監視していた魔獣が急に襲い掛かってきたんです」


 手首を縛られた状態のパトリックたちは海賊とキメラに挟まれて絶体絶命のピンチかと思われたのだが、魔獣はその場にいた人間全員に牙を剝いたのである。

 どうやらテオドールは今回のために雇っただけの海賊も一緒に葬るつもりだったようだ。


「とっさに我らを解放した海賊と共闘する事にしたものの、キメラの異常なほど硬い身体に歯が立たずに死を覚悟しました。しかし、その時アイラ殿たちが突っ込んできたのです」


 本来なら苦戦するような強敵だったろうに、アイラは鬼神のごとき強さを発揮してほとんどひとりでキメラを倒してしまったそうだが、そばで見ていることしかできないパトリックもハラハラするほどの無茶振りだったらしい。


「我々としては助かりましたが、あれはもうほとんど破れかぶれな特攻でしたな」


「アイラ……。皆を助けたのは良かったけど、無茶しすぎだよ……」


 どうりでこんな酷い状態だと、拭き終わったソラが小さいとはいえ身体中についた傷の手当てを行いながらじっと見詰めると、アイラは「うっ」と言葉に詰まったのだった。


「も、申し訳ありません。その、あの時は自分でもよく分からない状態で」


 しどろもどろに説明するアイラだったが、おそらく自分たちのせいでそうなったのだとソラもそれ以上は追及しなかった。


「でも、海賊は縛っとかなくていいわけ? テオドールに見捨てられたとはいえ元々は敵なんだよ」


「確かにそうですな」


「へっへっへ。まあ、そう言わずに。一度は背中を預けて戦った仲じゃないですか。それにちょっとばかし略奪は行いましたが、あっしら殺しは一切してないんですぜ」


 マリナとパトリックが会話していると髭もじゃの大柄な海賊の頭が揉み手をしながら近寄ってきて、その背後では海賊たちが武器を捨てて降参のポーズを取っていたのだ。


 なんとも調子の良い連中だとソラたちが呆れていると、ふとこちらに視線を向けた海賊の頭が目を見開いて突然叫び出したのである。


「おほおおおおおおおおおっ!?」


 その野獣のごとき叫び声にソラは耳を塞ぎながらたじろぎ、周囲の人間も何事かと海賊の頭に視線が集まる。


「お、お前……! いや、あなたはソラちゃん!?」


「……は?」


 海賊の頭に馴れ馴れしく名前を呼ばれてソラは怪訝な表情になる。


「覚えてませんか!? あっしですよ! あっし!」


 そう言われてもこんな小汚いオッサンに見覚えなどないソラが胡乱(うろん)げに見つめていると、背後でなにやら考え込んでいたマリナがポンと手を打った。


「あっ! 思い出した! お姉ちゃん、この人、おばあちゃんたちに会いに行く途中で出会った野盗の親分だよ! あの時と格好が違ってたから気づかなかった!」


「え? あ……!」


 マリナに言われてようやくソラも思い出す。

 しばらく前に事情があって祖母や従弟(いとこ)が住んでいる町を訪れたのだが、このヒゲだらけのオジサンは到着する直前に襲い掛かってきてあっさりと撃退されてしまった盗賊たちのボスだったのである。


 あの時とは違い現在はこてこての海賊の姿だったので気づくのが遅れたわけだが、どうやらその格好はやはりポーズだったようで、今は眼帯は外されていて普通に両目が揃っていた。

 この分だと左手に装着している鉤爪もただのハッタリのようだ。


「撃退した後は町の警備隊にしょっぴかれて仲間ともども牢屋に入っていたはずだけど、何でこんな所で海賊をしてるの?」


「いや、それがあの後首都に連行されることになったんですが、街道の途中にあった橋を渡る際に偶然崩れてしまって、あっしもそれに巻き込まれて気づいたらひとり川岸に打ち上がっていたというわけなんですよ。それで部下には悪いと思いつつもそのまま逃げてきたってわけで」


 それから追っ手を撒くためにふらふらと大陸東端にまで辿り着いた親分は現地の荒くれたちと意気投合し、その後は海賊として細々と活動を続けているうちにいつの間にかテオドールに雇われることになったのだそうだ。


 いずれにせよこんな場所で偶然再会するとは嫌な縁もあったものだと、ソラはマリナの質問にでへへと照れながら説明する海賊の頭を眺めながら思うのであった。


「それにしても、またソラちゃんに出会えるとは! しかもマリナっちまでいるじゃないですか! 姉妹揃い踏みとはあっしは運がいい! 初めて出会って以来あなた方の大ファンなんすよ!」


 転職していた海賊の頭はそうまくしたてると、装着していた鉤爪をぱかっと外して中からキーホルダーのようなものを取り出して見せてくれたのだ。

 表面には白髪と金髪の女の子二人が仲良く並んでいるイラストが彫られており、それが誰を指すのかは明白であった。


「こ、こんな物まで作ってたなんて……」


「えへへ。姉妹コラボグッズも結構人気があったりするんだよね」


 なかなか可愛いらしいアイテムだと思わなくもないが、それが自分の事となると話は別であり、ソラは嬉しそうなマリナを眺めながら頭が痛くなってくるのだった。


()せないな……。ファンならばなぜ昨日の時点で気づかなかったんだ?」


「あっし近視なんすよ、(あね)さん」


 首を捻るアイラに海賊の頭が答えると、さしもの女戦士も「そ、そうか……。というか、誰が姐さんだ」と呆れるのだった。


 よく分からない展開に見守っていた兵士や海賊たちもざわめき、一気に場がカオスな状態になりかけたが、そこにおずおずとパトリックが尋ねてきた。


「……あの、どうも皆様のお知り合いのようですが、とりあえず拘束してもよろしいですかな?」


「はい。さっさとこの人たちを捕まえちゃってください」


 ソラがびしっと気色の悪い笑顔を浮かべる海賊の頭を指差すと、その後海賊たちは兵士たちを縛っていた縄で逆に縛られる事になるのであった。

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