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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
四章 魔法使いと幻影の島
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第9話

 翌朝。海賊討伐の日。


 出発の支度を整えたソラとアイラがホテルのロビーでチェックアウトの手続きをしている間、マリナはソファに座ってマガジンラックに置いてあった普段愛読している雑誌を読んでいた。


「……ふむふむ。なるほどー!」


 マリナが毎回欠かさずにチェックしている今週の運勢に目を通していると手続きを終えたソラが声をかけてきた。


「そろそろ行くよ。何見てるの?」


「お姉ちゃん、見て見て! 私、今週はついてるみたいだよ!」


「もしかして、また占いの話?」


 占いなど全く信じていないソラが興味なさそうな視線を向けてくる。

 姉(いわ)く、占いというのはバーナム効果だかを利用しているらしく、どうとでも解釈できるように答えるから当たっているように錯覚しているだけなのだそうだ。


「この東方から来たという恐山(おそれざん)イタ子先生の占いはよく当たるんだよ」


「何なの。そのいかにも胡散臭そうな占い師は」


 もはや付き合うのも馬鹿らしいとばかりにソラは首を振ったが、マリナは気にすることなく占いの内容を伝える。


「身近な人間の恋愛を応援すると運勢アップなんだって。ピンとこない?」


「どういうこと?」


 いまいちピンときていない表情でソラは首を傾げる。


「ほら、アンナさんとジョジュアさんのことだよ」


 マリナの言葉にもソラの反応は鈍かった。


「あの二人は従兄弟(いとこ)でしょ? 最近はぎくしゃくしてるみたいだけど」


「でも、二人とも互いを憎からず思ってる気がするんだよね」


「そうかな。ジョシュアさんは分からないけど、アンナさんにとっては世話のかかる弟みたいな感じだったような」


 あまりイメージが涌かないらしくソラは首を捻っており、マリナも似たような印象を受けたものの、何がキッカケで恋愛に発展していくか分からないと思うのだ。


 「ともかく! これは二人の仲を応援しなさいというお告げなんだよ! もしかしたら航海中に二人の距離が縮む様を間近で見られるかも。むふふ」


「……結局、占いとか関係なくて、自分が興味あるだけだよね……」


 ジト目で見てくる姉をよそに、マリナは楽しみがひとつ増えたとばかりにいそいそと雑誌を戻すのであった。






 宿を出発した三人は見晴らしのよい海沿いの道を徒歩で進んでいた。

 これから乗り込む『クイーン・アンナ号』などの船舶が停泊しているサンマリノ港は市街地の北部に位置しており、ホテルの人間が教えてくれた話では十分ほど歩けば到着するらしい。

 もともとはサンマリノ湾を港として使用していたらしいが、海水浴場に変更するのにともないそこへ移されたのだそうだ。


 海賊討伐に向かうソラとマリナの格好はいつも通り両親が用意してくれた特注品のローブと、腰には冒険に必要な各種道具が入ったポーチが取り付けられており、アイラも動きやすそうな服装の上に金属製の胸当てと小さい頃から肌身離さず持っている双剣を装備していた。


「今日もいい天気だね。歩いて行くことにして正解だったかも」


「そうだね。朝日に照らされた海も綺麗だし」


 マリナが上空を気持ち良さそうに飛んでいるカモメを眺めながら伸びをするとソラも海に目を向けながら同意した。

 昨晩、アンジェリーヌがホテルから港まで馬車を手配しようと提案してくれたのだが、朝食の腹ごなしも兼ねて歩くことにしたのである。


 しばらくしてサンマリノ港に到着すると、マリナたちはさっそく『クイーン・アンナ号』のもとへ向かった。

 港には漁船など多くの船が停泊していたものの、王女の乗る船はひと際大きく優雅なので迷うことはない。


「思ってた以上に人が沢山いるね」


「どうやら見送りに来た人たちみたいだね」


 港には討伐に参加する人間だけでなく街から来たらしい一般人の姿もあったが、なかにはアンジェリーヌの姿を一目見ようと駆けつけたらしい人間も大勢いるようで彼女の人気の高さをうかがわせるのだった。


