#06「彼女と僕のラブストーリー」-4
◆◇◆
――午前九時十三分。
教室棟、二階廊下。
「ホラ! 私語は慎みなさい! 押さない・駆けない・喋らない! が、避難訓練の鉄則。略して……何だっけか?」
「お・か・し……です、おいちゃん。それに、今は訓練中じゃない!」
「おいちゃん言うな! ウヮン、ワン!」
拡声器を通して、甲高い声が廊下に響きわたる。避難途中の生徒たちは全員、耳を押さえていた。
二年三組の教室に置いてあった、メガホン型のハンディマイク。それを持った生徒会長の小祝碧がキンキン声で叫んでいる。
危機的な状況を前にして、嬉々とした表情で対処する。彼女の本領を発揮中だ。
「ほらー! そこ! チンタラ歩かない! 体育館まで、キビキビ急ぎながらもゆっくり歩け!」
矛盾した事柄も、平気でマイク越しに口にする会長。
「碧ちゃん。集合場所は体育館で本当にいいのかな? こういった緊急事態には、いったん全校生徒をグラウンドに避難させる手順だけど……」
「碧ちゃんゆうなー! ウヮン、ワン! いいのよ、体育館はこの付近にお住まいの方の広域指定の避難場所になってるけど……。アンタもさっき窓から見たでしょ、グラウンドには何カ所も亀裂が入ってて危険でしょうが!」
ダラダラと階段を降りる生徒会のコンビ。小祝は拡声器を持った左手をダランと垂らす。
「なあ、明日花。この二人に任せておいて大丈夫なのか?」
「そうね、心配ね。でもおかしい……」
マリヤの手を引いて、生徒会の二人に続く明日花は、あごに手を当てて考える。教師たちの反応が全く無いのだ。
それよりも、勝手に教室を飛び出してしまった亮輔が心配。怪我をしてないか……避難は完了したのか……。そもそも、彼はどこに向かったのか。
「ああー!」
一階に到着し、玄関方向を指差して、奇声を上げる生徒会長。
「おいちゃん! 特別棟の一階部分が潰れてる!」
大凹が、大げさな動作で事態を説明する。
「か、会長! よいところに……」
教室棟一階廊下から、一年生の学年代表、牧原亜由美が小祝に声を掛けた。
「どうしたの? 牧原さん」
「指示を仰ごうと職員室に向かったのですが、この有様でして……」
玄関からは西の方向にある職員室、校長室の特別棟区画が、フロアごと押しつぶされていた。教員・職員の生存は不可能であると考えられる。
「ああ、どうしましょう……」
今更のように、少し広い額に小さな右手を当てる小祝会長。
「一年生の生徒たちは、教室に待機させています。会長、この後はどうしましょう」
牧原亜由美は不安そうな顔で聞く。
「良い判断です。私たちはこれから体育館に避難します。一年生の皆さんも続いて下さい。特別棟一階廊下を通れないので、玄関からいったん外に出て、体育館に向かわせます。外履きに履き替える必要はありません。上履きのまま、お・す・しで迅速に移動して下さい」
「会長、お・か・し……です」
副会長の大凹真岡が、小声で注意する。
会長の小祝碧は、顔を真っ赤にしていた。
「あ、は、はい!」
『お・す・し』で頭を捻っていた一年生代表は元気に返事した。
そのまま引き返し、一年の各教室に顔を出す。
「おいちゃん。それよりも、怪我した人をどうしよう」
数名の負傷者が、避難誘導の列の先頭を歩いていた。保健室は職員室のあるフロアにある。この状況では向かうことが出来ない。
「確か、体育館のステージ下には、緊急時の避難者用の応急セットがあるはずです」
石波良明日花は、人混みをかき分けて会長の前に出て進言する。
「そうね。体育館へと急ぎましょう!」
大凹副会長が、小祝の肩を叩いた。
「ブチッ! ウワワーン!」
拡声器の発するハウリング音が響く。
「生徒の皆さん! 早く体育館に避難しましょう! 到着後は、各クラス委員が点呼を取って、学年代表に連絡して下さい。怪我人は、保健委員が応急セットで治療して下さい」
