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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
四章 魔法使いと幻影の島
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第6話

(海中からの攻撃!?)


 海賊達との戦いに決着がつくかと思われた矢先、突如海を割って出てきた長い触手のような物が立ち尽くすアンジェリーヌを襲い、ソラや他の人間もまたスローモーションのように流れる出来事をただ眺めることしかできずに硬直した時だった。


「――くっ!」


 最前線で敵と斬り結んでいたアイラが咄嗟に反応し、攻撃が到達する直前でアンジェリーヌの前に滑り込むとクロスさせた双剣で受け止めてみせたのだ。


 しかし、相当重い一撃だったのか、アイラは踏み止まることができずに薙ぎ払われると、そのまま吹き飛んで近くの小屋へと激突する。


「アイラさん!」


 派手な衝突音と土埃を上げながら小屋の中に姿を消したアイラを見てアンジェリーヌが悲鳴を上げ、ここでようやくソラ達の時間が動き出した。


「このおっ!!」


 地面を踏み込んで加速したマリナがあっという間にアンジェリーヌのそばまで達すると、攻撃を再開させようと蠢いていた白い触手に魔力を込めた剣を叩きつけて弾き飛した。


 たまらず触手が海中まで戻ったのを確認したソラとパトリックは急いで立ち尽くしたままのアンジェリーヌに駆け寄る。


「ひ、姫様! お怪我はありませんか!」 


「え、ええ。でも、アイラさんが」


 まだ動揺が収まらない様子のアンジェリーヌが心配そうに小屋へと視線を向けてアイラを助けようと動きかける。


 だが、すぐ近くに正体不明の敵が潜んでいることは由々しき事態であり、海賊の味方だと決まったわけではないがもはや優勢だった状況は一変した。このままではアンジェリーヌ達を守りきれるかどうか分からない。


「アンナさんとパトリックさんは一旦下がってください。アイラは私が――」


 と、ソラが二人に後退を促そうとした時だった。


 またもや海賊船のそばから大量の水飛沫(みずしぶき)が上がったかと思うと、例の白い触手が今度は何本も飛び出してきたのである。


「うわ! なんか数が増えてるし! 何なのこれ!」


 先程の攻防で優先して排除しなければならない対象にでもされたのか、数本の触手が一斉にマリナへと襲いかかる。


 しなるように伸びてくる触手は杭のように地面を次々と突き刺すが、その間を妹は器用に掻い潜り、時に剣で弾きながら回避する。


 ソラはマリナを援護しようと魔導の構築を始めたが、残りの触手が高速で向かってきたので慌てて横っ飛びで避けた。


 地面を転がりながら回避したソラがすぐに身体を起こすと、隣にいたアンジェリーヌ達も触手の攻撃をぎりぎりでやり過ごしていたが、その後も休む間もなく攻撃が飛んできて防戦一方となる。


(このままだとマズイね……。とにかく一本一本減らしていかないと) 


 ソラがアンジェリーヌ達をフォローしつつ反撃の機会を窺っていると、遠くから多くの人間の気配が近づいてくるのを感じ、しばらくするとここまで馬の(いなな)きや大勢が駆ける音が聞こえてきた。


「サンマリノからの援軍です! ようやく到着しましたな!」


 必死の形相で触手の攻撃を凌いでいたパトリックが同時に笑みを浮かべるという器用な顔真似をしながら歓喜の声を上げる。


 だが、逆に今まで静かだった海賊の頭が村の外に視線を向けて表情を引きつらせた。

 ソラの位置からは家屋が邪魔で視認できないが、船の上にいる彼からならばこちらに向かってくる兵士達がはっきりと見えるのだろう。


「くそ! やべえ! またわんさかと兵士どもが来やがった! おい、お前ら! さっさとズラかるぞ! 倒れてる奴らを急いで船に運び込め!」


 目の前で行われていた戦闘をただ眺めていた海賊達は頭の声を聞くと我に返ったように動き出し、指示通りに行動不能になっていた仲間を担ぎながら急いで撤退を始めるが、手一杯のソラ達にそれを止める余裕はない。


