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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
四章 魔法使いと幻影の島
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第7話

久々に投稿

 夕陽の名残が消え、港町サンマリノの湾内に煌々とした月が浮かび上がった頃、ソラ達は改めて海賊撃退などのお礼がしたいというアンジェリーヌの招きに応じ、街の奥にある彼女が住まう屋敷にて夕食を供にしていた。


「どうですか? サンマリノの海産物をふんだんに使った料理は」


「もう最高ですよ! アンナさん!」


 広い食堂の上座にいたアンジェリーヌの問いに、長いテーブルの一席に座っていたマリナはナイフとフォークを動かしていた手を止めると満面の笑みで答えた。

 先程から運ばれてくる数々の料理を機嫌よく頬張っており、ついこの前まで海水浴が中止になって打ちひしがれていたのが遠い過去のようである。

 

 ソラの向かいに座っているアイラも、普段どおりのクールな表情で分かりにくいがどこか満足気な雰囲気であり、グルメに特にこだわりのない彼女もサンマリノ料理を満喫しているようだった。


 ソラも白身魚のムニエルを切り分けて口に運ぶとその瑞々(みずみず)しい食感に思わず相好を崩した。

 実家のあるエレミアにも海産物が輸入され、内陸部とはいえ輸送手段に魔導具を用いたりと色々工夫が施されているので海鮮料理に不自由することはないのだが、海のすぐそばだけあってやはり新鮮度が違う。


 それに、この世界に生まれてから最高級レストラン並みの食事を日常的に食べてきたソラにとってもこれらの料理はお世辞抜きに美味しいと感じた。

 さすがに王女の料理番だけあって一流のスタッフが揃えられているようだ。


 ソラはこのような豪華な食卓も久し振りだと思ったが、同時にひとつ気がかりなこともあり、無意識の内に手の動きが鈍っていると、その様子に気づいたアンジェリーヌが不思議そうに尋ねてきた。

 

「ソラさん? もしかしてお口に合いませんでしたか?」


「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


 口ごもるソラだったが、やがて意を決して尋ねてみることにした。


「……あの。つかぬ事を伺いますけど。この中に邪悪なる生物――いえ、海グモを使用した料理とかないですよね」


「ああ。ありませんよ。身の食感や味がカニに似ているのでサンマリノの住民が好んで食べていますけど、私は見た目からしてどうしても受け付けられないので、この屋敷では使用しないように言いつけてあるんです」


「そ、そうですよね! ありえないですよね!」


 安堵したソラが思わず身を乗り出すように言うと、その大げさなリアクションにアンジェリーヌがやや呆気に取られていた。


「プリプリして美味しいんですけどなあ」


 一方、アンジェリーヌの背後に控えていたパトリックは理解できないという風に首を傾げており、このオッサンとは仲良くなれそうもないとソラは思うのだった。


「……ただ、今はまだいいですけど、平穏な海を早く取り戻さなければ、こうして当たり前のように享受している海の幸を堪能することもできなくなってしまいます」


 とは眉をひそめながら言ったアンジェリーヌの言葉である。

 やはり海賊や魔物のせいで近隣住民の食卓に影響が出始めるのも時間の問題のようだった。


 それから食事もひと段落すると食後のデザートタイムに移った。

 出されたのは『グラニテ』と呼ばれるシャーベット状のデザートで、旬の果物と少量のワインとのブレンドが絶妙であり、ソラの隣に座っている妹のほっぺたが落ちそうになっている。


「サンマリノの街はどうですか? 気に入っていただけたのなら良かったのですが」


 アンジェリーヌの問いに、ソラが開放感があり住み心地が良さそうな街だと答えると、彼女はそれは良かったと我が事のように喜んだ。


「サンマリノという名前は太陽と海の街という意味で、市章のデザインもこれを表現しているんです」 


「じゃあ、私の名前と同じですね。両親がくれたマリナという名前も海を意味する単語から付けられてるんですよ」


 マリナはスプーンを止めると、大きなくりくりとした深い海を想起させる真っ青な瞳をアンジェリーヌに向けた。


「名前といえば、アンジェリーヌさんの愛称と『クイーン・アンナ号』の名前が同じなのは理由があるんですか?」


「私の名前は初代女王アンナのように強く、凛々しく、そして民のために身を粉にできる君主になるようにと、先代の王である祖母が名付けてくれたものなんです」


 その説明にマリナがなるほどと頷き、続いてソラも次期女王であるアンジェリーヌがこの街の市長をしているのにも何か理由があるのか訊いてみると、元々サンマリノは初代女王が革命以前のまだ地方領主だった頃に領地としていた土地らしく、海賊バルバロイと共に新たな国を興してからは、原点を忘れないようにするためと領地運営の勉強も兼ねて次の国家元首がこの街の市長を務める習わしができたのだと教えてくれた。


