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#09「僕と彼女の黙示録」-3

   ◆◇◆


 ――午後三時四十分。

 美里タワー二十四階、エレベーター前。


 三基あるエレベーターは、全てこの階で停止していた。開かれたままのドア。

 かご内部では特殊部隊隊員が、大勢死んでいた。四肢は大きくねじ曲がり、悲惨さが伝わってくる。流れ出た血液がエレベーターの床を濡らし、エレベーターシャフト内を垂れていく。


「司令、服が汚れますよ!」

 エレベーターホール前に陣取り、非常階段のドア付近をM60機関銃で撃ちまくるナターリャ・イワノワの言葉だった。

「……いや、話し相手が来たからね」

 マンション廊下の手すりを掴んで、ゆっくりと歩くアレクサンドル・ドリナ。

 ふぅ――と言って、廊下に腰掛ける。飛び散った血液にも動じない。


「蠅の王、アレクサンドル・ドリナ! お前には、言いたいことがたくさんある!」

 ドア付近から声がした。特殊防弾シールドに守られた福永ふくなが 浩一郎こういちろう中将だ。数名のレンジャー隊員が、特殊ポリカーボネイト製の透明ライオットシールドを構え、師団長を守る。

 訓練中の特殊レンジャー部隊は、暴徒鎮圧の役目も持っていた。その時に使用されている盾だ。


「……上階のレンジャー部隊は、紙屋夫妻が倒してしまったね。増援のオスプレイも簡単に落とされてしまった。機体には、構造的に根本的な欠陥があるんじゃない? 導入を強引に進めたキミにも、責任論が持ち上がるね」


「あははははは、悪魔め! 不老不死とは本当だったんだな。あの銀髪娘を見て実感したよ。だが、今の姿は何だ! 蹴飛ばされただけで簡単に死ぬ、ご老体だな」

 福永は銀髪の老人の言葉には耳を傾けない。自身の主張を述べただけだった。

「……年上の人間は敬うのが礼儀でしょ。それに、お年寄りに蹴りを入れちゃだめだろ。アハハ」

 負けずに大声で、笑い返すアレクサンドル・ドリナだった。


「悪魔よ、何人の血を欲するのだ! この地震と戦闘で千人以上の人々が死んだ。盆地特有の地形と、周囲の酸化窒素のおかげで何とか空気が逃げずに保っていられる。だが、容赦なく太陽光線は降り注ぎ、やがて水蒸気は逃げ去ってしまう。我々は干からびるか、夜となり極寒に震えるか……猶予の時間は無いのだ! 私も、美里市八十万余名の命を預かっている。石波良明日花を殺してでも、世界を健全な形に正すのだ!」


 熱弁を奮う福永中将。ツバを飛ばし透明の盾を汚す。脂ぎった顔からは汗が飛び散る。目が血走っていた。


「……ボクはもう力を有していないのでね、キミらを丸ごと滅ぼすことも出来ないんだ。でもね、明日花さんを殺したって世界は元に戻らない。キミは、頭の悪い銀行強盗犯なのかい? 銃で頭取を撃ち殺してしまったら、大金の詰まった金庫は永久に開かないのだよ」

「うるさい! 黙れ! 黙れ! 簡単には殺しはせん! あの女は、右耳でも打ち抜けば失禁しながらでも我々の願いをかなえることになるだろうよ!」

「……キミは明日花さんの能力発動条件を知らないんだな。彼女の場合は、身近な人間……そう、彼氏クンのピンチでないとダメなんだ。そんな彼氏クンは、マリヤの力を得て不老不死の不死身の体になった。既にチェックメイトを食らっているのは、キミたちの方なのだよ。それに信じてあげて、明日花さんはいい人だよ。この状況は複雑すぎて、解決するのが難しい。彼女なら、最善の選択を――」