 三人が『クイーン・アンナ号』の前まで来ると既に到着していたアンジェリーヌとパトリックが出迎えてくれた。

 出港を控えた船の周囲では船員や兵士たちが忙しそうに準備や点検を行っており、そのすぐ隣には王女の船ほどではないものの大型の帆船が停まっていて、どうやらこれがジョシュアと援軍たちが乗船する船らしかった。


「皆さん、おはようございます。……あら? マリナさんが背負っているのは魔導士用の(ほうき)ですか?」


 初めて出会った時のように、頭に羽根付き帽子を被り、腰にはレイピアを差し、(しわ)ひとつない軍服をびしっと着込んだアンジェリーヌがマリナの背中にある大剣と一緒にくくられた箒に気づいたようだった。


「この箒はサンマリノを訪れる前に貰ったものなんですけど、何かの役に立つんじゃないかと思って持ってきたんです」


 マリナは背負っていたしっとりとした質感のある箒に触れる。

 エルフの里でゴタゴタに巻き込まれた際、ソラが箒レースに出場するためにエルフの長老から借り受けたものなのだが、里を旅立つ時にお礼として譲ってくれたのである。

 聞いたところによると百年近くも前に一流の職人によって製作された高価な代物なのだそうだ。


「やっぱり、隙あらば『幻影の島』を探そうって魂胆なんだね……」


 隣でぼそっと呟いたソラがやれやれとばかりに軽く息を吐く。

 要は魔力障害のある海域でも箒を使用した飛行ならばとマリナは考えたわけだが、そこはやはり血を分けた姉妹、とっくにお見通しなのであった。






「おお! 広いし、綺麗だし、お洒落!」


 アンジェリーヌの先導で磨き抜かれた甲板を経由して船内に踏み込んだマリナは歓声を上げた。

 軍船なのでもっと質素というか実用的なイメージがあったのだが、『クイーン・アンナ号』の内部は王家が所有しているだけあってさながら豪華客船のごとき内装だったのである。

 王族が駆る船だからこそある程度の体裁は必要なのかもしれないが。


「もう少しで出発します。艦橋に案内しましょう」


 階段をのぼり船で最も高い位置にある指揮所まで来ると、アンジェリーヌは扉の前に配置されていた兵士の敬礼に応えながら中に入り、マリナたちもそれに続く。


 艦橋内には操舵に必要な装置類はもちろん、海を渡るための海図や羅針盤、他にも素人にはよく分からない計器などが設置されていて、ここでも乗組員たちが最後のチェックを手際よく行っていた。


「とても見晴らしがいいですね」


 マリナが物珍しそうに部屋の中を観察していると、側面の窓からアイラが静かに港を見つめていた。

 艦橋は周囲がほぼ三百六十度見渡せるようになっているのであまり閉塞感は感じずたしかに眺めが良い。


 ただ、港にじっと視線を向けているアイラの表情が少し硬い気がしてマリナはおやっと思った。


「さあ、いよいよ出港ですよ。少し揺れますので注意してください」


 しばらく艦橋内を見回っているとアンジェリーヌが声をかけてきた。

 最後の点検も全て完了し、いよいよ海賊退治へと出発である。


 司令官であり船長でもあるアンジェリーヌが出港の命令を出し、配置についた乗組員たちがそれぞれ復唱すると、すぐに重い汽笛が鳴り響いて軽い振動とともにゆっくりと船が動き出した。

