偽りの救世主とサディスト妖精の魔王を廻る物語
「オニぃちゃん…」
少女は青年に呼びかける。
しかし、身体の大半を悪魔に捧げた青年は少女の呼びかけに答えることが出来なかった。
少女は倒れていた青年の上半身を起こし抱き締めた。
目も耳も鼻も失った青年の顔は、人間の顔と呼ぶには無残であった。
それでも、少女は青年を抱き締めた。
あらゆる臓器を失い、心臓すらも失った青年の悪魔の身体は死を待つだけだった。
それでも、少女は青年を抱きしめた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめん…」
青年は意志が闇に吸い込まれて行く中で微かな温かさを感じた。
『良かった…。生きていてくれて。ありがとう…』
青年の最期の言葉は口から発せられることは無かった。身体から力が抜けて行く。
「オニぃちゃん」
少女の天を仰ぎ咽び泣いた。
周囲を気にすることを知らなかった子供の頃のように。
ただ、悲しみに身を任せ、涙を流した。
少年は力の限り走った。
時間を確認する。時計には9時50分と表示されている。
高校の友人との待ち合わせは9時30分に都内のアミューズメント施設の前に集合だった。
待ち合わせのアミューズメント施設に着くと、友人二人が同世代の女子たちと話をしていた。
「はぁ、はぁ…。ご、ごめん。遅れた」
「よお、誠二。遅かったな」
一見、スポーツマンにしか見えない少年が誠二に手を上げながら挨拶する。
「ひぃっ」
もう1人の女の子のような顔立ちをした少年に笑顔を向けていた少女は振り向き、誠二の顔を見た瞬間に悲鳴を上げた。
「じゃあ、私たちはこれで。ばいばい」
少女たちは逃げるように誠二たちの前から離れて行く。
「あ、ごめん…。はぁ、はぁ」
「いや、相手をするのが面倒になっていたところだから気にしなくていいよ。誠二君が来ると面倒が減って助かるよ」
女の子のような顔立ちをした少年は悪気の無い笑顔で答えた。
「で、でも…げほっ、げほっ」
「落ち着けって。ただでさえ怖面な顔なんだ。そんなに息を切らしてたら周りから人が居なくなっちまう」
スポーツ少年はさわやかな笑顔見せながら誠二に言った。
「う、うん」
「本当、白木と待っていると女子が煩いからな。誠二が来るのを待っていたんだぜ。なあ?」
スポーツ少年は女の子のような顔立ちの少年に話を振る。
「他人事だと思って。だいたい、後の子は水無瀬君に興味ありそうだったよ。気付いて無かっただろう?」
「マジで!それは、ちょっと、勿体無かったかな」
「えっ?ごめん。大ちゃん。本当にごめん」
白木と水無瀬の会話を聞いた誠二は、水無瀬に背を垂直に曲げた綺麗なお辞儀をしてみせる。
「冗談だって。ほらっ。もう、10時になるから入ろうぜ」
「あ、うん」
「しっかし、残念だよな。ここもとうとう今日で閉鎖か」
「仕方ないよ。少子化で利用者が減っているし、わざわざ、こんなとこまで来なくても、家でオンラインRPGをすれば何でもできるでしょ?」
「まあ、そうだな。俺たちも閉鎖になるから記念に来ただけだもんな」
3人はアミューズメント施設の中に入った。
「これこれ、一度、このゲームやってみたかったんだ」
中に入ると白木は真直ぐ施設の端にあるゲームコーナーに2人を案内した。
「デビルバスター?」
誠二と水無瀬の声が重なった。
「そう。今から50年も前の1986年に発売され話題になり、10年くらい前に一部のコアなファンの要望に応えて、仮想現実空間を利用したゲームで復活した知る人ぞ知る伝説のゲームなんだ」
「ふ~ん」
水無瀬はあまり興味無さそうに相槌を打った。
「ここが閉鎖されたら、もう、きっと、お目にかかれ無いよ」
