#04「彼女と神のシステム」-2
そこで目を覚ます。
明日花の家のリビング天井を見つめる。夜が明けていた。部屋の中は明るい。壁に視線を移し、掛け時計を見る。
――午前七時十分。
今のは、夢だったのか? 枕の下に拳銃があった。安全装置が解除されてある。マリヤが深夜に訪れ、拳銃を構えた。その時のままだった。
「おーい! 亮輔!」
ドタドタと階段を駆け下りる音がして、マリヤがリビングに顔を出す。
上半身を起こしていた彼は、拳銃を布団の下に隠す。安全装置を掛けるのを忘れない。
「どうした? ところでお前、マリヤなのか?」
少女の顔を見る。昨夜のことは何も覚えていない感じだった。だが、確認の意味で尋ねる。
「マリヤはマリヤだ。それよりも亮輔、明日花が大変だ」
寝間着姿の少女が、亮輔の手を引っ張る。いつもの彼女だった。
「どう、大変なんだ?」
ゆっくりと立ち上がる。
「朝は、七時に起きると言われた。時間になっても明日花が来ない。起こしに行ったら、目を覚まさない」
「ああ……」
彼は面倒くさそうに答えて、ボリボリと頭を掻く。寝癖が出来ていると自覚する。
「大変だぞ、亮輔! ゆすっても、つねっても起きないんだ」
小さい頃から変わらないな――亮輔は背中に手を入れて掻いていた。コルセットをするようになって、蒸れるのだ。
「こうすれば、直ぐに起きるよ……」
マリヤに耳打ちする。少女はくすぐったそうにしていたが、笑顔になって二階の明日花の部屋へと走って行った。
「騒々しい娘だな」
亮輔はゆっくりと着替え始める。
明日花の寝起きの悪さは、小学校の頃と変わりは無いだろう。そして、弱点も――上半身裸になる亮輔は思う。
「キャアーーーー!!!!」
二階から、明日花の盛大な悲鳴が聞こえた。マリヤが言いつけ通りに実行したのだった。
その時には、亮輔は着替えを終えていた。制服の下にはコルセット兼の防弾ジャケットを着込み、拳銃のホルスターを両脇に下げる。
「マリヤちゃん!」
続いて叱責する声。
既定路線過ぎて、思わず欠伸の出る亮輔だった。リビングの窓ガラスに顔を写して、寝癖を直す。
庭先の木の枝にとまっていた小鳥が、驚いて飛び立っていた。
「亮輔、明日花がやっと起きたぞ!」
ニヤニヤと笑いながら、マリヤがリビングに入ってくる。
「もう! マリヤちゃんたら!」
淡い花柄のパジャマ姿で明日花が入ってきた。胸のボタンが二三個外されていた。マリヤの仕業だ。ノーブラの明日花の仄かな膨らみがバッチリと見えていた。
まだ寝ぼけ眼の彼女は、事態が飲み込めていない。
亮輔の視線に気が付いてはいるが、重大性が理解出来ていない。
「明日花、胸が見えてるぞ!」
ケラケラと笑うマリヤが指差した。
指摘された方は、見る見ると顔が赤くなる。
「亮輔!」
「イタッ!」
何故か、目撃者の彼がビンタされる。
「違うの! コレは違うのよ! マリヤちゃんが、私の脇の下をくすぐるの!」
するともう一度、マリヤの両手が明日花の脇腹に迫っていた。
「いくぞ!」
「キャア!」
「オイ! 二人共、早く着替えろ! 腹減った」
腹部を押さえる亮輔。空腹を主張していた。
――午前七時十五分
「三人とも、昨日の夜はどうだったの?」
亮輔の自宅。
妹の彩里がニコニコと笑いながら尋ねる。機嫌が良さそうだ。
明日花は耳まで顔が赤くなっていた。
「良かったわね。明日花さん……」
彩里は何か勘違いをしている――否定したいのだが、相手はキッチンにとっとと引っ込んでしまった。
そして――。
「イイ匂い!」
食卓では、子供用の椅子に座るマリヤが言った。彩里が幼稚園の頃に使った品だ――亮輔と明日花は思い出していた。
「今日の朝食はカレーよ」
彩里が運び、食卓の中央には白いホーロー引きの鍋が鎮座する。そして、お皿にご飯をよそい始める彩里だった。男用は大皿に大盛りに盛られている。
「朝からカレーかよ……」
「昨日作ったけど、亮輔……、亮輔お兄ちゃんが居なかったから大量に余ったの!」
少しむくれて妹は言った。紙屋家では、カレーが朝食で出てくることは良くあった――明日花は普段と違う彼の妹を見る。
今朝は、微妙に家の空気が違うと感じ取っていた。珍客のマリヤだけの所為では無さそうだ。先ほども、兄を呼び捨てにしようとしていた。
「サラダも食べるのよ」
彩里がマリヤの頭を軽くポンポンと叩くが、叩かれた方は少し嫌がった表情をする。
やはり外国人は、頭を触られるのを嫌うのか――明日花は納得した。
「おかわり」
短く言って、豪大が大皿を突き出す。いつもの様に明日花が受け取ろうとすると、彩里がひったくるようにして奪い、ご飯を盛りつけていた。
「父と娘……仲が良いな」
高い椅子で足をプラプラと揺らしながらマリヤが言った。
後ろ姿の彩里の、耳が赤くなった。
「おかわり!」
今度は明日花が亮輔の皿を受け取り、ご飯をよそいに行く。
――午前八時二分。
「おはよ! 彩里!」
四人が玄関を出ると、彩里の同級生の佐冬三鈴が声を掛けて来た。
