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男は走っている。自分が時間に遅れているのがわかっていたため、そうしていた。先ほど車のタイアがパンクした。もう教会はすぐそこだったので、自分の足で向かうことに決めたのだ。
彼が教会に入った時、人の気配はまったくなかった。すぐにおかしいと感じたが、信徒席の間をゆっくりと歩いて行く。半ばまで来た所で、何人もの人間が血を流して倒れていることに気づく。そこは祭壇の近くだった。そんなバカな。彼は足が止まって、その場を動けなかった。こんな光景を目にするなんて、夢想だにしていなかった。それはまさに地獄絵図のように彼の視覚を圧倒した。
血の金属的な臭いに心が萎えそうになったし、気分が悪くなってきた。彼にとってそれは初めての経験だった。これほどの血を見るのも、そしてその臭いがこうも不快であるという事実を知るのも。
彼は一人の女の子の所へ駆け寄ると、絶望で胸が張り裂けてしまうのではないかと思った。しばらくその子に触れることができなかったものの、ようやく決心がついたのか、彼女の脈を取ってみる。
それから後のことを言葉にするのは難しかった。神の領域で起こった何かとてつもない神秘的な世界の出来事のように思えて仕方がなかったのだ。
彼は祭壇の上に、十字架が置かれているのに気づいた。それは血に染まって赤い不気味な物体にしか見えなかった。血まみれの十字架。呪われた何かを想起させるかのように、それには畏怖の念を掻き立てるものがあった。死と直結した暗い穴から生きた者すべてを引き寄せる、冷たく得体の知れない力が発散されているようにも感じられた。
彼はそれに触れようとはしなかった。彼の中で何かが変わり始めていた。目には涙が溢れているし、今のところそれが止む気配はない。この凶行に手を染めた人間を許す気にはなれない。必ず報いを受けさせてやる。彼は自分自身にそう誓った。