 毅然と前を見据えた王女と阿吽(あうん)の呼吸で返答するクルーたちのやり取りはまるで映画の一幕のようである。


「お姉ちゃん。あそこにグエンさんがいるよ」


「ホントだ。あの人だかりの中からよく見つけたね」


 手を振っている大勢の見送りの中には昨日話をしたグエンの姿もあった。

 その周囲には漁師仲間とおぼしき男たちもいたが、彼らは生活がかかっているので今回の討伐を切実な思いで見守っているのだろう。


 ちなみに今回の出港は表向きには見回りを兼ねたアンジェリーヌとジョシュアの船の合同演習ということになっている。

 港に海賊が紛れ込んで情報収集している可能性を考慮したもので、本来の目的が討伐作戦だと知っているのは市や軍の関係者をのぞけば漁業組合のグエンなど一部だけだ。


 マリナもしばらく窓から手を振っていたが、はじめはゆっくりと離岸した船が徐々に速度を上げていくと、すぐに港は後方へと遠ざかっていきやがて見えなくなったのだった。






 無事に港を出発した後、アンジェリーヌが指揮を航海士に任せて船内の案内を申し出てくれたのだが、一同がいったん甲板に出たところで思わぬ事態が発生した。


「どうしたの、アイラ?」


 ソラが最後尾を歩いていたアイラの異変に気づいて声をかけると、心なしか白い顔をした赤髪の少女は答えることなく無言で突っ立っていたが、すぐに口を押さえて甲板際まで走っていったのだ。


「アイラ!?」


 近くで作業していた乗組員たちが一体何事かと驚き、マリナたちは慌ててアイラのそばに駆け寄ろうとする。


 しかし、アイラはこちらを制止するように手の平を向けたかと思うと、一度びくんと身体を震わせてから切羽詰った顔を海側に突き出したのである。


 そして、心配した皆が見守るなか、これまで必死に押し留めていたらしいアイラの今朝食べた胃の内容物がキラキラと潮風に乗って海へと落下していったのだった。






「……うう。申し訳ありません、お嬢様……」


 貸し与えられた船室のベッドに横たわっていたアイラがそばで介抱してくれているソラに弱々しく謝罪していた。

 船に乗り込んでからどうも様子がおかしいと思っていたら、どうやら船酔いで気分が悪くなっていたらしい。


 ここはアンジェリーヌの部屋にも近い一等船室で、王侯貴族など特別な人間だけが使用する部屋を用意してくれたのだ。


 先程まで一緒にいたアンジェリーヌとパトリックは仕事があるので艦橋に戻っている。


「アイラって船に弱かったんだね」


「久しぶりなのでどうかと思ったのですが……。やっぱり駄目でした」


 ソラが水に浸したタオルを絞って額にかけるとアイラは元気なく溜息を吐いた。

 数年前、出身地である南大陸からこの中央大陸に渡る際に初めての航海を経験したらしいのだが、その時もずっと船酔いに悩まされ、結局航海中はずっと妹のライラが看病してくれていたのだそうだ。


「そういえば、別荘のある湖でもボートに乗るのを渋ってたような……」


 マリナは去年エーデルベルグ家一行が別荘に出かけた時の事を思い出す。

 毎年湖に浮かべたボートで遊ぶのが恒例となっているのだが、弟やライラなど年の近いメイドたちと一緒に誘ってもなぜかアイラだけは頑なに断っていたのである。


「不安定なボートの上に立つだけで以前散々な目に遭った事を思い出しまして……。身体が無意識に避けてしまうというか……。泳ぐのは苦手ではないのですが……」


 どうやらかつての苦い経験がすっかりトラウマになってしまっているようだった。


「仕方ないよ。こういうのは慣れだと思うけど、普段船に乗ることは滅多にないんだし。パトリックさんが用意してくれた酔い止めの薬を飲んで安静にしてればじきに動けるようになるよ」


