#04「彼女と神のシステム」-3
――午前九時十五分。
県立美里ヶ丘高校、二年三組教室。
「おい! 亮輔! 妹をよろしくな。明日花さんの警護担当に急遽抜擢されて、アイツ朝から興奮気味だったぞ!」
入れ込み気味に話しかけて来たのは、佐冬三鈴の兄、浩一だった。亮輔の同級生である。眼鏡を掛けた長身の男性。小柄な妹とは、ちっとも似ていなかった。
一時限目終了後の休み時間。
明日花がマリヤをトイレに連れて行った、短い間に話しかけて来た。
「そうか、それで朝に家の前で待ってたのか……」
亮輔は、父の豪大から何も知らされて無い事に苛立ちを覚えていた。依然、冷戦は継続中であり、互いの連絡体制にも不備が生じて来ている。やがて任務に支障を来すことになるだろう――悪い予感がする。
「ウチの妹は優秀だぞ! 明日花さんとも仲良くなって、あの――綿奈部円香の穴を埋めるべく奮闘中だ。同時に、外人娘の監視も進行中だ」
ベラベラと良く喋る、妹の友人の兄だった。円香――の名前が出て、少し相手を警戒する。彼らはやはり、円香を裏切り者だと捉えているのだ。
「手をかざすと、自動で水が出たぞ!」
「そうね……」
「手を入れると、風で乾かして来たぞ!」
「そうだね、凄いね……」
廊下からは、興奮するマリヤの大声と、仕方無く相槌を打つ明日花の困っている声が聞こえてきた。
「じゃあな!」
佐冬浩一はそう言って自分の席に戻る。
その時、亮輔のブレザー内ポケットの携帯電話が着信を告げた。滅多に鳴らない電話なのだ。明日花護衛の関係者にしか、知らされていない。
もっぱら、掛かって来たのは綿奈部円香からだった。今はもう――。
ディスプレイを見る。
父親の携帯電話の番号だった。
「どうした? 親父?」
立ち上がり、教室を出て行く。入れ替わりに担任教師が入ってきた。
「電話は簡潔に、手短にな! 本当は校内での使用は禁止なんだぞ」
数学担当の三波が廊下に声を掛け、教室内に笑いが起きる。
「亮輔ったら……」
彼の席の前にマリヤが座り、その隣に明日花が腰掛ける。机はくっつけられたままだ。
朝のホームルームで席替えを提案し、直ぐに採用されたのには驚いていた。
「コンコン」
マリヤが窓ガラスを叩く。
「どうしたの?」
銀髪少女の突飛な行動には慣れてしまっていた。
「昨日とは違っている」
そう言って、マリヤは明日花の貸してくれたノートに何やら記入を始めた。明日花の見たことのない文字だった。
「さて、教科書・ノートを机の中にしまえー! 筆記用具だけ出しておけー! 今からミニテストだ」
三波藤二が宣言し、教室内に不満の声が漏れる。
「またかよ!」
教卓前の佐冬浩一が叫ぶと、担任教師はその彼にテスト用紙を手渡した。
「亮輔……」
戻って来ない彼を心配し、教室後部の扉を見つめると――。
「ガラッ!」
勢いよく扉が開いて、亮輔は無言で自分の席に着く。
――午後二時五十分。
放課後。
「明日花、帰ろう」
彩里の作った弁当の風呂敷包みを持ったマリヤが急かす。今までは手ぶらだった彼女にも、やっと役割が分担される事となる。
「チョッと待っててね……」
ミニテストの結果、明日花は再テストを受けるべき低点数を叩き出していた。
担任教師から出された課題をこなすため、数学の教科書と参考書、ノートをカバンに忘れずに入れる。
「マリヤは何点だったんだ?」
「100点!」
早々と帰宅の準備を終えた亮輔が尋ねる。銀髪娘は瞬時に自慢げに答える。
「凄いな、俺でも92点が精々だ」
理数系に強い彼だったが、授業時間を不真面目に過ごしているマリヤの方が満点を取っていた。さすがは飛び級生徒――そう言うしかない。
「あんな問題は、基礎中の基礎……」
マリヤの言葉に居たたまれなくなる明日花。
気遣って点数を聞いて来ないのは救いだが、それでかえって傷ついてしまう。
