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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
四章 魔法使いと幻影の島
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第8話

 夕食後、ソラはなぜかアンジェリーヌの邸宅内にある中庭のど真ん中に立って辺りを眺めていた。

 さすがに王族の住まう屋敷だけあってかなりの面積がある庭は細部まできっちりと整えられており、邸宅を囲む壁のそばには潮風を防ぐための防風林が等間隔に植えられている。


 ソラの近くでは先端に木製の丸い的がついている何本もの棒を黒いローブを着た男たちが黙々と地面に突き刺し、他にも庭を明るくするためにいくつもの篝火(かがりび)を用意していた。

 彼らは眼帯の魔導士テオドールの部下でこれから始めるゲームの準備をしているのだ。


(う~ん。なんとなく流れで受けてしまったけど……)


 ソラは庭の池に映る歪んだ月を見つめながらテオドールとのやり取りを回想する。

 アンジェリーヌとジョシュアが打ち合わせのために食堂から去った後にテオドールが挨拶にやってきたわけだが、その際にエーデルベルグ家の人間と会える機会はそうないので魔導を使用したゲームをしてみないかと誘ってきたのである。


 ソラは向かい合うように離れた位置で佇んでいるテオドールに視線を向ける。

 夜だと分かりづらいが紫のローブを身に纏った細身の若者は静かに闘志を漲らせているように見えた。

 挨拶を受けた時からそこはかとなく感じていたが、こちらに対抗心みたいなものを持っているのかもしれない。


(プライドも高そうだし)


 二十にも満たない年齢で国家の要職たる宮廷魔導士の地位にあるまぎれもないエリートであり、昼間の魔獣との戦闘でも高度な技能を見せていることから己の能力には自信を持っていそうだ。


(たまにこういう人間に出会うけど)


 ソラの実家であるエーデルベルグ家は魔導士ならば知らぬ者はない名門なので腕試しに勝負を挑もうと考える輩がちょくちょく出てくるのである。


 ただ、本当にそれだけなのだろうかとも思ってしまう。

 純粋に魔導の腕を比べたいというのなら、ソラも一介の魔導士として受けて立つことに異論はないのだが、テオドールの左目には闘志とは別の何か特別な意思が宿っていたように感じられたのだ。


「お姉ちゃん、頑張ってね!」


「お嬢様に挑むとは身の程知らずな男です」


 ガッツポーズを取って声援を送るマリナは完全に観戦モードに入っており、アイラは生意気だとばかりに鋭い視線をテオドールに向けていた。


「ふむ。しかし、妙な事になりましたな」


 二人の隣にはパトリックも立っていた。

 アンジェリーヌから去り際にソラ達の世話を最後までするよう仰せつかっているのである。


「あの方が負けず嫌いなのは知っておりましたが、いきなりお客人に勝負を申し込むとは。ジョシュア様の許可を得ていてアンジェリーヌ様にも話を通すというのであれば問題はないのかもしれませんが……」


「あの男はいつもああいう感じなのか?」


「さあ。私もそんなに接点があるわけではないですからな。ただ、皆様がエーデルベルグ家の人間ということで己の実力を試したくなったのでしょう」


 アイラの問いにパトリックが髭をしごきながら答える。


 まだ準備に時間がかかりそうなのでソラもテオドールに関してもう少し詳しく尋ねてみることにした。


「あの年で宮廷魔導士を務めるくらいですからかなり優秀な方なんですね」


「そうですな。テオドール殿は幼い頃から神童として名を馳せておりましたし、庶民の出とはいえその才能を買われて何年か前には国の支援のもとエレミアへ留学した経験もあるのです」


「そうなんですか?」


「はい。魔導学校に数年ほど。上位に食い込むほどの好成績を収めたそうですよ」


 魔導大国であり洗練された育成システムを誇るエレミアには毎年のように各国から多数の留学生が集まるが、そのほとんどが上流階級だったり優れた才覚を持つ人間ばかりである。

 要は国家が推薦する特待生というわけだが、それに選ばれるのはごく一握りであり、しかも才能がひしめき合う魔導の本場で結果を残す事は容易ではない。


「まさに期待の若手なんですね」


「ここ十年では最高の逸材とまで言われているようですな」


 パトリックが言うには魔導の実力はすでにこの国でもトップクラスで、将来の宮廷魔導士第一位の有力候補であり、またソラと同じ難関の上級魔導士資格も取得しているのだそうだ。

 エレミアのように多くの魔導士を抱える国ならともかく、大抵の国家は優秀な魔導士の確保に苦労しているのが現状なので彼にかかる期待はさぞ大きいだろう。


「じゃあ、この勝負は国同士の代表戦みたいなものだよね! お姉ちゃん、ガンバ!」


「神童というのはお嬢様にこそ相応しい称号です。あの男に格の違いというものを見せつけてやってください!」


 なにやら余計にヒートアップしているマリナとアイラ。


 そんな風に言われると微妙にプレッシャーなので止めてほしいとソラは思ったが、ふとテオドールの眼帯に目が留まり、ついでに昨日から気になっていたことをパトリックに訊いてみた。


