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#08「僕の最終戦争」-3


   ◆◇◆


 ――午後一時五十六分。

 美里タワー、二四○六号室。


「ワタシの意識は、マリヤの記憶領域に潜む存在。世界中の人々の意識の集合体。それらの有する莫大な知識や情報が、ワタシ個人の人格を作り上げた。石波良明日花、アナタには説明したな。ワタシはエネルギーの供給者であり、ネットワークも形成している。アナタはスイッチに過ぎない。過去の石波良翠子も、紙屋美里亜も同様だ。だから、エネルギーの変換が行われる時には、ワタシの意思を介在させることが出来る」

 マリヤの姿をとる存在。その彼女がニヤリと笑った顔。それに対する嫌悪の感情の芽生え。これこそが魔女の顔だ――と明日花は実感した。


「マリヤの中には、二つの存在が眠るんだ。ボクの中にも、同じくね。内部で均衡がとれているので、安定をしている。マリヤの天使と悪魔の部分、ボクの悪魔と天使の部分。そして、マリヤとボクの力関係は拮抗している。奇跡的なバランスで保たれる……いいや、相反する力をぶつけて打ち消しているに過ぎないんだな。それを良しとしないのが、マリヤの中の善悪の悪の部分であるんだ。それに利用されたのが、ナターリャと、キミなのかもしれない」

 銀髪の美少年アレクサンドル・ドリナは、隣の長身の美女と、狙撃銃を構える紙屋美里亜の二人に顔を向ける。


「綿奈部円香を派遣して、石波良明日花を殺させる計画。その時には、能力が彼女に移る予定だった。綿奈部円香は、アナタよりも二ヶ月誕生日が遅い」

 ナターリャ・イワノワは険しい顔で言った。


「あなたが、円香さんを……」

 明日花はナターリャを見た。何時も自信ありげな顔であった。


「アナタが死んで、円香さんに能力が移る。円香さんが暗殺に失敗して、殺される。そのどちらでも結構なのです。その結果、事態は大きく動き始めました」

「その結果で、ボクらは街ごと滅亡寸前までに追い込まれたんだけどね」

 ヤレヤレと両手の手のひらを見せるアレクサンドル・ドリナ。視線も交わさず、副司令と司令は話を続ける。


「ええ、ですから移動させた世界を元に戻して欲しいの。この世界に切り取られたのは、世界の破滅からこの街を逃れされるようにと望んだから。でも結果として、あなたたちの組織『ジェイド』に、亮輔、彩里の二人を人質に取られたも同然だったの。仮に、世界の滅びを考えたときに、美里市だけが消え去り、自分たちの手に負えなくなった能力者ごと、葬り去ろうとしたのね。アナタのご両親の属した『ジェイド』は……」

 明日花に向けられる美里亜の冷たい目。

「父と母が?」

「そう、だけど失敗した。物理的に完全に切り離されると考えたのに、観測されるデータ上は、美里市は地球内に存在したままなの。美里市の滅びは、地球全体、人類が存在する宇宙全体に波及する恐れがある」

「滅びの波及?」

「ええ、ですから『ジェイド』は私の排除を決定したの。それが私の暗殺事件ね。夫の豪大は復讐に燃え、アナタのご両親を殺害した」

「ご、豪大さんが……私の父と母を……」

 重大な告白。

 そして、明日花の脳内に蘇る記憶。炎の中の大男のシルエット……。

 ああ、そうだったんだ――後ろに目線を向けて、亮輔の父親の形をみる。


「そうよ、私の復讐のため。そして、明日花さんを私たちの陣営に引き込むため美里市に住まい、アナタをこの街に留め置いた。どうやら、アナタを美里市から引き離すことが出来ないと、そちらの陣営は判断した。長らくアナタたちは、この街から拒まれていた。そうでしょう? マリヤさん、司令、副司令?」

「え?」

 明日花は名前の呼ばれた三人を順に見る。


「綿奈部円香が死ぬ直前から、キミは幻を見るようになっただろう?」

 少年に聞かれ明日花はうなずく。


「その時から、宇宙が作られ壊されることが繰り返され始めたんだ。それは、観測して得られたデータを高度解析して始めて分かる。宇宙の星の並びは同一でも、素粒子レベルでの観測結果には微妙な差異があるんだ。ボクを始めとして、組織の連中は慌てたよ。これは、神の領域だからね。紙屋美里亜の作ったもう一つの地球がある宇宙は、差分のデータ領域しか無いんだ。キミはそれさえも凌駕した」

「さぶん?」

 聞き慣れない言葉に、首を捻る明日花。


「うーん、概念の話だね。でも、宇宙創世にも関わってくる重要な話だ。数々の宇宙論があるけど……あるところに、ボクたちの住む宇宙そっくりの場所が存在すると仮定する。地球に生命が実在するか、しないかの違いだけ。それだけに、わざわざ宇宙全部を作るのは勿体ないだろう。美里亜さんは、違いの部分だけのデータを作り上げた。宇宙を量子論に基づいたデータだけの世界と仮定すると、地球があるかないかの違いの部分だけのデータの書き換えが行われたんだ」


