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#07「蒼ざめた彼女」-2

   ◆◇◆


「ここに、はいっておけ!」

 頭からすっぽりと布袋を被されて、目隠しをされた紙屋亮輔が、兵士に乱暴に突き入れられたのは教室棟の一室だった。

 階段を一階分登らされたので、二階の教室だと分かる。


 入室した直後に、目隠しを外される。

 薄く目を開けて内部を見渡す。窓が、厚い遮光カーテンで覆われていた。薄暗い教室内を見るに、背後には石膏製の彫像が並んでいた。ここは美術室だと分かる。

 手を後ろで縛られているため、体のバランスを取り戻すのに苦労する。



「ヤア! 彼氏クン。キミも捕まってしまったのかい」

 既に先客がいた。生徒用の固い椅子に腰掛けているのは、亮輔が属する組織の司令、アレクサンドル・ドリナだった。

「石波良さんは、どうしました?」

 横に座るのは、副官のナターリャ・イワノワだった。落ち着き払った姿で、顔色一つ変えてはいない。

 相変わらずの巨乳が、スーツの胸の部分を押し出していた。


「明日花は消えた、マリヤ・ドリナと一緒に……。どういうことだ? 俺はあの夜に、マリヤにこの世界の真実を見せられた。今度は、同じ光景を明日花に見せるのか? 彼女に全てを知られるという意味を、理解しているのか?」

 亮輔は、床に直接腰掛けてあぐら姿になる。


「うーん。理解してないのは、キミの方だよ。先ほどの地震が、何を具体的に現しているのかを知っているのかい? この美里市が、完全に孤立させられたんだよ。本来の地球のある世界が、ボクたちの世界を拒絶した。ここまで来たら、彼女に隠す必要は無いからね。石波良明日花が世界の破滅を望んでも、消えるのは美里市とそこに住む住人だけなんだ」

 アレクサンドルは頭の後ろに手をやる。彼の両手首には、手錠が掛けられていた。隣の副官も同様だった。

 部屋の入口では、武装した兵士が三名歩哨として立つ。


「それより、親父とお袋……いや、彩里はどうした?」

 司令のアレクサンドルの話は、亮輔の理解を超えていた。


「ボクたちは、乗ってきた車に避難したんだけどね。直ぐに、軍に包囲された。車両の防弾性能は完璧だけど、12・7ミリNATO弾を使用した対物ライフルを向けられたら、お手上げだよ。ボクたちが降参して投降する間に、二人は車を急発進させて逃げたんだ。学校のフェンスを突き破ってね。彼らは拘束対象じゃなくて殺害対象になっているから、必死に逃亡もするよ。今は、どの辺りを逃げてるんだろうね」

 銀髪の少年は、聞き耳を立てている歩哨の兵士を、見えない目で睨んだ。

 慌てて視線をそらす、まだ若い兵隊だった。


「さて、ここからが肝心な話だ。防衛軍が出張って来た意味を考えよう――彼氏クン。この様子じゃ、美里市全域で戒厳令が敷かれている勢いだね。戦車まで配置してるぐらいだから、この場所が重要な拠点であることも相手は把握してるんだね」

 隣の席に座る、銀髪美女の胸に頭を預ける少年だった。


「学校が拠点?」

 亮輔は諦めて、教室の床にあぐらをかいて座る。

「そう、この場所は全ての発端の場所さ。高校のある美里ヶ丘は、用意された『メギドの丘』なんだよ。彼氏クンも聞いたことぐらいあるだろう――『ハルマゲドン』が起こる、善と悪の最終戦争の場所」

 アレクサンドルは、頭を起こして得意気に胸を反らしていた。


「それは、『黙示録』の第16章の事だよな。でも『メギドの丘』は中東、パレスチナの地にあるんじゃないのか?」

 亮輔は顔を上げて聞いた。

「うーん、『メギドの丘』の解釈は諸説あるけどね。まあ、キミたちの国でも重大な決戦のことを『天王山』と呼ぶだろう。その場所は京都府の山崎の地にあるけど、常にその場所で戦さは起こらない。天正十年に羽柴秀吉軍と明智光秀軍の戦った場所のことさ」

 外国人の少年に、日本史の講釈をされて頭を掻きたい亮輔だったが、手をきつく縛られていて諦めた。ここで、かねてから疑問に思っていた点を聞く。


「見せられたあの灰色の地球。そして、そこに存在した美里市。それが、今の現実なんだな? そもそも、どうやって美里市が――違う宇宙に移動したんだ!?」

 最後には語気荒く聞いていた。部外者の監視の兵士が居るが、お構いなしだ。

 アレクサンドルは一息ふう――と、長く息を吐く。


「まあ、聞き耳を立てている人間には、にわかには理解しがたいだろう。でも、人払いをするよ」

 司令である銀髪の少年は、手錠のされた右手の指をパチンと鳴らす。


 場所は再び異空間へと移動した。教室ごと移動した印象だ。透明な床を透かして、お尻の下に美里市を見下ろしていた。上空500メートルといった感覚だ。視界の半分に美里市が広がる。