「そうだね。やってみようよ。大ちゃん」
「まあ、2人が言うんじゃ、しょうが無いな」
3人はデビルバスターのゲームコーナーに入る。
「白木悠斗。水無瀬大輔。長谷川誠二の3名だな。これを装備して先へ進め。無事、生きて帰るのだぞ」
受付で既に、演出が始まっているらしく、3人はメガネ、ヘッドフォンとリストバンド型のウェアラブルコンピュータを装着し先へ進んだ。
「はっははは。今時、オンラインRPGだってもっと最新のウェアラブルコンピュータ使っているのにな」
「まあ、昔のゲームだから。でも、こういうレトロな雰囲気も良いでしょ?」
「そうだね」
「あ、始まるみたいだ」
辺りが暗くなり、ヘッドフォンにはノイズキャンセル機能がついているのか、妙に静かになった。
昔のファミリーコンピュータ独特のピコピコした音楽が流れ出し、目に映るものがメガネ型のウェラブルコンピュータの映像になる。
「おお、救世主様。最近、この村の周りに妖精ピクシーが現れ、村人が被害にあって困っています。どうか、倒していただけないでしょうか。ピクシーは10匹います。よろしくお願いします」
ゲームが始まると村長と思われる老人が行き成り用件だけを伝える。昔のゲームでは、よくある演出だと誠二は思った。
隣を見ると、白木と水無瀬もいる。ただし、その姿は昔のゲームらしく荒い画像でデフォルメされている。
「うおっ。誠二か。お前、眉毛がなくなって、迫力のある顔になっているぞ」
「本当だね。誠二君は、眉が薄かったから画像認識されなかったんじゃないかな。逆に、おでこの傷は強調されてるね」
「う~ん。自分じゃ、見えないから分からないや。2人はそんなに変わらないね」
「本当か。おれも自分じゃ見えないからな」
「たしかに水無瀬君は、ドットにしたらこんな感じかな?ってくらいだよ」
「そっか、んじゃ、ピクシーを退治にしに行くか」
「きっと、村から出て歩いていたら遭遇するはずだよ」
3人は一緒に村から出た。
するとすぐに妖精ピクシーが一匹現れた。小さな女の子の姿。背中に妖精らしい可愛い羽が付いている。
「へ~、結構リアルに出来てるね。触れそうだよ」
誠二はピクシーに手を伸ばした。
「きゃっ。エッチ。おまわりさ~ん。変質者です~」
「うわっ、ごめん」
誠二は謝るが向こうには、声が聞こえていないようだ。
「このゲームの1番の特徴はね。悪魔と会話して仲魔に出来ることなんだ。まずは僕がやってみるよ」
そう言って、白木が右上にあるコマンドから会話コマンドを選ぼうとした時だった」
「ねぇ?ねぇ?人間。私を仲魔にしたいの?」
誠二の目の前に、"はい"と"いいえ"の選択肢が現れた。
「え?」
「さっきので悪魔との会話が始まっていたみたいだね。仲魔にしたいなら、"はい"を選べば良いと思うよ」
誠二は白木が言うとおり、"はい"を選ぶ。
「じゃあね、じゃあね、100¥ちょうだい」
誠二の目の前に、"はい"と"いいえ"の選択肢が現れた。
「悪魔との交渉に入ったんだ。お金を上げても仲魔なるとは限らないから気を付けてね」
100¥は初期金額の全額だった。誠二は迷ったが、全額をあげるのだから仲魔になるに違いないと思った。そして、"はい"を選ぶ。
「ありがとう。う~んっと、あっ、用事を思い出した。じゃあね」
妖精ピクシーは逃げ出した。
「はっ?はぁああああああ?」
誠二は空いた口が塞がらないままピクシーが逃げた先を見つめた。
「ああ。やられたね」
「なるほど、こういうゲームか。まあ、次があるさ」
「うん」
3人は村の周りを歩き回った。すると今度は妖精ピクシーが2匹現れた。
「どうする?今度は普通に戦ってみるか?」
「せっかくだから、もう一度会話してみようよ。誠二君やってみる?」
