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#08「僕の最終戦争」-1


   ◆◇◆


 ――午後一時二十二分。

 美里タワー、二四○六号室。


「やあ! はじめましてお姉さん! ボクはアレクサンドル・ドリナ、マリヤの双子の弟さ!」

「双子……」

 ソファーから立ち上がったマリヤそっくりの容貌の少年に手を差し出され、思わず右手で握手する。

 黒い半袖シャツと、半パンを着ている美少年。リビングに入った明日花は『お姉さん』と呼ばれ、顔を赤くする。

 眺めの良い二十四階の部屋、広い居室、豪華な革製のソファーセットの前で、少年の隣には銀髪の長身の女性が立っていた。大きな胸だわ――同性ではあるが、強調されている谷間に目が行ってしまった。

 先ほどまでは学校の美術室に監禁されていたが、混乱に乗じて二人は脱出したのだ。

 明日花を出迎えていた。



「こんな弟は知らない」

 マリヤはそう言って、明日花の後ろに隠れる。

「え?」

 彼女の告白に驚いたのではない。あのマリヤが、アレクサンドルを恐怖している――その事実が、驚愕に値するのだ。


「どうしたのさ、お姉ちゃん! ボクの目が治らないのは、お姉ちゃんの所為だからね。その事実と共に、ボクのことも忘れ去ったのかな?」

 青白く濁った目は、マリヤに向けられていた。


 でも、綺麗――そう思った。マリヤの透き通るブルー・サファイアのような目も、美しいと思ったが、ラピスラズリの印象を与える優しい瞳に魅了されていた。正直な感想を述べる。

瑠璃るり色の瞳……。落ち着いた美しい目ですね」


「ありがとう、お姉さん。ボクの見えない目を褒めてくれたのは、お姉さんが初めてだ。そこに突っ立ているオバサンも、ボクの目を本当は怖がっているんだ」

 横に立つ、長身の銀髪の女性の方を指さす少年。そう言ってソファーにドスンと腰掛けた。


「司令――あなたの目は、見つめる者に等しく畏怖の念を抱かせます。それに、私は二十三歳です。オバサンという年齢には、いささか早いかと思われます。その言葉を撤回して下さい、訂正して下さい。あなたには、私が幼小の頃からお仕えしてるのに……あんまりの仕打ちです」

 緑色の瞳の異邦人は、前で組んだ両腕で大きな胸を持ち上げていた。

 そして、明日花に向かう。

「石波良さん。あなたのお父様、お母様の属していた組織は私の父が作り上げたのですよ」

「父と母が?」

「そうさ。ボクとそちらの紙屋一家を中心とした石波良家の護衛組織とは一線を画す組織『ジェイド』を作り上げたのが、彼女の父親のボリス・イワノワなのさ」

「『ジェイド』……翡翠ひすいの意味ですね」

 明日花はナターリャの緑色の瞳を見た。深い色合いに、吸い込まれそうになる。


「それに対抗するボクらの組織は、『ラピスラズリ』……瑠璃色の宝石の名前だね。紙屋家に伝わる家宝の彫刻にあやかったんだよ。彼氏クンの家のリビングに、青い象があっただろう。ちなみに、紙屋豪大の勤める警備会社の名前『ラズワルド』は『ラズリ』の語源に由来している。意味は、青い空さ」

 ソファーに座る少年は、両手を上げて大きな窓一面に広がる群青色の空を指し示す。

 特殊加工されたガラス面。一定の周波数の光線だけを通し、不自然なほどの美しい青空があった。



「どうして、敵対する組織の長が同席している!」

 マリヤは厳しい態度を変えてなかった。振り向いた明日花は、険しい表情の少女を見る。無邪気な子供から、狡猾な大人の顔に変貌をしていた。

「敵の敵は味方だと言うだろ。ボクらの組織の目的は、能力者の警護をして地球の破滅、人類滅亡を回避させるという、壮大で崇高な目的がある。対して――」

「――我々は、能力者の研究を行っています。どういった特殊能力を有しているのか、発動条件や効果の検証をしているのです。それを、人類の幸福に生かしたいと考えているのです」

 少年は語りだし、被せて主張をするナターリャ。息はピッタリだった。


「お二人の目的は、一緒じゃ無いの?」

 明日花は素直な疑問を投げかける。


「ハハハ。最初の能力者、石波良翠子と同じ事を聞くのだな。さすが、直系の子孫だよ。ボクらはキミたち能力者を守るためには、人殺しもする。でも、能力者に気づかれないように隠密行動が原則さ、最低限度の殺ししかしない。でもね、ナターリャの属する『ジェイド』は、崇高な目的のためには多数の非人道的な行為も厭わない。流石に能力者本人の人体実験は無理だから、適当な被験者を見つけ出して、口では言えない残酷行為のあれやこれやを……」

