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空色の魔法使い  作者: 乃口一寸
四章 魔法使いと幻影の島
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第2話

 お昼休憩を挟んでからまたひとしきり海で遊んだマリナたちはあらかじめ用意していたジュースを飲んで小休止していた。


「泳いでからのジュースはまた格別ですなあ」


「まだまだ元気そうだね……」


 パラソルの下で美味しそうにストローに口をつけているマリナをソラが呆れた様子で眺めている。


 ソラとアイラは間を置きながら交代するように泳いでいたのだがマリナは今までほとんど泳ぎっぱなしだったのである。

 どうも思っていた以上に海で遊ぶのに飢えていたようで、ちょっとした遠泳ほどの距離を泳いだはずだ。


「でも、何だかんだお姉ちゃんも楽しんでたよね。あれとか凄い力作」


 そう言ってマリナが指差す先には、砂を固めて作られたエーデルベルグ家のミニチュア屋敷がなかなかの存在感とともに鎮座していた。

 ソラが浜辺で休んでいる時に何気なく始めたらしいのだが、途中から凝り性のスイッチが入ってしまい、最終的にはアイラにも手伝ってもらって細部までとことんこだわった大作になってしまったのである。

 今も近くを通り過ぎる他の海水浴客たちがまじまじと見つめながら感嘆の声を上げていた。


「さて。潮も満ちてきたし、そろそろ引き上げようか」


 ジュースを飲み終わったソラが海の様子を眺めながら立ち上がる。

 気づけば少しずつソラお手製の屋敷が波をかぶるようになっており、陽が落ちるまでにはまだ時間があるがちらほらと他の客たちも帰り支度を始めていた。


「そだね。今日はここまでにしようか」

 

 まだ体力が有り余っているマリナもあっさりと了承した。

 この街には数日間滞在する予定なのでまだ海で遊ぶチャンスはあるし、この後に控えているサンマリノの観光も楽しみにしているのだ。


「最後に岬の先端から海を眺めてみようよ。きっと綺麗だよ」


 手際よく荷物を纏めた後、マリナの希望により岬の先端を目指すことになった。


 しばらく海岸沿いを三人で連れ立って歩くと、白い砂浜がゴツゴツとした岩場へと変わり、少々進むのに難儀したもののほどなくして岬の先端へと到着した。


「おおー!」


 マリナはどこまでも続く青い海を前にして歓声を上げ、隣のソラやアイラも気持ちのいい風を浴びながら目を細めていた。

 

「そういえば、この海を越えた先にクオンさんの故郷があるんだよね」


 ソラの武術の師匠であるクオン・タイガは東方の島国出身であり、聞けば生活様式など日本とよく似た文化を持つらしく、マリナとしても特に食文化には興味が涌くところである。


「師匠が生まれた土地ということもあるし、一度は行ってみたいよ」


 遠い目をしたソラが風でなびく白い髪を押さえながら言った。

 三年前に卒業してからは一度も会っていないので、今も世界中を放浪しているだろう師匠に思いを馳せているのだろう。

 それに、クオンというのは単なる武術の師というだけでなく、姉が怖れていた『魔法』という力と向き合うキッカケをくれた恩人でもあるのだ。


 しばらくそのまま三人で水平線を見つめていると、横合いから海を掻き分ける音ともに大きな気配が迫ってきたので、何事かとマリナが視線を向けてみると、


「あ、船だ!」


 まるで海を眺めているマリナ達に見せつけるようにして巨大な木造の帆船が悠然と航行してきたのだ。


 予想外の出来事に嬉しくなったマリナは目を輝かせながら帆に風を受けて力強く進んでいる船を見上げる。

 全身に真っ白な塗装が施されていて優美ですらあったが、同時に太い三本のマストを備えた全長百メートル近くある船体には威厳も感じられ、こうして間近で見るとかなりの迫力があった。


「船の名前は『クイーン・アンナ号』だって」


 ソラが船体に書かれていた文字を読む。


「もしかして、海賊船かな!」


「こんな町のそばを堂々と通るわけないよ。これだけ立派な船だと国が所有してる船かも」


 楽しそうなマリナにソラはやや呆れた表情をしたものの、やはり興味を惹かれるようで船を丹念に眺めていた。

 