「わかった。今度こそ」
誠二はピクシーの1匹に会話コマンドを試してみる。すると、もう1匹のピクシーが会話に割り込んできた。
「なんで、私を無視するの?殺されたいの?」
誠二の目の前に、"はい"と"いいえ"の選択肢が現れた。
「ええ?なんか険悪なムードになってる…」
「あらら。でも、とりあえず、"いいえ"と答えるしか無いんじゃないかな?」
「"はい"を選んで戦っても良いんじゃないか?どうせ、このままじゃ、仲魔にならないぜ」
白木と水無瀬の意見を聞いて、誠二は迷った。ピクシーの様子を見る。機嫌を悪そうな様子だが、可愛い顔をしている。誠二は"いいえ"を選んだ。
「じゃあ、どうしたいの?もしかして、仲魔になって欲しいの?」
誠二は現れた選択肢から迷わず"はい"を選んだ。
「え~、おじさん、私のタイプじゃないのよね。そうだ、こっちのお兄さんの仲魔になってあげる」
ピクシーは白木の腕に着いている端末に強引に入る。どうやら、仲魔になったようだ。
『お、おれの時と全然違う…』
誠二は自分と白木の扱いの違いに絶望し、地に膝をついた。
「次は俺にやらせてくれよ」
水無瀬が残ったピクシーに会話コマンドを試してみる。
「にんげん。にんげん。これあげる」
「おっ。なんだ」
水無瀬がピクシーに近寄ると、ピクシーは水無瀬に殴りかかった。
「ぐぁっ、このやろう」
水無瀬はピクシーに反撃する。水無瀬はピクシーと数回ほど殴り合うと、ピクシーを倒した。
目の前の上部に、"ピクシー討伐数2/10"と表示された。
「どうやら、仲魔にしても、倒したことになるみたいだね。じゃあ、結構、時間かかっちゃったし、ここからは別れて討伐しようか」
「そうだな。討伐数が10匹になったら、村長の家の前でおち合おう。それじゃ、誠二も頑張れよ」
「うん」
白木と水無瀬と分かれ、誠二は村の周りを歩き回る。しばらく歩き回るとピクシーが1匹現れた。
「げっ。ばいば~い」
ピクシーは行きなり逃げ出した。その様子に誠二は初めに出会った、100¥を持って逃げたピクシーだと確信した。
「ま、待って」
「な、何で追って来るのよ」
誠二はピクシーを袋小路に追い詰めた。
「ご、ごめんなさい。何でもするから許して」
誠二の前に選択肢が現れた。"戦う","仲魔になれ","何かくれ","金をくれ"だ。
誠二は考えた。ピクシーは上目使いで懇願している。その可愛らしい顔に誠二は"仲魔になれ"を選ぶ。
「えっ?え~。私を仲魔にして、え、エッチなことしようとしているんでしょ!」
「ち、ちがっ」
こんな小さな妖精にエッチもないだろう。
そう思った誠二だったが、ピクシーは不信そうな表情を見せ、胸を手で隠した。
その表情に誠二は背徳感を覚えた。
ピクシーは小さい胸ながらもスレンダーな身体つきで、その脚線美を強調するような際どいレオタードにハイニーソックスの衣装だ。
『悪魔のキャラクターデザインの人、グッジョブ!』
誠二は心の中で叫んだ。
すると、ピクシーの視線に疑惑の色が混じって行く。
『しまった。このメガネ、視線を感知しているんだ』
誠二は、急いで"いいえ"を選択する。
「それじゃ、態度で示してよ」
誠二の前に選択肢が現れる。しかし、現れた4つの選択肢は全て同じだった。
"土下座する","土下座する","土下座する","土下座する"
『んな、馬鹿な!』
ピクシーの高感度が下がったからか、選択肢がおかしい。仕方なく、誠二は下から2番目の土下座を選んでみる。すると身体が不思議な力に動かされた。誠二は膝を付き、頭を地に擦りつけるように土下座した。
「あんた、プライド無いの?なっさけない犬ね」
ピクシーが頭を踏みつけてくる。
「ぐっ」
