#09「僕と彼女の黙示録」-5
◆◇◆
「マーマ、だぁあ……」
明日花の元にヨチヨチと歩いて行く、女の赤ん坊。
大きなよだれ掛けには、ウサギのキャラクターが描かれている。母娘が揃っての、代々のお気に入りマスコットなのだ。その可愛い前掛けを、歩く度に盛大に唾液で汚す女の子だった。
「よしよし、真里谷ちゃん。よくできまちた」
娘を抱き上げ、頬ずりをする二十三歳の紙屋明日花。彼女の家のリビング、休日の一シーンである。赤い縁のオシャレ眼鏡を掛けていて、メイク技術の上達もあり、高校時代よりも抜群にあか抜けている印象があった。
初夏の陽光が、大きな窓から部屋の奧にまで降り注いでいる。
「今日は真里谷の誕生日だったな。一歳で歩けるようになるとは、俺……イヤ、僕の娘は天才児なのかな?」
妻の抱く娘の頬に指を押し当てる。
「パーパ……」
愛娘にパパと呼ばれ、顔を赤くする紙屋亮輔。
「アナタ、親バカもいい加減にして。人の成長には個人差があるの……歩いたり、話したり、一喜一憂するのもいいけど、今は元気にすくすく育って欲しいだけ。マリヤちゃんの名前を引き継いで……こんな青い眼をしているのは、やっぱり不思議だわ」
髪の毛の生え始めた、黒々とした娘の頭を撫でながら、青い瞳を見つめる。宝石のように透き通り、きらめいていた。
「キャッキャ、キャッ」
喜んで手足を動かしている。言葉を満足に発せられない一歳児は、全身で感情を表現しているのだ。
「ピーンポーン♪」
玄関の呼び鈴が鳴る。
「ハァーイ!」
娘を夫に預け、玄関へと向かう明日花。来客者にそなえ、胸元まで伸ばしている髪の毛を整えていた。
「だぁだ……」
娘をぎこちなく抱く亮輔は、二人きりとなり妙に緊張する。真里谷は真っ直ぐに自分の目をのぞき込んで来るのだ。心の奥底を見透かされてしまう――そんな、感覚だった。
「よう! 真里谷ちゃん! オバちゃんだよぅ~久しぶりだねぇ~大きくなったねぇ~」
訪問者は紙屋彩里だった。彼女は今、東京の国立大学に通っている。丁度、試験休みでもあり、美里市に帰省したのだった。
「ハイ、明日花お姉ちゃん、お土産。真里谷ちゃんのお誕生ケーキを兼ねて、東京の有名パテシエのお店の、お高いケーキを購入してきました」
白い箱を義理の姉に手渡す。既に箱から、フルーツとクリームの甘い香りが漂って来ていた。
「遠いところをご苦労様。うわー、真里谷もだけど――ケーキには、私が大喜びよ――彩里ちゃん。今、お紅茶を入れてくるね」
明日花は、ケーキの入った化粧箱をうやうやしく掲げてテーブルの上に置く。そして、台所へと向かった。
「お構いなく明日花さん。今は新幹線で、ビューンですからね」
高速鉄道の移動速度を手で表現する新米の叔母。兄が抱く姪の、小さな手のひらに指を差し出す。
「あーり」
叔母の名前を呼び、綺麗にネイルアートのされた人差し指を握る真里谷だった。
「わたしの名前を覚えたんだ、嬉しい! 真里谷ちゃんは天才児かもね――。それよりも、どうしたの!? お・じ・い・ちゃん!」
振り返り、リビングの入口に立つ父親に呼びかける彩里。
「親父、なに遠慮しているんだよ」
亮輔は、居間の扉に隠れようとしていた紙屋豪大の首根っこを掴んで、部屋に引っ張ってくる。
「おいこら! 亮輔……」
慌てる豪大。明日花は、すっかり白髪となった義父の、シワの深く刻まれた顔を見る。以前は怖さもあったが、優しい存在であるのを良く知っている。目尻のシワがその証拠だ。
「お義父さまも、お久しぶりです。隣に住んでいらっしゃるのだから、気軽に家にいらっしゃっていいのに……」
明日花は、豪大の着る警備会社の銘入りジャケットを脱がし、ハンガーで居間の壁際のフックに吊す。
「いや……あの……」
「親父には、明日花の下手くそな料理は、口に合わんからな!」
「むー!」
