#02「彼女の非日常」-1
――午後三時十分。
児童公園。
「殺す? 明日花を殺す――ってなんだよ!」
紙屋亮輔は恐い顔をしていると自覚していた。
「円香! お前、自分の言ってることの意味を理解しているのか!」
思わず目の前の少女、綿奈部円香に向けて大きな声で叫んでいた。彼女の両肩を強く掴み、揺さぶる。シルエットの彼女の表情が、どうなっているのか分からなかった。
亮輔と円香、そして明日花のかつて通った中学校。その校舎を見下ろす公園に二人は立つ。
「変だな、人がいない」
夕方のこの時間に、公園はおろか中学のグラウンドでさえ人っ子一人いなかった。
この場所に呼び出されてから、円香に対して感じていた違和感の正体はコレだったのだ。
「そうよ……我々の陣営の力で、周囲1キロメートルを人払いさせたの」
辺りを万遍なく目配せする亮輔を受け、円香は真実を告白し始める。
「あなたが邪魔しなければ、美里モールで待ち合わせをしている明日花を――そのまま、あたしの手で殺すだけなの」
スカートの内太ももに隠されたホルスターから拳銃を取り出し、亮輔に向ける円香だった。
彼女が右手に握る拳銃の種類はワルサ―P99……。弾倉の形状から20発の9ミリパラベラム弾が装填されていると知る。
「邪魔? 明日花を守るのは俺たちの任務だろ!」
亮輔は瞬時に、グレーのブレザー下の胸ホルスターから、ベレッタM93Rを取り出した。良く訓練されている円香でも、虚を突かれていた。
「やっぱ、亮輔は凄いよね。あたしなんか足元にも及ばない……。これは、交渉決裂と考えてよいのね?」
お互いが拳銃を頭に突きつけていた。
「交渉? 交渉とは何だ? 選択肢はひとつだろ! 明日花を命がけで守る! コレが俺の、俺たちの使命だ!」
轟音が響いた。亮輔と円香が同時に拳銃を発砲したのだった。児童公園裏の雑木林をねぐらにしている鳥が、数羽飛び立つ。
二人はそれぞれ右横に飛び、空中で回転する。遊具を飛び越えていた。お互いが弾道から身体を反らして逃げる。
「コッチよ!」
円香は、助走を付けて児童公園から飛ぶ。中学の校舎の屋上に着地した。長い手足がしなやかに伸びている。見事な跳躍力だ。
そのすぐ後に、亮輔も屋上にどうにか到着していた。
亮輔は、幅跳び争いの勝者がどちらかを知る。
「円香! お前、自分のやろうとしている事の意味を知っているのか!」
「よく理解しているわよ! 明日花が死ねば、この世界が滅ぶ……ってね!」
円香は二連射する。
それを後ろに二回転のバク宙でかわす亮輔。彼の驚異的な身体能力を目撃して、口の右端を上げてニヤリと笑う円香だった。
「ソレを知ってて、何で殺そうと考える! 円香! お前、洗脳でもされたのか?」
屋上出入り口、ドアの影に隠れる亮輔が叫ぶ。
彼は、自分の拳銃の撃った弾の数を考える。彼女の撃った弾の数も考える。
亮輔は、ブレザーの下に予備の弾倉を多数隠し持っていた。他にも武器がある。ブレザーの上から触って、位置の再確認をした。
ひるがえって、屋上に立つ円香の格好を見る。県立美里ヶ丘高校の女子夏服だ。
黒の半袖セーラー服。襟元に白い線が三本入っている。そして胸元に結ばれている白いスカーフ。円香はいつも、黒の短いスカートの下に拳銃のホルスターを隠していたが、予備の弾丸、武器共に少ないと考察する。
「しかし……」
亮輔はつぶやきながら、円香に向けて撃つ。
位置取りも自分に有利だ。しかし、華麗にかわす円香のしなやかな体。
よけるその度に、彼女の大きな胸がタユンと揺れて、主張をする。
亮輔は考える。
わざわざこの地点を指定してきたということは……。
この場所、中学校と児童公園のある一画は、完全に円香の属する陣営に押さえられているのだと知る。
亮輔は屋上へのドアを閉じ、急ぎ鍵を閉めて階段脇にあった掃除用具のロッカーを倒す。大きな音がした。これで、簡易バリケードの完成だ。
屋上で銃撃戦をやらかしているのに、誰一人、猫一匹さえ動く影を見なかった。本当に、円香の言う人払いが実施されていると実感する。
ブレザーの胸の内ポケットから携帯電話を取り出した。しかし、圏外である。妨害電話を発しているのか、基地局が壊されたのか……その、両方だと亮輔は確信する。
しかし、彼は落ちついていた。自分と連絡も付かず、位置情報をロストしたとなれば、今度は自分たちの組織が救助に来ると想像する。
明日花に対しても、護衛や監視は何重ものバックアップがされている。例え、自分が倒れても安心だ。
亮輔はゆっくりと立ち上がり、中学校の校舎の三階廊下を歩く。
「ガシャン!!」
廊下外の窓ガラスが派手な音を立てて割れる。亮輔が音に反応した瞬間、円香が足から突っ込んできた。彼女の拳銃は、遠慮無しに亮輔の急所を狙っている。
彼は教室に頭から逃げ込んだ……この場所は?