「バン!」

 銃声を聞いた。

「司令!」

 油断し切っていた副司令のナターリャは、M60機関銃を再び撃つ。福永中将に向け、盾となった隊員とシールドもろとも銃弾を降り注ぐ。


「……まいったな。この状況で」

 腹部を押さえたアレクサンドル・ドリナ。皺だらけの小さな手のひらに大量の血が付いた。

「交渉決裂です!」

 副司令は容赦なく銃撃を加えて行く。

「引け! ヤツらの最終目的地は学校だ。急げ!」

 師団長はそう言って、振り返りもせずに足早に階段を下っていく。



   ◆◇◆


 ――午後四時二十分。

 県立美里ヶ丘高校、グラウンド。


「全く、忙しいわね。気楽にアタシを使いすぎるのよ。誰だと思ってるの、生徒会長サマなのよ! オーイ! オーイ!」

 降下を始めたブラックホークに向けて手を振る生徒会長の小祝碧。

 学校の玄関脇にある緑色の公衆電話が鳴っていると、下級生に知らされたときには驚いた。

 その電話に出ると、相手は紙屋亮輔であった。これから学校にヘリで訪れると言うのだ。彼は美里タワーと何度往復したのだ? 考えようとしてやめた。


 巻き上がる砂埃。小祝はスカートを押さえてヘリの着陸を待つ。



 その脇を生徒たちが一列となって、ぞろぞろと続く。市内に住む生徒たちは下校を始めたのだった。電車とバスが復旧したと連絡があった。そのため、紙屋豪大の指示で帰宅が可能な生徒たちは自宅へと帰らせた。

 自宅を被災した生徒は、該当する避難所へと移動させる。

 この地区の避難所は美里ヶ丘東中学校だ。市外からの通学者はそこに避難させる。

 高校も広域の避難所になっているが、今は使用不可だ。あちこちの教室には大量の死体が安置してある。

 生徒は、ぞろぞろと坂道を下り学校の外に出て行く。

 小祝も、緊急の医療テントから運び出される副会長の大凹真岡を見送っていた。医療班の陸上防衛軍隊員と『ラズワルド』の医師班は無事だった。彼らが率先して怪我人や病人を移動させる。



「すまない、会長さん。今回の騒動が収まったら、明日花を生徒会書記としてこき使っても構わない!」

「え!?」

 ヘリから降り立った紙屋亮輔は、大声で生徒会長に伝える。彼の後ろから出てきた明日花は、驚いた顔を二人に向ける。


「この美里ヶ丘の頂点から、人払いをすれば良いのよね。何とか理由を付けたから、全員が移動しているわ。十分もすれば完了よ。それと、視聴覚教室と美術室にたくさんの遺体があった。これが、これから起こることに関係しているのよね」

 小祝は亮輔に寄り添うようにして会話を続ける。


「アナタ……因縁の対決ね」

「ああ……」

 紙屋夫妻がヘリを降り立つ。再び離陸するブラックホーク。数名の警備会社の警備員を乗せて旅立った。新美里駅近くの、新指揮所の市役所の災害対策本部に向かったのだ。

 体育館にあった、大量の通信設備を積み込んでいる。市役所の屋上もヘリポートになっているのだ。警備員も、本来の美里市の治安維持の任務に戻っていた。



「じゃあ、アタシは大凹真岡に付き添いするから。幼馴染みは良いわよ、大切にしなさい」

「あ、ありがとうございます会長さん。副会長さんにもよろしくと……」

 明日花は深々と頭を下げる。


 アンタの所為で、モカは撃たれたんだけど――言えない小祝は、背中越しに小さな手を振って校門を出ていく。



「キュルキュルキュル……」

 小祝と入れ替わりに、陸上防衛軍最新鋭の第四世代戦車、迷彩塗装の10式が入って来る。いったんは警備会社側が接収したが、特殊部隊に奪い返された後に行方が分からなくなっていた。

