#08「僕の最終戦争」-2
「ボクの方は、翠子さんを守るために苦心したんだ。甘言蜜語を弄して彼女に近づく人々を、遠ざけた――殺しまくったんだ。そのために報復され、ボクは何度も暗殺されそうになる。ま、実際には死ななかっただけで、車ごと爆破されてミンチになった時には、再生までに長い時間を要してしまった。そのくせ、復活した目は見えないままなんだ。皮肉だろ……マリヤが願った通りの、永遠の不変だった」
姉に向ける言葉がキツイと思った明日花だった。
子供のマリヤが無邪気に語った望みが、本意とは離れた形でかなえられたのだと知る。
「それは、すまないと思っている……」
マリヤが、やっと口を開く。
「ホントに? 本気でそう思ってるの、お姉ちゃん?」
アレクサンドルの無邪気な顔――今度は怖いと感じる明日花だった。
「お話を元に戻しましょう、明日花さん。これは、アナタの存在の根幹に関わる話。私はあの日、翠子さんの部屋を訪れた。当時の彼女は重い病気を患い、お屋敷で療養中だった。今日己さんが不在中に、翠子さんのお見舞いを兼ねて顔を出した。当時、私は十五歳。その目の前で亡くなったの……お婆さまが」
「お婆さま?」
明日花は、美里亜――否、彩里の漆黒の瞳を見つめる。
「お母さんから聞かされてなかったの? 私と今日己は従姉妹の関係なの。ですから亮輔とは、『はとこ』の間柄ね。安心して、二人は結婚は出来ますから」
亮輔の母親から言われ、頬を赤らめる明日花。
「彼氏クンも、速やかに彼女を籠絡しておけば、話も早かったのに……」
「籠絡……」
明日花は耳まで赤くなる。
「翠子お婆さまが亡くなって、能力が私に移行したの。組織は慌てたわ――何故ならば、そんなことは聞かされてなかったから。神の言葉の中には無かったからなのね。翠子さんの死で、能力は消えてなくなると考えられていた。その時、私は願ったの……従姉妹の今日己の交際中の相手であった、紙屋豪大をこの手に入れる――と」
狙撃中を持つ右手が強く握られる。美里亜は、リビングの入口に立つ豪大の方を見た。
背中を向ける明日花には、彼がどんな顔をしたのか分からなかった。
「美里亜さんの行動には、組織は……父は、失望したわ――」
『ジェイド』の現・最高責任者、ナターリャ・イワノワが語り出す。遠い昔を思い出すかのように、水槽とは反対側、リビングに掲げられた大きな絵を見上げる。
明日花も見た。緑の草原の中に、銀色の髪の少女……目の前のナターリャが、モデルとなっているのか。
「――ええ、父の絵ですよ明日花さん。画家としては大成しなかった父ですが、美里亜さんには期待していた。父の理想は、完全なる世界を作り上げる事。そんな、絵空事の世界だけど、父は本気だった」
冷たい目で、美里亜を見る。
「アラ、失礼ね。私は自分の欲望に、忠実に従ったの。自分の幸せを願う――それが悪なの? それに、明日花さんも望んだのでしょう……亮輔を手に入れるために、ライバルの綿奈部円香の排除を……」
「違う!」
明日花は叫ぼうとした。しかし、半分開けられたままの口は、声を絞り出すことが出来なかった。
――ホントは、ホントの気持ちは……。
「私は紙屋豪大と結婚し、二人の子供を産んで幸せな生活を送っていた。でもそれを良しとしないのが、アナタの組織『ジェイド』だった。だから私は、息子が自分で自分を守れるよう、自立できるよう、幼い頃から厳しい訓練を積ませた。亮輔は私の事を嫌っているでしょうね……いいえ、恐怖さえしているわ」
美里亜は、視線を司令の隣のナターリャ・イワノワに向ける。明日花に照準を合わせていた銃口が下がる。
「そこで『ジェイド』は――私の父は、美里亜さんの能力をあなたのお母さん――今日己さんに、移行させようと考えた。今日己さんの夫の実家、そこに美里亜さんを招いて暗殺を実行した」
