ピエロ
解りづらい作品になってます。
15年前、僕はサーカスに入った……。
「次の公演は18時からだ!」
団長から次の公演を知らせる言葉がでるとそれぞれ練習や休憩に入る。それから団長は前回の公演で失敗した演者を呼び説教をする。でも今日は僕を呼んだ。
僕はこのサーカスに入って15年、未だ表に出ていない。道具係として関わっている。いつもと変わらず何ひとつ失敗してない。
「タカ、ピエロをやってみないか」
ピエロをやってみないか。って団長は言ったのか?僕は混乱した。ピエロはサーカスで一番出番とやることが多いが目立たない。縁の下の力持ちとやらだ。
「やっても良いんですか?!」
サーカスに入ってから僕はずっとピエロをやりたかった。皆が寝静まった頃に練習もしていた。玉乗りは乗るのに数週間かかった。一輪車をスイスイこげるようになるまで1ヶ月かかった。
「やりたかったんだろ。私は見ていたよ。君は夜中に練習をしていたね、5年前は危なっかしくて見ていられなかったよ。でも、最近はちゃんと出来ている。ピエロになれるよ」
団長は見ていたんだ。僕が気付かなかっただけで……。嬉しくて涙がでていた。
「嬉しいのは分かるけど泣かなくても……」少し困った顔で言う。
「やります!やらせてください」
「そう言うと思っていたよ。明日の公演から出てもらうからね」団長はそれを言うとその場を去っていった。
「タカ!」
同じ部屋で寝泊まりしているルーエが飛びついてきた。
「ルーエ!?」
「良かったな!タカはピエロになるのが夢だったんだから!それが明日叶うんだ。僕も嬉しいよ!」
ルーエは猛獣使いで6年前から活躍してる。ルーエはエルと名付けたライオンと息が合っていてサーカスの人気者だ。エルはルーエにしか懐かない。
僕はルーエにお礼を言うと舞台へ向かった。
舞台袖に来ると心臓がドキドキしてきた。明日ここでピエロになると。夢が叶うと。
時間が気になって時計を見ると後、1時間半で次の公演が始まる。気持ちを落ち着かせるために外へ出ることにした。
外は人で賑わっていた。チケットの販売員がチケットと風船を渡している。その横を通り抜け夕日が綺麗に見える所へ来ると銀髪の少女が立っていた。寂しげに見えた。僕は笑ってほしくて持っていたピエロの面を被り少女に近付いた。
少女は僕に気付いた。「こんにちは……」
僕は挨拶の代わりに手から花を出して渡す。
花は季節はずれのヒマワリ。太陽みたいに笑って。彼女は驚く。
「今は秋。ヒマワリの季節は終わったのよ」そう言って笑う。
持っていた紙とペンを使って『笑ってほしかった』と書いて彼女に見せる。
「ありがとう。少し、元気でたわ」
『少しだけ?』首を傾げながら聞くと彼女はまた寂しげな表情をして頷く。
『よかったら……』ふと時計を見る。後30分で公演が始まる。書こうと思っていたことを消して『ごめん、行かなきゃ。また明日会える?』また会いたいと強く感じた。
彼女は微笑んで頷いた。「またね」
開演に間に合った。ルーエに遅いと怒られたが10分前に着いたからギリギリよしとする。
今日の公演も上手くいった。団長から片付けも早々に舞台に呼び出された。
「今日やったピエロを真似出来るか」
今日やっていたのは、玉乗り、一輪車……どれも一度は練習したことあるものだ。ただ一つ綱渡りを除いて……。団長にその事を伝えると、綱渡りを今から練習しようと提案された。承諾しないでどうする!もちろん、やると答える。練習につき合って頂くのは団長とベテランピエロのサナさん。
綱渡りはバランスが大事。玉乗りでバランスを掴んだから簡単に出来る。でも、地上からかなり高いところでやると恐怖心が出てきて足が竦んだりした。だからピエロになりきった。ピエロに怖いものはない。ピエロが怖がってちゃ駄目。お客様を笑わせるために……。そう自分に言い聞かせながら綱の上を歩く。