小さなピクシーが踏みつけてもHPは減らないのだが、誠二の精神的なダメージがあった。
「まあ、いいわ。許してあげる。そうね。考えてあげても良いわ。仲魔になって欲しいなら100¥ちょうだい」
『くそ、このやろう。さっき、全財産を奪って逃げやがったくせ』
誠二の所持金は0だったが、誠二は考えた末"はい"を選んでみる。
「なに、あんた、100¥も持っていないの。可哀そうな人」
ピクシーが憐みの表情で見下している。
誠二は心が折れそうだった。
「まあ、いいわ。どうしようかな~。そうだ、これだけは聞いておかないと。あんた、悪魔を殺して平気なの?」
ピクシーが急に真剣な表情で誠二に問う。誠二は悩んだ。
『悪魔を殺してもって、そういうゲームだよな。でも、今、目の前にいるピクシーも悪魔だ。ということは、"はい"を選べば、彼女を殺しても平気と言うことになる。この可愛い子を殺して平気かと言われると、平気では無い。しかし、ここで、"いいえ"を選べば、舐められそうな気がする。いや、何より今までの仕打ち…強気に出ても良いのではないか』
誠二は悩みに悩んだ末、"はい"を選ぶ。
「へ~、うふふふ。面白いね。君。いいわ。仲魔になってあげる。えっと…今後ともよろしく。うふっ」
ピクシーが誠二の腕の端末に入っていく。どうやら本当に仲魔になったようだ。
「よっしゃ~」
誠二は嬉しさのあまり叫んだ。そして、落ち着くと画面の上に討伐数10/10になっている事に気づいた。
「だいちゃんと白木君は戻っているかな。急いで戻らないと」
誠二は夢中でピクシーを追っていたため、村から離れたところに居た。
村へ向かって戻っていると悪魔が現れた。緑のドロドロした悪魔。名前はスライムと書いてある。
『こ、これが、スライム。あの国民的ゲームのスライムとは似ても似つかないな』
誠二は違うゲームのスライムのことを考えながらも、とりあえず会話コマンドを試してみる。
「ウィイイイイイイイ」
スライムは突然、襲って来た。誠二は纏わりつくスライムに応戦する。しかし、素手の攻撃はスライムにダメージを与えているのか分からない。
『こ、こいつ強ぇえ』
誠二は一旦、距離を取る。幸い、スライムの動きは遅い。しかし、このまま素手で戦っても勝てるか分からない。そこで誠二は先ほど仲魔に入れたばかりのピクシーを呼びだす。
「ふぁあ~。どうしたの?にんげん…まさか、あんた、私にあれと戦えと言うの。はぁ~、スライムくらい自分でなんとかしなさいよ」
誠二はピクシーの愚痴の返事の変わりにピクシーの戦うコマンドをスライムにし、自分は防御を選択する。誠二のHPは既にかなり減っていたのだ。
「もう、最悪。なんで、こんなのと契約したんだろ」
ピクシーは文句を言いながらスライムに攻撃をする。
「ピクシーキックー」
ピクシーは勢いを付けてスライムに蹴りを食らわす。そして、ピクシーの身体がスライムにめり込む。スライムは飛び込んできた得物を捕食するようにピクシーの脚からべたべたの身体で包み込んで行く。
「きゃっ。どこに触っているのよ。ひぃぁっ。ちょっと、そこは、いや…ぁっ、はぁ、はぁ。いい加減にしろよ。この単細胞生物がぁあああああ!」
ピクシーの気迫にスライムが離れて行く。
「ウィイイイイイイ」
誠二はスライムに話しかけられたが、言葉が理解できない。ただ、"はい"と"いいえ"の選択肢が表示されている。
「にんげん。どいて、そいつに止めを刺せない」
「待って、えっと…」
誠二は適当に"はい"を選択する。
「ウィ。うぃいいいい」
スライムは身体を振るわせると、誠二の腕の端末の中に入って行く。
「はぁああああ?何、そんなやつ、仲魔にしているの。信じられない」
「いや、そんなつもりは無かったんだけど」
