#09「僕と彼女の黙示録」-4
「明日花! 母さん! 親父!」
戦車から飛び降りた亮輔が、体育館に向かって叫ぶ。九十度回転した砲塔が、体育館の扉付近に立つ三人を狙っていた。
走り出す亮輔、右手が虚空を掴んでいた。力の入れ具合が調整出来ない。踏み出した左足に力を込めすぎて、バランスを崩し、転倒しそうになる。
「ドーン!」
グラウンドに倒れ込む彼に、近距離から衝撃波と音波が襲う。戦車とは反対方向に吹き飛ばされそうになる。
44口径120ミリ滑腔砲から発射される、10式120ミリ装弾筒付翼安定徹甲弾。
砲身から射出され、砲弾の飛行を安定させる尾翼が見えていた。
1メートルの鋼鉄装甲を貫く炭化タングステンの弾芯が、剥き出しの三人を狙う。
「あ――」
明日花の名前を呼んだ亮輔は、異常な時間感覚にとらわれる。
――時間の停止?
いや、ゆっくりと動いている様を実感する。高性能のハイスピードカメラの撮影した、スーパースローモーションの世界だ。
クロックアップされた自分。
ゆっくりと地面に右手を付き、左手で背中に装着していたスペツナズナイフを取り出す。
両脇のホルスターにしまっている拳銃の弾丸では無理なのだ。炸薬の射出速度では、到底間に合わない。
滑空する翼の付いた砲弾に向けて、一心を込めナイフを投げる。
同時に美里亜を見た。彼女も同じ時間感覚を過ごしているのだろう。立ち上がり、明日花を抱えて体育館の扉の位置から離れて行く。
「――すか!」
時間が戻る。深い海に潜ったときのような、耳の詰まる感覚。それが一気に解放されて、音と匂いと熱さの刺激が一気に襲ってきた。
音速を超える速度で放ったナイフ。刀身が砲弾に当たったが、僅かに軌道が逸れただけだった。
事態は最悪だった。軌跡は、避難した明日花と美里亜の方向に向く。
「彩里!」
豪大が叫んでいた。扉の位置で微動だにしない彼。妻ではなく、娘の名前を呼んでいた。
驚愕する美里亜。砲弾は彼女の眼前に迫る。
「だ――」
明日花が叫ぶ、そのままの口の形で固まる。
閃光。
戦車の砲弾としては、劣化ウランと同等に比重の重い存在の炭化タングステン。発射に使われた運動エネルギーが、そっくりそのまま熱エネルギーへと変換される。
明日花と美里亜を覆う透明な球体。戦車砲弾は衝突し、全てを光と熱に変えて蒸発した。
轟音と共に消えゆく体育館の建物――内部に居た、紙屋豪大も巻き込まれる。
「親父!」
「お父さん!」
叫ぶ亮輔は聞いた。妹の彩里の声を……。
自動装填装置で次弾の用意が完了した戦車砲塔は、角度を調整し再び彼女らを狙う。
「明日花! 彩里!」
立ち上がった亮輔は、二人の少女の元へと走り出す。
◆◇◆
――午後四時十分。
美里モール周辺。
美里ヶ丘高校三年生・生徒会長の小祝碧は、轟音がして空を見上げる。
腹部を銃撃され開腹手術の施された副会長の大凹真岡は、美里モール近くの医療施設に移された。それを聞き、この場所を訪れていたのだ。
先ほど、高校のある美里ヶ丘の場所を中心とした地点からの、大規模な爆発音を聞いていた。物騒だわ――そう思いながらも、上空の衝撃音の正体を確かめる。
低い高度で、ジェット戦闘機が通過する。遅れて衝撃波が襲い、小祝の髪の毛とスカートを揺らす。
「ス、スーパーホーネット……。ってあれは、USS・ジョージ・ワシントンの第5空母航空団の第102戦闘攻撃飛行隊だわ」
つぶらな瞳が有しているのは、抜群の視力と驚異的な動体視力だった。四十五度傾いて飛行する尾翼のマークをしっかりと読み取っていた。
副座式のF/A-18Fを確認した。第七艦隊・ニミッツ級航空母艦・第5空母打撃群・CVN-73・原子力空母ジョージ・ワシントンは、母港の横須賀を出て南太平洋で演習中のはずだった。
「空母艦載機が飛来している……これは、これが意味するのは……」
小祝は、笑顔となって走り出す。
◆◇◆
――午後四時十分。
美里ヶ丘高校、グラウンド。
「ダメーーーー!!!!」
明日花は叫んでいた。目の前の閃光……。
白い強烈な光に目がくらみ、顔を覆っていた。周囲の状況が把握できない。
「明日花さん。亮輔をお願いしますね……」
光りを背にして、隣にいる紙屋彩里が優しく声を掛けてきた。
「彩里ちゃん……いいえ、お母さん。どこへ?」
ようやく相手の表情を見る。覚悟を決めた女の顔だ――明日花は驚く。
「夫を救います。これだけが私の願い。明日花さんに、聞き届けて欲しいのです。じゃあ……」
言った後に、キョトンとした表情に戻る彩里。
「あ、彩里ちゃん?」
本人であるのか確認する。
「お、お母さん……」