 そして、ソラの背後に援軍が姿が現すと出港準備を整えた海賊も慌てて船を離岸させ、駆けつけた兵士達が逃がすまじと一斉に矢を放つが、去っていく海賊船には届かずにむなしく弧を描いて海へと落ちていくのだった。


「小娘どもの邪魔のおかげでとんだ目に遭っちまったが俺らはこんな所で捕まってられねえのよ! がはははははは!」


 つい先程まで劣勢で顔を青くしていたのに、逃げることに成功した途端に威勢の良さが戻った海賊の頭が捨て台詞を放つと、同時にソラ達を執拗に攻撃していた触手もピタリと止まって引き戻されていった。


「さ、最初はどうなることかと思いましたが、とりあえず無事に追い返せましたな」


 更に髪がボサボサになっているパトリックが胸を撫で下ろし、海賊には逃げられたもののようやく戦闘が終了するのかとその場に安堵の空気が流れた時だった。


 まるで皆が緊張を解く瞬間を待っていたかのように、海賊船とともに去ったと思われた白い触手が海中から伸びてきたのである。


 身体の力を弛緩(しかん)させていた一同が意表を突かれて反応できずにいると、地を這うように進んできた触手はアンジェリーヌの細い腰に巻きつきそのまま持ち上げたのだ。


「姫様!?」


「アンナさん!」


 悲鳴を上げるアンジェリーヌが海の方へと引き寄せられるのを見てソラは空中に魔導紋を描きながら急いで追いかける。このまま海中に引きずり込まれれば生還は絶望的だ。その前になんとしても阻止しなければならない。


「<炎の槍(フレイム・ジャベリン)>!」


 ソラはアンジェリーヌを捕まえたまま物凄い勢いで引き戻される触手を焼き切ろうとその根元に向かって魔導を放つ。


 だが、灼熱の槍は太い触手の根元に突き刺さった途端にバチッと火花が散るような音がして搔き消えてしまったのだ。


「――え!?」

 

 予想だにしなかった展開にソラは目を見開くがすぐに気持ちを切り替えて新たな魔導の準備に入る。今は動揺している暇さえないのだ。


 しかし、ソラが魔導を完成させるよりも早く触手が海岸までたどり着いてしまい、兵士達も何もできずに茫然と王女が連れ去られるのを見送った時だった。


「――<水圧の刃(アクア・カッター)>!」


 背後から静かに聞こえてきた若い男の声とともに圧縮された水が一直線に伸びて今まさにアンジェリーヌを海に引きずり込もうとしていた触手を(したた)かに撃ったのである。


(魔導士!)


 ソラが構築中の魔導を変更しつつちらりと後方に視線を向けると、そこには兵士とは違う服装をしたそれぞれ豪華な衣服を着た若者と紫色のローブを纏った男の二人組がいた。

 

 どうやら紫ローブの方が魔導士のようで、触手を切断しようと加圧された高密度の水流を絶妙な加減で操作しており、<水>属性の中級魔導とはいえ扱いが難しい術なのだが完璧に制御して噴射された水を収束させている。


 だが、触手は若干怯んだもののやはり切断までには至らずに動きを再開させようとしたがそれで十分だった。


「はあああっ!!」


 追いついたマリナが高々と跳躍しながら蒼い輝きを宿した強力な一撃を振り下ろし、魔力のこもった剣と触手とが衝突した瞬間、硬質で耳障りな音がして一瞬拮抗したがそのまま見事に切り裂く事に成功したのだ。


 マリナは解放されて落下するアンジェリーヌを受け止めると急いで後方に跳び退(すさ)るが、また海から何本もの触手が出てきてしつこく追いすがり、もう少しで逃げる二人に絡みつこうとした時にソラの魔導が完成した。