「海賊バルバロイが初代女王と力を合わせてこの国を建国したという話は聞きましたけど、もしかしてこの国の王族は……」


「そうです。私たち王家の人間はバルバロイの子孫ということになりますね」


 ソラの疑問にアンジェリーヌがあっさり肯定すると、再びデザートに取りかかっていたマリナが急に食いついてきて、 


「――ということは! 初代女王アンナと海賊バルバロイは共闘するうちに恋心が芽生え、二人は手に手を取り合いあらゆる苦難をはねのけながら遂に悪党どもを倒して建国を果たし、そしていつの間にか二人の間には可愛らしい赤ん坊が生まれ、その子孫達が現在の平和な国を守り続けているわけですね!」


 などと一瞬で妄想をふくらませていたが、確かに話だけを聞けば典型的な英雄譚であり、苦しんでいた民を解放した勇気ある義賊と貴族の娘という組み合わせもロマンチックで女の子が興味を持ちそうである。


 ただ、口にスプーンを挟んだまま興奮している妹の姿はまるでせんべいを片手に昼ドラに釘付けになっているオバサンであり、その様子をソラは隣から呆れながら眺めるのだった。


 アンジェリーヌもマリナの食いつきっぷりに苦笑していたが、概ねその通りだと頷き、バルバロイは生涯伴侶であるアンナを支え国のために尽くしたのだと語った。


「バルバロイといえば『魔の三角域』の中心にある『幻影の島』に彼が隠したという財宝が眠っているんですよね」


「俗に言う『バルバロイの遺産』の事ですね。あれは単なる伝説に過ぎませんよ。一部の歴史学者によれば後世の人間が面白半分で付け加えた説が濃厚らしく、そもそも『幻影の島』が実在するかどうかも疑わしいですから」


 目を輝かせながら尋ねるマリナだったがアンジェリーヌは噂に過ぎないと首を横に振って否定した。

 彼女が言うには王家にも何も伝わっておらず、噂の根拠となっているバルバロイが残したという海図も真贋の見極めが難しいのでいまいち信憑性に欠けるらしい。

 それに、『魔の三角域』の近辺にはいくつかの無人島が存在していて、そこに古びた遺跡が残っているそうなのだが、実際にはそこを根城にしていた可能性が高いそうだ。


「その海域にはどうしても入れないんですか?」


「ええ。変化の激しい気候も厄介ですけど、海流の関係でどうしても中心部には近寄れないのです」


 ならば飛行系の魔導で障壁を張りつつ接近を試みてはどうかとソラは提案してみたが、『魔の三角域』の海底には魔障石という強力な魔力障害を発生させる鉱物が大量に埋蔵しているらしくやはり無理らしい。 


 他にもドラゴンの鳴き声やら海底ピラミッドなどの話題も出たが、どれもはっきりと確認できたわけではないので結局噂の域を出ないとのことだった。


「人間が立ち入ることができず、また大昔から摩訶不思議な言い伝えが多い海域ですから様々な噂が広がりやすいのでしょうね」


 最後にアンジェリーヌがそう締めくくるとマリナは残念そうに肩を落とし、ソラはそんな妹の頭をぽんぽんと叩いた。


「いい加減あきらめなよ。そもそも今はそれどころじゃないし」


「……面白そうだったんだけどなあ。残念無念だよ。――というわけで、傷心の妹のためにお姉ちゃんのデザートを寄越しなさい!」


「あ! ちょっと!」


 落ち込んでいるフリをしていたマリナは、まだ残っていたソラのデザートに銀光を閃かせながらサクッとスプーンを高速で差し込み、そのままごっそりと削り取ってぱくっと己の口に運んだのである。

 まさに反応する間もないほどの早業であった。


「ん、やっぱり美味しー♪ この口の中でほんのりと溶けていく感じがたまりませんなあ」


「ま、またそんな意地汚い真似を……。というか、私のデザートを……」


 密かに幸せを噛み締めながらゆっくりと食べていたソラがぷるぷると怒りに打ち震えていると、その様子を見ていたアンジェリーヌがくすくすと微笑んだ。


「姉妹で仲が良いんですね。とても羨ましいです」


 後で妹に制裁を加えようと誓っていたソラはどこか寂しそうな表情をしたアンジェリーヌに視線を向ける。


「アンナさんはご兄弟とかいないんですか?」


「ええ。残念ながら。エレミアで初めてマリナさんとお会いした時も、彼女のような元気な妹や弟がいてくれたらどんなに良いかと思いました」


 アンジェリーヌはマリナを微笑ましく見つめていたがふと表情を(かげ)らせた。


「……昔はジョシュアも快活な子でよく私に懐いてくれていたのですが、ここ何年かは疎遠になってしまって、どうも避けられているようなのです。もしかしたら嫌われてしまったのかもしれません」


