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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
四章 魔法使いと幻影の島
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第15話

 テオドールが部下二人に扉を開けさせて一行が遺跡に足を踏み入れると、内部はいくつもの部屋に分かれており、床には古びた道具などが散乱していて荒れ放題になっていた。


「……ここは何なのですか? 古代魔法帝国時代の遺跡のようですが……」


「どの時代のものかお分かりになるとはさすが王女殿下は博識でいらっしゃる。この遺跡はかの魔法帝国の神秘の一端を担った場所なのですよ」


 テオドールは芝居がかったように答えると他の部屋には入らず、入口から続く廊下をまっすぐ奥へと進んだ。


 遺跡内はあちこちに配置された魔力を動力とする灯りがまだ生きていて意外と明るかったものの、どの部屋も散らかっていたり破壊されたような跡があったりと一様に酷い有様であった。


 そして、一行が遺跡の最奥に辿り着くとアンジェリーヌはかすかに驚きの声を上げた。


「これは……」


 最奥には王宮の大広間ほどはあろう広大な空間があり、フロアには無数の大きな円筒形のガラスが規則正しく並んでいたのだ。


 ガラスの中には何も入っておらず、ほとんどが割れたり粉々になっていたが、周囲には複雑な構造の機材やパイプが設置され、他にも資料が入った本棚などがあり何かの研究施設のように見えた。


「……まさか、ここは……」


 最初は戸惑っていたものの、アンジェリーヌは足元のガラス片と一緒に転がっている巨大で歪な形をした骨を発見して合点がいった気がした。


「気づいたようですね。あなたの想像のとおり、ここは異種族の魔物を合成させてより強大な生物を生み出す、いわば合成魔獣(キメラ)兵器研究所だったんですよ」


「……では、あの奇妙な魔獣たちが」


 テオドールが使役していたあまりに不自然な形をした魔獣たちはこの研究所で生み出されたものだったのだ。


 この様子だと稼動している個体は数えるほどしかいないようだが、千年以上も前に造られたキメラが一部とはいえ現代まで生き残っていたのは驚きである。


「素晴らしいでしょう。しかし、ここはあくまで前座にすぎません」


 テオドールの愉悦混じりの言葉にアンジェリーヌが警戒を強めていると、後ろにいたジョシュアが茫然と呟いているのが聞こえてきた。


「そんな……キメラ研究所だって? バルバロイが残した財宝が眠っているんじゃないのか……?」


「ジョシュア?」


 アンジェリーヌが振り返ると先程まで生気のなかったジョシュアが衝撃を受けた表情で立ち尽くしていたのだ。


 たしかにこのような施設が島にあったので驚くのも無理はないだろうが少し様子がおかしいように見えた。


「ふふふ。教えて差し上げたらどうです? もともとジョシュア様が発見したバルバロイの手記から『幻影の島』のことを突き止め、本来なら海賊退治を終えた後にそのままこの島へと王女殿下をお連れして『バルバロイの遺産』を見せる予定だったと」


「…………」


 テオドールのセリフを聞いて悔しそうにうつむくジョシュアをアンジェリーヌは呆然と眺める。


「ジョシュア……本当なの?」


 ジョシュアは押し黙ったままだったが、しばらくしてからかすかに頷いた。


「本当だよ……。王宮にある王族専用の図書館で偶然バルバロイの手記を見つけて、中身は難解な古代文字で書かれてあったから一部しか読めなかったけど、『幻影の島』が実在することやそこに辿り着くための方法、他にも遺跡に大きな秘密が眠っていることが分かって僕は歓喜したんだ。この島に何かがあるなら自分の手で見つけてやろうとね」


「けど、そんな大事なことを私やお父様に相談もしないなんて……」


 アンジェリーヌの問いにジョシュアは声を絞りだすようにして答える。


「……僕はずっと君の伴侶になる資格がないんじゃないかと悩んでいた。だから、海賊を退治して伝説の『バルバロイの遺産』を見つけ出すことで君や陰口を叩いている連中を見返してやろうと思ったんだ。……でも」


 そこでジョシュアはテオドールを睨みつける。


「僕ひとりじゃ到底無理だったから親身に話を聞いてくれるテオドールにも手伝ってもらおうと思ったけどそれが間違いだった。しばらく前から時間をかけて『幻影の島』や遺跡についてテオドールたちに調べてもらっていたんだけど、一週間くらい前にバルバロイの財宝を遂に発見したという報告を受けたんだ。だから丁度いいタイミングだと援軍の指揮官にも志願した。……なのに、一連の騒動を起こしている主犯がテオドールでしかも遺跡がキメラ研究所だったなんて。この男とその部下たちは表では僕の手助けをしているフリをしていて裏では自分の野望のために動いていたんだ」