 手振りを交えていたが、明日花には――良くは理解出来ない動きをしていた。

「残酷? 人体実験?」

 明日花の顔が曇る。


「そーだよ。本当に――人は死ぬまでに必ず一つの願いをかなえることが出来る――のか。その実験と検証に、実際の人間を使ったのさ。男に女、子供に老人。赤ん坊だけじゃなくて、人の形を留めていない胎児にも実行される。民族・宗教・思想を理由とした大虐殺……その影には、彼女の組織も暗躍していた」

 右横を向き、巨乳女性の顔を見上げる。


「父の組織は、既にあった実験データを譲り受けただけです。石波良翠子に能力が存在してから直ぐ後に、セルビア人の民族主義者がオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫妻を暗殺する事件が起こりました。第一次世界大戦の勃発です。当時の連合国側も、中央同盟国側も、翠子さんの有する能力に関心を持ちました。当時のロシア皇帝も興味を持ち、私の曾祖父を日本の美里市、当時の美里町に派遣したのです」

 ナターリャの後を引き継ぎ、アレクサンドルが続いて語りだす。

「そこに同行したのが、ボクの両親だった。最初は、ついで……だったんだよね。ボクの目を治せる医師がいるとの話を聞きつけて、無理矢理についてきた。日本人らしい器用な手さばきで、治療困難な目の病気を次々手術して、完治させる医師の存在。でもね、ボクの見えない原因は視神経の方に起因したんだ。そこで、どんな病気も治すという――まじない師の噂を聞いた。それが、石波良翠子だったんだ。東京にいた彼女は、運良く帰省していた。そして、ボクの双子の姉マリヤも同席していた。出会ってはいけない人物たちが、運悪く集結してしまった」


「出会ってはいけない?」

 明日花は、少年の話に引き込まれていた。

 勧められて、マリヤと一緒にソファーに腰掛ける。

「そう。ボクの望み、マリヤの望み、それは決してかなえてはいけなかったんだ。当時のボクらの願いは利己的で、独善的すぎた。マリヤは、ボクたち二人の永遠の不変を希望した。ボクは、世界の真実を見たいと願った。それは、本人たちの願いと微妙に違った形でかなえられる」

「違う形? それは、いったいどうして?」

 明日花は魅了されていた。彼に、心の中の全てをさらけ出しそうになる。


「マリヤとボクは、決して老いはしなくなった。成長しないし、殺しても死ななくなったんだ。食べなくても、眠らなくても、何も変わらない。変化が停止し、現状の姿を永遠に留め続ける。近年になって脳神経科学も発達し、ボクの目も治せる見込みが出来た。でも手術しても、元に戻ってしまうんだ。それでも利用価値はあった。見えない目のまま、世界の人々の本心が見えるようになった。その後、ロシア皇帝に謁見えっけんして、ボクの見た全てを話したんだ。でも、ボクたちは捕らえられた。ようやく解放されたのは、ロシアで赤い風が吹き荒れた革命の後だけどね」

「ロシア革命で、ロマノフ朝最後の皇帝は家族と共に処刑された。その時に、父は極秘裏に日本へと亡命する。ドリナ姉弟への人体実験の結果と共に……」

 長身の女性は、悲しげに長い睫毛を伏せて、明日花を見た。


「人体実験……」

 双子をかわるがわる見る、明日花。

 マリヤは親の愛を知らないと告白した。異常な力が双子に宿ったときに、両親に見捨てられたのだろうか。

 その後、二人の身に起こった過酷な運命。彼女の理解の範疇を超えていた、想像の域を超えていた――明日花は、二人を優しい眼差しで見つめる。


「明日花、泣くな」

 マリヤに言われて、自分が涙を流していることに気が付く。頬に手を持ってきて拭う。最近は妙に涙もろくなってしまった――実感する。


「二人の、望みは何ですか……」

「何を!」

 ナターリャが驚いた顔を向けた。

「明日花さん!」

 リビングの入口で、黙って立って聞いていた紙屋美里亜も口を挟む。


「マリヤちゃんからの望みは聞きました。あなたの望みは何?」

 構わずに少年に尋ねる。

「ボクは生まれたときから視力が無かった。能力が宿って、脳内に直接注ぎ込まれるイメージは、ドギつすぎて刺激が強いんだ。実際の風景がどうなっているのか、見てみたいな。自分の顔さえ見たことが無いんだ。きっとこの世界と同じく、醜くくて腐臭を放っているんだろうけどね」

