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#05「彼女の不完全な世界」-1


「マリヤだって? 違うよ! ボクの名前はアレクサンドル・ドリナさ、マリヤの双子の弟なんだ」

 肩までの短い銀色の髪の毛が、動き始めた新幹線の風圧で揺れる。やがて高速で走り去る。


 双子? 弟? 確かにマリヤそっくりの顔かたちだったが、彼の方が更に痩せていて細かった。骨張った右手を差し出していた。しかし、紙屋亮輔とは体を向ける方向が違う。

 マリヤと同じ、透き通った宝石のように青い瞳が……瞳が……彼の場合は濁った印象を与えていた。


「目が……」

「ああ、気にしなくてイイよ。生まれつき両目が見えないんだ」

 亮輔は思わず漏らしてしまった言葉を反省する。そして懺悔をするようにひざまずく。彼の細くて小さな右手に手を重ねる。冷たかった。握り返す力も弱々しかった。



 亮輔は、来訪者のことを一つも知らされてなかった。父を恨めしく思う。

 隣の女性が、膝を付く行動は不要だと動作で示す。

「ナターリヤ・イワノワです。アレクサンドル司令の副官を務めています」

 これまた流暢な日本語だった。長髪の銀髪の美女が亮輔に握手を求める。百七十三センチメートルの身長のある彼が、立ち上がり彼女を見上げる。百八十センチ以上は優にある長身だ。


 翡翠ひすいのような緑色の瞳を見つめる。

 彼女は亮輔に体を押しつけて、親愛を示す挨拶をしてきた。

 顔を赤らめる彼。明日花がこの場に居たら、嫉妬心で憤怒していたことだろう――感じていた。

 スーツの下の白いシャツを持ち上げる、双丘に目が行ってしまった。これは、決して丘などではない――二つの山脈だ。

 一般的で健康な高校生である亮輔は、思わずガン見する。

「あはは、ナターリャ。あんまり坊主をからかうんじゃない!」

 アレクサンドルに「坊主」と呼ばれ、ムッとした表情を浮かべる亮輔だった。



「ところで、『司令』とはどういうことですか?」

 女性の方に尋ねていた。

「あなた方の属する組織の総司令長官が、アレクサンドル・ドリナなのです。こう見えても、彼は百年以上生きています」

 表情を変えずに言い切るナターリャ。アンドロイドのような無機質な印象を与えていた。高性能の女性型ロボットだ。だが、胸の感触は上々だった。


「百年だって!?」

 亮輔はそう言ったが納得していた。昨夜、マリヤではないと名乗った少女との邂逅。それまでも、信じられないようなことが次々と起こっていた。

「そう、百十三年。マリヤの方は……。まあ、説明が難しいから、ここでは省略するよ。で、キミが噂の彼氏くんか……」

 アレクサンドルは、光のない瞳を亮輔に向けた。


 噂? 彼氏? 彼をいぶかしげに眺める。

「行きましょう」

 ナターリャが全員を即した。新幹線ホームに長らく居座る異様な大集団。他の乗客の多くが目を止めていた。


「行こう、行こう」

 少年は先頭を進む。

「ご案内します」

「いいよ、このぐらいは分かるからさ。そこのエスカレーターを下るんだね」

 亮輔の申し出を断り、自分でエスカレーターの手すりに掴まるアレクサンドルだった。


 ――午後四時二十九分。

 新美里駅、新幹線南口。


 タクシー乗り場の一部を占拠する黒塗りの国産高級セダン。

 後部座席に来客の二人が乗り込んだ。女性が手伝うワケでもなく、とっとと乗り込むアレクサンドル。本当に目が見えないのか? 少年の申告を疑う亮輔だった。


「バタム」

 護衛責任者の彼は、後部座席のドアを閉めてから助手席に乗り込む。

「進めて下さい」

 亮輔は、シートベルトを締めながら運転する制服警備員に声を掛ける。

 運転手は頷き、緩りとスタートさせる。バス乗り場に止まっていた灰色のマイクロバスが、その後ろに続く。両方の車体に警備会社の名前が入っていた。


「ロイヤルヒル美里・プレジデンシャルタワーで宜しいのですね」

 運転担当者が後ろの席に確認する。美里タワーの正式名称だ。まぁ、美里タワーと呼べば、その場所へと確実に案内される。

「そうです」

 銀髪の巨乳美女が答えていた。

「安全運転で頼む」

 そう言って、隣の女性の胸に頭を預けるアレクサンドル。豪華なヘッドレストだな――後部座席を見つめる亮輔は、そんなことも考える。



「ねぇ! キミさ、そこを右に曲がって」

 赤信号で停車して、少年は身を乗り出し、運転手に直接指示をした。

「ですが……」

 運転手は右側の細い路地を見つめる。高級車一台がどうにか通れる幅しかない。後ろの護衛警備員が控えるマイクロバスは、車幅からも進入が不可だ。


「従って下さい!」

 ナターリャが強い口調で言う。運転手は渋々と、右折のウインカーを出す。後ろに続くマイクロバスと何度も無線交信をしていた。

「コッチは遠回りだ!」

 亮輔が首を後ろに向けて抗議するが、無視された。一方通行の道路で住宅街を突っ切る行為となる。真っ直ぐ進めば、違う幹線道路にぶつかる。その場所へとマイクロバスを向かわせた。