 ソラが微笑みながら言うが、もはやはっきりと血の気を失っているアイラはぐったりと頷く。

 仕えるべき主君たちの前で醜態を晒したことがよほど堪えたらしい。


 ただ、ソラに甲斐甲斐しく世話をしてもらっているアイラは申し訳なさそうにしていたものの同時にちょっぴり嬉しそうでもあった。


 それにソラも何だかんだ面倒見が良いのでてきぱきとリズム良くどこか楽しそうに看護している。


「ほら。少しは食べ物を入れておかないと元気も出てこないよ」


「あ、ありがとうございます。お嬢様」


 用意してもらったリンゴをソラが食べやすいように小さく切り分けて口元まで運ぶと、アイラはやや照れくさそうに食べた。

 傍から見れば初々しいカップルがいちゃついているように見えなくもない。


 そんな二人の光景を眺めていたマリナは、アイラはもとよりソラも当分船室から動きそうにないのでひとりで船内を探検することにした。


「お姉ちゃん。私はこれから船の中を見学してくるからアイラの面倒をちゃんと見ててあげてね。二人の邪魔をするのも忍びないし。むふふ」


 マリナは意地悪な笑顔を浮かべながらそう言うと、かすかに頬を赤くして何か反論しようとしたソラを置いて船室を出たのだった。






 それからマリナは乗組員や兵士たちの間を軽快にすり抜けながら、食堂や機関室、他にも武器保管室など船内をくまなく見て回った。

 事前にアンジェリーヌから彼女の自室など一部をのぞけばどこでも見学してよいと許可を貰っている。


 軍船の中を大剣と箒を背負った少女がうろついているのは違和感があったが、『クイーン・アンナ号』の船員のほとんどが助っ人のマリナたちのことを知っているらしく、あちこちで声をかけられたり妙な歓迎を受けたりした。


「こんなちんまいのに凄いんだな。今回も王女様の力になってくれると期待してるぜ」


 油くさい機関長もそう言ってマリナの頭を撫でながら豪快に笑ったのだった。


 他にも握手を求められたり飴玉を貰ったりと、戦力というよりは一日駅長のようなマスコット扱いされている気がしないでもなかったが、マリナはまあいいやと料理長がわざわざ作ってくれたクレープをぱくつきながら思うのであった。


 そんな事をしながらマリナがしばらく船内をうろついていると『クイーン・アンナ号』が軽く振動しながら停まった。


 マリナが甲板に出てみると、『クイーン・アンナ号』に寄り添うように併走していたジョシュアの船も停止していて、ちょうど船の間に架けられた橋をジョシュアや昨晩ソラと対戦した眼帯の魔導士が歩いて乗り移ってきているところだった。

 事前の説明によると作戦海域に入る前に一度停止して、首脳陣による最終確認や乗組員の最後の休憩がとられるそうなのでその為だろう。


(そういえば、これから一旦別れるんだっけ)


 マリナは昨晩聞いた作戦の概要を脳裏に浮かべる。

 ここで少し休息した後は、二隻の船が目的の無人島を敵に気づかれないようにそれぞれ別方向から回り込み、機を見て小さな入り江に停泊しているらしい海賊船を挟み撃ちにする予定だそうで、今がその分岐点というわけだ。


 上手く挟撃が成功すればそこまで苦労せずに海賊たちを降伏させる事も可能だろうし、もし魔獣が現れたとしても、マリナやソラたち魔導士組が首尾よく倒してしまえば、ダウンしてしまったアイラがこのまま最後まで船室で寝ていても大丈夫そうである。


 マリナがしばらく見つめていると、やがて軍服を着込んだジョシュアと杖を持ったローブ姿のテオドール、そしてその部下数人がパトリックの先導で船内に入っていった。


 それにしても、こうしてテオドールの部下の黒ローブ軍団を改めて観察してみるとそこはかとなく不気味な連中であった。

 無愛想であまり口を開こうとせず、中にはフードをずっと下げていて顔すら確認できない者もいるのだ。

 エルフの里でも怪しげなローブの連中が暗躍していたと聞いたので何となく嫌な感じである。


 それから、気を取り直したマリナが涼しい潮風を浴びながらしばらく甲板を歩き、キリのいいところでソラたちのもとへ戻ろうと考えた時だった。


 ふと前方に視線を向けると、大量の荷物が積まれている場所に見覚えのある人影が佇んでいることに気づいたのである。


(あれ? あの人は……)


 マリナが歩み寄ると向こうもすぐに気づいたようだった。


「君は……」


 そこには先ほど見かけたジョシュアが荷物の影に隠れるように立っていたのだった。

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