 今度は、副官のナターリャも同席する。二人は椅子に座ったままだ。

 以前見たときとは、印象が違う。強烈な太陽が街を照らし、風景が揺らめいて見えていた。


「これが、今の姿なんだな。他の宇宙の地球そっくりの星に隔離されて、風前の灯火の美里市……」

 亮輔は立ち上がる。

「そうだよ。このままの形を保つのも二三日が限度かな。地球と同じ重力によって、空気と水蒸気と熱を保っている。でも、願いはそう長くは続かない。破滅のみが残されているんだ」

「願い?」

「ウン。キミの母親、紙屋美里亜が十年前に願ったんだ。死にゆく彼女は、美里市の破滅が地球全体に及ぶのを逃れさせたんだ。同時に、娘の体に逃げ込んで、自分の復活を企んだ」

「母さんが……彩里に?」

 アレクサンドルはコクリとうなずいた。

「そうです。紙屋美里亜さんが、実の娘に意識を移動させたのです」

 ナターリャも同意する。



「キミは聞いたよね。人は一生にそれぞれ一つだけ、願いをかなえることが出来ると……。その時、キミは疑問に思わなかったかい? 願いがかなえられる前に死んだらどうなるのかって……。自我の芽生える乳幼児の時期に、死亡した人々の願いはどこに行くのか。そして、生まれることなく死んでしまった胎児の場合はどうなるのかって……」

「分からないな。それが母さんや明日花、それにマリヤやお前に関係があるのか?」

 少年は、亮輔の言葉にニンマリと歯を見せて笑う。


「そこで登場するのが、石波良明日花という存在なんだ。彼女は一人で複数の願いをかなえることが出来る。無限に近い回数だ、インチキだよね。それにかなえることも、物理学的に説明出来る範囲なら、何だって可能だよ。本人には自覚が無いが、彼女に不都合な時間軸での出来事は、その宇宙ごと廃棄して、無かった事にする。凄いよね、何でも出来るチートな能力には舌を巻くよ。神に近い仕業だ」

 彼なりの皮肉なのか、言った後に見えない右目でウインクをする。


「宇宙ごと廃棄する? どういうことだ?」

「言葉の通りだよ。彼女に都合の悪い出来事があったなら、その宇宙を捨て去って新たな宇宙を創造し、そこに時間軸が移るんだ。個人の意識としては、連続した一つの時間の流れと知覚する。彼女が体験した中で、キミは何度も何度も死んでるんだよ。でも、大切な大切なキミを、生き返らせることは彼女にだって出来ない。だから、新しい宇宙を創造する。キミたちは新世界のアダムとイブなんだよ。遺棄される宇宙はたまったもんじゃないけどね……」


「信じられない……。明日花のどこにそんな『力』があるんだ?」

「彼女自身には『力』はない。『力』を持っているのは、ボクとマリヤの中に存在する人物だけなんだ。例えるなら、石波良明日花はスイッチに過ぎない。蛍光灯を考えてごらん。電気は発電所から供給され電線を伝う。でも、スイッチがONされない限りは、照明は点灯しないんだ。光を発するという事象は起きないんだね。発電所がボクらで、電線とは人々の心の繋がり……共通の集合無意識と呼んでもいいかな。そこに、民族・言語・宗教・風習が介在する」

「集合的無意識は、ドイツの心理学者、カール・グスタフ・ユングの提唱した概念だな」

 亮輔は、自分の脳中にある知識をフル動員して、何とか話についていく。


「過去には、民族・言語・宗教・風習は一つの場所では全てが同一だった。でも、文明の発達が、それらを壊す。異民族の侵入だ。一つ興味深い事例を話そうか。これは、とある都市国家で起こった実際の出来事。この前は、ペリシテ人の神『バアル・ゼブル』の話をしたよね。それよりも時代が、かなり下る。かつて、ペリシテ人の住んだ土地にもローマ帝国の影響が及ぶ。ま、結果的にローマ軍が侵攻し、都市国家は侵略されて、男たちは全員奴隷にされた。自分たちがペリシテ人に行った蛮行が、そっくりそのまま返って来たんだ。こういうのを、因果応報、自業自得と言うんだろ。でも、ローマ人は極めて効率的に奴隷制度を運用する。彼らに必要なのは、優秀な兵士や効果的な労働力となり得る若い男たちだけだったからね」