――見渡す。
一年C組と、黒板横の掲示板に表示があった。亮輔、明日花と、円香の三人が初めて出会った教室だ。
入学式前日に、亮輔と円香には面識が出来ていた。恐らくだが、その時に円香は亮輔のことを好きになっていたと想像する。幼馴染みの明日花の存在。その時、円香はどう思ったのだろうか? 聞いてみたい欲求の亮輔だった。
「懐かしい場所ね!」
教室前方の入り口付近。教卓を倒して遮蔽物とする円香は、不思議と楽しそうに叫んでいた。
「そうだな!」
亮輔も教室後部の机をかき集め、急ごしらえの陣地を作る。頭を低くして、体を沈める。
「丁度! この教室だったわね!」
円香の放った弾丸が、後部棚上の水槽を割る。赤と黒の金魚が二匹落ちて床で跳ねていた。
安住の世界から、修羅の世界へと飛び出してしまった二つの個体。亮輔と円香の二人は、自分たちの姿に重ねていた。
「そうだな!」
亮輔はマシンピストルを三点バーストに切り替え、面で制圧することを決心する。時間の経過は、自分にとっては甚だ不利になるからだ。
味方の早い到着を切に願う。
「あたし、好きだったのよ! 明日花も! そして亮輔も!」
「知ってる!」
そう言いそうになり、亮輔は黙る。ならば何故、両方を殺そうとする! 叫びたい気持ちが強かった。
「明日花にはさ、悪いと思っている。彼女には自分が何故殺されるのか、親友のあたしにどうして殺されるのか……考えるヒマも与えずに、始末する予定だったの!」
円香が叫ぶ! コチラに向けて連射してくる。亮輔は頭を下げ、床に顔を押し付ける。拳銃を持つ右手だけを表に出して、苦し紛れに連射する。
そして、教室に訪れる静寂。
亮輔は顔を少し上げて、戦闘の舞台となった場所をつぶさに観察した。床に数滴、血が落ちている。体を見ても、どこも負傷はしてない。痛みもない。自分でなければ、円香の方が確実に怪我をしている。亮輔の放った銃弾が彼女の何処かを傷つけたのであった。
決着を付けねば……彼女を行動不能にすれば、目的は達せられる。
亮輔はそう考えていた。
「なあ、円香! 話をしよう! 昔話だ!」
「いいわね!」
彼女も乗ってきた。計画通りだと彼は思う。言いながら円香が撃ってきた。二十発目だった。亮輔もすかさず撃ち返し、弾倉を交換する。
次がチャンスだ。
「俺はさ、中学生になる直前。公園で出会った女の子に一目惚れしたんだ。その子を、最初は男の子だと思ってたのはナイショな! 腕に自信のあった俺だけど、そのほんの少し前は小学生だったんだ。高校生には腕力で敵わなかった。妹たちを虐める奴らが許せなかった。でも、ボコボコにされる。そんな時に、助っ人に現れたのが円香……お前だったな」
円香からの反応は無い。しかし、亮輔は続ける。
「結局、二人共ズタボロにされて、近所の人が警察官を呼んで、何とか助かったけどなぁー。その時に、ソイツと親友になれると信じたよ。でも、ソイツが入学式の日に、まさか女子の制服姿で現れるとは夢にも思ってなかった……」
シミジミと語る。
「そうね……あたしもね、無謀にも高校生に何度も突っかかっていく男の子に、呆れながらも惹かれてしまったんだ。生まれて始めて出合った、あたしの白馬の王子様なんだよ。それから、あたしは男の子みたいな格好するのをやめた。でも、中二になってからあたしがボッ・キュ・ボンな体型になって焦ったでしょ、あの時からだよ、髪の毛も伸ばし始めたんだ……」
珍しく弱々しい円香の声だった。
「円香、お前……怪我してるのか?」
「…………」
少しタイミングが開く。
「アンタを殺そうとしていた女の心配をするの? 例え負傷していても、言うわけ無いでしょ! 相手が怪我をしたのなら、それにつけ込めってお父さんに習ったはず……」
亮輔の父親の豪大。
彼は、明日花を警護する組織のリーダーなのだ。亮輔と円香も所属している。対象の明日花に気付かれないように、二十四時間体制で周辺をくまなくチェックしている。
「ああ……でもな、好きな女の子を殺せるほど冷酷じゃないんだ、俺は……」
教室の隅と隅。対角線上の場所に陣取ったお互いが、背中を向けたまま遮蔽物越しに会話を続ける。