 少年はニコリと笑った。とっても可愛いと思っていた。

 やはり、マリヤの双子の弟だ。


「耳を貸すんじゃない、石波良明日花! アナタには先に実行するべき仕事がある。私たちを元の世界に戻し、永遠の願いをかなえ続ける!」

 踏み出した美里亜は、小さなバイオリンケースを持っていた。彩里の普段持ち歩いている品だ。

 床に置き、開ける。内部には狙撃銃が入っていた。ワルサーWA2000、特徴的な木製のハンドガードとグリップに目が行く。

 明日花の見た白日夢、そのままの姿であった。


 ゆっくりとスコープをセットし、構える。銃口は明日花に向く。


「火器は、使用不可能でないのですか?」

 明日花は少しも恐れずに、彩里の顔をした――前能力者の顔を見る。

「一時間の、期間限定だよ。このチャンスを待っていたんだな」

 アレクサンドルは明日花を庇い、美里亜の前に立つ。

 右の口の端を上げて、ニヤリと笑う。


「司令、邪魔です。もっとも、この銃は7・62ミリNATO弾を使用しているので、楽に打ち抜いて背後の少女の心臓を貫きます」

「その銃は、弾倉に6発しか入ってないんだろ。ボクは無敵だよ、そんな弾数じゃ倒せないね」

 少年は、木製のグリップを持ち構える黒色のセーラー服の少女に対峙する。銃口に向けて、右手の人差し指を差し出す。


「明日花さん。アナタには話しておかなければならない事、謝っておかなければならない事があるの。あなたの曾祖母、石波良翠子さんの死亡時、能力が引き継がれたのは何故か私――紙屋美里亜だった。当時、親友の石波良いしはら 今日己きょうこ、アナタのお母さんの家にお邪魔した時、他の家族は不在だったのね。場所は、高校の隣の古い洋館。そう、あの事故を起こした車の停まっていた場所」

 美里亜は、少年の後ろの明日花に呼びかける。

「そうだよ、因縁ある場所さ。アソコは元々、紙屋家の所有物だったんだが、東京から逃げてきた石波良いしはら 卓彌たくやを一時的にかくまうために使ったんだ」


「匿う?」

 背中越しに、アレクサンドルに尋ねる明日花。

「翠子さんの夫は東京で身を持ち崩し、詐欺まがいの事をやっていたみたいだね。作曲した楽曲は、全く世間に理解されず借金だらけだった。ようやくレコードとして販売されたのが、問題作『願い』だけだった」

 不協和音の連続のピアノソナタ曲の事だ。

「翠子さんの能力が発動したのは、故郷の美里町に戻ってからだったの。今の高校の場所にあった、紙屋のお屋敷に身を寄せていた。駆け落ちした二人には、資産家の石波良の実家には顔向けが出来ない状況だったのね。その時、レコードを始めて聞いた翠子さんの周囲に変化が起こり始める。彼女が望んだ事、夫の音楽が認められて名声を得る」

 構えを少しも変えず、美里亜が言った。狙撃銃のスコープレンズで、部屋の照明が明日花の茶色い瞳に反射する。


「願いが……かなえられたんですね」

「そう、翠子さんは少し変わった人だった。自分の能力を把握すると、それを他人のためだけに使用したの。だけど、当時のマスコミは先鋭的に報道し、政治家や資産家がまとわりつこうとしたわ。そこで紙屋家が彼女を庇護する。その後しばらくして、戦火が美里市を襲う。それでも、彼女は、自分の能力を国家権力に行使させるのを拒んだ。幸い、美里市も空襲を受けたのは郊外の軍の駐屯地だけだった。でも一つだけ奇跡を引き起こすの。ロスアラモス国立研究所で作られた三発目の投下予定地にされていたのだけど、奇跡的に回避される。そして、直ぐに終戦。当時、美里市に住んでいた、四十万余名の命を救ったんです」

「そうそう、その期間ボクたち姉弟は辛酸をなめる。ソビエト連邦に戻ったマリヤは、故郷のウクライナでナチのSSに捕らえられたんだ。マリヤは決して語らないけど、出会ったんだろ? ポーランドの強制収容所で、『死の天使』に……」

 アレクサンドルは、斜め前に座る双子の姉を見た。マリヤの方は視線を外し、無言で室内の大きな水槽を見つめていた。

 銀色の熱帯魚の、長い胸びれを目で追っていた。




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