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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
四章 魔法使いと幻影の島
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第4話

 冒険者協会で突然二人組の兵士に声をかけられたマリナ達は彼らの案内でサンマリノ市庁舎の前にいた。

 全体的に白で統一されている街並みと同じく、行政の中心地たるこの建物も真っ白な三階建てで、扉の上にはそれぞれ国と市の紋章が描かれた二枚の旗が交差するように飾られている。

 堅固で年季の入った石造りの建物は歴史を感じさせたが、開放感のある街に溶け込んでいるだけあってちょっとオシャレなホテルに見えなくもない。アロハシャツを着用した職員が出勤していそうな雰囲気である。


「さあ、どうぞ。執務室で市長が皆様の到着を首を長くしてお待ちしているはずです」


 片方の兵士が笑顔で扉を開け、マリナ達は先導する彼らに続いて市庁舎へと入った。


 市庁舎の中は広々としており、所々にカラフルな観葉植物が配置されていて、想像していたよりも(くつろ)げそうな空間だったが、役所らしく粛々と仕事を行っているというイメージとは違い、職員達が頻繁に行き来していて慌しい雰囲気だった。もしかしたら明日に控えているという海賊討伐の件が関係しているのかもしれない。


 マリナは廊下を早足に通り過ぎていく職員を横目で眺めつつ隣を歩いていたソラの耳元に顔をそっと近づける。


(お姉ちゃん。この分だと心配する必要はないみたいだね)


(私も最初はちょっと身構えたけどね)


 建物内を興味深そうに観察していたソラも小声で返してくる。

 国の兵士から急に声をかけられれば警戒してしまうのはいささか仕方のないところだが、心当たりは十分すぎるほどあったのでそこまで不審にも思わなかった。

 理由は予想通り先程の海での騒動に関してで、話を聞けばマリナ達が解決に大きく貢献したという報告を受けたサンマリノ市長が直に会ってお礼を言いたいのだと言う。


 それからマリナ達がしばらく廊下を進むと階段があり、最上階である三階まで上がると職員達の喧騒が消えた。ここまでは一階の騒がしい音も聞こえてこないようだ。


 やがて一同が三階の一番奥にあった扉の前まで行き着くと、兵士がかしこまって軽くノックする。  


「市長。ソラ・エーデルベルグ御一行様をお連れしました」


「――ご苦労様です。お通ししてください」


 部屋の中から聞こえてくる涼しげで落ち着いた女性の声。


 マリナはそのまだ若い女性の声を耳にして意外な気持ちになる。

 大きな港町の最高責任者だというので、勝手にグエンのような頼りがいのある海の男を想像していたのだ。


「では、皆さま。どうぞお入りください」


 二人の兵士が両側から丁寧に扉を開き、マリナ達は柔らかな光に照らされた執務室へと足を踏み入れる。

 部屋の内部は市のトップが使用しているだけあって広々として豪華な造りとなっていたが、持ち主の性格が現れているのか、調度品などは華美になりすぎず全体的に落ち着いた色でまとまっていた。 


 そして、穏やかな潮風を受けた白いカーテンが揺れている窓のそばにはひとりの女性が佇んでいた。


 その女性はマリナ達が入室するとゆっくりと振り向き、その動きに背中まである美しい金髪がサラサラと流れる。


(あ――)


 マリナは女性の顔を視界に入れたとたん目を見開き、脳裏にいくつかの光景がフラッシュバックした。


「あなたは……」


 隣では同じくソラも驚いていたようだがそれも当然だろう。帽子と剣こそ外しているが、見覚えのある整った顔立ちと背中が真っ直ぐに伸びている綺麗な立ち姿は間違いない。岬の先端を航行していた大型船の甲板に立っていた金髪女性だったのだ。