「私、スライムが入っている端末の中になんか戻らないからね。ふん」
「わ、分かったよ」
誠二はピクシーの言うとおりにすることにした。誠二はスライムにすら勝てなかった。そして、ピクシーはスライムより強い。誠二は今の自分の立場を理解した。
「よお。誠二。遅かったな。おっ、誠二、ピクシーを仲魔にできたのか」
「う、うん」
「おれは駄目だったよ。コボルトは仲魔にできたんだけどな」
水無瀬の隣には犬の頭をした亜人種が立っていた。ピクシーやスライムに比べると強そうだ。
「それじゃ、村長に結果を報告しに行こうか」
コボルトとピクシーの両方を連れた白木が自信に満ちた表情で村長の家に入って行った。誠二と水無瀬も白木の後に続く。
「おお。ピクシーを6匹倒した白木様には、この剣と300¥を差し上げましょう。4匹倒した水無瀬様には200¥を差し上げましょう。救世主様のおかげでピクシーの脅威は去りました。しかし、魔王ミノタウロスが若い娘を生贄に差し出せと言っております。なにとぞ、魔王ミノタウロスを倒していただけないでしょうか?」
村長が頭を下げて、白木に頼む。白木は"いいえ"を選んだ。
「そこをなんとかお願いします」
白木は"いいえ"を選んだ。
「そこをなんとかお願いします」
「やはり、ミノタウロスを倒さないとダメみたいだね」
白木は楽しそうに笑いながら"はい"を選んだ。
「ありがとうございます。救世主様。しかし、いくら救世主様と言えど、魔王ミノタウロスは強敵。是非、向かいにある館の主人を訪ねてください。必ず救世主様の役に立つはずです」
3人は村長の家から出る。そして、向かいにある館に入った。
「よくぞ、参られた救世主殿。ここでは悪魔と悪魔を合体させる禁断の秘術を行うことができる。さあ、どの悪魔と悪魔を合体させるか選びたまえ」
館の主人は黒いローブに包まれた妖しい男だった。
「ふ~ん。じゃあ、ピクシーとコボルトしか居ないけど、試しにやってみようかな」
白木がピクシーとコボルトを選ぶと2匹は2つの魔法陣の上に立たされた。
「では、始めよう」
館の主人がそういうと2匹が乗った魔法陣が光り、ピクシー、コボルトの身体が光となって消える。そして、3つめの魔法陣が眩く光るとその上に、悪魔が現れた。
「私は、妖魔カーバンクル。今後ともよろしく」
カーバンクルは、宝石を頭に付けたハ虫類のようだが、その身体は獣のように毛が生えている。
「ピクシーやコボルトよりは役に立ちそうだ」
白木は満足そうにカ―バンクルを見ている。
「俺は、コボルトしか居ないから合体は無理だな。誠二もピクシーだけか?」
水無瀬は合体できないのを残念には思ってないようだ。
「ううん。一応、スライムが居るけど…」
「えっ?スライムって、あのぐちょぐちょのやつだろう?会話にならなかったぜ」
「う、うん。でもなんか知らないけど、仲魔になっちゃった」
「へー。誠二君もやってみなよ。もしかしたら凄いのが出来るかもしれないよ」
誠二はスライムを呼びだす。
「ウィイイイイ」
「ちょっと、にんげん。私をそんなのと合体させる気なの?嫌よ。絶対に嫌」
ピクシーは誠二に背を向けた。スライムは何を考えているか分からないが微妙に身体が揺れている。
「どうしたの?誠二君」
「やっぱり、やめようかな」
「どうして?ピクシーとスライムより弱い悪魔は居ないから、きっと強くなるはずだよ」
「そうだよね」
白木の言葉に誠二の心が揺れ動いた時だった。ピクシーが誠二の腕の端末を操作しコマンドを押した。
「合体するのは、誠二とスライムでいいのじゃな」
「へっ?」
ピクシーが"はい"を押した。
「ちょっ、え?えぇええええええええ」
「私も辛いのよ。でも、にんげんも強くなって欲しいもの」
