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#06「彼女と僕のラブストーリー」-2


 そんな時、


「ブチッ! キィイーーーン!!」

 唐突に、教室内のスピーカーから大きな音がした。スイッチが乱暴に入れられ、ハウリング音が学校中に響く。

 生徒たちの多くが、不快な音に耳を押さえていた。


「あー、テステス……テ、スー」

「会長! 既に、全校放送中です!」

「えぇ!? リハーサルじゃないの? それを早く言いなさいよ!」

 妙に苛つく、甲高い少女の声だ――亮輔は、両耳を押さえる。


「さっき、キュー・サインを出しましたけど……」

 こちらの声は野太くて低い女性の声であった。

「もう、本当に! アンタはドジでグズでマヌケでアホなんだから!」

 キンキン声の主は、相棒に向けて汚い言葉を投げつける。


「何だ、これはダレだ?」

 大音量での二人の会話が続く。左耳に人差し指を突っ込んだマリヤは、迷惑そうにして、教室前方に設置されている校内放送用のスピーカーをアゴで示す。

「何でしょう……生徒会長?」

 明日花も聞き耳を立てる。こんな形で生徒会がしゃしゃり出てくる事態は、過去にはなかった。


「あーあー、こちらは生徒会執行部です。先ほど、学校長から連絡がありました。緊急の職員会議が開かれているそうです。会議が長引いているため、一時間目の授業は自習となります。生徒諸君は、各自教室で待機していて下さい――勝手に出歩くな! つー事だ。以上!」

「キュイーン! ブチッ!!」

 開始時と同じく、盛大な反響音とスイッチングノイズを残して放送は終了した。



「自習?」

「緊急職員会議だって?」

「どうして?」

「先生は?」

 教室内はざわついていた。こういった事は初めてであった。教師が説明するわけでなく、生徒会に状況を丸投げしたのだ。よっぽどの緊急事態だと飲み込める


「…………」

 一人黙り、考え込む明日花。

 職員会議の議題は、佐冬三鈴の事故死に関する事柄だろうか?

 振り返り、紙屋亮輔の顔を確認しようとした。彼は窓の外を向き、グラウンドの方に注目している。


 明日花もそちらを見やる。校門を黒塗りの大型セダン車が通過する。来客者なのだろうか……今日はコンタクトレンズを装着していなかったので、机の中の眼鏡ケースから銀縁の眼鏡を取り出して掛ける。

 明日花の視力の悪さは、普段の生活をするのには困らない程度だ。目の調子が優れないときにはコンタクトはしない。今日は寝坊寸前だったので、そのまま登校したのだ。

「車がコッチに来る……」

 彼女は、見たままをつぶやく。陸上用トラックの外側に設置された、舗装道路をゆっくりと進んでいた。

 やがて、学校の玄関に横付けされる。運転席のドアが開き、人が降りようとしていた。


「明日花! 自習とは何をすればよいのだ?」

 隣の席のマリヤに呼ばれ、そちらを向く。相変わらず、机の上には何も出していない。

「特に指示されてないから、予習・復習をするか、出されている宿題を片付けるぐらいしか……って、マリヤちゃんには必要無いわね」

「そうだな。マリヤには無駄な行為だ」

「あ、そうだわ。マリヤちゃんは、日本語の読み書きは出来るのよね」

 パンと手を叩く。良案を思いついていた。


「うん。読むのは全く苦にならない。だが、書くのは苦手だ」

「ノートとシャーペンを貸してあげたでしょ、ペンを出して出して」

 ニヤニヤと笑いながら、マリヤを見る。普段と、攻守が逆転していた。

「なんだ? なにを企んでいるのだ?」

 始めての、不安そうな顔。



「親父……」

 前の席で、女子たちがキャッキャうるさくしている。亮輔は構わず窓の外を眺めていた。

 運転席から降りたのは亮輔の父、豪大だった。彼は車の左後部に周り、外からドアを開く。

 降り立ったのは、銀髪の長身の美女、ナターリヤ・イワノワだった。直後、盲目の美少年、アレクサンドル・ドリナが続く。


 あの二人が、学校に何の用事があるのだ――亮輔は思う。

 助手席のドアが開き、見慣れた制服の少女。見慣れた顔が降り立った。


「彩里?」

 亮輔の妹が、何故か車から出てきた。アイツは朝早く学校に向かったんじゃ――それとも、佐冬三鈴の自宅? 考え込む。


「チョッと出てくる……」

「え? 亮輔? 自習中よ、待機だって……」

 明日花は止めようとしたが、彼はさっさと教室を出て行ってしまう。


「うーん」

 右手にシャープペンシルを握ったマリヤは、そのまま腕を組む。

「これは、何を意味しているのだ?」

 明日花が持ってきた雑誌、その中のクロスワードパズルのページをアゴで指し示す。

「それを言ったら、おしまいだよ……」

 得意気に胸を反らした時だった。



「バン!」

 マリヤと隣り合わせた机の上、叩き付けられる小さな右手。

 ――だれ?