サナさんと団長は時々ふらつく僕の綱渡りを不安そうに見ていた。今、サナさんと団長はお客様。お客様を不安にさせるのはピエロ失格!僕は2人を安心させるためにふらつかないように頑張った。ふらつかないようになるまで時間はかかったけど、2人は途中から僕を見る目が不安から安心に変わったから良かった。
練習もラスト5回になった。その内2回は普通に綱の上を歩いたけど、後の3回は一輪車で渡った。1回目は落ちて、2回目は真ん中まで行き落ちた。でも、3回目は落ちずに最後まで行けることが出来た。団長とサナさんに怒られたけど褒められもした。練習時は縄と地面の間に網が張ってあり落ちてもそこに行くから怪我する心配はないが本番だったら大怪我をしていた!と怒られた。
僕の初公演は成功に終えた。一輪車での綱渡りはまだ危ないから駄目と言われた。
団長からの呼び出しがまたあったけど彼女と会いたいから早く終わらしてもらう。
昨日と同じ場所に行くと彼女がまた立っていた。彼女はすぐ僕に気付き笑ってくれた。
今日も彼女は寂しそうな表情だった。理由を聞いて少しでも楽になってほしかったけど「聞かないで」という雰囲気を出していたから聞かない。僕らは雑談をした。
ある日いつものようにあの場所に行くと青い帽子を被った男が彼女と話をしていた。
「……あと少しだけ彼と話さして。私から伝えさせて。お願い……」
「…様、……が……っ!」
男性の声はあまり聞こえなかった。
彼女は僕に気付くと「ごめんなさい」と言い帰って行った。
それからしばらく彼女と会っていない。
「どうした。最近、落ち込んでいるな。お客様に見せるなよ」団長が心配して様子を見に来てくれた。ぶっきらぼうに言うけど心配してるのはとてもよく分かる。
その日の公演で彼女が見に来たのはすぐに分かった。彼女以外のお客様は黒髪か茶色の髪で彼女だけ銀髪。だから一目で分かった。
僕は皆に……彼女に笑ってほしくて綱渡りの最中に紙吹雪をした。歓声が上がって皆が笑う。でも彼女は、彼女だけは寂しそうに笑った。
僕はいつものようにあの場所に行ったけどやっぱり彼女はいなかった。でも今日はサーカスで彼女を見たときに隣にいた黒い帽子を被った男が立っていた。男は僕に気付くと「銀髪の少女に近付くな」と言っていきなり僕の頭を殴った。僕は突然の出来事に驚きその場に倒れたが近くに男の子がいて今にも泣きそうだったから笑わせるために立ち上がり笑わせた。怪我なんかしてないよ。泣かないで。
最近、彼女はあの場所にこないけどサーカスに来るから僕は少し安心した。姿を全く見なかった時はとても悲しくて泣きそうになったけど今は大丈夫。話せないけど、無事なのを確認できたから。
今日、彼女は最前列の入口付近にいる。そこは演者たちが一番近くで見れる特等席。僕は張り切った。一輪車で綱渡りをして途中で花と紙で吹雪を作る。ひとつずつやるよりキレイになる。これが今の僕の最大。
笑って、君の笑顔が見たいんだ。
これで向こう岸に着いて終わる。
縄が切れる音がした。
嗚呼……落ちていく……。
落ちていく途中で観客席が見えた。お客様は全員悲鳴を上げていた。
舞台袖も見えた。皆口を塞いでいた。
僕は頭から落ちた。
何も……見えない……。
誰かが僕の上半身を持ち上げ泣いている。
目を開けると彼女が泣いていた。
「失敗…しちゃった……」苦笑いをする。
彼女はまだ泣いている。
「泣かないで。僕は……大丈夫だから」泣きそうになるのを堪える。
「我慢しないでいいの。泣きたいときは泣いていいの」泣いてる彼女は優しい声で言う。
「我慢…なんて……」あふれる涙が止まらなかった。
僕は声を出して泣いていた。
彼女は僕を優しく抱きしめた。
次にタカの目が覚めることはなかった。