「好きって……あたしの告白の答えと受け取って良いのね?」
「ああ、大好きだよ円香! 世界中の誰よりも、愛してる!」
立ち上がった亮輔は、円香の立てこもる場所に突入を開始した。
◆◇◆
――午後三時五十五分。
「円香さん、遅いな……」
美里モール、一階フードコーナー入り口。
四時の待ち合わせの時間に、二十分前に到着していた石波良明日花は、小さな腕時計を再び見て時刻を確認する。
ピンク色のバンドの、可愛くてお洒落な時計。
この時計は、昨年の自分の誕生日に亮輔たち三人から合同プレゼントされた品だ。
円香も、亮輔も、集合時間の遙か以前に到着する。中学一年生の時、美里中央駅に待ち合わせの十分前に到着したら「遅い!」と、二人にこっぴどく注意された。それがトラウマとなり、集合時間の最低十五分前には到着するように心がけるようになった。
一人きりになって、急に不安な気持ちになる。
亮輔と円香の二人は、幼馴染みの自分が見てもお似合いだと思う。美男美女のカップルだし、学校の皆も二人が付き合っていると考えている。
自分は所詮、ご近所のお隣さんだけの関係性なのだ。
店の入り口のガラス窓に、明日花の全身の姿形が映っていた。
気合いを入れて服装を選んでいた。髪型も決めてきた。
全てはこれから会う、バイト中の亮輔に向けたオシャレだった。しかし、地味目の淡い色の服を好む自分の嗜好からか、街中に溶け込みすぎていて、存在が希薄だと感じていた。
ガラス戸に反射して、自分の顔がハッキリと写る。丸顔で、おでこが広くて、鼻が低くて、肌が荒れてて……次々と欠点に目がいってしまう。
「明日花さんじゃない!」
声を掛けられて振り返る。
紙屋彩里だった。亮輔の一つ年下の妹。大柄な男性と腕を組み歩いていた。
「ど、どうも」
彩里が親密にしていたのは、父親の豪大だった。
明日花は頭を下げ挨拶する。父娘仲良くの買い物デートなのだろう。そういえば彼女はファザコンだったと思い返す。中学一年になるまで一緒にお風呂に入っていたと、彩里が告白したのを思い出す。
今日の豪大は、休みのシフトだ。夕方となり、二人してお出かけなのだと推測する。
彼は、この街にある大きな警備会社に勤めている。勤めているというよりは、警備会社の美里支店の代表。いわば、支店長の役職だ。丸二十四時間の勤務の後に、班ごとに人員が交代すると聞いた。不規則な勤務を繰り返していて大変だな――明日花は日頃感じていた。
「明日花さん。円香さんはどうしたの?」
腕時計の表示は午後四時をとっくに過ぎていた。それに、バイトの開始が四時からの亮輔も現場に現れてはいない。
やっぱり、心配になる。
「彩里ちゃん、ここでお兄さんがバイトしてるのは知ってるのよね?」
豪大から離れて、彩里はフードコートの空いている席に座った。父親は両手いっぱいの荷物を持って、店の外に出て行く。彩里のバイオリンケースもあった。亮輔の妹は才色兼備で羨ましいと思っている。料理の腕前がプロ級なだけではない。バイオリンの他にピアノまで習っている。腕前も上乗だ。更に学業では、高校一年生トップの成績だった。
明日花には眩しすぎる存在だ。
豪大は、一人自宅へと向かう。
「うん」
彩里は父親に手を振りながら返事する。
「バイトの始まってる時間だけど、亮輔君どうしたんだろ? 円香さんとも待ち合わせしているけど、彼女の方も現れないし、二人共、時間厳守の人たちだし……」
不安いっぱいの顔を、亮輔の妹に向ける。
「あ、ホラ、わたしたちだけでここで待ってましょう。明日花さん、何か買ってきますよ……クリーム・メロンソーダで良いですか?」
今の時間帯は、客の少ないフードコートだった。何も買わずに居座るのは悪いと考えたのか、彩里が席を立つ。
彩里は明日花の好物を良く覚えている――明日花は、こちらでも感心していた。
「ううん、彩里ちゃん。私が買ってくるよ、彩里ちゃんは何がイイ?」
円香との賭に負けた明日花は、多めにお金を用意していた。
「じゃ、ジンジャーエールで……」
そう言った彩里は、ゆっくりと元の席に腰掛ける。