 八気筒のディーゼルエンジンが唸りを上げている。


「亮輔! 戦車が!」

「分かってる!」

 明日花の言葉を受け、彼はそのまま戦車の正面に向けてゆっくりと歩き出す。引き止めようとする彼女を、右手を上げて制止する。

 戦車も停止した。グラウンドの中央部分である。


 油圧制御で車高が変わり前部が下がる。そして44口径の主砲が動き、亮輔に真っ直ぐ向けられる。

「やあ! 石波良明日花サン! それと、彼女のピーターパン!」

 ハッチが開けられて、上半身を現したのは福永中将であった。首には赤いスカーフを巻いている。

 右手で迷彩柄のヘルメットを少し上げて、挨拶していた。


「なんだ!」

「いやね。私が何度も彼女サンにお願いしてるんですが、かなえてはくれないのですよ。こんな、ネバーランドはいやだ! こりごりだってね。ねぇ、ウェンディーさん、彼の優しいお母さんとなって下さいな。もう、ティンカー・ベルはいないって教えてあげて下さいな。もう、便利な魔法も使えないんだよ!」

 白髪交じりの無精髭の伸びたアゴを、右手で触っている。


「よう! フック船長! 妖精の替わりに、僕が魔法が使えるようになったんだよ。紙屋亮輔十八歳、彼女いない歴イコール年齢の僕がね!」

 亮輔は振り返り明日花を見る。何故か顔を赤らめてしまう彼女だった。


「聞いたよ彼氏クン! あの魔女の不老不死の能力を引き継いだんだってね。キミは無限の再生の力を得て、彼女に自在に願いをかなさせる! 何て、何て素敵な話なんだろうね!」

「お前……アレクサンドル・ドリナなのか?」

 口調はそっくりだった。


「ああ、あの少年は死んだよ。だからなのか! ボクの体の中から湧き上がる力を感じる。そうか、能力者が死ねば近くに居た年下の同性に能力が移譲される事と、原理が一緒なんだな。あのマンションのフロアに居た中で百歳を越えているアレクサンドル・ドリナに最も近い年齢はボクだった。ああ『ベルゼブブ』の力を得て、不老不死とまではいかないが、全知全能の知識を身につけた。分かる、分かるよ彼氏クン!」

 福永中将は、口の端に泡を作り熱弁を奮っていた。途中で気が付いたのか、舌でペロリとなめ上げる。


「マリヤの中の存在はどうなった! あの場所に居た、マリヤの実年齢に一番近い女性は……副司令の、いや……母さん!」

 振り返り紙屋彩里の姿をとる――美里亜を見た。


「ええ、亮輔そうですよ。全てが分かってしまった。この事態を解決する良い方法を知ってしまったのです!」

 美里亜はゆっくりと歩き出す。止めようとする豪大の手を払っていた。

「母さん……」

「マリヤさんの不死の能力は亮輔に、全能の存在は私に……。アレクサンドル司令の不死は副司令に受け継がれ、悪魔の能力がそこの師団長さんに……。明日花さんの能力の移譲についても分かってきました。夫の豪大は、そこの福永中将よりも年上。亮輔! アナタが、そこの師団長を殺せば『蠅の王』の力を得ることが出来ます」