「もしかして、最初は私がたかが財宝を横取りするためにこんなことをしたとでも思っていたのですか? 裏切られた時点で報告が嘘だったと気づきそうなものですがね」


 小馬鹿にした笑みを見せるテオドールにジョシュアが拳をきつく握り締めるが、手首を縄で縛られ周囲を敵に囲まれていては殴りに行くことさえできない。


「ジョシュア……」


 一方、ジョシュアの独白を聞いたアンジェリーヌも衝撃を受けていた。

 ここまでジョシュアが自分を追い詰めていたとは思わなかったのだ。


 だが、テオドールはアンジェリーヌたちの事情などどうでもよいとばかりに二人を部屋の奥にある閉じた扉の前まで来るよう命じた。


「……これから何をしようというのですか」


「言ったでしょう。あなた方には大事な役割があるから連れてきたと」


 テオドールは部下のひとりに扉の横に(はま)っていた光沢のある小さな板のようなものを指し示す。

 この遺跡自体特殊な石材でできているようだったが、この板や扉、周囲の壁は見たことのない不思議な金属で構成されているようで汚れひとつついていなかった。


 テオドールに指名された黒ローブの中でもひと際背の高い部下がかすかに頷き、扉に歩み寄って金属板に触れると、それは淡い光を発して表面に輝く古代文字のようなものが次々と表示されたのだ。


 黒ローブがそのまま軽やかに指を動かして何らかの操作をすると、やがて板の中に長方形の枠のようなものが二つ浮かび上がり、近くで作業を見守っていたテオドールが振り返った。


「さあ、王女殿下にジョシュア様。それぞれあの枠の中に入るよう同時に手を置いていただきましょうか。……断れば分かっていますね?」


 あからさまな脅迫にアンジェリーヌは眉根を寄せる。

 拒否すれば遠隔で魔獣を操作して囚われの身になっているパトリックたちを皆殺しにすると言いたいのだろう。

 このままテオドールの要求を呑むのはためらいがあるが今は従うよりほかない。


(……でも、なんとかジョシュアだけでも逃がさないと)


 この遺跡にアンジェリーヌとジョシュアがどう関係しているのかは不明だが、こんな手の込んだことをしてまで連れてきたのはおそらくあの不思議な金属板のためなのだろう。


 だとすればテオドールが言うアンジェリーヌたちの役割とやらが終了してしまえば、用済みとなった二人はおろか結局パトリックたちも始末される可能性が高い。


 あちら側はアイラたちに任せるとしても問題はアンジェリーヌとジョシュアだ。

 隙をついて逃げ出せたとしてもすぐに捕まってしまうのは目に見えている。


 アンジェリーヌはせっつかれながらもできるだけゆっくり歩き、目だけを動かしてどこかに突破口がないか必死に部屋を観察すると、壁に四角い穴のようなものが空いているのを発見したのだ。


 その穴のすぐ上には文字と矢印が書かれており、それが何らかの用途のために作られたものだと推測できた。


(あれがどこにつながっているのかは分からないけど他に手はない)


 アンジェリーヌが密かに腹を決めていると、とうとう光る金属板の前に辿り着いてしまった。


 周囲を取り囲むテオドールたちの圧力を感じつつアンジェリーヌとジョシュアは一瞬だけ目を合わせてからゆっくりと板に手を置く。


 すると、突然赤い光線がアンジェリーヌたちの手を走り抜け、次の瞬間、板がグリーンに輝いて空気の抜ける音ともに扉が開いたのである。


「おお……!」


 テオドールと今までほとんど口を開くことのなかった黒ローブたちから歓声が上がる。


 アンジェリーヌは今の現象が理解できずに戸惑ったが、それより監視の目が緩くなっていることに感づき今がチャンスだと気を引き締めた。


「ジョシュア!」


 アンジェリーヌは隣で茫然と突っ立っていたジョシュアの手を引っ張ると、扉に意識を奪われている黒ローブの壁を突破して先程見つけた穴に向かって駆け出した。


 手が縛られた状態では走りにくいが、ともかく背後から慌てて追ってくる敵に捕まらないよう全力で走り、何度も床に転がったガラスや古びた道具に足がとられそうになるもののようやく二人は穴の前に辿り着いた。