 そう言って目を伏せるアンジェリーヌを見てソラはオルビア村での二人のやり取りを思い出す。

 あの金髪の王子の態度は素っ気なかったものの明らかに王女を意識していたように見えた。

 理由は知る由もないが年頃の男の子なので色々と思うことがあるのもしれない。


 すると、(かす)め取ったソラのデザートを食べ終えたマリナが口を挟んできた。


「そんなに思い込むことはないと思いますよ。少なくとも嫌われてはいないと思います」


 急な言葉にアンジェリーヌはやや戸惑っていたが、マリナはスプーンを置きながら続ける。


「ただ、子供の頃と違ってアンナさんを女性として意識し始めただけですよ。ほら、男の子って綺麗な年上の女性に弱いですし」


 マリナはそう言うと意味深な流し目を向けてきたのでソラはさりげなく視線を逸らした。

 確かに女の子になった現在でも綺麗なお姉さんは嫌いではない。


 それからアンジェリーヌはしばし考え込んでいたようだったが、やがて顔を上げるとマリナに向かって「ありがとう」と一言呟いたのだった。






 しばらくして、全員がデザートを平らげたタイミングを見計らってアンジェリーヌが姿勢を正して真剣な視線を向けてきた。


「今日は惜しくも海賊を逃してしまいましたが、明日は予定通り討伐作戦を行います。そこで、もう察しがついているかもしれませんが、今夜皆さんお呼びしたのはお礼の他に討伐への参加を打診するためなんです」


 そのアンジェリーヌの要請にソラはやはり来たかと内心で思った。

 夕食に誘われた時点で大体予想はついていたのだが。


「ただの海賊退治ならば皆さんのお手を借りるまでもないのですが、昼間のように水棲型の魔獣が関わってくるとなると出来るだけ多くの魔導戦力が欲しいんです」


 水中から自在に襲ってくる魔獣相手だと通常の武器で対抗するのは難しく、頼みの大砲も海中では威力が落ちてしまい、また準備に時間がかかるので狙いを定めるのにもひと苦労である。

 なので臨機応変に様々な攻撃方法を駆使できる魔導士がひとりでも多ければそれに越したことはないのだろう。


「先の戦闘から実力だけでなく若くして相当な実戦を積んでいる様子が窺えました。ですからその力を私どもにお貸し願えないでしょうか」


 そう言って頭を下げるアンジェリーヌとパトリック。


 ソラとしてもさすがに王女からの直々の依頼を無下にはできず、こちらを頼ってくれている人間を突き放すのには抵抗があり、偶然ではあるがもうある程度関わってしまっているので見て見ぬフリもできない。


(乗りかかった舟ってやつだよね)


 たぶん、サンマリノを訪れた時点でこうなる運命だったのだ。

 残りの滞在日数的にかなりスケジュールが厳しくなったがこうなっては仕方がない。


 ソラが確認のために隣に視線を向けると、マリナは分かりやすく目をキラキラさせ、アイラはあくまでこちらの決定に従うという表情をしており、どうするか聞くまでもないようだった。


 ソラは内心で軽く息を吐いてから承諾の意思を伝えると、アンジェリーヌはお礼を述べつつ安堵の笑みを見せ、その後さっそくパトリックから明日の予定について説明を受けることになった。

 

「これまでの調査により、海賊達が先程会話の中にも出てきた『魔の三角域』付近にある無人島の遺跡をアジトにしていることが有力ですので、そこを明日の午前中に出発した『クイーン・アンナ号』と援軍であるジョシュア様との船で急襲する手はずとなっております」


 そして、なぜかこの作戦を聞いて喜んだのがマリナであった。


「お姉ちゃん、運が向いてきたようだよ。アンナさん、無事に海賊達を懲らしめた後でいいので少しだけ『魔の三角域』を覗かせてください!」


 場所がちょうど例の海域の近くなので、あわよくばそのまま探索したいという魂胆がミエミエであった。

 どうやらこれっぽっちも諦めていなかったらしい。


「あのねえ、マリナ。あんたの好奇心のためにアンナさん達まで危険に晒すわけにはいかないんだよ」


「少し様子を見るだけだってば」


 なおも食い下がる妹をソラがたしなめようとすると、おもむろに食堂の扉がノックされてジョシュアと眼帯を付けた魔導士が入ってきた。

 

 ジョシュアが討伐の際の連携などを改めて確認したいらしく、アンジェリーヌは頷くとソラ達にゆっくりしていくよう言って自分の執務室に二人だけで歩いていった。

 もしかしたら、先程のマリナとのやり取りから一度じっくり話し合うと思ったのかもしれない。


 二人を見送ったソラはコップに入っていた水を飲みながら、しばらく休んでから宿に戻ろうかと考えていると、食堂に残っていた眼帯の魔導士が近寄ってきた。


「あなたは……」


「昼間はご挨拶できませんでしたね。私は宮廷魔導士を務めているテオドールという者です。どうぞお見知りおきを」


 そう言うと、テオドールは左目をわずかに細めてソラを見下ろしたのだった。

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