明日花は、まだ高校生の顔立ちのままの亮輔に、頬を膨らませてむくれて見せた。
「一時期よりは、格段に上達したわよね。ね、真里谷ちゃん」
今度は、兄から託されて姪を抱く彩里だった。
少しぐずりそうになった赤ん坊だが、直ぐに笑顔になった。
明日花は、美人である義理の妹の顔をマジマジと見る。同性でも惚れ惚れとする超美形のルックスだ。東京の国立大学の四年生。ミスキャンパスにも選ばれて、キー局のアナウンサーの就職が決まっている。
雲の上の存在――明日花は、上品に笑う彩里を見て思っていた。
「コケモモのジャムを美里モールの輸入食品コーナーで見つけたの。上等な茶葉を、ロシアンティーで堪能してね」
明日花は、白い磁器製のティーポットをテーブルに置く。彩里は白いお皿を用意して、フルーツタルトを取り分ける。
「どうぞ、お義父さま」
ティーカップが四つ並ぶ食卓。一つに紅茶を並々と注いで、義理の父親に着席を勧める。
「おお、美味そうだ。でも、真里谷には少し早いな」
娘を受け取り、妻の横に腰掛ける亮輔。
「桃やイチゴは、真里谷ちゃんも大好きよね」
彩里はフォークで差し、艶やかに光る白桃のコンポートを姪の顔に近づける。
「なーあー」
大きく口を開けて、甘露煮されたピンク色のフルーツを待ち受ける。
「パク」
娘の替わりに食べたのは、父親の方だった。
「な……」
キョトンとした表情で、自分を抱く人物の顔を見る真里谷。
「ヒック……」
しゃくり上げたと思ったら、大声で泣き始めた。
「アナタ!」
「お兄ちゃん! 全くもう」
妻と妹が、亮輔の大人げない行動を非難し始めた。
しかし、ケロリとしたままの彼の表情は、高校生当時と変わらない――明日花は、学生時代の恋愛感情を思い出し、ドギマギして顔を赤くする。
そして、不老不死の存在であるのを実感する。
「よちよち、真里谷ちゃん。酷いパパだね。オバちゃんのイチゴをあげよう」
亮輔の向かいに座る彩里は、今度はフレッシュなイチゴを赤ちゃんの顔の前にかざす。
泣き声を張り上げていた真里谷は、小さな口にフルーツを含む。歯の生え始めた口で、ゆっくりと噛みつぶす。
少し酸っぱかったのか顔が一瞬歪んだが、直ぐに笑顔になる。さっきまで泣いていたのが、すっかりと笑い顔に変わっていた。
「幸せな光景だな」
明日花は背後から声がして振り返る。テーブルを囲う五人を、リビングの隅から見つめる自分――明日花は、高校の制服を着ていた。そして、この声には聞き覚えがある。
「マリヤちゃん!」
懐かしくって、頬を伝う涙。振り返る先には、銀髪の美少女マリヤ・ドリナの姿があった。
「明日花の望んだ、未来の一つだ」
「うん」
リビングの笑い会う五人が遠ざかる。
暗い空間。明日花とマリヤの二人だけが青白く光っていた。
「マリヤちゃんは、私のそばに居る。それが嬉しいの……」
高校生の明日花は涙ぐみ、顔に手をやる。その時に、銀縁の眼鏡を掛けていることを知る。
「そうか? マリヤはどこにでも居て、どこにも存在しない。明日花の近くに見えるが、宇宙の果ての距離よりも、遠い場所に存在する」
「マリヤちゃんは、マリヤちゃんだよ。ホラ、こうして手を繋いでる」
明日花は少女の小さな手を握る。その手を強く握り返す、銀髪碧眼の美少女。
「明日花は、優しいな。マリヤは死んで、魂を解放させた。出会った皆の中に存在し、記憶に留まり続ける」
「それも、マリヤちゃんの願いだったの?」
明日花は少し腰をかがめ、マリヤの目線と同じ高さになる。
「少し、違ったな。本当に明日花と亮輔の子供として生まれたかった……。でも、現実は大変そうだ」
白くて健康そうな歯を全て見せ、豪快に笑うマリヤ。
「うん。亮輔はモテモテで、ライバルが多いのよ」
明日花も同じ表情で笑う。
――朝。
石波良家自宅、明日花の部屋。
彼女の布団、枕元の目覚まし時計が「六時四十四分」を示す。