「そういえば、テオドールさんの眼帯はどうしたんですか? もしかして過去の戦闘で負傷したとか」


「私も詳しくは知りませんが、エレミアに留学していた頃に事故に遭ったそうで、その時に右目を失ってしまったのだと聞いております」


「事故で……そうだったんですか」


 あの若さで片方の目を失うのはかなりのハンデだったはずである。

 日常生活に不便をきたすことはもちろん、魔導を扱う際も距離感が掴みづらかったり、戦闘時にも死角が増えたりと、宮廷魔導士になるために克服すべきことは多かったはずだ。


「相当努力されたんでしょうね」


「そうでしょうな。その仕事ぶりは誰もが認めるところですし、こうしてジョシュア様の副官を任されるほどですからな」


 年が近いということもあってテオドールはジョシュアから信頼されているらしく、最近は相談役のようなこともしており側近のような立場なのだそうだ。

 おそらく今回の人事もその辺りが関係しているのだろう。


(過去エレミアに留学したこともある片目の魔導士……)


 ソラはテオドールの顔面の半分近くを覆う眼帯を見つめる。

 周りの評判も決して悪くなく、先程の挨拶でも自尊心の高さを(うかが)わせたものの基本的には礼儀正しい青年だったと思う。


 ただ、昨日こちらに一瞬向けられた彼の細められた目はどこか不吉さを孕んでいたような気がしてならないのだった。






 待つこと数分、いよいよ準備が整い、あとはゲームの開始を待つのみとなった。


 どのようなゲームなのかというと単なる的当てである。

 一定の距離を置いて正対する魔導士の左右に数十の棒の長さがバラバラな的を同じだけ用意し、決められた時間内に多くの的を魔導で打ち抜いた方が勝者となる。


 ただし、的ひとつが一ポイントとなり、その合計得点で争われるわけだが、的は白い色と黒い色のものが混在していて、プレイヤーが勝負の前にあらかじめ決めておいた自分の色に当てなければポイントにはならず、相手側の色に当ててしまうとマイナス一ポイントと減点されてしまうのだ。

 ポイントが並んだ場合は減点の少ない方が勝ち、全く同じ内容で終了した場合は引き分けとなるが、唯一、二人ともノーミスで自分の的を全て射抜いた場合は、相手よりも先に最後の的を取った方が勝者となる。


 使用する魔導は無属性かつ的よりも小さな魔弾で、一度に放てる数は三つまでと決まっており、他にも数秒以内に発動しなければならないなどいくつかルールがある。


 的が魔導士の左右に配置されているのは、極力プレイヤーに魔弾が降り注ぐリスクを低くするためだが、未熟な魔導士ならばともかく、ソラ達のような上級同士の対戦ではまずありえないことだ。

 万が一相手に当ててしまった場合はその時点で失格となる。


 もともとこの的当てゲームは基礎力の向上を目的にエレミアで考案されたものだが、実力差がありすぎると効果が得られないというか勝負にならないので、普通は似たような力量の者同士で行われる。

 対戦型なのも実戦を想定しているからであり、実際の戦闘でも素早く正確に敵を打ち倒す事が重要になってくるからだ。


「では、不肖、この私パトリックが判定役を務めさせていただきます」


 コホンと咳払いしたパトリックがコイントスを行い、その結果、ソラが白にテオドールが黒となった。


 本来なら事故防止も兼ねて魔導士が判定役を行うのだが、マリナやテオドールの部下では中立性が問われるのでパトリックが行うことになったのである。


 ソラは手を振るマリナたちに応えると開始位置に軽く足を開きながら立ち、前方に視線を向けるとテオドールも地面を足でならしながら静かにその時を待っていた。


「――それでは、はじめ!」


 パトリックの合図と同時にソラとテオドールは素早く魔導紋を構築して魔弾を飛ばす。

 二人の左右には多くの的が密集するように突き刺さっており、少しでもコントロールが狂えば減点の的に当たってしまうので、いかに冷静かつ正確に魔弾を放てるかが大事となる。


 ただ、あまりにも慎重になりすぎて速度が落ちてしまえば相手にどんどん差をつけられてしまうだけなので、精度と展開スピード両方が必要になってくるのだ。


 ソラとテオドールは流れるように次々と魔弾を飛ばして自分の的を効率よく打ち抜いていく。

 全くミスすることなく淡々と得点を重ねていく二人の姿はまるで機械のようであった。


「二人とも速っ!」


 勝負を見守っていたマリナが感嘆の声を上げ、準備をしたテオドールの部下たちからもざわめきが起こる。


 あっという間に的の総数は半数近くにまで減り、これまでの両者のペースはほぼ互角であった。


 ソラは白い的を高速で打ち抜きながらも内心でテオドールの技量に舌を巻いていた。

 魔導学校時代からまともに競える人間は数えるほどしか存在しなかったが、向かいにいる片目の魔導士はミスすることなくぴったりとついてくる。

 エーデルベルグ家の魔導士と知っていて堂々と勝負を挑んでくるのは、よほどの自信家か身の程知らずだろうが、少なくとも後者ではなかったのだ。


 やがて、二人の勝負はノーミスのまま早くも後半戦へと入っていた。

 このままのペースで行けば時間内に全ての的がなくなるのは確実で、一般的な試合ではあまり見られない光景である。


 普通の魔導士ならば最後までひたすらミスを減らしてポイントを稼ぐことに集中するが、高位の魔導士たちの戦いは終盤でもうひとつレベルが上がるのだ。


(――来た!)


