#03「人に言えない僕のバイト」-3
◆◇◆
――午後三時五十分。
美里モール、地下三階。
従業員専用と表記されたエレベーターから出てきた紙屋亮輔は、地下三階の広大なスペースに並ぶ、多種多様の制服の一団の最後部に立つ。
全くもって珍妙な光景だった。男女のみならず、様々な年代の人々が集う。
先頭には豪大の勤める警備会社の制服グループがいた。二年三組の担任、三波藤二も前列にいた。白いエプロン姿の美里ヶ丘高校の購買の販売員も中程にいる。
当然の如く、美里ヶ丘高校の各学年の男女の生徒も数名いる。彩里の友人、佐冬三鈴も並んでいた。
最後部に並ぶのは、美里モールの従業員の制服だ。亮輔のバイトするフードコートのチーフも、恐縮した表情で立つ。
「隊員諸君! 隊長に敬礼!」
マイクを持った三波藤二が一同に命令する。亮輔の父親、紙屋豪大が最前列のマイクスタンド前に立つ。
隊員たちは、揃いの動作で敬礼をした。
豪大は居並ぶ人々を見渡し、一拍開けて話し出す。
「……皆さん! 我々の組織は現在、危機的状況にあります。多数の裏切り者の発覚と、その処分……。そのため大きなダメージを受けて、組織全体の抜本的な立て直しが必要となりました」
「処分」の言葉を聞き、最後部に立つ亮輔は父親を睨む。父は目線を合わせない。冷戦の状態は今も続いている。
「本部は危機的な事態を正確に認識し、多くの人員の増強を決定しました。皆さんには、今しばらくの我慢をお願いしたい。さて、現在の対象の状況はこうです!」
豪大が合図すると、このフロアの前方にある大型スクリーンに映像が投影される。映るのは、黒いセーラー服を着る石波良明日花のライブ画像だった。
対象とは明日花の事。
美里モールの二階入り口に直結する、美里中央駅のペデストリアンデッキ。大手アイスチェーン店の店舗で、五歳年下の同級生にアイスクリームを買い与える場面だった。
マリヤはチョコミントとチョコクッキーの乗ったコーンのアイスを食べている。
美里市の各所に配置された監視カメラが、明日花の姿を追う。モール入口の、店内の、駅の、バス乗り場への階段の、全てのカメラが明日花にピントを合わせる。
四分割された映像が流される。
「親父!」
亮輔が右手を挙げて、父親に対して意見を述べようとした。
「隊長と呼べ!」
低い声で一喝されて、亮輔は再度切り出す。
「隊長! あの少女の正体は何だ! 何者だ? 何の目的があって明日花に近づく」
大声で聞く。
「本部から派遣されたのだ。対象の身辺警護が役目。わし……わたしも、それしか聞かされていない」
自分の人称を言い直す豪大だった。
「ああ、そうだ亮輔、お前に命令を下す。今日の夜、お前は石波良明日花の家に泊まれ。マリヤ・ドリナの目的を探るんだ。その正体もだ。本部が今になって彼女を派遣した真意を探り出せ」
「え?」
亮輔は呆けた表情を父親に向けた。
「ここで、明日花さんと一気に親密になるんだ。なんなら、性的関係を結んでも構わないと思ってる」
「な、何を言ってる! お、親父……」
この場所には大勢の人間がいる。半分は女性だ。亮輔と同じ高校の生徒もいる。同級生もいる。
取り乱す亮輔。
映像はマリヤが美里モールの大きな入り口をくぐる場面だった。急ぎ後ろから追いかける明日花。
「一同、配置に付け!」
「ハイ!」
豪大が号令し、返事が返る。隊員たちは駆け足で移動を始めた。亮輔も例外ではない。いや、亮輔が一番急がなくてはならない。
「明日花の家に泊まるんだって……? どう、理由を付ける……」
ブツブツ言いながら、エレベーターへと最後に乗り込む。
◆◇◆
――午後四時十分。
美里モール、二階フロア。
「待って、マリヤちゃん。あんまり急ぐと転ぶわよ」
店内でアイスを頬張り、早足で移動する銀髪の美少女を追いかけていた。少女の方は大股で、しなやかな足の運びだ。
反対に、追いかける明日花が、カーペットの継ぎ目でつまずきそうになる。
「下着売り場はこっち?」
勝手に一人で進んでしまう。
亮輔に会いたいと急に言い出したのには、面食らってしまっていた。しかし、マリヤが身の回りの品物を一つも持ってないので、思い直す。
パジャマを始め、明日花の子供の頃の服がタンスの奧にしまってある。他の服も、明日花が着られなくなって、そのままのものが沢山ある。
問題は下着だった。古い物は処分したし、今の明日花の下着ではサイズ的に無理だ。マリヤの細い胸と腰を見る。
――午後四時四十分。
美里モール、一階フードコート。