 この交差点は、右折専用車線が無いのでセダンの後ろが軽い渋滞になっていた。片側二車線の道路。マイクロバスは進路変更をして真っ直ぐ進む。

 ようやく右折を終えた時には、マイクロバスは遥か先を進んでいた。環状道路に突き当たればそこを右折し、迂回して合流地点で待機する予定だ。


 車はゆっくりと進む。思ったよりも歩行者や自転車が多くて、運転手は慎重にならざるを得ない。

 夕方の買い物客が、新美里駅周辺のショッピングゾーンに出向くためだ。電柱の前で対向する人々を交わす。

 警備に支障を来す――苛立ちがつのる亮輔だった。

 防弾機能は完璧ではあるが、雷管付きのコンポジションC4や、手榴弾でも車の下に転がせば爆殺が可能だ。

 気密性も完璧ではないので、生物・化学兵器の類も防げない。


「環状道路との交差地点で事故です! マイクロバスの前を走っていた車が、強引に侵入してきた大型トレーラーと衝突し、炎上中です!」

 逐次、バスと連絡を取り合ってた運転手が叫ぶ。

「ホラね!」

 誇らしげな顔をするアレクサンドル。その頭を撫でるナターリャだった。



   ◆◇◆


 ――午後四時十分。

 スーパーマーケット「ギンヤ」店内。


「アラ、明日花さんに、マリヤちゃん……」

 野菜コーナーでショッピングカートを押す明日花は、名前を呼ばれ振り返る。相手は紙屋彩里だった。

「彩里ちゃんに、三鈴ちゃん……」

 石波良明日花は、二人仲良く一つのカゴを持つ黒いセーラー服の少女たちに声を掛けた。


「こんにちは!」

 佐冬三鈴は元気に笑顔で挨拶をしてくる。

「こんにちは。今日は、夕飯のお買い物じゃないのね」

 カゴの中身をのぞき込み、明日花は聞く。

「ええ、明日は家庭科の調理実習の授業でクッキーを作るので、その材料の買い出しです」

 彩里が替わりに答えていた。

「へー。懐かしいわね」

 明日花は昨年の今頃を思い出す。オーブンの温度設定ミスでクッキーを盛大に焦がしてしまい、班の皆に平謝りした自分――冷や汗が額から落ちる。

 その黒焦げクッキーを、全部食べてくれた亮輔――ますます好きになっていた。



「ギ・ギ・ギ・ギィ、ギーンヤァ♪ 安くてぇー新鮮♪」

 店内で繰り返し流されるテーマ曲。十一歳の天才少女マリヤ・ドリナは、すっかり覚えてしまい、気持ち良さそうに歌を唄う。

「ご機嫌そうねマリヤちゃん。今日は何を買うの?」


「おお、彩里か。今日は身の回りの品を買い込む。歯ブラシに、コップに、スリッパに、お箸に、お茶碗に……」

「わ、わかったわ、マリヤちゃん……」

 指を折りながら購入した品目を全て述べ始めたので、彩里は慌てて止める。

 ポテトチップスの袋が忘れずにカートに放り込んであったのを、見逃さない。


「あの……明日花さんの家には大きなオーブンがあったでしょ。今日は試しにクッキーを作ってみたいんです。お菓子とか、あまり作らないから不安なんですよ。ウチにあるのはオーブントースターだし、明日花さんの家にお邪魔してもイイかしら?」

 胸の前で両手の指を互い違いに重ねた彩里が、笑顔でお願いしてくる。本当に可愛いな、こんな妹が欲しいな――明日花は心の底から思う。


「うん……。で、でもオーブンはしばらく使ってないから……」

 あまり乗り気では無い――そんな表情をする。


「先輩! 私からもお願いします。作ったクッキーをプレゼントしたい人がいるんです!」

 後輩の三鈴の真剣な瞳に、真っ直ぐ見据えられ――。

「う、うん。いいわよ……」

 押し切られ、渋々と承知する明日花だった。



「三鈴ちんは、彼女のお兄さんにプレゼントするんですよ。さすが、ブラコンね!」

 呆れた笑顔を、隣の友人に向ける。

「彩里は、兄の亮輔にクッキーを食わせないのか?」

 大きなカボチャを手に持ったマリヤが聞く。緑黄色野菜の王様の頭をペチペチと叩いていた。

「あやりんは、お父さんにあげるんでしょ……このファザコン!」

 セーラー服の少女たちは笑い合う。


「何が可笑しいのだ?」

 カボチャを元有った場所に戻して、不思議そうな顔で聞く。

「予行練習で作ったクッキーは、マリヤちゃんにも食べさせてあげるわよ」

「じゃあ、カボチャクッキーが食べたいぞ!」

 銀髪少女は、突飛なことを言い出した。


「そう、それ! それよ! オリジナルクッキーの課題があったでしょ。カボチャを生地に練り込んで、表面には乾燥させたカボチャの種をあしらうの。ね、良い案でしょ!」

 彩里の顔が輝いた。

「ハロウィンには、カボチャを食べるんだぞ!」

 マリヤちゃん……それは十月の末――言いたくなった明日花だった。




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