 ちなみにこの世界にも海賊という職業は存在しており、沿岸諸国の一部では脅威となっているのだ。


「一応この国の旗を掲げていますし、甲板で作業している人間を見る限り問題ないと思いますが、側面にいくつも大砲を設置していますから戦闘が可能な船には違いないですね」


 アイラも鋭く観察しながら感想を述べるが、こんな時でもきっちりと警戒しているのが彼女らしい。

 仮に今突然襲ってこられても慌てずに対処してひとり残らず斬り伏せてしまいそうである。


「それにしても大きな船だよね」


「外海を航行するための帆船だよ」

 

 マリナたちの実家があるエレミアは内陸に位置しており、川や湖しか存在しないため、これほどのサイズの船を見かけることはまずない。これまでもせいぜい川を(さかのぼ)ってきた中型の商船くらいである。


「私もあんなおっきな船に乗ってみたいなー。そういえば、アイラは一度乗ったことがあるんだっけ」


「はい。傭兵団に買われた後、ライラと一緒に」


 もともと南大陸にある密林に住んでいたアイラだが色々と不幸な出来事が重なってしまい、妹のライラともども故郷を離れてこの中央大陸に渡ることになった際に利用したことがあるのだ。


「頼めば乗せてもらえないかな」


「遊覧船じゃないんだから無理だよ」


 これまで別荘のある湖で小舟に乗った程度なので、マリナが羨望の眼差しで通り過ぎる帆船を眺めていると、ふと甲板の上に佇んでいるひとりの人物に目が留まった。

  

「あれ、あの人……」


 お揃いの制服を着ている他の乗組員とは違い、ひとりだけ高価そうな衣服をまとい背筋をピンと伸ばした若い女性。年の頃は十代後半というところで、かぶっている青い羽のついた帽子からは美しい金髪が流れ出ており、毅然とした表情で前方を見据える姿は一枚の絵画のごとく様になっていた。


「もしかして、あの人が船長なのかな」


「どうかな。随分若い女性みたいだけど、たまたま乗り合わせた貴族のご令嬢とかなのかも」


 気になったマリナが何気なくその金髪女性を見つめていると、ソラとの会話が風に乗って聞こえでもしたのか、おもむろにこちらに視線を向けて微笑したのである。


 マリナが思わず動きを止めていると、その女性はすぐに顔を前に戻し、そのまま船はゆっくりとサンマリノ湾の入り口を横切るようにして去っていったのだった。






「さっきの女の人、格好良かったね」


「腰に剣を装備してたから軍人なのかも」


 一瞬だけこちらを向いた金髪女性の話題で盛り上がりつつマリナたちが来た道を戻っていると、岩場の陰から釣竿と魚を入れるための箱を持ったおじさんがひょっこり出てきた。


「おう、お前らもさっきの船を見たのか? やっぱり凄かったなあ――って、おお! これまたべっぴんな嬢ちゃんたちだな。観光客か?」


 日に焼けたいかつい顔つきだったがなんとも気の良さそうな笑顔で話しかけてくるおじさん。


 マリナ達が軽く挨拶を交わすとこのおじさんは現役の漁師ということが分かり、その容貌といい豪快そうな性格といい納得であった。

 

「どうだ、あんな船見たことないだろ。あれは『クイーン・アンナ号』といって、この国の初代女王様の名前を冠した最も美しく威厳のある船なんだぜ」


 頼みもしないのにペラペラと誇らしげに喋る漁師のおじさん。口ぶりからするとあの船は地元の人間にはちょっとした自慢のタネらしい。


「初代女王の名前を冠してるってことはやっぱりこの国の船なんですね」


「おうよ。おそらく見回りから戻ってきたところだろう。近頃はなにかと物騒で、沖の方で怪物どもが暴れたり、海賊がうろついてたりするからな。俺らも漁に出られずこうして釣竿垂らすしかないから困ってんだよ」


 ソラの質問に漁師のおじさんが釣り道具を持ち上げながら答える。


(ということは、さっきの女の人って……)


 マリナは金髪女性の正体に俄然興味を抱いたがそれよりも聞き逃せない単語があった。


「ねえ、おじさん! この辺りには海賊がいるの!?」


「お、おお。最近ここらを荒らし回るようになった傍迷惑な連中なんだよ」


 つんのめるようにして問いかけるマリナに漁師のおじさんはややたじたじとなりながら頷く。


 隣ではソラがまた悪い癖が出たとでも言いたげに嘆息していたが、マリナはすぐに大人しく身を引いた。

 海賊や彼らの乗る船を一目見てみたいと思うが、残りの滞在日数を考えると厳しいだろうとも理解しているのだ。


「ふみゅう……。そっちも気になるけど、私はまだ全然海を堪能してないんだよね。残念だけど海賊を見るのは諦めるしかないかあ。――というわけで、明日も泳ぎまくるぞー!」