珍しくスッキリと目覚めた彼女は、寝具から体を起こす。伸びをして、開いたカーテンから見える青空を眺める。
楽しい夢を見ていたはずだが、内容を思い出せないでいた。
「うーん、今日もいい天気ィ!」
気合いを入れる意味で、大きな声を出して立ち上がる。
寝乱れて、パジャマのボタンが全て外れてしまっていた。ノーブラの彼女は顔を赤くして、布団を畳み押し入れにしまう。
「寝癖が……」
机の上の銀縁眼鏡を掛けて、白いワードローブの扉を開いていた。左手で跳ね上がる髪の毛を押さえ、右手で県立美里ヶ丘高校の女子制服の黒いセーラー服を取りだした。
扉の下の引き出しを、年頃の女の子は、はしたなく足で開けブラージャーを物色し始める。
◆◇◆
――午前七時四分。
紙屋家、玄関。
「ねー、お兄ちゃーん! 明日花さんが来てるわよ。早く降りて!」
「お、おう!」
階段の下から二階の兄の部屋に向けて呼びかける制服姿の紙屋彩里。そして一拍開いて、亮輔の返事が聞こえて来た。
彩里の可愛らしく付き出した小さなお尻。同性ではあるが、後ろから抱きつきたい衝動に駆られる――それほどにも、愛らしい存在なのだ。
「お邪魔します」
明日花は靴を脱いで上がり込む。丁寧に向きを揃えて、茶色の革靴を玄関の隅っこに並べる。鋼板入りの大きな編み上げ靴が目に付く。その隣の黒くて大きな革靴が、亮輔の持ち物だ。
廊下を真っ直ぐ進んで、紙屋家のリビングに入る。
「お、おはようございます」
テーブルで朝食を食べている紙屋豪大に挨拶して、音を立てないように静かに椅子を引き、スカートの裾にシワが寄らないように気を付けて座る。
「うむ……」
豪大は、大きなマグカップに入れられたコーンポタージュスープを一口すすり、分厚いトーストに乗ったハムエッグを、パンごと大きな口で食していた。
「お父様は、これから出勤ですの?」
「……うむ」
警備会社の制服を着る豪大は肯定後、残りのパンの耳を口に放り込む。
「明日花、おはよう!」
飛びっ切りの笑顔を湛えた亮輔は、明日花に挨拶し椅子に座る。
「お、おはよ……」
爽やかな彼の表情には、毎度の事だがドキリとさせられる。
「美味そうだな、彩里」
亮輔も父親と同じく、厚切りのトーストの上に、厚く切られたハムと二つ使った目玉焼きを乗せて、食卓のケチャップを掛け、三口で食べてしまっていた。
その様子を驚きの表情で見ていた明日花は、カリカリに焼かれた六枚切りのトーストにタップリのママレードを塗って、小さく一口かじる。
「美味しい……」
「あ、分かっちゃう? この前テレビで紹介していたパン屋さんで、食パンを一斤購入しました。トースターで焼くと、外はカリカリで中はモチモチのふわふわ。そのパン屋さんで、クロワッサンとバターとママレードも売っていたので購入したの。高かったんだよ! もっと味わって食べてよね、お兄ちゃんにお父さん!」
そう言った彩里は、バターの塗られた食パンを小さくちぎり、可愛い口で食していた。
「お父さんは、クロワッサンを召し上がりませんの?」
テーブルに山のように盛られた小ぶりの三日月形のパンを、勧める明日花。亮輔は遠慮無く、次々と大きな口の中に放り込んでいた。
「親父、サクサクで美味いぞ」
口の中に頬張りながら、妙に遠慮している父親の顔を見上げる。
「いや、そいつはバターをたくさん使っていて、カロリーが高いだろう」
少し突きだし始めたお腹を押さえる豪大。
「そんだけ食っておいて、肥満を気にするのか? 彩里が悲しそうな顔をしてるぞ、食べてやれ」
クロワッサンをムシャムシャと食べながら、仕上げにと指に付いたサクサクの生地の欠片をなめる。そして、妹の方を向く。
彩里はうるうるとした瞳で、隣に座る父親を上目遣いに見上げていた。
「分かったよ」
木製のかごの中に一つだけ残されたパンを手に取る豪大。