ナターリャの告白。
「私はまだ幼い彩里を連れて、その場を訪れた。アナタも同席していたのよ、明日花さん――」
美里亜の険しい顔が向く。
「――表向きは、自動車事故だった。アナタの父親が運転し、私は助手席に座っていた。車はガードレールに激突し、私の腹部を鉄柱が貫いた……」
その時の痛みを思い出したのか、顔の歪む美里亜。
「ええ、父からも聞きました。組織は、美里亜さんから今日己さんに能力が移ると考えていたのです。しかし、後部座席に同乗していた明日花さんに、能力が発現する。実は、簡単な原理なのです。能力者が死ぬと、近くにいる年下の女性に力が移る。今日己さんは、美里亜さんより一ヶ月先に生まれている。一月だけ年上なのです。同じく、後部座席に座っていた彩里さんは、明日花さんより一歳年下」
「そう、その時は明日花さんは頭に大怪我を負ってしまった。隣に座った彩里を庇ってくれたの。そうでなければ、彩里も私と同じく串刺しにされていた」
「私が? そんなことは覚えていない……」
明日花の正直な言葉。それにはウソは無いのであろう――美里亜は優しく見つめる。
「ええ、そうでしょうね。私は死にゆくとき、自分の不死と美里市の安寧を願った。ドリナ姉弟と同じく、大怪我をしても簡単に治癒する体質への変化を願った。世界が滅びても、美里市だけが残るのを願った。だが、かなったのは娘の脳内の記憶領域に間借りすること、美里市が他の宇宙に送られたことだった……逃げ込むことだった。結果的に、元の世界からは切り離されることだったの。明日花さん用心して、アナタの願いはアナタの本意から離れた事でかなえられるのよ。まるで、誰かが故意にいやがらせでもするように……」
美里亜はマリヤの顔を見た。
「ええ、それはわたしの願いよ。わたしが仕組んだ事」
マリヤの顔の誰かは、ニッコリと微笑んで美里亜を見る。
◆◇◆
――午後一時二十五分。
県立美里ヶ丘高校、体育館。
「ここは?」
亮輔に意識が戻る。体育館の床に、うつぶせのまま乱暴に寝かされていた。グラウンドで父親に倒された後に、そのままの姿勢で運び込まれたのだった。
「な、何だ?」
亮輔は、体育館の床を忙しく走り回る水色の制服の足元を見ることとなる。
「起きたの?」
隣で体育座りをしていたのが、生徒会長の小祝碧であるのにやっと気が付く。
「ああ……」
痛む頭を振りながら、なんとか半身を起こし、仰向けに体をねじる。
「大丈夫?」
「ああ……」
亮輔も体育座りの姿勢となり、小柄な生徒会長の横に並ぶ。
「アンタが気絶してから、色々とあったのよ……。話を聞きたい?」
碧は右横を向き、彼の顔をのぞく。
「すまない、お願いしたい」
自分の姿を見る亮輔。制服の上着とネクタイは何処かに行ってしまった。白いシャツと、グレーのズボンには血痕が残っている。血の汚れが酷いシャツの両袖口のボタンを外して、腕まくりする。
筋肉質で血管の浮いた腕を見て、ドキリとなる生徒会長だった。
「アンタの父親と妹が、石波良明日花と銀髪の外国人をヘリコプターで連れ出した。その後に、アンタの父親が勤めている警備会社『ラズワルド』の連中が大挙して学校を訪れたの。防衛軍の連中の武装を解除して、校舎の一角に監禁している」
感慨もなく、感情もなく、とつとつと話す生徒会長。
「父の会社を知っているのか?」
「有名よ――」
正面を真っ直ぐ見る碧。『ラズワルド』の警備員が、折りたたみ式の机を持ち出し、無線機やモニターを設置している。
「――アンタは、学校でも特に女子に人気があるからさ、プライベートの情報がメールを使って、連絡が回ったりもする」
初耳だ。そして、人気がある?