「石波良明日花さん、お話があるの!」

 ヌっと顔が突き出される。小柄な少女だった。下級生? そう思い下を向き、上履きの色を確認する。つま先のゴムが緑色だった。

 三年生だ。

 ――嗚呼、この人は……。


 ちなみに、上履きとジャージの色は二年生が赤色、一年生が青色である。三年生が卒業すれば、翌年の一年生に色が引き継がれる。


「明日花、ダレだ? コイツ」

 生意気に指差す十一歳の少女。

「せ、生徒会長さんよ」

「ああ、さっきの放送をトチったヤツか……落ち着きのない人間。他人を臆面もなく罵倒する、社会不適応者。組織のおさに、もっとも相応しくない人物」

 容赦なく、思った事を口に出すマリヤ。


「な、何だと! こ、この生意気な外人娘を、つ、つまみ出しなさい!」

 教室中に向けて、わめき散らす。

 生徒たちは、関わり合いになりたくないのか目を逸らしていた。

「お、おいちゃん……」

 後ろに立つ女生徒が、会長に呼びかける。

「おいちゃん言うな!」


 プリプリ怒って地団駄を踏むのは、県立美里ヶ丘高校の三年生、生徒会長の小祝こいわい あおいだった。

 小さな体を気にしてか、動作がいちいち大きかった。目の前の相手になめられないようにと、精一杯の虚勢を張っている。


「碧ちゃん……でも……」

「碧ちゃんとも呼ぶな! 会長って呼べ――って常日頃、口を酸っぱくするほど言ってるでしょうが! プンプン!」

「わかりました……か、会長」

 ショボーンと項垂れているのは、同じく三年生、副会長の大凹おおくぼ 真岡もおかだった。

 身長は180センチメートル以上ある――とのもっぱらの噂だ。確かに、明日花が見上げると亮輔を遥かに凌ぐ位置に顔があった。

 裏の噂も聞いている。女子バレー部やバスケット部に誘われたが、壊滅的な運動神経のために、結局は生徒会のみが安住の地になっていると……。

 その、高身長を気にしているのか、終始猫背気味だ。副会長からは、全体に間延びした印象を受ける。手も足も胴も顔も長い。



「生徒会長さんが、いったい何の用でしょう……」

 明日花は、恐る恐る尋ねる。近づけられていた会長の顔が、やっと離れる。


「このアタシが折り入って、直々にお願いに来たのよ。ネェーアナタ、生徒会に入らない? 書記の子が、急遽転校したのよね。その替わりを頼みたいの……。ネッ! お願いーーーい」

 明日花の顔の前で、両手を合わせ片目を瞑って懇願してくる。

 急遽? 転校? 綿奈部円香と同じケースだ――明日花は思う。


「そう、いきなり言われましても……」

 警戒した明日花は、体を硬くする。

「ごめんなさい。おいちゃんはね、いつも強引すぎるから……。でも、書記を依頼したいという気持ちは真実なの。話だけでも聞いてくれる?」

 大柄な副会長も、会長と同じポーズで頼んでくる。


「おいちゃんって………ふが、ふが」

 再び怒り始めた相棒を、後ろから口を塞ぎ、押さえつける大凹副会長。

「会長は、黙っていて下さい。ワタシからアナタに説明する。いいわね?」

 大きな手で押さえつけられて鼻孔まで塞がっていた。小祝会長は息苦しくなったのか、ウンウンうなずいてから、やっと解放される。


「プハッ! ハァハァ……ってアンタ、ハァ、アタシを殺す気!? 日頃から、そんな物騒なことを考えてるんでしょ! アタシが死んで、無事に生徒会長に就任ね! はぁああー、おめでたいわ!」

 背後に向き、大凹副会長を罵倒する。


 失った酸素を取り戻すためか、大きく深呼吸を繰り返していた。その度に、小さな肩が激しく上下する。

「生徒会も、書記をしていた二年生の女子が転校したり、担当していた先生が辞めたりして、壊滅的な状況にあるのです。ですから、『有能』な石波良明日花さんに是非とも生徒会に参加して頂きたいの。書記の仕事と言っても、今は録音した生徒会議事録を、パソコンで文字に起こして文章にするぐらい。生徒会のPRのホームページの更新も、仕事の一つだけどね。石波良さんの負担には、ならない事を約束するわ」