――午前七時五十九分。
「お兄ちゃん、明日花さん、そろそろ学校の時間よ! お父さんは、出勤の時間でしょ!」
急に立ち上がり、彩里はそう言った。
「占いは何位だ?」
しかし、テーブルの三人はテレビの星座占いに夢中になっていた。
「天秤座は七位だった。父さんの獅子座は?」
「四位……」
ボソリと言う。
「あ、私……最下位だった。」
双子座の明日花は、顔をうつむけ気味にし落ち込んでいた。
「運気回復アイテムは、新しい友人……。なんだ明日花は、ボーイフレンドでも出来るのか?」
亮輔に聞かれて彼女は頬を赤らめる。
「お兄ちゃん! 明日花さん、お父さん、行くよ!」
学生カバンと大きめの青いスポーツバッグ、そしてバイオリンのケースを持った彩里が、三人を急かす。
「よう! おはようさん!」
玄関を出てコンクリート打ちっ放しの階段を七段ほど下る。その先に、亮輔と明日花の同級生――何だか懐かしい顔がいた。その子は、皆に向け手を振っていた。
「おはよう!」
「おはようございます」
亮輔と明日花が同時に挨拶を返す。綿奈部 円香は満点の笑顔を向ける。明日花は何故か嬉しくなって、涙が溢れそうになる――彼女の存在する、当たり前の世界。
「行くよ、明日花さん。円香ちゃん、おはようね!」
家の門扉を閉めていた彩里が、歩み寄り明日花の肩をポンと叩く。父親の豪大は、門の隣に停めてある黒塗りの国産車の運転席に乗り込んでいた。
「おはよ、彩里ちゃん。今日も、可愛いパンツはいてるのかい? グヘヘヘ、ヘ」
円香は彩里の後ろに回り込もうとした。しかし下級生は短めの黒いスカートの後ろを押さえ、ガッチリとガードする。
「おはよう、あやりん! 皆さん!」
背後から声がして、明日花も彩里と一緒に振り返る。
明日花は坂の下を見る。中学校のグラウンドの先、美里中央駅の正面に美里タワーが見えた。
声の主は、彩里の同級生、佐冬 三鈴だった。坂道をゆっくりと登って来る。少し、はにかみながら亮輔を見ていた。
「どうしたの、三鈴ちん?」
「いやあ~、彩里のお兄さんは格好いいなと。ウチの兄貴とは天と地の差、月とすっぽんなの」
三鈴は頬を赤らめ、彩里の兄を見つめていた。こ、これは恋する乙女の顔だ。
「…………」
明日花は心配となる。思わぬライバルの登場だった。
「さあ行こう、みんな!」
円香は明日花の背中を左手で押して、坂道に向け一歩踏み出す。
明日花を中心とし、車道とはガードレールで仕切られただけの歩道の側を亮輔が歩く、反対の右方の崖側を円香が位置取る。
そんな二年生三人組を後ろから援護する、一年生の彩里と三鈴の二人だった。
明日花が見上げると、県立美里ヶ丘高校の三階建ての校舎が見えて来た。僅か五分の登校時間。校門近くには、これまた見覚えのある二人が立っていた。
「おーい! 石波良明日花! おーい、おい」
その中の一人が目ざとく明日花を見つけて、校門前で手を振っていた。
生徒会長の小祝 碧である。小柄な彼女はピョンピョンと飛び跳ねて、自らの存在を主張する。
登校途上の生徒たちは、何事か――と生徒会長を物珍しそうに見物していた。
「な、何ですか!」
明日花はスタスタと早足で歩み寄り、小声で生徒会コンビに耳打ちする。
「石波良さん、生徒会書記になってくれないかという――『おいちゃん』の願いは聞き入れて貰えませんか?」
「おいちゃん、言うなー!!」
副会長の大凹 真岡の言葉にプリプリと怒り出す会長の小祝だった。
「何々? 生徒会長直々のスカウトなの? 凄いジャン、明日花!」
ニヤニヤと笑う円香。健康そうな白い歯を見せていた。
「もう~円香ちゃんたら、他人事だと思ってぇー」
明日花はむくれて見せた。生徒会の二人を置いて、校門を早足でくぐっていた。
――午前八時十三分。
二年三組教室。
「亮輔、オハヨ!」
「円香ちゃん、おはよ!」
