#08「僕の最終戦争」-4
――午後二時三十八分。
美里タワー、二四○六号室。
「よう! 彼氏クン!」
明日花の目の前に座る銀髪の美少年が、リビングルームの入口に向けて右手を上げた。
「亮輔……」
明日花は振り返り、ボソリとつぶやいた。しかし、顔は安心で綻んでいたに違いない。
「親父、彩……母さん」
二人の姿を認め、母親の前に歩み寄る。亮輔の背後には父親の豪大が付きそう。
「ボロボロね、亮輔。まだまだ、鍛錬が足りません」
構えを解かない紙屋美里亜は、息子に向けて言った。
「母さん。どうして明日花に銃を向けているんだ!」
彼は、険しい表情に戻っていた。
「彼氏クンからも、お母さまに進言してくれないかい。明日花さんを殺して、力を彩里ちゃんに移譲させようとしてるんだ。だけど、現段階では混乱をもたらすだけだってね」
呆れたよ――そんな表情で黒のセーラー服の美少女をみやる銀髪の少年。
「来たな少年。オマエはどんな選択をするのだ」
「マリヤ?」
亮輔は、振り返った銀髪の美少女に視線を向ける。
「この場では、多数決で明日花さんの存命が認められた。反対しているのは、キミのお母さんだけなんだよ。でもね、夫の豪大クンの意見は聞かないんだ。彼はボクらに忠実だよ。命令の通りに、能力者に近づいて結婚までした。ああこれは、今の彼氏クンと一緒か。紙屋家の男は、ボクたちに逆らえない」
アレクサンドル・ドリナの告白。背を向けて聞いていた紙屋美里亜の右肩がピクリと動く。
「アナタ、命令で私に近づいたの?」
夫に冷たい言葉を掛ける。
「そうだ……」
苦しそうに絞り出す豪大。
「……まだ高校生だったお前に、近づいたのは命令からだった。当時、付き合っていた石波良今日己も、納得済みだ」
「それは、私が能力者だったから? そうでなければ、今日己と付き合うのを続けていた?」
「……分からん。その後、わしはお前を好きになっていたし、今も家族を愛している」
「その愛は、偽りの愛じゃないの? 美里亜さん、キミが望んだんだよね」
ソファーにふんぞり返り、足を組み直す銀髪の少年。
「それは、違う! 違うんだ!」
夫の顔を見る。彼女から視線を外す豪大。
◆◇◆
――午後二時四十分。
県立美里ヶ丘高校、グラウンド隅・特設テント。
「お、おいちゃん……」
大凹真岡は目を覚ます。自分がどういった状況に置かれているのかを、瞬時に理解する。
透明のビニールカバーに覆われた簡易ベッド。腕には点滴のチューブが何本も繋がれている。
白い大きめのマスクをした、相棒の小祝碧の煌めいている瞳を見つけて、声を漏らす。
「良かった……モカ。ホント良かった」
マスクで籠もる声。つぶらな瞳がキラリと光って、涙が流れる。
「おいちゃん、ゴメン。おいちゃん、ゴメンなさい」
泣き出した会長を見て、副会長もワンワンと泣き始める。
「ア、アンタは、しばらく安静よ。ここ最近は忙しすぎたから、ゆっくり休みなさい。アタシは、まだまだ生徒会長の仕事があるのよ。よし! 頑張るぞ!」
小さくガッツポーズをして、忙しく動き回っている看護師たちに会釈をしてテントを出ていく会長。彼女はマスクを外し涙を拭い、外を見る。
「さてと……」
グラウンドには、医療テント以外は何も残されていない。戦車や装甲車も移動していた。地震の影響でひび割れた運動場に残る、軍用車両のタイヤと履帯のたくさんの跡。
そして、大勢いた警備員も見かけない。
そのまま真っ直ぐに体育館に進み、中をのぞく。こちらも、もぬけの殻だった。無線機などが運び込まれてはいたが、照明も消され誰一人居ない。
「責任者は、校舎の方かしら?」
小祝は首を傾げながら、小さな足を踏み出す。
「そろそろ下校の時刻だけど、生徒たちを自宅に帰していいのかしらねぇ?」
独り言をつぶやきながらキョロキョロと周囲を見渡し、校舎に入る。
静かだった。一階の一年生の教室を廊下の窓からのぞき、生徒たちが大人しくしている様子を認め、ウンウンと頷きながら廊下を歩く。
二階への階段を昇る。一番近い視聴覚室の前に立つ。
「ガラッ」
大きな音でドアを開く。
「へぁ……」
小祝碧生徒会長はその場にへたり込んだ。足元に流れ出ている赤い水。大量の血液だった。
大勢の警備会社の制服の人物が、折り重なるように倒れていた。
「し、死んでる……」
異常な状況に腰を抜かし、這いつくばりながら廊下へ脱出する。
◆◇◆
――午後二時四十分。
美里タワー、二四○六号室。
「何だ? シッ、静かに!」
銀髪の美少年司令、アレクサンドル・ドリナは左耳に手をかざし立ち上がる。聞き耳を立てていた。見えない目だが、まぶたを閉じる。
「どうしました? 司令……」
「目の見えない人間はね、例外なく聴覚も鋭くなるんだ。キミらが移動に使ったヘリは、ブラックホークなんだよね」
「そうだ、陸上防衛軍所属のUH-60JAだ」
紙屋豪大が答える。
「ヘリの形式はどうでも良いんだけど、ソイツはシングルローター機だよね。ここに近づくのは双発エンジンのプロペラで、垂直降下している……何だっけ、ティルトローター?」