ピクシーが一滴も流れていない涙を拭いながら手を振る。気付くと誠二は魔法陣の上に立っていた。隣の魔法陣を見るとスライムが微妙に揺れながら魔法陣の上に乗っている。
「では、始めよう」
「いや、ま、待っ」
スライムの身体が光の粒子になっていく。そして、自分も光に包まれた。
誠二は激しい睡魔に襲われたように意識が遠のいていく。そして、スライムが目の前に現れる。
「ウィイイイイ」
身体の中に自分じゃない何かが入って行く感じがする。乗り物に酔った時のような激しい嫌悪を感じていると、光と共に魔法陣の上に倒れ込んだ。
「お、おぇえええええ」
「大丈夫か。誠二」
「本当。自分を合体の対象に選ぶなんて無茶だよ」
誠二はピクシーの方を睨む。ピクシーは悪びれた様子もなくこちらを指差して笑っている。
「誠二君。なんかパラメータ変わった?」
「えっと、あー、なんかHPの最大値が増えている気がする」
「それだけ?」
「う、うん」
「俺もコボルトと合体したら強くなるかな」
「いや、止めた方が良いよ。なんか、こう。ぐるぐる~って、なって気分が…うっぷ」
「そうだね。僕も止めた方が良いと思う。って、あれ?そもそも合体で自分なんて選べないじゃん」
「本当だ。誠二、なんかしたのか?」
「いや、僕にもよく分からない…」
「ふ~ん。もしかしたら、スライムしか駄目なのかもね。まあ、いいや、ここには、もう、用が無いから出ようよ」
「そうだな」
3人は館から出た。
「大丈夫?誠二君?」
「あんまり…」
「じゃあ、少し休んでなよ。僕と水無瀬君は村長から貰ったお金で装備を買ってくるから。剣はあるから防具を揃えないと」
「おれも、なんか買わないとな。じゃあ、誠二。行ってくるわ」
2人が居なくなるとピクシーが誠二に話しかけてきた。
「どう?私のおかげで強くなれたでしょ?」
「あのな、お前のせいで、ウィイイイイイイ」
誠二は慌てて口を押さえる。
「あははは、何それ~」
「くそ、スライムと合体した副作用か」
「もう一回やって、うぃいいいいって」
誠二はピクシーにそっぽを向いた。
「何よ。すねちゃって。つまんない。つ~まんな~い」
「はぁ~」
「…」
「…」
「ねぇ?にんげん。もしかして、怒ってる?」
「…」
「ごめんなさい」
「ウィイイイイイイイ」
「ば、ばかじゃないの。あははははは」
ピクシーは腹を押さえて笑っている。誠二はその様子に満足していた。
白木、水無瀬と合流した誠二は魔王ミノタウロスが居る部屋まで来ていた。
「よし、いくよ」
「ああ」
「うん」
装備を固め、ここまで雑魚キャラを寄せ付けない強さの白木を先頭に部屋に入る。
「来たな。人間ども」
ミノタウロスは昔のゲームらしいセリフを吐く。その姿は牛の頭をした大きな男だ。
「こんなの勝てるのかよ」
「この辺りの雑魚は一撃で倒せるレベルなんだ。きっと、勝てるよ」
「うん」
「よし、じゃあ、いっちょ。やってみるか」
水無瀬はコボルトと一緒にミノタウロスに突っ込んで行く。ミノタウロスは巨大な金棒を振り上げると、コボルトに振り下ろした。コボルトは一撃で無残にも散った。
「コボさん!くっそー」
水無瀬が店で買った小剣でミノタウロスを攻撃する。しかし、かすり傷程度しかダメージを与えられない。
「なんだよ。これ、ゲームバランスが間違っているんじゃないか」
「どいて、水無瀬君。カーバンクル」
白木のカーバンクルが魔法を唱える。電撃がミノタウロスを襲う。
「ぐぉおおおおおお」
「効いてる。魔法で攻撃すれば」
白木はそこまで言って気付いた。魔法が使えるのはカ―バンクルしか居ない。
「みんな、カ―バンクルを攻撃の軸に闘うんだ」
「よし」
水無瀬と誠二はミノタウロスに攻撃を仕掛ける。ミノタウロスの方が素早く、先に2人はミノタウロスの金棒で弾き飛ばされた。