 と、勢いよく拳を突き上げるマリナだったが、


「がはは。元気な嬢ちゃんだな。と、言いたいところだが、明日から海水浴場は使えないぜ」


「ええっ!?」


 おじさんの無情な言葉にマリナは腕を上げたまま固まる。


「海水浴場が使えないってどういうことなんですか?」


 固まったまま微動だにしないマリナの代わりにソラが訊くと、先程話していた海賊や怪物たちの活動が活発化したことにより、国がそれらの調査と討伐に本腰を入れることになったらしく、完全に解決するまではこの海水浴場も安全のために閉鎖することにしたのだと漁師のおじさんが説明してくれた。


「そんで、さっきの船が明日海賊どもの討伐に向かうんだよ。怪物の方はどうなるか分からんが、まあ首尾よくやってくれるだろう。だから、それまで気長に待つしかねえわな」


「そんなあ」


 マリナはがっくりと肩を落とす。

 はるばるここまで来ておいてたった一日しか遊べなかったのだ。落胆するのも無理のないことである。


 すると、あからさまに元気を失ったマリナを見て気の毒に思ったのか、漁師のおじさんはおもむろに肩にかけていた箱を地面に下ろし、


「俺がさっき釣った魚を嬢ちゃんたちに分けてやるから好きなだけ持っていきな。この海で獲れるやつはどれも美味なんだぞ」


 そう言ってふたを開けると、中に入っていた数種類の魚をマリナ達に見せてくれたのだ。


 箱の中には一般的な海魚からひらぺったいヒラメみたいものまで様々な魚達が泳いでおり、覗き込んでいたソラが目を丸くした。


「いいんですか?」


「おう。せっかくの旅行なのに水を差されたみたいで可哀想だしな。ああ、そうそう。滅多に釣れない珍品が手に入ったんだ」


 どうやら箱は二層になっていたようで、漁師のおじさんは下の部分からなにやらガサガサと騒がしく蠢いていた生き物を取り出してソラに差し出した。


「ほら。これもやるよ。出血大サービスだ」


「え?」


 ソラのすぐ目と鼻の先に突き出された黒い色の大きな何か。

 それは八本足をわさわさと(せわ)しなく動かしており、身体中にはまだら模様の毒々しい毛がびっしりと生えていて、顔にあたる部分には複数の目がついている生物であった。


 というか、どこからどう見てもクモ以外の何者にも見えなかった。


「ひいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 その生物の正体に気づいたソラは電光石火のごとき素早さでクモを弾き飛ばすと、これまた脅威ともいえるスピードで魔導を構築して手の平から青い炎を発射した。


 地面に落ちたクモは逃げ出す暇もなくあっという間に炎に包まれてすぐに動かなくなる。


「なああああああ!? お嬢ちゃん、あんた何てことするんだああああああっ!!」


 一瞬で炭と化してしまったクモを見て、おじさんが頭を抱えながら野太い絶叫を上げる。


「それはこっちのセリフですよっ! 何でこんな邪悪な生物を差し出すんですか! 嫌がらせですか!」


「じゃ、邪悪って……。こいつは海グモと言って、海に漂うゴミを食べてくれるありがたい生き物なんだぞ! それに人を襲うこともないし、なにより滅茶苦茶美味いんだ!」


「そんなの知ったこっちゃないですよ! こんなのを食べるなんて信じられない! それにしても海にまで進出しているとは……! とんでもない奴らだよまったく!」


 肩でぜいぜいと息をしながらソラは親の仇のごとく盛り上がった炭を睨みつける。

 姉にとってクモとは最も苦手な生き物であると同時に最も忌むべき相手なのだ。前世ではビクビクしながら追い払うのが精一杯だったが、魔導という力を身につけた現在では見かけたら即殲滅が大原則なのである。


(まあ、私も味がどんなに良くてもこんなグロテスクなものを食べる気にはならないけど)


 マリナも消し炭になった海グモに心の中で同情しながら思う。

 この生物のどこをどういう風に料理するのかは知らないが、普段から食いしん坊と呼ばれる自分であってもあまり口に入れる気にはならない。今回に限って言えば姉の行動はグッジョブである。