玄関付近には大勢の生徒たちが集まっていた。全ての下駄箱が倒れていて惨状を呈している。彼ら、彼女らは会長の言葉に無言で頷いて、足元に気を付けながら移動を始める。
「明日花、行くぞ」
校舎の崩落した場所を、ハラハラと見つめる彼女の背中を引っ張るマリヤ。
「どうしよう。もしかして、この場所に亮輔が居たりしたら……」
自分の両頬を両手で押さえる。
「亮輔は大丈夫だ。マリヤが保証する」
「え? そうね、そうね。先に避難してるかもしれないしね」
「早く、体育館に向かおう」
今度は明日花の手を引く、銀髪の少女だった。
◆◇◆
――午前九時三十分。
県立美里ヶ丘高校、体育館。
「蒸し暑いな……」
木製の床に腰掛けるマリヤはパタパタと自分のスカートをあおいで、下半身に風を送っていた。
「うん……」
明日花は、はしたないと思いながらも、暑さが我慢出来ずにセーラー服の胸元のリボンを緩める。
「バレー部・バスケ部の人たちは、二階の窓を開けて来てくれるかしら! 体育館の構造に詳しいでしょ。それに、扉近くの人は全てを全開にしてくれる!」
ステージに立つ副会長の大凹は、的確に指示を出し続ける。
「ホント、暑いわね!」
ステージに腰掛けている会長の小祝は、何処かで見つけたうちわで必死に自分をあおいでいた。
美里モールのオープン記念の粗品だ。
「か、会長! せ、戦車が!」
グラウンドに面した扉を開けていた女生徒が、外を指差す。
「戦車? ハァ!? 何バカなことを言ってるの!」
会長の小祝はステージから飛び降りて、その開かれた扉に向かう。
多少、軍事オタクの気のある碧は、災害時の広域避難所に指定してあるこの学校に、防衛軍が現れたのだと思ったのだ。
美里市の郊外に、陸上防衛軍の駐屯地がある。その部隊が、避難所に車両を派遣したと考えていた。
特殊な迷彩塗装の施された装甲車両を、『戦車』と呼んでいるんだわ。軍事知識のない女の子はこれだから――会長は、ヤレヤレと頭を振りながら外を見る。
「せ、戦車! それも10(ヒトマル)式!」
キュルキュルと無限軌道の音を響かせながら、校庭を進む一両の防衛軍最新鋭戦車。それが真っ直ぐに体育館を目指して進んで来た。
その後ろを、兵員輸送用の装甲車が続く。機銃を後部に配置した軍用ジープが加速して重装備車両群を追い越し、小祝会長の目の前で停車する。
「な、何事ですか!? 何を始めるんですか?」
一歩踏み出して、降り立った迷彩服姿の防衛隊員に声を掛ける。
「私は、美里市方面配属の陸上防衛軍・第七師団・師団長の福永 浩一郎中将である。こちらに、マリヤ・ドリナという外国人女性は存在かな?」
「ええ、い、います」
「面会を希望したい。構わないかな?」
「ええ……」
陸上防衛軍・師団長の人間があの外人娘に何の用があるのだ? 訝しげに相手の顔を見る。
完全武装した彼の姿。戦闘状態にあるのは明白だ。決して、単なる災害派遣では無いと分かる。
「失礼するよ」
中将は、土足で体育館の床に上がり込む。彼の後ろには、小銃を肩に背負った二人の部下が続く。
「マリヤ・ドリナ! どこにいる?」
師団長・福永中将の低くて良く通る声が、体育館中に響く。
「何だ?
銀髪の少女はスクッと立ち上がった。
「マリヤちゃん……? 何か危ないよ、行かない方が……」
明日花が止めるに関わらず、少女は防衛軍の隊員たちの前に歩み寄る。体育館の壁を背にして立ち止まる。
「お前が、マリヤ・ドリナだな」
「そうだ。マリヤはマリヤだ」
対峙する福永中将は、腰のホルスターから拳銃を取りだして彼女に向ける。
後ろに控える隊員も、マリヤに照準を合わせる。
「マリヤちゃん!」
明日花の声が体育館に響く。
「魔女め!」
中将は言葉と同時に、左手を挙げた。右後ろの隊員がマリヤに向けて小銃を発砲する。
閉ざされた空間に、響き渡る轟音。
マリヤの頭の左半分が吹き飛んで、大量の血を体育館の壁に残した。