「みんな伏せろ!」
「司令!」
豪大と、ナターリャ・イワノワが叫ぶ。
同時に轟音を聞いた。
部屋の大きな窓。そこから見えるのは、陸上防衛軍の迷彩塗装の機体だった。後部の搭乗用ポットが開き、62式7・62ミリ機関銃が室内に向けられる。
マンションの窓ガラスは防弾仕様であった。しかし、一秒間に10発もの弾丸を近距離から受け、あっけなく砕け散る。
陸上防衛軍仕様のJV-22Bオスプレイであった。空中停止は苦手であるのか、三十秒ほどその場に留まり、300発の弾丸を室内に降り注いでいた。
大きく機体を揺らしてから、ゆっくりと上昇を始める。
「大丈夫か?」
豪大は顔を上げてリビングを見渡す。水槽が割られ熱帯魚が床で跳ねていた。彼は、庇った下の少女を見る。
「ええ。明日花さんは?」
紙屋彩里の姿を取る――美里亜は、ガラス片を払って半身を起こす。
「私も、怪我は無いです……」
「よかったな」
明日花は仰向けのまま言い、胸に抱いたマリヤの顔を見た。銀髪の少女も無事であった。
しかし、二人の少女の上に覆い被さる大きな存在。
「亮輔? ね、亮輔!?」
明日花を庇い、ぐったりとしている少年。その肩をゆすり、名前を呼ぶ。
「ねえ亮輔! どうしたの! しっかりして!」
部屋に居た一同が、そちらを向く。
「血だ……」
ゆっくりと立ち上がったマリヤは、制服に付いた血液の跡を見せる。
しかし、マリヤには怪我した様子はなかった。もちろん、不老不死の存在であるので心配は無用であった。
「ああ、こんなに血が……。亮輔! しっかりして! は、早く救急車を!」
明日花は慌てふためく。体を起こし、うつぶせの亮輔の体を裏返す。
「!」
顔を覆い、言葉を無くす。彼は、胸と腹部に弾丸を受けて意識が無かった。防弾ジャケットを着用してはいたが、拳銃弾を想定した装備だ。重機関銃の大口径弾には耐えられなかったのだった。
彼の顔は真っ青だった。刺激を加えても、何の反応も返っては来なかった。
「ナターリャ……キミはバカなのか……」
部屋の片隅、ゆっくりと体を起こしたのは、アレクサンドル・ドリナ司令であった。
「司令、ご無事ですか……」
横たわる銀髪の巨乳副司令は、そう言った後に口から血を吐いた。腹部に1センチほどの穴が開いている。弾丸が貫通していたのだ。
「キミはホントにバカだ。バカだバカだと日頃から感じていたけど、こんなにバカだとは思わなかった。不老不死のボクなんて庇ってどうする。むしろ、盾にしてでも自分の身を守ったらどうだ」
「し、司令? 泣いているんですか……。手に暖かい液体の落下を感じます。部屋の照明を、つ、付けてもらえませんか。暗くて……事態の確認を急ぎたい」
夏の昼間。まだ明るい時間帯だ。南向きで眺望も良く、日当たり良好な物件であった。部屋の中に、眩しいまでの陽光が差し込んでいる。
「ナターリャ、キミ……目が……」
輝きを失った翡翠色の宝石。
「……し、司令……寒いです。私のカバンにストールが……それを……」
「ナターリャ……」
大きな胸に顔を埋める銀髪の少年。綺麗な銀色の髪の毛に、大量の赤い色が付着する。
――午後二時四十五分。
美里タワー、二四○六号室。
この室内では、二人の人物が瀕死の状態であった。
「亮輔! 亮輔!」
彼の耳元に顔を近づけ、必死に叫ぶ。
「さあ、明日花さん移動しよう。この場所は危険だ! 事態が大きく変化した。無線で呼びかけるが、どこからも反応が返ってこない」
豪大は明日花の手を引っ張り、無理矢理と起き上がらせようとする。
「待って下さい! 亮輔が……早く、治療を!」
「……息子は助からん。命がけでアナタを守ったんだ。本望でしょう」
首を振りながら話す、父親の言葉。
「……行きましょう。明日花さん。アナタを他者に殺させるワケにはいかない」
息子には一瞥もしない、母親の冷たい言葉。
夫婦は、さっさと部屋を出て行く。
「死…………イヤ…………」
明日花は自分の頭を抱える。
死ぬ? 亮輔が? なんで? どうして?
許さない! こんな世界なんて!
「明日花、ヤメろ!」
ブツブツと喋り出した彼女の手首を強く掴むマリヤ。
「ね、マリヤちゃん。こんなのはウソよ! ありえないわ! 夢よ、夢! こんな間違った世界は――」
「は――」
明日花は口を開けたままで、全てが固まる。時間の停止なのか、何者も動いていない。
――否定。
二人の人物だけが立ち上がり、歩く。
「このままでは、この世界は消し飛んでしまう」
マリヤの姿をとる女は右手を高くあげる。
「そうだね、お姉ちゃん。この時点での新たなる宇宙の創造は、意識の引き継ぎが上手くいかない」
銀髪の少年は、意識を失いつつある副司令の腕から、ゆっくりと手を離す。
「こちらの宇宙が消滅して、0(ゼロ)になってしまえば、エネルギーの差異が大きくなりすぎる。連環した空間が耐えきれずに、この次元そのものが形を留めなくなる。彼女の望みは――『願い』は、彼の生還」
「だね、良い機会だ。ボクはもう疲れたよ。若い子に任せようか……」
二人は立ち上がり、手を繋ぐ。
白い光――周囲は包まれる。