「<大津波(ダイダル・ウェイブ)>!」


 マリナ達の前に突如出現した怒涛の波が殺到する触手を押し流すと、背後から豪華な服を着た貴族っぽい方の男が声を上げた。


「今だ! 一斉にかかれ!」


 その鋭い声に従い、ここでようやく隊列を組んだ兵士達が駆けつけて槍で攻撃する。


 何十もの槍が次々と突き刺さっても有効なダメージは通らなかったが、さすがに分が悪いと感じたのか触手は抵抗することなく海中へと戻っていった。


 ソラはまた出てくるのではとしばらく警戒していたが、もう触手が現れることはなく海中に潜んでいた何者かの気配も完全に消えたようで今度こそ本当に去ったようだった。


「ああ……姫様、私は心臓が停まるかと思いましたぞ」


「……また心配をかけてしまいましたね。けど、あの白い触手みたいなものは一体……」


 間一髪で助かったアンジェリーヌが額の汗を拭いながらパトリックの手を借りて立ち上がると、マリナが切断されてもしばらく跳ねていた先っぽにゆっくりと近づいて足で裏返す。


 すると、白くて光沢のある触手の裏側には見覚えのある丸い吸盤のようものがびっしりとくっついており、それを見たマリナがぽつりと呟いた。


「……イカの足?」



 ※※※



 海賊達が去った後、兵士達による警戒や村の住人を呼び戻す作業などで喧騒に満ちている村の片隅にてソラはアイラに治癒術を施していた。


「大事に至らなくて良かったよ」


「面目ありません。私としたことが……」


 ソラはややうな垂れているアイラの傷が完全に癒えたのを確認して笑顔を浮かべる。

 触手の攻撃を受けてかなり派手に小屋へと突っ込んでいたが、壁にぶつかる寸前で<内気>を全身に張り巡らせて衝撃を最小限に抑えていたらしくかすり傷程度で済んでいたのだ。

 ただ、まともに受身も取れずに戦闘が終了するまで気を失っていたので、彼女は己を責めているのだった。


「アイラさんが謝る事はありません。元はと言えば私をかばったせいで気絶してしまったのですから」


 治療を見守っていたアンジェリーヌもアイラを慰めるように言ったがソラも彼女は良くやったと思う。

 誰も動けなかったあの瞬間、ひとりだけ機敏に反応して王女を守ったのだから。やはり元傭兵だけあってこのメンツの中でも経験値というか危険察知能力がずば抜けているのだ。


「それにしても、あの白い触手の持ち主はやはりクラーケンなのでしょうか」


「おそらく間違いないと思います」


 ソラはいつの間にかきっちりと身なりを整えていたパトリックに答える。

 マリナが斬り落とした触手の一部を観察するに、巨大イカの怪物クラーケンの足と判断するのが妥当だろう。


「でも、ただのクラーケンとも思えないよ。やたらと硬かったんだけど、あれは皮が厚いだけじゃなくて魔力を帯びていたせいだと思う」


「それは私も一撃を受けた時に感じました。でなければあのような無様な失態を犯したりはしなかったはずです」


「となると、あいつはやっぱり変異した魔獣ってことなのかな」


 マリナとアイラの証言を聞き、ソラはそれならあのタフさにも納得だと頷いた。

 稀に土地を流れる魔力の影響を受けて怪物(モンスター)が強力な魔獣へと進化することがあるのだがあのクラーケンもその可能性が高そうだ。


(でも……) 


 ソラがアンジェリーヌを助けるべく触手の根元に<炎の槍(フレイム・ジャベリン)>を放った際、万が一のことを考えて威力を絞っていたとはいえ、ダメージを与えるどころか吹き散らされるように消えてしまったのだが、一体どうやって防いだのか見当がつかないのである。 

 それに、援軍の中にいた紫ローブの魔導が直撃しても動きを止める程度の効果しか発揮しなかった事といいまだ何かあるのかもしれない。


「ですが、本当に深刻なのは触手が海賊の手助けをしていたように見えた事です」


「ですな。人間と魔獣が連携するなど普通なら考えにくいですが、先の戦闘を考察するに偶然とも思えません」


 眉根を寄せながら憂慮の声を出すアンジェリーヌとパトリック。

 おそらく彼らはたまたま重なったのだと思われていた海賊と怪物たちの活動開始時期にも何か関係があるのではと思い始めているのだろう。


「クイーン・アンナ号が海賊船に追いついていればいいんですけど……」


 おそらく望みは薄いだろうと思いつつもソラは呟く。

 本来なら陸路を行く兵士達と同時刻にクイーン・アンナ号が到着する予定だったのだが、出港準備に少々手間取ってしまったらしく、結局海賊達が去ってしばらくしてから駆けつけたのである。そのまますぐに追跡に入ったのだがこの分だと逃げられる可能性が濃厚だ。


 一同が沈黙していると前方から二人の男が歩いてくるのが見えた。

 陸路の兵士達を率いていたらしい豪華な服の若者と紫ローブの魔導士である。


(たしか……ジョシュアさんだっけ?)