明日花の眼前、黒髪の美少女は大きな両目から大量に涙を流す。
彼女にとっては、二度目の別れであった。
光が消え、音が戻って来た。
戦車砲が真っ直ぐ自分を向いていて、彩里を抱きしめたまましゃがみ込む。
「明日花! 彩里!」
「亮輔!」
名前を呼ばれ、彼の方を向いた。こちらに駆け出していた。
「ゴーーーーー!!!!」
低い音が、上空に響く。
「ジェット戦闘機?」
明日花は首を上に向ける。
翼の下から発射される空対地ミサイル。AGM-65・マーベリックは画像誘導で、真っ直ぐに10式戦車に向かう。
「米軍!?」
戦車内の福永中将は、画面でミサイルの接近を確認した。
「戻ったんだ! 戻れたんだ! あはははは!!!!」
一人、涙を流して喜ぶ。
「亮輔!」
戦車に衝突するデルタ翼のミサイル。同時に赤黒い炎が立ち上り、爆風で彼が飛ばされる。
「ドシャリ」
そのまま、明日花と彩里の前に着地する。数ヶ所の骨が折れたはずだが、数秒後には立ち上がり二人の場所に歩いてくる。
「無事か?」
「ドーン!」
燃え上がる戦車内で、砲弾が誘爆する。爆炎が至近距離をよぎり、明日花の髪の毛が少し焦げる。
「わ、私たちは大丈夫。亮輔! お母さんが、豪大さんを救うために……」
明日花は彼に取りすがる。
「ああ、分かってる。全てを理解した。あの男は死んだんだ」
炎上する戦車を指差す。
「ぎゅー」
ハッチを開けて飛び出す人影。炎に包まれてゆっくりと三人の前に歩き出す。
脂肪と筋肉の燃える嫌な匂い。
明日花は三歩後ろに下がる。
「ドカッ」
何かにぶつかった。人だった。
泥だらけの青い作業服の紙屋豪大だった。
「お、お父さん!」
娘の彩里が抱きつく。
「ああ、大丈夫だ、美里亜が庇ってくれた。アイツは二度目の死を迎えた」
「ドサァッ」
福永中将だった物体は燃え落ちる。黒い人型の骨だけが残る。
「親父! アレは!」
上空を横切る戦闘機の一群を指差す。
「第七艦隊所属の空母の艦載機だ。孤立させられた美里市は元に戻ったのか……。それとも、物理的な行き来だけが可能になったのか……。どちらにせよ、美里市の全域の滅亡は防ぐことが出来た」
「亮輔!」
明日花は南の空を指差す。水色の機体、米海軍所属のHV-22B・オスプレイが、五機編隊を組んで美里ヶ丘上空に差し掛かる。
そのうちの先頭の一機が、固定翼航空機モードからヘリコプターモードへと移行し、ゆっくりと高校のグラウンドに降下する。
降り立ったのは、米海軍の制服を着た第七艦隊司令長官の海軍中将であった。真っ直ぐと紙屋豪大の元に向かう。
二人は旧知の間柄であるのか、にこやかに会話を始めた。
「明日花、終わったんだ」
亮輔は、隣の彼女の頭をゆっくりと撫でてやる。
無言のまま顔を赤くする。
「お兄ちゃん。わたし……」
「お前も、いいんだ」
妹の頭を左手で撫でる兄の姿だった。
彩里は、涙を流す。
「カサリ」
豪大がオスプレイに乗り込み、離陸する。大規模な風が巻き上がり、福永中将の燃えかすを吹き飛ばす。
黒く光る頭蓋骨が残される。
暗く穿たれた眼窩が明日花の方を向き、恐怖した彼女は半歩下がった……その時だった。
「キケケケケケケ!!!!」
けたたましい雄叫びを聞いた。この世のモノとは思えない、おぞましい鳴き声。
「クハッ!」
「亮輔!」
明日花は驚き叫ぶ、彼の喉元に黒く光る頭蓋骨が噛みついていたのだった。
にわかには信じられない光景――これは、現実なのか。
「ケケケ、苦しめ! 紙屋亮輔、『蠅の王』の力とはここまでなのか! ねぇ、お姉ちゃん! ボクは、コイツの意識を乗っ取るよ。幾ら細胞が再生できても、この力には対抗できないでしょう!」
アレクサンドル・ドリナの声であった。
「お兄ちゃん!」
「カチッ」
傍らにいた彩里が、手に持っていた狙撃銃で狙うが残弾は無しであった。
「うわあ、くぅ……」
「亮輔……」
彼の喉元から流れ出す血。尋常ではない苦しみ方をする亮輔。
いつの間にか明日花の手には拳銃が握られていた。亮輔から護身用にと持たされた銃。スイス製のSIG・P220。元はこの頭蓋骨の人物が所持していた防衛軍の正式拳銃。
しかし、構える手が震える。狙いが定まらない。
「明日花さん」
見かねた彩里が拳銃を取り上げる。
「ふぅ……」
ゆっくりと深呼吸する彼女は、拳銃の安全装置を解除する。
「バイバイ」
彩里は、兄ののど笛を食いちぎろうとする漆黒の髑髏のこめかみに銃口を当てる。
「クカ?」
「ドーン!」
銃声と共に、福永中将の頭蓋骨は砕け散る。キラキラと光るそれは、黒曜石のような輝きを見せる。