「……なんてこった。海グモは俺ら漁師の間じゃあ縁起物でもあるんだぜ。なのに、こんなことになっちまって……。何か災いが起きなければいいが――」


 と、漁師のおじさんが灰の前で膝を折りながら悲しそうに言った時だった。


 急に海岸のあちこちから人々の悲鳴が聞こえてきたのである。


 驚いたマリナが辺りに目を向けると、海水浴場を訪れていた客達が泡を食った表情で逃げ惑っており、状況はよく分からないがどうにも尋常でない様子であった。


「な、何事だ!? やっぱり海グモを一方的に殺したから天罰が!?」


 漁師のおじさんが(おのの)いた表情で周囲を見回し、ソラもアタフタしながら「わ、私のせいなの!?」とうろたえていると、


「――いえ、あれが原因です! お嬢様!」


 いち早く腰の双剣に手を添えて警戒態勢に入っていたアイラが沖の方を指差したのだ。


「な、何だありゃあ!?」


 そちらに視線を向けた漁師のおじさんが再び頭を抱えながら絶叫するが仕方のない事だろう。

 なんせ沖から頭部に鋭利な剣のような角をつけた体長一メートル以上はありそうな銀色の魚達が海を跳ねるようにして突進してきており、その数はざっと見積もっても百体を超えていたのだ。


「やべえぞ! あいつらはソードフィッシュだ! 何でこんな所まで……!」


「おじさん! あれって怪物なの!?」


「そうだ! あの角は鉄でも貫通しちまうほど凶悪で、あいつらのせいで漁船が沈没することもあるんだ! 早く海水浴客たちを避難させねえと!」 


 慌てるおじさんが言い終わるやいなやマリナたちは猛然とダッシュを開始した。


「これ貸りてくよ!」


「あ、おい! お前ら!?」


 マリナは地面を蹴る間際におじさんが持っていた釣竿を掴みながら海を目指して全速力で駆ける。

 すでにソードフィッシュの一部は兵士達が守る防衛網を突破して鉄柵の内へと侵入を果たしているのだ。彼らも必死に応戦しているもののさすがにあれだけの数ともなれば全てに対処するのは不可能である。

 幸いにも海水浴客のほとんどが浜辺にまで逃げ込めているようだがこのまま放っておくわけにはいかない。


 そして、三人が波打ち際まで来るとソラが血相を変えてある一点を指差した。 


「あそこ!」


 姉の白い指が示す先、そこには海の中に取り残され呆然と立ち尽くしたままの二人組の女性がいたのだ。

 どうも恐怖のあまり動けなくなってしまったらしく、そんな彼女達に目を付けた数体のソードフィッシュが鋭い角を向けながら襲いかかる。


「アイラ!」


 マリナは赤毛の女戦士に声をかけながら海に飛び込むとそのまま二人で海上を高速で走る。

 足の裏に魔力を集中させ水面を弾くようにして進む高等技術で、長い距離は無理だが女性達がいる場所までなら問題はない。 


 そして、隣を走るアイラと共に女性達をかばうように前に出ると、間髪入れずに海面からソードフィッシュがロケットのように勢いよく飛び出してきた。


「せいっ!」 


 マリナはタイミングを合わせながら漁師のおじさんから借りた釣竿を叩きつけてソードフィッシュを弾き飛ばす。

 本来なら木でできた棒では受け止めることすらできなかっただろうが、竿には圧壊しない程度の絶妙な魔力が込められていたのである。


 敵の初撃を防いだマリナがポッキリと折れてしまった竿を手放しつつ隣を確認すると、もともと武器を装着していたアイラも余裕で二体のソードフィッシュを切り裂いており、背後にかばっていた女性達も無傷で済んだようだった。


 しかし、マリナたちの行動がソードフィッシュ達の注意を引いてしまったようで、今度は海水浴場に侵入した敵が一斉にこちらへと向かってきたのだ。

 

 武器を失ったマリナはもちろんアイラでも女性達を守りながらこれだけの数を相手にするのは困難だろうがそれでも二人は逃げようとしなかった。 


 なぜなら、彼女達の背後には最も頼りにしている魔導士が控えているからだ。


 すぐに大量のソードフィッシュが押し寄せ、それを見た女性達が悲鳴を上げた瞬間、マリナたちのすぐそばをかすめるようにして無数の炎の矢が通り抜けていった。


 女性達は目前の脅威に加え魔導が身体スレスレのところを通過して凍り付いていたがマリナとアイラは微動だにすることなく見送る。


 そして――

 ソラの完璧に制御された<炎の矢(フレイム・アロー)>は寸分の狂いもない精度でもって襲いかかってきた全ての敵を撃破したのであった。

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