 難しくて分からないわ――明日花は不安げな表情を向ける。


「ゴメンネ、自分一人で先走ってしまった。簡単に説明すると……美里亜さんの場合は、書類をコピーして一箇所だけを修正液で塗りつぶして文字を書き換えた状態なんだ。キミの場合は、新しく書類を作り、文章の内容も途中から変えてしまった。古い書類はシュレッダーで処分される。要は、美里亜さんの能力よりも、明日花お姉さんの能力の方が勝っていたと言うこと。コレは研究に値するよ。翠子さん、美里亜さん、明日花さんと能力者が移行する度に能力の適用範囲が爆発的に大きくなる」

「そうね、自分に都合が悪くなると、その宇宙を捨て去って新しい宇宙を創造する。そうして捨てられた世界には何が残っているのかしら? さぞかし楽しいでしょうね。神様にでもなったつもり?」

 美里亜の冷静な言葉の中のトゲ。


「……私は、本当に自覚は無いんです。夢の中では私たちが襲われて、その度に亮輔や、彩里ちゃんや、みんなが傷ついていた。そんな事は、夢なんだと思うことにした。それだけなんです」

 半歩進み出て、自分の意見を主張する。


「さて、整理しようか。各人が目的を異にしているからね。分かり易くしよう! ボクらは現状の維持が第一目標なんだ。この美里市が、孤独の宇宙に取り残されたのなら、元のように戻るだけを希望する。今まで通りで構わないんだ。世界の破滅なら、既に何度も経験しているんじゃないの? 捨てられた宇宙には何が残っているんだろうね? それとも、都合の悪いデータは消されてしまったの? ボクは、明日花お姉さんの味方だよ。このままの状態を維持するなら、いずれは、亮輔クンと結婚出来るんじゃないかな?」

 悪魔の誘惑だ――目の前の少年を見て明日花は思う。


「私は――」

 ナターリャが話し出す。

「――明日花さんに、この世界の命運を託すのは不安だと考えます。事態はエスカレートして、このような危うい状況になってしまった。新しい能力者は、紙屋彩里さんを考えています。もっとも誰でも良かったのです。綿奈部わたなべ 円香まどか亡き後は、佐冬さとう 三鈴みすずさんが理想だった。彼女も優しすぎて、自分を犠牲にし明日花さんの身を守ってしまった。ですから、血統も考えます。彩里さんほどの優秀な人物も少ないと考えますが、今は美里亜さんに乗っ取られている。ならば、現状維持で構わないとも言える」

 そして、美里亜の肩に手を乗せた。


「そうね。彩里も優しすぎる子でした。命令とは言え、兄のガールフレンド殺害に荷担した。狙撃銃で特殊なナイフを狙い、的中させた。結果的には綿奈部円香を殺すこととなった。ですから、私の意識を残したまま彩里に能力を移させる。そう、明日花さんを殺してでもね」

 再び、美里亜の銃口が明日花に向いた。



   ◆◇◆


 ――午後二時三十二分。

 美里タワー、一階エントランス。


「この場所に、明日花が?」

 亮輔は、豪華なフロアに踏み入った。床は総大理石張りである。エレベーターの金ぴかに磨き上げられた扉に、自分の顔が映っていた。横には大きな花瓶が置かれ、花が生けてある。今は、花びらの多くが散っていたが……。

 自分の顔を見る。眉間に皺が刻まれていた――怖い顔だ。こんな顔だと明日花が怖がってしまう――強ばった両頬を右手で押さえ、表情を柔らかい方向に直す。


「チン!」

 エレベーターが一階に到着する。このエントランスにも警備会社『ラズワルド』の制服を多く見かけた。

 高校からこの地点まで、防衛軍による戒厳令は解かれ、警察と消防と共に父の勤める警備会社が治安維持に努めていた。

 自宅前を通過したが、地震によって倒壊していた。多くの作業員が、亮輔に優しく声を掛けていた。


 紙屋豪大の息子であることの意味は絶大だった。

 一般市民の外出は制限されているが、重要拠点の高校から、この美里タワーまでフリーパスで移動出来た。

 エレベーターからは、保守点検を終えた係員が三人ほど出てきた。地震発生直後に、三基あるエレベーターの全てが緊急停止していた。その復旧作業がようやく終了したのだ。

「すみません」

 ドアを開けて待ってくれている灰色作業服の男性に会釈をして、エレベーターに乗り込む。

 二十四階のボタンを押す。閉まるのボタンを連打する。


 美里タワーのエレベーターはシースルータイプ。扉とは反対側のガラス面から外部が見渡せるのだ。上昇していく間に、美里市の状況がわかって来た。

 隣の美里モールでは、屋上の駐車場に避難している大勢の人々を確認した。そして、街の所々で昇っている灰色の煙。何カ所かで火災が発生しているのだ。

 消防車の放水が追いついていない。消防隊員と警備員が群がって、周囲の建物を破壊し、延焼を食い止めている。


「ふぅ……」

 落ち着く意味で、深呼吸をする。そうした間に二十四階に到着していた。

「チン!」

 扉が開く。

 かつて、綿奈部円香の住んだ部屋へと踏みだしていく。



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