 ソラは先頭を歩く豪華な服の男性を眺めつつ事前に聞いていたパトリック情報を思い出す。

 彼はアンジェリーヌの従弟(いとこ)に当たる人物だそうで、こうして改めて見ると金髪の濃さや整った顔立ちなどがよく似ており、年の頃はアイラと同じ十六らしくまだ少年と言っていい年齢だが、当然王族の一員なので上品な服装や貴族然とした振る舞いにも納得であった。


 ジョシュアはこちらまで歩み寄ってくると優雅に会釈してから自己紹介する。

 どうやらソラ達の素性を知っていたようで、「エーデルベルグ家の方々とお会いできて光栄です」などと言っていたが、表情をぴくりとも動かさないので完全な社交辞令だと分かるほどだ。


「ジョシュア」


「まずはご報告させていただきます」


 アンジェリーヌが呼びかけるがジョシュアは軽く頭を下げるのみで目も合わせずにどこか素っ気無い態度で報告を始める。


「先程船から伝書鳩が飛来して、海賊船に追いつくことはできず完全に見失いこれからサンマリノに帰投するとの報告が届きました。それから、村の中で気絶していた海賊にも逃げられていましたが、幸いにも避難していた村人は全員無事で村の警備兵にも犠牲者は出ませんでした」


「そう……」


 その報告にアンジェリーヌは複雑な表情で頷いたがすぐにジョシュアに顔を向けた。


「ところで、なぜあなたが援軍の指揮を執っていたのですか? いえ、そもそもどうしてここに……」


「私が王都からサンマリノへ追加配備される増援の指揮を任されたからですよ。当然明日の海賊討伐には私も同行します」


「……あなたが?」


 アンジェリーヌは絶句したようだったがすぐに厳しい顔で首を横に振った。


「危険です。あなたも先の戦闘を見たでしょう。場合によっては魔獣も相手にしなければならないのよ」


「これは国王陛下も承認済みです」


「駄目です。あなたにはまだ早すぎる。父上は何を考えていらっしゃるのか」


 なおもアンジェリーヌはかぶりを振って諭すように言ったが、これまで冷静だったジョシュアはやおら表情を険しくすると、


「……私をいつまでも子ども扱いしないでください。王太女殿下」


 と、激情を押し殺すような声を漏らしてうつむいたのだ。


「ジョシュア、私は――」


 ハッとしたアンジェリーヌが歩み寄って肩に手を置こうとしたが、ジョシュアはかわすように素早く身を引くと、


「……まだ今後の警備の打ち合わせなど仕事が残っておりますのでこれで失礼します」


 そう言ってそのまま最後まで目を合わせずに踵を返し、アンジェリーヌは手を宙に浮かせたまま固まるのであった。


(……従弟だって言ってたけど仲が悪いのかな?)


 二人のやり取りを見ていたマリナが小さな声でソラに耳打ちしてくるが、仲が悪いというよりはジョシュアの方が意固地になっているような印象を受けた。


 ソラが途方に暮れているアンジェリーヌの背中を見つめていると、視界にジョシュアにつき従うように後を追う紫色ローブの魔導士の姿が入ったが、ふとフードの中に奇妙なものが見えた気がした。


(……眼帯?)


 思ったよりも若いその顔の右半分には、まるで覆い隠すように黒い眼帯が付けられていたのである。


 ソラが海賊の頭といい今日はよく眼帯を付けた人間を見かける日だと思っていると、こちらの視線に気づいたのか紫ローブの魔導士は左目をこちらに向けた。


(……?) 


 すぐに顔を戻したので気のせいだったのかもしれないが、ソラには彼のひとつしかない眼が鋭く細められていたように感じられたのだった。

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