 そう言ってアレクサンドル・ドリナは、再び指をパチンと鳴らした。

 元の薄暗い美術室に戻っていた。この間の時間経過は無かったのだ。物理学でも説明出来ない不思議な力を使うじゃないか――亮輔は思う。

 監視の若い兵士は、暑苦しくなったのかヘルメットを脱いでいた。短く刈り込んだ坊主頭で、更に幼く見える。年齢としては紙屋亮輔と大差は無いだろう。


「キミは志願兵なんだろ?」

「え?」

 入口に立つ兵士に尋ねる。しかし、相手は戸惑ったままだった。いきなり脈絡のない話題を向けられたのだ、当然の反応である。


「まあいい、話を続けよう」

 司令はニヤリと笑う。

「ローマ人は、自分たちに忠誠を誓う忠実な兵士を作り上げるために、生まれたての男の赤ん坊を兵士に育てようと考えた。その時に、不要となった女の赤ちゃんを全て処分――殺してしまったんだ。残酷な話だよね。でも、彼らなりの合理主義なんだよ。必要なのは、一時的な戦闘労働力なのであって、産めよ増やせよとは合致しない。被占領民には、緩慢な絶滅だけの未来が残される。その時のローマ人は、女の子の赤ん坊以外の虐殺はしなかった。しかし翌年、異変が起こる。占領時に妊婦だった人間は優遇された。次世代の兵士を産み出すからね。でも、翌年に生まれた赤ちゃんは全てが女の子だった。当時の属州を管理したローマ総督は、恐怖したというよ……。ま、当然の話だよね」

 アレクサンドルの見えない瞳と、視線が交差したと感じた亮輔だった。総毛立つ。


「何が言いたいんだ?」

 言葉を無視して、司令は再び雄弁に語り出す。

「総督は、その一部始終をローマの皇帝に連絡し、判断を請う。再び、生まれた女の子を虐殺して良いのか迷ったんだね。その頃、ローマ帝国の支配する地域では、ナザレの大工の息子の生涯を綴った『ニュー・テスタメント』が席巻を始めていた。ローマ皇帝も、ワケの分からない異様な出来事が連続し、その解決策にと『ニュー・テスタメント』を国教にと採用したんだ。彼らは、理解していたんだね。強い『願い』のネットワークが歴史を変えて、大帝国を動かした」


「西暦三百十三年の『ミラノ勅令』の事だな」

「それは、信教の自由を公認しただけです。国教としたのは三百八十年のテオドシウス一世の時です。当時のローマ帝国は東西に分裂し力を失いかけていたのを、回復させようと目論んだ。それが国教化の狙いです。私は、司令と見解をことにします」

 一連の会話を黙って聞いていたナターリャ副司令が、始めて口を開く。

 生半可な知識で、会話に加わっていた亮輔は顔を赤くする。



   ◆◇◆


「私の、秘密って何なの?」

 明日花は、マリヤ・ドリナの姿を取る少女に質問する。

 真っ暗な空間。明日花はその場所に立つ。決して、無重力の宇宙空間ではない。上履きの下には固い感触があった。自分の体重を支えているのを実感する。

 マリヤは体育館で消えたときのまま、横たわっていた。


「心を強く持って聞いて欲しい」

 頭を半分失った銀髪の少女が語る。脳は完全に復活を遂げ、硬膜を透かして、くも膜下を走る赤や青の血管が確認出来た。顔や髪の毛に飛び散った血液は、粉になってサラサラと落ちていく。

 左目も再生を終えて、目が合った。血走った目に驚き、明日花は体を引く。


「脅かせてすまない。再生が完了するまでの過程では、骨で手こずるのだ。もうすぐ筋肉と皮膚が形作られる。脳も記憶領域を整理中だ。もうすぐマリヤ本人とも会話が出来る」

 銀髪の少女は左手を頭に持っていき、自分の脳みそを指で押していた。その光景を目撃してしまい、明日花は目を逸らす。マリヤの別人格は、かなり意地悪な人物であると感じていた。


「ご、ごめんなさいね。怖がってしまって……。でも、次々に色々なことが起こって戸惑っているの」

 しかし、相手を気遣ってしまう彼女の性格。

「ああ、理解している。だが、これから話すことは、もっとショッキングな内容だ。気を保って聞いて欲しい」

 少女は、銀色の長い睫毛を傾けて、悲しげな表情を浮かべる。

「わ、わかってる……」

 そう言った明日花であったが、額から汗が一筋流れる。


「石波良明日花には、自覚がないだろうが……。アナタが願うことは、全てかなえる事が出来る……」

 マリヤの中の人物は、亮輔に語った事。そしてアレクサンドルが語った内容を聞かせ始める。



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