 ゆったりと構えていた副会長が、一気にまくし立てる。大きな体で愚鈍そうに見えるが、話し始めると弁舌は滑らかになってくる。

 自分の言葉に酔ってくるタイプの人だわ――明日花は冷静に分析をする。


「……って事なのよ、石波良明日花。アナタには期待しているの。是非とも生徒会に加わってもらって、アタシたちと一緒にバラ色の学園生活をエンジョイしてみない?」

 思い切り作った笑顔で、会長はぎこちなく微笑みかける。苦手な作業のようであった。


「いいのか? 明日花は極めて『無能』だぞ」

 マリヤは隣の上級生を指差し、屈託のない笑顔で言う。

「む……」

 よく世話を焼く少女に『無能』と呼ばれ、言葉を無くす明日花だった。


「し、知ってるわよ、そんな事は今は関係ないの! とにかく生徒会長のアタシが、アナタをスカウトに来てやったのよ。あ、ありがたく思いなさい!」

 両手を上げて、プンスカ怒り出す。変な形のツンデレだった。

 明日花は不思議そうな顔で、生徒会長の小祝を見る。



 身長はマリヤと大差無い小柄さだ。第二次性徴を終えている高校三年生の身にはつらい現実。

 小作りで可愛らしい顔をしているが、強気の性格のためか、釣り目がちで目付きが悪く見えるのがマイナス印象だった。

 よく生徒会長になれたな――穏やかそうな顔に似合わず、不遜なことを考える明日花ではあった。


 そして、会長もスカウトしている相手がボンクラである事を承知しているのだ。

 テストの成績も中くらい。運動神経も容姿も普通。学校では何の委員会にも参加していない明日花。小・中・高と、学校はおろか、クラスやクラブ活動でも重要な役割を任される事など無かった。

 何をもってして自分を生徒会に誘うのか、目的が見えてこない。


「私が書記になっても……」

 役には立てないので、謹んでお断りします――その言葉を口にしようとした。



 ――午前九時一分。


「ミシッ!」

 校舎全体が大きな音を立てる。

「何だ?」

 窓際の席に座るマリヤは、心配そうにして顔を上げる。最初は、小さな揺れを足元から感じた。

「カタカタカタ……」

 細かな振動が続き、教室の机と椅子とがひとりでに移動を始めた。

「地震?」

 明日花は窓の外を見た。風景は至って穏やかである。平常である。青空を緩やかに白い雲が流れる。

 生徒会の凹凸ボコデココンビも、窓から校庭を見る。


「地震でしょうか? おいちゃん」

「おいちゃんて、言うな!」

「収まったのでしょうか? 会長」

「みたいね」



 振動は止まった。

 その後、高校近くの森に住む鳥たちが一斉に羽ばたき、飛び立つ。


「ドスン! ドスン!」

「キャア!」

 いきなり、大きな上下動が襲ってきた。明日花も、今まで体験したことの無い激しい揺れに驚く。

 教室中に女生徒の悲鳴が響く。

「おいちゃん! これ、ヤバイ!」

「み、みんな! 机の下に……」


 隠れて! ――生徒会長は、そう言おうとした次の瞬間、二年三組の教室の床に転がっていた。

「グルン!」

 通常の地震ではあり得ない揺れ方だった。自分たちの足元が回転している。そんな感覚にとらわれる。遠心力で投げ出され、生徒と机と椅子と、雑多な――ありとあらゆる物体が教室の一方に固まる。

「いったい、何なの!」

 明日花は、床に横たわり体を揺れに任せているマリヤを押さえつける。このままでは教室の外に出されてしまいそうになっていたからだ。


「と、止まった?」

 唐突に激震が収まる。揺れていた時間は一分もなかった。

 だが、頭がゆらゆらと揺らめいていた。明日花には乗り物酔いをした時と同じ感覚を味わっていた。前後・左右・上下に回転も加わって、三半規管の機能に支障を来しているのだ。


 美里市内の遊園地のコーヒーカップ――亮輔と一緒に乗った小学校六年の時分。変にテンションが上がって、カップの回転が激しかった。

 降り立った時の、気持ちの悪さったら!

 抗議する亮輔の声――その時のシーンが、頭に蘇る。



「う……吐きそう……」

 会長の小祝碧も同様なのか、口元を押さえる。

「おいちゃん大丈夫?」

 机と椅子とが乱雑に絡まった中に、逆さまになっていた副会長の大凹真岡が尋ねる。スカートがめくれ無いようにと必死に押さえていた。

「モカ、お前の方こそ大丈夫なのか?」

 碧は立ち上がり、頭を振りながら小学校以来の親友の体の上に乗った椅子をどけてやる。

 モカとは、副会長の真岡の小学校時代からのあだ名である。


「あ、ありがとう……おいちゃん」

 後は、自分でどうにか立ち上がる大凹副会長であった。


 『おいちゃん』と呼ばれて怒らないんだわ――明日花は不思議に感じていたが、自分の方は覆い被さっていたマリヤを立たせてやる。

「マリヤちゃん大丈夫? 怪我はない?」

「うん、問題ない。明日花は、眼鏡がどこかに行っているぞ」

 銀髪少女は服に付いたホコリを払いながら指摘する。


「ああ、ホントどうしよう!」

 自分の両頬を押さえる。しかし、そんなことはどうでも良くなっていた。


「み、みんな! だ、大丈夫?」

 会長の碧が、教室内の全員に声を掛け安否の確認をする。

「おいちゃん! 割れたガラスで怪我をした生徒が……」

 副会長の真岡が、窓際でへたり込んで座っている女生徒の左腕をハンカチで押さえていた。

「保健室に連れて行ってあげて」

「分かった……」

 真岡は、怪我をした生徒を立たせる。


「電気が止まっている!」

「携帯の電波が通じてないぞ!」

 やっと気持ちが落ち着いたのか、教室内から次々と声が上がり始める。


 明日花も自身の携帯電話を取り出した。

 圏外だった。

 今はこの場所には居ない、とっても大切な人――

「亮輔……」

 心配だ。



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