「急いでこの穴に入って!」


「で、でも」


「早く!」


 アンジェリーヌは暗い縦穴の中を恐る恐る覗き込むジョシュアの背中を無理やり押し込み、すぐさま自分も続こうとしたが、足をかけたところで背後から髪をつかまれてしまい、そのまま床に引きずり倒されて呻き声を漏らす。


「アンナ!?」


「私のことはいいから逃げなさい!」


 縦穴を滑り落ちていくジョシュアが事態に気づいて悲痛な叫び声を上げるがアンジェリーヌは苦痛に耐えながら叫び返す。


 やがて縦穴から声が途切れた頃、遅れてやってきたテオドールがアンジェリーヌを拘束している部下に立たせるよう指示し、そのあと他の黒ローブ三人にジョシュアを追跡するよう命じた。


「念のため殺さずに生かして捕らえろ」


 命令を受けた三人が縦穴に入っていくとテオドールはアンジェリーヌに顔を向けた。


「やってくれましたね、王女殿下。ですがよい判断です」


「…………」


 アンジェリーヌは無言で見返すが、テオドールは気にした様子もなくそのまま部下たちと一緒に扉の前まで歩く。


 どうやらまだアンジェリーヌを殺すつもりはないようだ。


「……この扉が開いたのはなぜです? 私たちに反応したように見えましたが」


「あなた方に反応したのも当然ですよ。なぜなら、この扉を開けることができるのはバルバロイの血をひく者だけなのですから」


 思いがけないテオドールの言葉にアンジェリーヌは目を見開く。

 バルバロイがこの島を拠点にしていたとはいえ古代のキメラ研究所とどう関係しているというのか。

 

「意味が分からないでしょうから教えて差し上げましょう。……ただし、その前に邪魔者はみんな消してしまわねば」


 テオドールが持っていた杖を軽く地面についてみせると、先端に取り付けられていた宝玉から強い光が一瞬だけ発せられたのである。

 

「まさか、その杖でキメラを……!」


「解読した研究所の資料によると、私の持つ制御キーの信号がキメラの中枢神経に埋め込まれた魔導装置に送られることで操作できるようです。制御キーが朽ちることなく残っていたのは幸運でしたがね。――さて、これであなたの部下たちは今頃キメラに蹂躙されているでしょうが、思ったよりも落ち着かれていますね。隠したエーデルベルグ家の護衛や部下たちに期待しているのですか?」


「……っ」


「気づいていないとでも思ったのですか? 場所までは分からないので船ごと破壊しようとも考えたのですが、もしキメラを倒せたとしてもあなた方の運命は変わらないから放置しておくことにしたんです」


「……どういうことです」


 余裕を全く崩すことのないテオドールの態度に不信感を覚えるアンジェリーヌ。

 仮にアイラたちがキメラと海賊を制圧してここに雪崩れ込んでくれば、他に戦力を温存していない限り眼帯の魔導士には打つ手がないはずだ。


「ここで先程の話に戻りましょうか。この扉がバルバロイの血筋――すなわち王家の人間にしか反応しない理由です」


 テオドールは懐から古い革製の手帳のようなものを取り出した。


「この手記によると島を根城にしていたバルバロイは当然遺跡に気づき内部を探索したそうです。その頃はまだ眠ったままのキメラが何体がいたそうで、彼はここが古代の生物兵器研究所だとすぐに悟りました。バルバロイは戦慄したそうですが、本当に驚くべきものはこの扉を抜けた先の地下に眠っていたのです」


「……地下ですって?」


「つまり、地下研究所には地上にいたキメラを遥かに凌ぐ特別なキメラが眠っているということですよ。古代魔法帝国の技術の粋を集めた怪物、それこそ国家を滅ぼせるほど強大な」


「な……」


「その規格外のキメラを見たバルバロイはこんなものが世に知られれば災厄を招くと考え、船員にも決してこのことを口外しないよう誓わせて真実を闇に葬りました。幸い海流のクセを知らなければ偶然誰かが『幻影の島』まで辿り着いても脱出するのは至難です。あとは自力で解析したこのセキュリティシステムを書き換えて扉が容易に開かないよう細工しました。――自分の血を引く人間二人の魔力パターンを同時に感知しなければ開かないようにね」