「どしたの? 三鈴ちん……」
「えへへ、仲の良いお二人を参考にしようかなと……あ、風呂敷持つね」
学生カバンを前に持った彼女は、亮輔と明日花とを変わり代わりに見る。そして、お重の入った重い風呂敷包みを右手で受け取る。
「参考にはならんぞ」
マリヤはそう言って、とっとと先を歩き出した。今日もお気楽な手ぶら姿だ。
「待って、マリヤちゃん」
明日花が追いかけ、その横に亮輔が寄り添う。彩里が後ろに続き、その隣を三鈴が歩く。変則だが、明日花警護のフォーメーションが出来上がっていた。
紙屋家、二階の窓から豪大が外を見る。トランシーバーを使い、外部と交信をする。
ゴミ収集車がゆっくりと進み、五人の後ろを続く。
――その時だった。
「パン!」
乾いた音が遠くから聞こえた。明日花は音のした方向に振り返る。
瞬時に、隣の亮輔が明日花に抱きついて来た。
「え?」
突然の抱擁にも喜ぶ暇など無い。
目の前。1メートル真後ろを歩いていた佐冬三鈴の頭部が飛び散った。血液と脳漿が明日花の顔に掛かる。
何事が起こったのか、全く把握出来なかった。
「伏せろ!」
彼にアスファルト道路に押し倒される。ゴチンと路面に側頭部をぶつけ、痛みに目をシバシバさせる。
「なに?」
呆けた顔を起こすと――。
「ドシャリ」
頭部が消し飛んだ三鈴が、支えを無くした……糸の切れたマリオネットのように、その足元に崩れ落ちる。風呂敷包みが坂道を転がり、中身を周囲に散乱させた。
「何が起こったの?」
状況の理解出来ない明日花。顔の滑りを手で拭うと、手のひらに付いたのは血液と脳みそと頭蓋骨の破片だった。三鈴の髪の毛も貼り付いている。
「ヒ……」
悲鳴をあげようと、息をのんだ時――。
「狙撃手を、美里タワー屋上に確認!」
姿勢を低くして彩里が叫ぶ。狙撃手? 美里タワー屋上? 何もかもが、理解出来ない。
彩里の右耳にイヤーレシーバーが確認出来た。どこかと通信を行っているのだ。
「至急、美里タワーに急行するんだ! 狙撃手を確保しろ! 抵抗するなら、問答無用で射殺しろ!」
明日花に覆い被さる亮輔が右手に拳銃――ワルサーP99を持ち、左手に持った携帯電話に叫んでいた。
「わたしが狙う!」
歩道にうつぶせとなった彩里。今日はカバンと一緒に持って来ていたバイオリンケースを開け、あっという間に狙撃銃を組み立てた。スコープをセットし、ガードレールを遮蔽物として、美里タワーの頂点に照準を合わせる。
「ガードを! 対象を安全な場所へ移動させろ!」
亮輔が叫ぶと、水色の作業服を着た四人の清掃員が、急ぎ駆け寄る。美里市清掃局の制服だ。
「何?」
驚愕の表情の明日花を両脇から抱えて、清掃車の助手席に押し込む。急ぎ乗り込んだ運転手が、Uターンして車の向きを変える。軽機関銃を構えた三人の作業員が後ろに続く。
その途端、ゴミ収集車が狙撃された。運転席のガラス窓に銃弾が当たるが、強力な防弾性能で弾かれる。
「バン!」
――近くで、銃声。
彩里は道路に伏せて、狙撃銃・ワルサーWA2000で美里タワーの一画を狙撃した。
「排除成功!」
明日花は、動き出した車の助手席窓から彩里を見下ろしていた。任務成功に、小さくガッツポーズをする亮輔の妹。親友の仇を討ったのだ。
「早く待避するんだ! このまま対象自宅まで引き返せ!」
助手席外側の大きなミラーに、清掃車の後部に取り付く亮輔が確認出来た。
「合流する」
そう言って立ち上がった彩里。
――が、胸を押さえて倒れ込む。
銃を落とし、彼女自身は坂道を転がって行く。
「いやあー!」
明日花が叫び、車が停止する。
「彩里!」
兄は咄嗟に飛び降りて、妹の元に走り寄る。
「背後にも狙撃手!」
事切れた妹を抱きかかえた亮輔が、美里ヶ丘高校の方向を見上げる。明日花警護の拠点の一つである場所に、賊の侵入を許してしまったのだ。悔恨の表情を浮かべる兄だった。
「亮輔!」
助手席のガラス窓に顔を押しつけ、明日花が叫ぶ。
二人の目線が交差した後に、彼の側頭部に銃弾が着弾する。
「あはははは…………」
亮輔の血を浴びて、髪の毛が真っ赤に染まるマリヤ。狂気じみた笑い声を辺りに響かせていた。
「りょ……」
再び彼の名前を呼ぼうとして、現実に引き戻される。
「呼んだか?」
隣を歩く彼が聞いてくる。
「どした?」
先を歩いていたマリヤは歩みを止め、振り返る。歩道に描かれた白線から落ちないようにと、両手でバランスを取りながら慎重に歩いていた。
「ううん。何でもないの……」
いつもの白日夢なのか? 最近はその回数も多くなった。今朝は妙にリアルだった。
振り返る。
彩里と三鈴は、仲よさそうに会話を続けていた。
「どうしました?」
三鈴にも尋ねられ、明日花はぎこちなく笑みを返す。
「何でもない……」
そう言って、自分の左側頭部に手をやる。痛みを感じ、顔をしかめる。確かに道路に打ち付けた時の感触が残っているのだ。
五人は学校に到着する。その後ろからゴミ収集車が続き、学校の敷地内に入って行った。