「皆さんよくお越しくださいました。私がサンマリノの市長を務めるアンジェリーヌです」


 そう言ってアンジェリーヌは優雅に会釈してみせると、最後にマリナへと視線を向けて口元にかすかな笑みを浮かべたのだった。






 アンジェリーヌが扉の近くに直立不動で控えていた兵士を下がらせると、ここでようやく予想外の再会に動きを止めていたソラが始動したようだった。


 ソラはエーデルベルグ家の長女として三人を代表するように一歩前に出ると、軽く頭を下げながら洗練された所作で挨拶しようと口を開いたが、


「あーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


 マリナの部屋中に響くような大声によって掻き消されてしまったのだった。


「ちょっと、マリナ!」


 すぐそばで大声を上げられたソラが耳元を押さえながら(とが)めるように言うがマリナの耳には全く届いていなかった。


「思い出した! あなたはあの時の……!」


 なおも驚愕の声を上げるマリナのローブをソラがくいくいと引っ張る。


「それは分かってるよ。岬の前を通り過ぎた船にいた人でしょう。それよりもお行儀が悪いよ」


「違うんだってば、お姉ちゃん! 私、アンジェリーヌさんと前にも会ったことがあるんだよ!」


「え?」


 どうも微妙に話が噛み合っていないことに気づいたらしいソラが首を傾げると、アンジェリーヌがくすくすと上品に笑いながら執務机を回りこんで近づいてきた。


「ええ。お久しぶりですね、マリナ・エーデルベルグさん。およそ一年ぶりでしょうか」


「あ、はい。去年ぶりです」


 そのやり取りを見ていたソラが驚いた様子で二人を見比べる。


「えっと、お知り合い?」


 なぜ妹がサンマリノの市長と知り合いなのか()せないという表情をするソラに、マリナは毎年恒例のエレミア建国記念祭に国の代表として招かれていたアンジェリーヌと元老院主催の晩餐会で顔を合わせたのだと説明した。


(どうりで見覚えがあったはずだよねえ)


 岬の先端ですれ違ったあの時、ただ目を引かれたというだけでなく、どうも記憶の奥底を刺激された感じがして気になっていたのだが、これですっきりした気分である。


 妹の説明を聞き終えたソラはようやく腑に落ちたと頷いた。


「そうだったんですか。昨年の建国記念祭に……。ちっとも知りませんでした」


「マリナさんのお姉さんであるソラさんはあの場にいらっしゃらなかったようでお会いできなかったのです。ご高名なソラさんと一度お話してみたかったのですが……」


 アンジェリーヌが残念そうに言うと、ソラはどこかバツが悪そうに目を逸らした。


「正式な式典とかならともかく、姉はその手のパーティーにはあまり出たがらないんですよ」


「そういえば、ソラお嬢様は色々と理由をつけて出席を見送られていましたね」


「う……」


 マリナとアイラに立て続けに言われてソラは顔を赤くする。

 国内外の有力者達が参加する格式の高いパーティーだが、姉はドレスを着て愛想笑いを浮かべながら本人にとってはどうでもいいお喋りをひたすらこなさなければならないのが苦痛なのだ。

 加えて本人にとって不幸なのは、知名度が高いゆえに会話を望む人間がやたらと多く、それこそ休む暇がないほどなのである。


 ちなみに、ソラと同じくあのような場所があまり得意ではない祖父ウィリアムと父トーマスも仕事を理由に逃亡しており、結局家の代表として手慣れているマリナと母の二人が出席したのだった。


 ソラは内情を暴露されてしばらく耳まで赤くしていたが、ふと何かに思い当たったような顔をした。


「……あれ? でも、国の代表としてエレミアに来られたということは、もしかしてアンジェリーヌさんは……」


「――そうです。この方こそがサンマリノ市長にして我が国の王族であるアンジェリーヌ・ド・ロレアス・コルベンヌ王太女殿下にございます」


 コホンとわざとらしく咳をつきながら脇から出てくる初老の男性。


 マリナはその堅物そうな執事という雰囲気の男性を見て、そういえばこの人もいたなあと割と失礼な事を思った。

 一応、最初から視界には入っていたのだが、アンジェリーヌに気を取られていたこともあって、途中から彼の存在をすっかり忘れていたのである。


「紹介が遅れましたね。彼は私の幼い頃の教育係で現在は市長補佐をしてくれているパトリックです」


「パトリックと申します。このたびはエレミアの要人である皆々様方とお会いできて光栄であります」


 アンジェリーヌから紹介を受けたパトリックは深々と腰を折ってマリナ達に向けて丁寧に一礼してみせたが、すぐにキッとこちらを見据え、


「……ですが! アンジェリーヌ様は次期女王となられるお方でありますので、皆様もお名前をお呼びする際にはきちんと『王女』ないしは『殿下』とお付けして――」


「私の事はアンナと愛称でお呼びくださって構いませんよ。ソラさんとマリナさんはエーデルベルグ家の直系。これが意味するところはあなたも理解しているはず。私と友人のように振る舞ってもなんら問題はないでしょう」


 遮るようにアンジェリーヌが言うと、パトリックは渋々とではあるがすぐに引き下がったのだった。

 表情には現れずともなんとなく不満そうな様子が窺えるが、さすがに主の意向に逆らって客人の前で恥をかかせるような真似はしないようである。


「ごめんなさい。パトリックは少し融通の利かないところがあって」


 アンジェリーヌはそう言うと顔つきを改めてマリナ達と向き合った。


「ともあれ、皆さんをお呼びしたのは海水浴場での件です。岬ですれ違った時もマリナさんとの偶然の再会に驚きましたが、怪物を退治したのが皆さんだと警備の兵に聞かされて二度驚きました。ですから市長としてお礼を言わせていただくためにお呼びしたのです。――本当にありがとうございました」