 厄介な真似をしてくれたとばかりにテオドールは肩をすくめる。


「ただ、万が一のことを考えたバルバロイは王家の人間だけに伝わるよう『幻影の島』に関する手記を残したんです。しかし、代替わりするうちに次第に忘れ去られてしまい、ジョシュア様が発見するまで王宮図書館の片隅でひっそりと眠り続けていましたがね」


「……あなたの目的は地下研究所にあるというキメラを起動させることなのですか」


「そうです。そしてそれも目前まで来ました。もうお分かりでしょう。多少優れた戦士が何人いようと関係ないんですよ」


 想像を遥かに超える悪い情報を聞かされアンジェリーヌは(おのの)く。

 そんな人の手に余るような怪物を起こせば大変なことになるだろう。


「せっかくですから王女殿下にも見せて差しあげますよ。本来ならジョシュア様と二人でご鑑賞していただいた後に始末する予定だったのですが」


 テオドールはアンジェリーヌと残った部下三人を引き連れて扉をくぐる。


 扉の先は小さなホールのような場所になっており、中心には人が何人か乗れるような円盤らしきものが床に設置してあった。


「これで地下まで移動するのか。動かせそうか?」


 慎重に乗り込んだテオドールが問うと、先程扉脇の金属板を操作していた長身の黒ローブが円盤の端にそそり立っている円柱の上に手を置いて同じように指を動かして操作する。


 それから黒ローブの合図で全員が乗り込むと、円盤は音もなく滑らかに下方に向かって高速で移動を開始した。


 一行を乗せた円盤は時折壁に灯りが設置されている縦長のトンネルを感覚が麻痺するくらい深くまで下り、その後一旦停止してから今度は水平に動き始める。


 そして、ようやく視界の悪いトンネルを抜けるとアンジェリーヌは周囲の光景に思わず目を細めた。


「これは……まさか、海の中?」


 暗くて分かりづらいが、円盤はいつの間にか海中に続いている透明なチューブのようなものの中を移動しており、海底には沈没している朽ち果てた船が何隻も確認できたのだ。


 やがて、円盤の進む先に大きな光が見えてきてアンジェリーヌは息を呑む。


「あ、あれは……」


「そう、あれがこの施設の最重要区画である『海底研究所』です」


 テオドールも興奮を抑えきれないのか声がわずかに上ずっている。


 進行方向の海底には巨大で神秘的な四角錘の建造物が鎮座しており、建物の全面がぼんやりと輝くクリスタルのような透明感のある素材でできていた。

 

 真っ暗な海底において地上の研究所が霞むほどの圧倒的な存在感を醸し出しているその建造物は、その形状といいまさに海底ピラミッドとしか表現しようのない姿をしていたのであった。



 ※※※



「――はあっ! はあっ!」


 雨が降り続く山中にジョシュアの激しい呼吸音が響く。


 傾斜した地面を転がるように走っているため全身が泥だらけで酷い姿になっていたが立ち止まっていれば殺されるだけだ。


 そうこうしているうちにジョシュアのすぐそばを爆炎がかすめ地面と一緒に吹き飛ばされそうになる。


「ははは。ほら、もっと早く逃げろ。死にたいのか?」


「テオドール様の命令を忘れてないだろうな。ほどほどにしておけよ」


「いいじゃないか。一度偉そうな王族をいたぶってみたかったんだ」


 背後から聞こえてくる冷酷な会話にジョシュアはゾッと身体の芯が凍える。


(あいつら、僕を(なぶ)って遊んでいる)


 ついこの前までテオドールとともにジョシュアの部下だったはずの黒ローブたちは何のためらいもなくこちらを攻撃してくる。


 キメラ研究所を運良く脱出したジョシュアだったが、その後すぐに追ってきたテオドールの部下たちに執拗に追い回されているのだ。


(アンナはどうなったんだ)


 ジョシュアは恐怖と屈辱に耐えながらも自分を逃がしてくれたアンジェリーヌのことばかり考えていた。


(決まっている。敵に捕まったんだ)


 本来なら一刻も早く助けに行くべきなのに、今の自分では敵から逃げるのに精一杯でむしろ遺跡から遠ざかっている有様だ。


 結局、裏切られた挙句に皆を見返すこともできず、大切な女性を助けにも行けず、何も為せないままこんな島で最期を迎えようとしている。


 逃げ惑うジョシュアの脳裏に先ほどのテオドールの見下した姿が浮かぶ。


(……僕は惨めだ……)


 大雨の中、全身ずぶ濡れでもはっきりと分かるほどにジョシュアの頬を熱い涙が伝わったのだった。

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