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#07「蒼ざめた彼女」-3

   ◆◇◆


「そうなの……。でも、心当たりはある」

 そう言って黙り込む明日花。彼女の中で、考えを整理している最中のようだ。

 特異な状況を、自分自身で何とか受け入れようとする姿勢だった。

 最近は多くなった、リアルすぎる白日夢。温度に、匂い、痛みさえ感じていた。


「そうか、そこでアナタに課題が与えられる」

「課題?」

「そうだ。ここまでを聞いて、何を願う?」

「願い……私の願い……希望……」

 そう言って、あの夜にマリヤに質問した時の事を思い出す。



 「――マリヤちゃんは何を願うの?」


 マリヤは己の死と、再生を願った。

 では――自分は、何を望む。


 亮輔との交際、結婚、甘い生活、妊娠、出産、子育て……。


 実に小市民的な願望が頭に浮かんだ。

 頬を赤らめる。でも、目の前のこの人物には、考えが透けて見えるのだろう。

 自分には、大それた望みなど無いのだ。

 でも、そんな小さな幸せが、両手から逃れて遠ざかって行くのを感じる。


「私は、このままでも十分に幸せなの。この世界が変わらずに続けられれば、満足なの。亮輔との恋の成就が無理なら、諦める事も可能です」

 少女の目を見て言い切った。



「パチ、パチ、パチ」

 横たわる銀髪の少女は、小さな手で拍手をしていた。ヤル気の無い、力の弱い拍手だ。

 頭蓋骨は再生の最終段階だった。百円玉ほどの丸い穴が開いている。この場所が、銃弾の貫通した場所だろう。完治した場所は皮膚が覆い、銀色の髪の毛が生えている。

「実に、優等生的な発言ね……反吐が出るわ、クソったれ!」

 笑顔のまま、汚い言葉を吐いた。


「え?」

 驚いて、少女の顔を見る。マリヤにも罵倒された経験があるが、目の前の彼女は明日花自身の存在を、完全否定に掛かっている。

「大好きな男を、諦めるだって? ハァ!? 何、綺麗事を言ってるの! アンタは恋のライバルさえ、葬り去ったのに……」

「え、何を言ってるの、ま、マリヤちゃん」

 明日花は首を左右に振りながら、二三歩後ろに下がった。


 目の前の人物の人格が変わったと、ハッキリと理解する。

 女神のように慈母愛溢れていた、神々しい存在でもない。もちろん、頭はよいが子供の行動をするマリヤとも違う。


「あなたは、誰ですか?」

 率直な疑問を口にする。

「うーん、説明が難しいわね。アタシという存在は、固定化された明確な人格が存在するわけではない。ま、ぶっちゃけると――アナタに悪意を持つ存在の集合体。この中には、綿奈部円香も含まれる。オマエが望んで、亮輔の手で殺させたライバルの女」


「そんな! 円香ちゃんをどうして? 殺させた? 亮輔が?」

 突然に消えた友人の名前が出て来て、大きな声を出して取り乱す。亮輔は円香が好きだった。円香も亮輔を好きだった。近くで見ていれば、どんなに鈍感な人間でも分かる。付き合い始めるのも、時間の問題だと思っていた。

「何を驚いた顔しているの? アンタだって、綿奈部円香が居なくなればと、願った事があるんでしょ? ねぇ、本当の事を言いなさいよ!」

 マリヤの顔に、円香がダブって見えた。口調も、どことなく似ている。


「思った事が無いとは言わない。でも円香ちゃんは、私の数少ない友達の一人だった。親友だった。でも、死んで欲しいなんて願うことは、絶対に無い!」

 両目の端に涙を浮かべて強く言い切った。

「親友? それは、アンタが勝手に思っていただけじゃない! 綿奈部円香は、任務のために仕方無く仲良くしていただけ、誰がアンタなんか! 亮輔だって、アンタにイヤイヤ付き合わされているのに!」

「ま、円香……ちゃん?」


 最後の方は、完全に聞き覚えのある声――明日花は驚いて相手の顔を見た。

 銀髪の少女は横を向く。

「明日花を悲しませるな! 偽物は去れ!」

 突然に叫ぶ、マリヤ・ドリナ。明日花は再び驚いて、肩をビクリとさせる。


「ニセモノ……って、マリヤちゃん? あなた、本当のマリヤちゃんなの?」

「そうだ、マリヤはマリヤだ」

「良かった! 元に戻ったのね、安心した」

 明日花は少女に抱きついていた。頭部の傷は治癒されている。

「キシシ、マリヤが戻れば無敵だ」

 健康そうな白い歯を見せて笑う。いつもの彼女が、完全復活だ。



「無敵?」

「そうだ。今、現れた人格は、混線・混信の現象に似ている。綿奈部円香のことを良く知る存在が、明日花の心を不安定にするために利用した。それに、澄まし顔で現れる女にも用心しろ。コイツは協力者を装って、自分の利益になる時だけ他人を利用しようとする存在だ。ヤツの話の全部は信用するな」