 揃って頭を下げるアンジェリーヌとパトリックにマリナ達が頷くと、その後の会話は海賊と並んで海を騒がせている怪物の方へと移っていった。


「……それにしても、私たちの船が通り過ぎた直後に海水浴場が襲われるなんて……。皆さんがいなかったらと思うとゾッとします」


 形の良い眉をひそめるアンジェリーヌ。

 一通り巡回を終えて港に帰還しようとしていたところを襲撃されて少々ショックを受けているようだ。


「彼らが海で暴れている原因は判明していないと聞きましたけど」


「ええ。調査は行っているのですが、今は海賊退治を優先しているので、これがなかなか……」


 どうやら進捗状況は(かんば)しくないようでアンジェリーヌは言葉を濁したが、動かせる艦船や人員も限られているので両方を同時に取り組むのは難しいようだ。


 ただ、これまでの被害は微々たるもので済んでいたようだが、海水浴場にまで侵入されたのは深刻な事態であり、それにこの状況が長引けば当然流通面にも影響が及び、漁師など海で働いている人間達の生活も打撃を受ける事になるので悩ましいところだろう。


「ともかく、まずは海賊どもの掃討からですな。ひとつひとつ確実に解決していかなければ。とはいえ、海賊どもと怪物達の活動し始めた時期が重なるのは少々気になりますが」


「そうなんですか?」


 こちらも難しそうな顔で唸るパトリックにソラが興味を惹かれたように訊き返すが、アンジェリーヌは二つの案件に今のところ関連性は見出せずただの偶然だろうと言った。


「そういえば、海賊の討伐は明日だそうですけど、アンナさんが指揮を取るんですか?」


「はい。サンマリノ市長として、そして王族として、私が先頭になって解決する責任がありますから」


 マリナの質問にアンジェリーヌは力強く頷いた。

 その真っ直ぐで凛とした態度はまだ若いとはいえさすが次期女王といった威厳を宿しており、危険な役回りを決して部下任せにせず自ら率先してこなすことを当然の義務として課しているようだった。


(ほえ~。やっぱり凄い人だよね)


 アンジェリーヌに誇らしげな視線を向けているパトリックを眺めながらマリナは思う。

 建国記念祭で初めて出会った時から感じていたが、穏やかで優しい性格の中にもどこか人を惹きつけるカリスマ性を併せ持っており、彼女のことを慕い、また忠誠を誓っている人間はさぞ多いだろうと想像がついた。


 隣のソラも同じく感心したような表情をしていたが、当のアンジェリーヌは思案顔で何かを考え込んでいるようだった。


「……しかし、状況は予想以上に悪くなるばかりです。こうなったら……」


「姫様。それは……」


 おもむろにアンジェリーヌがマリナ達に真剣な表情を向け、パトリックが難色を示すように眉をひそめた時だった。


「――市長!!」


 突然、扉が勢いよく開かれて警備の兵が入ってきたのだ。

 よほど急いでいるのかノックもなく焦燥を滲ませながら近づいてくる。


「どうしたのですか?」


 そのただ事ではない剣幕に、アンジェリーヌが兵士を叱り付けようとしていたパトリックを押さえながら問うと、彼女の前に立った警備兵は敬礼してから、


「先程、北のオルビアから早馬が到着し、村から程近い沖にて海賊船が確認されたので至急増援を請うとのことです!」


「海賊が!?」


 兵士の報告に場の緊張が一気に高まる。


「姫様! すぐにクイーン・アンナ号でオルビアに向かいましょう!」


「ええ。けど、今から港に直行して駆けつけたとしても果たして間に合うかどうか」


 鋭い声で促すパトリックにアンジェリーヌは脇に立てかけておいたレイピアを手に取って準備しながらも移動手段に迷っているようだった。

 サンマリノ市から海岸線を十数キロほど北上した場所にあるというオルビア村までは、今から船を用意して向かうか、それとも馬を飛ばした方が早いのか微妙なところだ。


 だが、今は迷うことさえ許されないほど事態は切迫しており、早馬が到着した時間から考えればこの瞬間に海賊達が村を襲っていてもおかしくはないのだ。


「お姉ちゃん。アイラ」


 マリナが短く呼びかけると二人は何も言わずすぐに頷いた。

 こういう時はわざわざ意思を確認する必要もない。


「アンジェリーヌさん。私達にも手伝わせてください。魔導を使えば船や馬よりも早く到着できます」


 マリナの言葉を聞いて兵に指示を飛ばしていたアンジェリーヌとパトリックが驚いて振り返る。


「それは……あなた方三人で村に向かうということですか?」


 マリナが迷うことなく頷くと、即座にパトリックが「魔導士とはいえ、たった三人では無茶です!」と反対したが、アンジェリーヌは微笑すると青い羽の付いた帽子を被りながら進み出てきた。


「今は一刻を争いますし、海水浴場で見事に怪物達を撃退した実績もあります。ここはお言葉に甘えて皆さんに頼らせてもらいましょう。ただし、私も同行させてください。皆さんにだけ危険な仕事を押し付けるわけにはいきませんから」


 そうきっぱりとアンジェリーヌが言うと、パトリックも慌てながら追随したのだった。

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