 美里亜から指差された上に、『殺す』と言われ慌てる。戦車の砲手用ハッチから片足を出して、立て膝で聞いていた福永中将は、顔色を変える。


「母さん! 俺は『蠅の王』の力なんて欲していない。だが、明日花の敵であるなら排除するだけだ。俺は命がけで明日花を守ると誓ったんだ」

「亮輔! 『俺』ではなくて、『僕』――だと自分の事をそう呼びなさいと、いつも言っているでしょう」

 昔と変わらない口調に苦笑する亮輔。


「クソッ! 簡単に殺されてたまるか!」

 急ぎ、ハッチを閉じ戦車内に隠れる師団長。


「亮輔!」

 次の瞬間、明日花は驚き叫んでいた。彼が、戦車の上部に取り付いていたのだ。一瞬の出来事であったので、あっけにとられたのもある。


「明日花! 母さん! 下がっていろ! 戦車との格闘戦は初めてだが、この不死の能力は色々と応用力が効く!」

 上部にある12・7ミリ重機関銃に取り付いた亮輔は、右腕で掴みねじ曲げる。筋肉と腱の断裂する音、骨に亀裂が入る音を聞いた。

「何とも嫌な響きだね」

 そう言った後には、右腕は復活していた。その後、砲手用のハッチに取り付いて外部から開けようと試みた。

「ま、そうだよね」

 リミッターが解除され怪力を出せる彼でも、完全に閉じられた戦車のハッチを開けることなど出来ない。


「亮輔!」

 豪大、美里亜に手を引かれ、体育館の方へと避難する明日花。戦車が急発進し、振り落とされそうになった彼を心配する。



「おっと」

 砲塔前部、砲手用カメラの設置されたサイトに取り付く。

 戦車は蛇行走行を繰り返し、何とか亮輔を振り落とそうと試みていた。砲手用カメラの反対側、少し盛り上がった車長用カメラが動き、砲塔周辺の様子を探る。


「ええい! クソゥ! 忌々しい小僧めが! 早く振り落とせ!」

 戦車長の席に座る福永中将。車長用カメラの映像を液晶モニターで確認していた。前に座る操縦士の、座席背もたれを蹴り飛ばす。

「師団長! 話が違います!」

 砲手担当の兵士が福永に詰め寄る。戦車の乗員は、警備会社が接収した時と変わっていない。正規の陸上防衛軍の戦車兵であった。

「いいから、砲塔を振り回してヤツを落とせ! 踏みつぶして、せんべいにしてしまえば、いくら不老不死でも回復は難しいだろう」


「わ、わかりました」

 拳銃を向けられて、砲手は砲塔を動かすレバーを操作する。



「おっと、と……」

 砲塔が左右に旋回しバランスを崩した亮輔は、砲塔側面のモジュール装甲の部分を掴み、踏みとどまる。

 そのまま腕の力だけで伝い、主砲を発射する砲身部分まで移動した。その時、砲塔前面の7・62ミリ機関銃を撃ち込まれる。

「ホイ、ホイ、ホイっと」

 亮輔は砲塔の上をバランスを取りながら歩き、戦車後部のエンジン部へと移動した。



「カン、コン、カン」

 戦車上部で音がする。福永中将は見上げ、車長用カメラを操作して、亮輔の行方を追う。


「ヤツは落っこちたか!?」

 叫ぶが、操縦士と砲手は両名とも首を振る。

「うーむ」

 そこに、後部から激しい音がしてきた。動力部の音が変化する。

「エンジンか! クソッ!」



 亮輔は、10式戦車の最後部のラジエター排気口カバーを蹴り壊していた。大きく開いた隙間に、拳銃を差し込み数発撃つ。

「キ、キキキィイ!」

 戦車は急停止する。


「ええい! クソが!」

 砲手用のハッチが唐突に開き、福永中将が勢いを付けて飛び出してくる。戦車最後尾のエンジン部に掴まっていた亮輔と目が合った。

「死ね! 死ね! 頭を潰されたら、再生は難しいのだろ!」

 ラジエター部の格子状カバーに右手だけでぶら下がる亮輔。そこを拳銃で狙い撃つ師団長。迷彩服の男は、ねじ曲がった12・7ミリ機関銃に左手で掴まり、体を固定する。

 部下の持っていた拳銃SIG・P220を奪い、9ミリパラベラムを亮輔の体に命中させる。頭を狙うが、左右に巧みに動きかわされてしまっていた。


「バン!」

 体育館から銃声がして、亮輔と師団長はそちらを向いた。

「ウギャ!」

 福永中将は、右耳を失って拳銃を持つ右手で押さえる。左手で機銃をたぐり寄せるが、砲身が曲がっているのを見て、

「クソ野郎が!」

 罵倒して、開いたハッチに頭から入り込む。


「外した!? どうして?」

 体育館の床に寝そべる美里亜は、確かに狙撃銃の7・62ミリNATO弾で福永の頭部を貫いたはずだった。距離も100メートルも離れていない。

 美里亜の射撃の腕で、ミスを犯す理由はないのだ。



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