――実感の湧かない亮輔であった。
「アンタが、綿奈部円香と付き合っているとか、幼馴染みの石波良明日花と三角関係で、修羅場になっているとか……下らない事が、どうたら、こうたら」
彼には、あまり関心のない会長であった。
「円香と俺が? それに、三角関係? 修羅場?」
「実の妹と、禁断の恋――とかの噂もあったわね」
ポツリと言う彼女。
「彩里と? おかしいよな、その情報源」
亮輔も前を向き、ボソリと言う。
「情報の出所は、モカ……副会長の大凹真岡なの……」
小祝碧の告白。
「え? あの副会長さんが? どうして?」
「綿奈部円香とは、同じマンションに住んでいたと聞いた。同じ組織にも属しているとも……。もっとも、隠れてアンタに惚れていたんじゃないのかしらねぇ~。モカはあんななりしているけど、面食いなのよ。石波良明日花を生徒会に引き込んで、撒き餌にして、紙屋亮輔を釣り上げようと考えていたみたい。それで変な連中に絡まれて、拳銃で撃たれて……。バカでしょ……ホント、バカ……」
小祝会長の声が鼻声になるのを聞いて、亮輔は彼女の顔を見る。ズズズと、鼻水をすすり上げていた。
「今は、どういった状況なんだ? 10式戦車と装甲車も移動している」
一つだけ開かれた体育館の扉、その前を戦車と軽装甲機動車・ライトアーマーが通過していた。
「ああ、『ラズワルド』の警備員が鹵獲したの。地震直後に、防衛軍は美里市全体に戒厳令を敷いた。でも、市内の各所で散発的に戦闘があって、今の美里市の全権は警備会社の長、そう、アンタの父親が握っているのよ」
「親父が?」
「そう。ま、警備員の会話や無線の内容を聞いてからの、アタシの推察だけどね。今は、体育館に美里市の指揮系統の司令部が置かれている」
「そういえば、他の生徒たちは?」
体育館内を見渡して亮輔が聞く。
「みんな、各教室に戻されたわ。アタシだけは、生徒代表としてこの場に残されたの。色々と指示があった事柄を、生徒たちに伝えるためね」
「そうだ、副会長さんはどうなった。撃たれたと言ってたが……」
亮輔は、小祝会長の小さな顔をのぞき込んで聞く。体を引き、顔を赤らめる彼女。男性とこんなに顔を近づけて話したことは、始めての経験だ。
「あ、あああ……しゅ、手術は成功。その後、防衛軍から警備会社に身柄が引き渡されて、いまはどうなっているやら……かんやら。ま、大丈夫でしょう」
「そうか……」
外の方向を見る。グラウンドには、赤十字の描かれたテントが張ってあった。
「ねぇ、紙屋亮輔。石波良明日花の能力って何なの? モカを撃った男が言っていた。この美里市は違う宇宙に送られていて、このままでは干上がって全員が死んでしまうんだって。良く分からないの……違う宇宙ってなに? 全員が死ぬってなに? 解決出来るのが石波良明日花だって本当? もう、ワケがわっかんないのよ。ねぇ、アタシの小さな脳みそじゃあー、処理できなくなってしまった。アンタは、詳しいことを知っているんでしょ」
感情無くボソボソと喋る小祝。これまでの、生徒会長としてのウザイまでの熱意は消え去っていた。
「それは……」
言い出して固まる亮輔。口を閉じる。
「ああ、他人には言えないのね、禁則事項ってことね。でも、今更隠しても遅いわよ。みんな知ってるわ。あーあ、アタシ死んじゃうのかなー。目立ちたいの一心で、生徒会長になったはイイけど、ホント苦労ばっかり……。生徒にはなめられて、ちっとも言うこと聞かないし……先生はアタシをバカにして、見下しているし……はーあ」
溜息を吐く。そして、床に指で「の」の字を書く。
「よいしょ」
壁を背にして立ち上がる亮輔。痛みが体中に残っている。声を出さないと、起きられないのだ。
「ど、どうするの?」
唖然として見つめる。小祝の目にも、ボロボロの彼の状態が分かる。
「明日花の場所に向かわないとな。これが、任務なんだ」
自分の体をアチコチと点検を始める彼だった。
「大変ね、高校生はあくまでも子供なのよ。大事で大切なことは、大人に任せばいいのに……。一人で苦労を背負い込むことないのに……」
ボソリと言う。
「ああ、クソッ! 武器がない」
彼は全ての武装を解かれていた。日本刀も奪われていた。
「これ……」
制服のスカートに差し込んでいた黒色の拳銃、スイスSIG社のSAUPER・P220を差し出す生徒会長。
「拳銃? お前がどうして?」
「使えるかどうか、分からないけどね。体育館の床に転がっていたのよ。ま、頑張りなさいな。幼馴染みは大切にしなさい。アタシもアイツとは幼稚園からの付き合いの、モカの具合を見てこようっと――」
立ち上がろうとする、小柄な小祝の小さな手を取る。
「大丈夫か?」
「――紙屋亮輔、アンタは優しいね。ごく自然に手を差し伸べることが出来る。出会った女の子が、惚れるワケだわ」
そう言って、スカートをパンパンと叩いて土ぼこりを払い、しっかりと足を踏み出す生徒会長だった。




