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#01「僕の日常」-2


「よう! おはよう!」

 玄関を出てコンクリート打ちっ放しの階段を七段ほど下る。その先に、亮輔と明日花の同級生、綿奈部わたなべ 円香まどかがいた。二人に笑顔で手を振っていた。


「円香おはよう!」

「円香さん、おはようございます」

 亮輔と明日花が同時に挨拶を返す。だが、明らかに円香の顔が亮輔だけを向いているのに気が付き、明日花の顔が曇った。

「さ、行くよ、明日花さん。円香ちゃんおはよう!」

 家の門扉を閉めていた彩里が、走り寄り明日花の肩をポンと叩き追い抜いた。


「よう、彩里ちゃん。今日も可愛いねぇ~」

 円香は彩里の後ろに回り、下級生の短いスカートをヒラリとめくる。黒のパンストの下から、水色と白のストライプの下着が確認出来た。

「キャッ! 円香さん……って、お兄ちゃん見たでしょ!」

「え? ないない! 見てない!」

 彩里の後ろにいた亮輔は、自分は無実だと主張して首をブンブンと振っていた。

「そうですよ、コチラからは見えてませんよ。安心よ、彩里ちゃん」

 そう言って明日花は笑う。彼女に笑顔が戻ったので、亮輔はホッと胸をなで下ろす。



 四人の通う高等学校は、亮輔の家の前の緩やかな坂道を登った頂上にある。県立美里ヶ丘高校。男女共学の普通高校だ。美里市内では、有名な進学校でもある。

 紙屋家の左隣、坂を少し登った先が明日花の自宅だ。石波良家も同じく木造二階建てのごく普通の家屋である。明日花は振り返り、坂の下を見る。中学校のグラウンドの先、美里中央駅の正面に大きなタワーマンションが見えた。


 『美里タワー』

 正式な名称は長ったらしくて、誰も覚えていない。周囲の皆はそう呼んでいる。そこの住人が円香だった。円香と目が合って、彼女が微笑を返して来た。


 明日花を真ん中として、ガードレールで仕切られた歩道の道路側を亮輔が歩き、反対の右側を円香が陣取る。いつもの定位置だ。

 そんな同級生三人組を後ろから優しく見つめる、高校一年生の彩里だった。


 彩里が前を見上げると、丘の頂点の場所にある高校の、鉄筋コンクリート三階建ての校舎が視界に入る。十分前に駅に到着した電車から吐き出された高校生の一団が、学校に到達する所だった。

 学校近くの、もっとも傾斜のきつい坂道を登っていた。

「おーい! あやりん!」

 その中の一人が目ざとく彩里を見つけて、校門前に立ち止まり待っていた。


 彩里の同級生、佐冬さとう 三鈴みすずだった。ニヤニヤと笑いながら亮輔と明日花の二人を見ていた。

「どしたの、三鈴ちん?」

「いやあ~、お二人はお似合いだと。いいなあ~幼馴染みかあ~」

 三鈴は頭の後ろに両手を回し、学生カバンをプラプラと揺らす。

「…………」

 明日花は顔が見る見ると赤くなり、うつむいたままの姿で学校に到着する。



 ――午前八時十分。


「亮輔オッス!」

「円香ちゃんおはよう!」

 二人は教室でも大人気だった。明日花には二人が眩しかった。二人の周りには常に人垣が出来ている。明日花一人が離れて、教卓近くの一番前の席に腰掛ける。


 取り残された自分。


 亮輔の席は、教卓から見て左窓側の列、最後部。教室全体を見渡せる――絶好の位置だ。

 その前が円香の席。円香は椅子を斜め後ろに倒して、ヒソヒソと何やら話をしていた。亮輔の耳元に口を近づけている。

 明日花は首を右斜め後ろに向けて、二人の会話を見つめる。目が合った円香が明日花に向けて手を振ってきた。明日花も小さく返す。

 その時、担任の教師が入って来た。

 明日花は前を向き、いつもの暗い顔に戻っていた。



 一時限目は、数学のミニテスト。

 静かな教室の中では、筆記用具の音だけが聞こえている。


 ――その時だった。


「明日花ぁ! 伏せろぉ!」

 窓際の亮輔が叫んで、教室の端から明日花の場所に駆け込んだ……いや、飛び込んだと言ってもよいほどの勢いだった。飛びついた亮輔は明日花を強く抱きしめて、二人は床に転がる。


 教室の全員が二人を向いた後。

「ガシャン!」

 激しい音と共に、窓ガラスが粉々に飛び散った。同時に明日花の机が真二つとなる。

 狙撃されたのだ。デスクの合板が裂け、スチール製の脚がねじ曲がっていた。大口径の軍用対物狙撃銃の12・7ミリの弾丸が貫いたと一目で分かる。

 窓の外を向く、遠くの銃声がワンテンポ遅れて聞こえて来た。


「亮輔! 入り口!」

 窓際の円香が叫び、スカートの内側に忍ばせていた拳銃を取り出した。教室前方の入り口から侵入してきた黒ずくめの目出し帽男の一人を撃つ。

 円香が持つのはワルサ―P99だった。樹脂製フレームのドイツ製自動拳銃。円香が9ミリパラベラム弾を発射する度に、彼女の右手首が小気味よく動く。三発の銃声が教室内に響き渡る。


 円香は、三名のテロリストを瞬時に打ち倒していた。容赦なく胸の中心を貫抜いている。

「明日花、お前は床に伏せたままにしていろ!」

 彼女の上に覆い被さった亮輔が、学生服のグレーのブレザーの下からベレッタM93Rを取り出す。フォアグリップを左手で持ち、三点バーストでイタリア製のマシンピストルを撃ちまくる。

 教室後部から侵入を試みた四名のテロリストが次々と倒れていく。二十発収納されるロングマガジンを撃ちつくし、予備の弾倉に替える。手慣れた動作だった。



 そして、教室に訪れる静寂。

 テロリストの急襲から明日花を救ったのは、亮輔と円香の二人だった。

「立てるか? 明日花?」

 彼女の上にのし掛かっていた亮輔が退き、明日花の手を取る。

「大丈夫……」

 明日花は亮輔の腕に掴まり、黒いセーラー服に付いたホコリを払いながら自分で立ち上がる。

「ありがと。任務、ご苦労様……」

 そう言った明日花は、亮輔の顔を両手で掴んでキスを――。


 さあ、キスを――。



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