授業時間中に、マリヤと解答用紙を交換して採点をした。教師が正答を読み上げる度に、赤い丸の付くマリヤの用紙。反対にバツ印が積み上がる明日花の答案。
「亮輔は今日もバイト?」
「あ、あぁ……」
今日も先に行ってしまう。最近は一緒に帰っていない――寂しいと思う明日花だった。
「任務ご苦労!」
マリヤが右手をあげて、労をねぎらい見送った。
「にんむ……」
苦笑いをして教室を出る亮輔だった。
「マリヤちゃん今日はどうするの?」
顔を上げて聞く。
「どうするとは?」
「真っ直ぐ家に帰るの? それとも、何処かに寄り道する? まだまだ買い揃える物もあるからね。日用品はスーパー・マーケットの方が安いのよ」
「寄り道は、良くないぞ」
昨日は亮輔に会いたいと言っていた少女。全くの気まぐれさんだ――明日花は呆れた表情を向ける。
「そうね、真っ直ぐにお家に帰りましょうね」
「そうだ! スーパー・マーケットに行きたい! ポテトチップスを買おう!」
言う度に、発言内容がコロコロと変わる。面食らってしまっていた。これは慣れることは無いな――明日花は諦める。
「そうね、スーパーギンヤに寄りましょうね。坂道を下った中学校の直ぐ隣なのよ。でも、インポートのポテチは置いてないかも……」
明日花の言葉に、マリヤは一瞬考える。
「サワークリーム&オニオンの味はあるのか?」
「多分、あると思うよ。マリヤちゃんはサワークリーム味が好きなのね」
「わあぃ! サワークリーム! マリヤ、サワークリーム好き!」
両手を上げて自分の好みを主張していた。
◆◇◆
――午後四時三分。
新美里駅、新幹線ホーム。
――新幹線。
美里市の中央を東西に貫く――交通の大動脈。
商業の中心施設は美里中央駅周辺に固まっているが、新幹線の開通と同時に新規に作られた絢爛豪華な高架の駅舎と大きな駅ビル。それらが、激しく自己を主張していた。市内の乗降客数の一位二位を両駅で争っている。
この地域には、市役所や市民ホール、県の出張所ビルなど真新しい建物が並んでいた。大企業の支店もビルのテナントに入っている。環状の幹線道路が平行に走り、交通量も多い。
美里市の政治・経済の新しい中心地だ。
真新しい駅。床に埋められたLEDの表示が光って、列車の到着を知らせる。
ゆっくりと新幹線の車両が進入してきた。流体力学の考慮された特徴的な先頭車両の先鋭的フォルムに、自然と目が行く。
ホームのグリーン車の停車位置。父、豪大の勤める警備会社の青色の制服が立ち並ぶ。
時計を見る亮輔。
ダイバーウォッチの秒針が頂点に差し掛かると同時に、車両が定位置に停止していた。
時刻表の通り、午後四時四分丁度に到着した。空気圧の音と共に扉が開く。
亮輔の任務は、美里市への来訪者を新幹線駅に出迎えることだった。ホームに大挙して並ぶのは、最重要な客人だと分かる。
しかし、この場所に隊長の紙屋豪大……亮輔の父親は姿を現さなかった。代理として、息子の彼が大任を任される事となる。
なかなか目的の人物は降りては来ない。グリーン車の車両も乗客は殆どいない。時間の為か乗降車する人物も少ない。
直ぐに姿が見えるはずだが……亮輔は内部をのぞきこむ。
その時、大きな影を乗降口に認める。
現れた銀髪の長身の女性が、前に向けた大きな緑色のキャリーバッグを降ろすのに苦心していた。
「お手伝いしろ!」
亮輔が叫び、屈強な体格の制服警備員が二人がかりでバッグを持ち上げ、運び出す。
「あなたが?」
右手を出し、長身の女性のサングラスの奧にある瞳を見つめる。
「いいえ」
女性は首を振る。
「やあ! 迎えの任務、ご苦労さん!」
女性の背後から現れたのは痩身の美少年だった。半袖・半ズボンの黒スーツ姿だ。白いシャツに青い蝶ネクタイをしている。
トンと軽くジャンプしてホームに降り立つ。その後、スーツ姿の女性の背中を掴んでいた。
「マリヤ?」
驚いた亮輔は、思わず言葉を漏らす。
その少年は、マリヤ・ドリナに瓜二つの容貌だった。