「うわぁああ」
「カ―バンクル」
電撃がミノタウロスに直撃する。
「ぐぉおおおお」
ミノタウロスはダメージを受けているが、まだHPは結構ありそうだ。
「ねぇ?にんげん。大丈夫?」
「ああ、なんとか…」
誠二のダメージは深刻だった。残り少ないHPでしかも身体が麻痺している。装備を買えなかったため、防御力が低いのだ。もし、スライムと合体していてHPが増えていなかったら即死だった。
「ぐぉおおおおお」
カ―バンクルの電撃。ミノタウロスが膝をついた。
「もうひと押し…カ―バンクルのMPが無くなった…」
「それなら、力で押し切るしかないだろ」
水無瀬と白木が通常攻撃でミノタウロスを倒そうと突っ込んで行く。
「僕も…」
誠二は身体の麻痺が治らない。
「くそっ、もう少しでコボさんの仇を討てたのに…」
水無瀬がミノタウロスの攻撃で倒れた。
「水無瀬君。あとは任せて。カ―バンクル」
白木がカ―バンクルと共にミノタウロスと闘う。
「もう少し…」
カ―バンクルはミノタウロスの攻撃ですぐに倒された。村長に貰った剣と店の防具を身に付けた白木はミノタウロスの一対一で粘った。
「よし、麻痺が治った。白木君」
誠二が加勢しようとした時、白木はミノタウロスに捕まり、握りつぶされようとしていた。
「ピクシー。行くよ。最期の攻撃だ」
誠二はミノタウロスの胸に刺さっている白木の剣に向かって突っ込んで行った。
「ウィイイイイイイイ」
誠二は勇猛盛んに叫びながら駆けたつもりだったが、口から洩れたのはスライムの声だった。
力が抜けた誠二は転んでしまう。そこへ、誠二の頭上をミノタウロスの金棒が通り過ぎる。
「あはははは。やっぱり、面白いな。にんげんは」
ピクシーが楽しそうに笑う。誠二は立ちあがると自棄になって突っ込んだ。白木を掴んでいるミノタウロスの左腕の下に刺さる剣を掴んで押しこむ。
ミノタウロスは白木を壁に投げつけると、白木の身体を掴んだ。
『もう少しで、ミノタウロスの心臓に届く!もう少しなんだ』
「ウィイイイイイイイ」
誠二の身体がミノタウロスの手に締め付けられる。誠二はもう駄目だと思った。
「きゃはははは。ピクシーキックー」
ピクシーの蹴りが剣に当たり、ミノタウロスの身体に剣が入って行く。
「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ミノタウロスは血を噴き出しながら倒れた。
「や、やったー!」
誠二は歓喜の声を上げる。
「えへへへへ」
ピクシーは自信に満ちた表情を見せている。
「誠二君。大丈夫かい?」
「う、うん。でも、ちょっと、動けそうにないや」
白木も誠二も残りHPはわずかだった。
「救世主よ。魔王の心臓を天使の像に捧げるのです」
どこからともなく、声が聞こえてくる。
「魔王の心臓って、これだよね?」
白木が持っているのはミノタウロスが倒れた場所に転がっていた赤いオーブだった。
「白木君。僕は動けそうにないから行って来てよ。白木君ならこの辺の雑魚キャラに負けることはないでしょ」
「でも、いいの?」
「うん。ミノタウロスに勝てたのは白木君のおかげだもん。それに、このゲームを楽しみにしていたのは白木君でしょ。早くしないとエンディング見る前に閉館の時間になっちゃうよ」
「分かったよ…。誠二君。ありがとう」
「うん」
白木は赤いオーブを持って、魔王の部屋から出て行った。
「にんげん。これで、良かったの?せっかく、止め刺したのに」
「僕は、ほとんどダメージ与えて無いからね。これで、良かったんだよ」
「ふ~ん」
「ピクシー」
「なに?」
「ありがとう」
「な、何よ。急に」
「君が仲魔で良かったよ」