 話すマリヤの顔からは、笑顔が消えていた。

「信用するなと言っても……。いったい誰の話を信じれば……」

 顔をうつむかせ、正直な感想を漏らす。マリヤの顔をチラチラと上目遣いで見た。



   ◆◇◆


「邪魔が入ったわ!」

 彩里の顔をした、紙屋美里亜が吐き捨てるように言った。

 遮蔽物のない建物の上、灼熱の太陽がコンクリートの床を容赦なく照らしていた。

「どうした?」

 隣に立つ紙屋豪大は、妻の顔を見る。彼は、紺色のツナギの服を着ていた。警備会社の銘が左胸に刺繍されたユニフォーム姿だ。


「大丈夫よ。でも、石波良明日花はしばらくは使い物にならないでしょうね。今が、チャンス。ねぇ来たわ。アナタ、あれよね!」

 美里亜は空の一点を指差す。

 轟音と共に、激しい風が二人を襲う。迷彩塗装の陸上防衛軍所属のヘリコプターが降下を始めていた。


 UH-60JA・ブラックホーク。汎用戦術輸送ヘリである。

 ホバリングを続けながら、ゆっくりと降下している場所は美里タワー屋上の緊急用ヘリポートであった。緑色に塗られたHの文字が、操縦士の視界の中心にあった。


 操縦をするのは、警備会社の制服を身にまとった女性である。操縦席のキャノピーには飛散した血液が付着していた。ヘリ強奪時に、荒事が行われた証拠だった。

「隊長! 間もなく接地します!」

 ヘルメットに付けられた無線機に大声で叫ぶ武藤むとう 夏織かおりだった。彼女は防衛軍駐屯地周辺施設の警備担当者だった。有事には、第七師団を襲撃して制圧する任務が与えられていた。

 巧みな操縦技術で、フワリと着陸する。武藤夏織は、転職前は海上防衛軍の兵員だったのだ。

 同系機の操縦の資格を持つ。


 頭を下げた紙屋夫妻は、急ぎヘリに乗り込む。



   ◆◇◆


「さて、彼氏クン。キミの母親が動いたみたいだね。石波良明日花が異空間に消えたとなれば、能力が戻るんだよ」

 アレクサンドル・ドリナは、警備の兵士に構わず話を進める。

「オイ! 黙れ! 私語は慎むんだ!」

 二等兵の、まだ幼い声が震えていた。小銃を銀髪の少年に向ける。

「彼氏クンは、剣道の有段者なんだろう」

 銃口が向けられても、構わずに話を続ける。


「ああそうだ。剣道三段だ」

 亮輔は答える。

「日本刀を、振るったことはあるかい?」

「いや、本物は触ったことはない」

「剣道の有効打突ゆうこうだとつは、全部で四つある。『面』とは敵の頭を割る事、『胴』とは相手の腹を割いてはらわたを引きずり出す事、『小手』とは手を斬り落とし武器を持てなくする事、『突き』とはのど笛に剣先を突き入れる事」

 そう言って指を鳴らす。いつの間にか彼の手錠が外されていた。亮輔も、後ろ手に縛り上げられた縄が緩んでいるのを感じていた。



 ――午後零時零分。


「ナターリャ。今、何時だい?」

「正午、丁度です」

 彼女も手錠が外れていて、手首のスイス製高級腕時計を見て傍らの司令に告げた。

「そうか、今から一時間の間は、炸薬を使用する銃は使えないんだ……」

 再び指を鳴らす。

 亮輔の頭の上から、鞘に収まった日本刀が落ちてきた。慌てて両手で受け止める。

 空中から突如出現した。どんな手品を使ったのだろうか?



「な、何をするかー!」

 若い兵士は亮輔に小銃を向け、躊躇もせずに引き金を引いた。しかし、発砲しない。兵隊はチャンバーを引き、手動で不発の弾丸を排出した。

「彼氏クン! 明日花ちゃんを助けに向かうんだ!」

 そう言って、バンと亮輔の背中を小さな手で強く叩いた。

「分かった」

 言った後に、口を横一文字に結ぶ。強い決意で、日本刀を鞘から抜く。鍔や柄の部分は、時代劇で見た紋様が刻まれている。刀身は鈍色にびいろに光る。時代物の逸品と理解した。


「お前!」

 兵士は小銃を諦めて、腰のホルスターから拳銃を抜く。スイスSIG社のP220だ。安全装置を解除しようとして手間取っていた。

「スマン!」

 頭を下げ一礼した亮輔は、日本刀を中段の位置で構える。相手が怯んで身を低くしたので、更に身を沈め、剣先を若い兵士の喉元に突き入れた。亮輔が得意とする技だった。

「グ……」

 兵士は言葉を発しようとして、喉元から大量に血を吹き出した。

 そのまま前につんのめって倒れ、美術室の床に沈む。あっという間に血の池が出来る。


「どうした!」

 入口に立つ二人の兵士が、相次いで教室に入って来た。

 一人目は樹脂製のヘルメットを被っていたが、亮輔は刀で、それごと頭蓋骨を叩き割る。ピンと体を硬直化させ、後ろ向きに倒れる兵士。

 二人目は小銃の先に銃剣を装着していた。そのまま亮輔の顔に向けて来たので、ヒラリと半身で交わし、相手の右方に回る。瞬時に右手首を切り落とした。

「ウギャア!」

 89式小銃を落とし、右手首を左手で押さえる。亮輔は下段に構え直し、相手の左脇腹から右の肩口にかけて切り上げる。

「ドサリ」

 いやな音を聞いた。兵士の上半身が、切り上げられた勢いで後ろに崩れ落ちる。相手を斜めに切断したのだった。


「オイ! 司令さんよ。明日花はどこにいるんだ!」

 顔に血しぶきを浴びた亮輔は、鬼の形相で少年を睨む。

「そのままの場所に、現れるんじゃないかな。消えたのは体育館なんだろ?」

 アレクサンドルは、顔に掛かった血液を副司令にハンカチで拭われていた。

 その言葉を聞き終わらないうちに、紙屋亮輔は教室を飛び出していく。



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