「明日花さん、おはようね!」
三人は教室で声を掛けられる。
「オハヨ!」
「おはよう!」
元気に挨拶を返す二人――。
「お、おはよう……ございます」
何だか気恥ずかしくて、毎度毎度ボソボソと喋る明日花だった。
教室窓際、後ろから二番目の席。そこに亮輔が座り、前の席に円香が腰掛ける。
亮輔の横――の机に、明日花はカバンを掛ける。
もうすぐ、朝のホームルームの時間。明日花の後ろの席は、空席のままだった。そこに目をやる。
「亮輔は、放課後は今日もバイト?」
席を後ろに傾けて、円香が彼に耳打ちをしていた。
心配そうに、二人を見つめる明日花――その彼女の瞳を真っ直ぐに見て彼は言った。
「ああ、買いたいモノがあるんでね」
――午前八時二十分。
「キーンコーン、カーンコン♪」
朝のショートホームルームの時刻を告げるチャイムの音。
担任教師、三波 藤二が大きめの黒いサンダルを引きずりながら入ってきた。天然パーマの髪の毛はボサボサで、着用している白衣も薄汚れている。自称――独身貴族の男性教員。女生徒にはどうしてかモテモテではあるのだが、彼は意に介さずだった。特殊な趣味でもあるのか――三十八歳の独身男性を見つめる明日花だった。
「起立!」
クラス委員の号令で、一斉に生徒たちは立ち上がる。
「礼!」
「おはようございます」
「着席!」
「おお、おはよう生徒諸君」
教師の唾の届く位置に座る佐冬 浩一は、避ける意味も含め、首を右斜め後ろに向けていた。親友の亮輔と目が合って、手を振っている。
彼は始業前に亮輔に挨拶していた。
「妹をよろしくな!」
その意味が分からず、亮輔は右手を頭の後ろに当て笑っていた。
その時に、心配で顔を曇らせていた明日花だった。兄公認の恋敵の誕生だ。
「あーそうだそうだ、みんなに重要な知らせが……」
二年三組の担任教師が、ことさら大きな声を出して切り出す。
「諸君らに、新しいクラスメートが加わる事になったんだと。先生も、今日の朝に聞いたばかりでな。まあ、正直驚いている」
担任の本音を含んだぶっちゃけた言葉を受け、クラスのほとんどが驚嘆の声を漏らす。
明日花は、亮輔と円香とを見る。関心が無いのか、ヒソヒソ話を続けている。
「米軍が?」
「そう、米軍だって」
「なんで?」
「基地と共に、第七艦隊ごと取り込まれてしまったのよ」
会話の内容が分からず、教師の方に向き直す。
「で、急な話なのは重々承知しているがな、新しい同級生くんを紹介する。おい! 転校生」
教師は、ゆっくりと廊下の人物に呼びかける。生徒一同がそちらを向いた。亮輔と円香の二人を除いてだが。
「ガラッ!」
遠慮無く教室前方の扉が開く。少女が入ってきた。腰までの長い銀髪の美少女だった。 明日花は眼鏡を上げて、少女の顔に注目する。
「おい、明日花。何で泣いてる」
「そうよ、明日花さん。涙を流しているわ、目を痛めたの?」
亮輔と円香が心配し、明日花の方を向いていた。
「マリヤ・ドリナです。みなさんよろしくお願いします」
銀髪碧眼の異邦人は自己紹介の後、頭を下げた。
「まあ、そういう事だ。席は空いてるところに、適当に座ってな」
教師が言い出す前に、頭を上げたマリヤは明日花の元に歩みを進める。
そして、少女は立ち止まる。
「お姉さん、始めまして。よろしく」
右手を差し出す。
「始めてだけど、懐かしい感じ……」
明日花は両手で小さな手を包み込む。
「奇遇ですね。マリヤも、そう思います」
歯を見せて笑うマリヤ・ドリナは、笑顔のまま明日花の後ろの席に座る。
そして、前の席の彼女に耳打ちをした。
「明日花の家に住まうことになった。色々あると思うが、よろしくな」
「うん」
振り返った明日花は、今まで誰にも見せたことのない上等な笑みで、銀髪少女を迎える。
完
最後まで読んで下さった皆様に感謝いたします。