「もう、気持ち悪い顔してキザな台詞はやめてよね」
「あははは」
急に、視界が真っ暗になる。
「どうやら、刻が来たみたい。にんげん。これでお別れだね」
「そうか、残念だね」
「ねぇ?にんげん。名前は何て言うの?」
「あれ?まだ、言ってなかった?僕の名は長谷川誠二」
「長谷川誠二か。ぱっとしない名前ね」
「ピクシー。君は?」
「私、私はピクシーよ」
「でも、ピクシーは他にもたくさん居るだろ?」
「じゃあ、誠二。あんたが名前を決めてよ」
「僕が…、じゃあ…」
「うん」
ピクシーが期待を込めた眼差しで見つめている。誠二は悩んだ。名前。名前。名前。
「ソーニャ。ソーニャはどう?」
最近読んだライトノベルの登場人物から名前を拝借した。
「ソーニャ。ソーニャか。うん。気に行ったわ。ありがとう。誠二」
「良かった」
気に入らずに罵声を受ける覚悟をしていた誠二は、ピクシーの喜んだ表情に安堵する。
「それじゃね、誠二。楽しかったわ」
「僕も…」
「誠二。おい。大丈夫か?」
「ああ、だいちゃん。良かった。無事だったんだね」
「そりゃ、そうだろ。所詮は仮想現実なんだから。お前、かなり没頭していたみいだな」
「うん。意外と楽しめたよ。ねぇ?白木君」
「…」
「白木君?」
「あ、ああ。2人とも最期の言葉聞いた?」
「最後の言葉?」
「いや、何でもない…。なんか、凄く疲れたよ。帰ろうか」
「そうだな。もう、閉まる時間みたいだからな。もう、このゲームをすることもないんだな」
「そうだね。なんか残念だね」
誠二と水無瀬が感慨深く話している間も、白木は上の空だった。
「ただいまって、そっか、誰も居ないのか」
誠二が家に帰って来ると誰も居なかった。誠二の両親は、孫娘に会いに兄の家に行っているので、今日は帰って来ない。誠二は1人カップラーメンを食べて風呂に入る。
「ふぁ~。なんか、凄く疲れたな。もう寝るか…」
「うわぁああ」
誠二は当然の凄まじい揺れに目を覚ました。
地震。それも縦に揺れの地震だ。部屋中の物が散乱する。
「痛ててて」
地震はすぐに治まった。
時計は"0:00"で止まっている。
庭からペットのゴン太の声が聞こえる。今の地震で何か会ったのかもしれない。
誠二は庭に出る。しかし、ゴン太の姿はなく、血の痕が路地に向かって続いている。
「ゴン太。どこだ」
路地に続く血痕。その先にあったのはゴン太の内臓を貪り食う男の姿だった。
誠二は息を飲んだ。男が口元から血を滴らせながら誠二を見つめた。その姿はゲームなんかに出てくるゾンビそのものだった。
「うそだろ。なんだよ。これ」
ゾンビは誠二に向かってゆっくりと迫って来る。
「誠二!」
誠二の顔の横を火球が通り過ぎ、ゾンビに直撃する。
「うぁあああ。ぉああああ」
ゾンビが苦しみながら倒れると、肉が焦げる嫌な臭いがした。
誠二は火球が飛んできた方を振り返る。
そこには、女の子が立っていた。ストレートの鮮やかな金髪。白いワンピースの服。その服の白さより、更に純白という表現が似会う肌をした女の子。
誠二は、その少女の姿を見た瞬間に身体に震えが走った。それは、暗い部屋で日本人形を見た時のような恐怖だったのかもしれない。教会で神の存在を感じた時のひれ伏すような感覚だったのかもしれない。または、富士山の山頂から見る日の出のような圧倒される感動だったのかもしれない。
誠二が目の前の少女という存在を認識できずに呆けた顔をしていると、少女が口を開いた。
「あんた、実物でもひっどい顔をしているのね。あはははは」
聞き覚えのある鈴が鳴る様な可憐な声。
「まさか…、ソーニャ…」
少女は正解と言わんばかりに微笑んだ。その表情に、この世のどんな物よりも美しいと誠二は思った。