 ソラは寸前で軌道を少し変更させると、こちらの魔弾目がけて飛んできたテオドールの魔弾とぶつかり両方ともあさっての方向に飛んでいった。


 もし変更が遅れていれば、弾き飛ばされたソラの魔弾は黒い的に当たってしまい、テオドールの魔弾は狙い通り己の的を貫き、この勝負においてはじめて点差が開いていたことだろう。


 このように上級者同士の戦いはただミスに気をつけて己の的を狙うだけではなく、相手の目線などから軌道や傾向を読んで邪魔をしたり自殺点を誘発したりと高度な駆け引きになってくるのだ。


 それから熟練魔導士でさえ唸るような試合がしばらく繰り広げられたが、このままでは際どい勝負になりそうだと思ったソラは更にギアを上げた。


「!」


 ソラの魔弾が相手の攻撃を消し飛ばしてそのまま自分の的を射抜くと、初めて冷静沈着だったテオドールの表情が変わった。


 何か特別なことをしたわけではなく、ただ魔弾に込められた魔力量を上げただけなのだがルール上は問題ない。


 対抗するようにテオドールも魔力を上げ始めたがそれもすぐに限界が訪れた。

 もともと瞬間的な魔力放出量はソラがはるかに上回っており、無理に同じ水準に引き上げようとしても展開にかかる時間が増えてしまい結局敗れることになる。


 もはや技術や戦術ではどうしようもない、純粋な才能の差であった。


 その後もソラはテオドールの魔弾を蹴散らしつつ確実に得点を重ねていき、ほどなくしてひとつもミスすることなく全ての的を先に射抜いて勝利したのだった。



 ※※※



「…………」


 敗北したテオドールは屋敷内の廊下を無言で歩いていた。

 先程まで浮かべていた笑顔は消えて完全な無表情である。


(……やはり勝てなかったか) 


 テオドールはゆっくりと歩を進めながら先程の勝負を省みる。

 敗れたとはいえ、お互いノーミスの満点という結果に終わり、傍目にはそこまで差のある戦いには見えず、パトリックもよく善戦したと褒めていた。


 だが、実際には地力の差を見せつけられた試合だったのだ。

 魔力以前にセンスからして及ばないという事をなまじ実力があるゆえに嫌というほど悟らされ、途中まで手を抜いていたわけではないだろうが、最後の勝負を決めにかかる場面での魔導の冴えは凄まじいものがあった。


 あの少女に勝てる魔導士はそうおらず、別に卑屈に感じる必要はないのだが――


(『至高の五家』……忌々(いまいま)しい連中だ)


 エーデルベルグ家を含めた『至高の五家』と称される魔導大国エレミアでも特別視される一族たち。

 エレミアに留学するまでは魔導の才で並ぶ者がおらず、周囲から神童ともてはやされたテオドールにとって全く歯が立たずに初めて敗北感を植えつけられたのが彼らだったのだ。


 それでも留学後のテオドールは血の滲むような訓練を重ね、魔導の本場においてもトップクラスの成績を残してきたが、結局最後まで彼らに追いつくことは叶わなかった。


 そして、テオドールにとって最悪な一日となったあの日――


 テオドールは己の顔の右半分を覆う眼帯にそっと触れる。

 右目を失い、プライドを粉々に打ち砕かれたあの勝負(・・・・)は今でも忘れることができない。


(……しかし、まさかあの少女と再び顔を合わせることになるとはな。俺の事は覚えていないようだったが)


 エーデルベルグ家の令嬢が冒険者としてサンマリノを訪れていると知った時はさすがに驚いたが、同時にずっと押し込めていた魔導の頂点への対抗心が湧き上がってきたのである。


 そして、あの時よりも更に上達したテオドールは勝負を挑み、結果、予想通りの結末を迎えたというわけだ。


 だが、テオドールは自分の気分が落ち着いているのを感じていた。

 むしろ祭りの前のうずくような高揚感さえある。


(……ようやく。ようやく俺の待ち望んでいた日がくる)


 予定通りに状況は整い、くしくもこのタイミングで彼女たちはやってきた。


 テオドールは左目に暗い炎を宿しながら笑う。


「……消えてしまえ。俺の邪魔をする者、目障りな者はみんな消えてしまえばいいんだ」


 その冷たい声は誰にも聞かれることなく廊下の暗がりに吸い込まれていったのだった。

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