「オーイ! 亮輔!」
空いている店内。「指定席」と書かれた席に座るマリヤは、手を挙げて店員を呼びつける。
「ハイ。何でしょうか、お嬢さま」
少女の席の前で傅いて畏まる。
「亮輔、やめて……」
客は少ないが、何事かとのぞき込んでいた。明日花は必死に彼の行為を止めさせる。
「あ、そうだ明日花さ」
してやったりの表情の亮輔が切り出す。
「なになに?」
聞くのはマリヤだった。その言葉を無視して亮輔は続ける。
「今晩、お前ん家に泊まってもいいかな? まったくの突然だけど……」
「え? え? え?」
明日花は狼狽する。その様子が可笑しいのか、ハニーポップコーンを頬張っていたマリヤが、体を揺らしコロコロと笑い出す。
笑う度に、手に持ったカップからポロポロと菓子が溢れ出していた。
「どうして? 亮輔……」
テーブルの上に落ちたスナック菓子を二三個口に運びながら尋ねる。
「子供の頃は、よく泊まりに行っただろ。いや、珍客の乱入で苦労してると思ったから、応援したい、手助けをしたい」
亮輔の笑顔が眩しいと感じていた。
一方、彼の方はヤケクソで出任せを口にしていた。こうなれば、恥ずかしがる方が負けだ――亮輔は感じていた。押しに弱い明日花の性格を良く知っている。
「う、うん。アリガト……」
感謝の言葉を述べて、顔を赤らめる。
「ふーん」
二人の様子を他人事のように眺める珍客だった。
「今日のバイトは五時で上がりだから、夕食でも買い込んで帰ろう。ここで待ってろ」
亮輔に言われて、黙ってうなずく明日花。笑顔が輝いていた。
――午後五時五分。
美里モール、地下一階食品売り場。
「これがいい」
ショッピングカートにマリヤが放り込んだのは、輸入物のポテトチップスの大袋だった。サワークリームオニオンと種別が確認出来る。
少女の体の半分ほどの大きさがあった。
「マリヤちゃん、一人で全部食べられるの?」
聞かれると、首をブンブンと振る。
「何でも欲しい物を買ってやるよ。バイト代が入ったからな」
大きなカートを押す亮輔が答える。引っ越ししてきた新しい居候のために下着を買い揃えたので、財布の中が寂しくなっていた明日花は正直ホッとする。
「本当?」
「ダメよ、必要な物を最低限ね」
明日花は銀髪の少女に釘を刺していた。インポートのお菓子コーナーは早く立ち去ろう――彼女は決める。
「今日の夜は、マリヤちゃんの簡単な歓迎会をしましょう」
明日花は亮輔の隣に立ち、カートの進行方向を総菜売り場へと誘導する。その時、反対から歩いてきた老婦人と目が合い、会釈する。相手は微笑みを湛えたままだった。
制服姿の男女が仲良く一緒にカートを押す姿は、他人からは高校生カップルにしか見えないのだろう――彼女は顔を赤らめる。
「これ」
主賓が指定したのは、揚げたてのコロッケだった。
「揚げ物なら、彩里が作ってくれるぞ」
「ううん。今日は買った品で済ませましょう。学校の購買でパンも購入したし……」
彩里を家に上げたくない。明日花の断固たる強い思いだった。
「そうか?」
「マリヤちゃん、コロッケ食べる?」
「コロッケ食べる。その隣も食べる」
幼い子供の相手するように、少女に尋ねていた。少女も、幼子のように答える。
「あれも」
コロッケとメンチカツを購入する間に、銀髪の気まぐれ天使は中華料理の並ぶショーケースに貼り付いた。目を輝かせる。
「中華かぁー?」
亮輔が尋ねると、銀色の髪の毛を揺らして肯定する。
「彩里には中華料理はレパートリーにないから、良いかもしれんな。酢豚? 肉団子?」
「これは?」
シューマイを指差していた。
「シューマイならいつでも食えるだろ。別なヤツでもいいぞ」
「シューマイがいい。あとコレ」
「あ、シューマイ下さい。あと、エビチリも……」
明日花はマリヤが指差す物を次々と購入していく。カートに料理が積み上がっていた。
最後にレジでまとめて精算する。
「七千八百二十三円です……」
店員の言葉。
亮輔の表情が少しだけ変わったのを見逃さない。料金を持つとは言ったが、ここまでとは思わなかったらしい。
「亮輔がお父さんで、明日花がお母さん……」
辺りはすっかりと暗くなっていた。
美里モールの看板の掲げられた外灯。
帰りの道すがら、美里モールのシールが貼られたポテトチップスの大きな袋を胸の前で大事そうに抱えるマリヤ。
亮輔と明日花も両手に一杯の白いビニール袋を持つ。
「何だ、俺が父さんか?」
「そう、明日花の望み……」
「…………」
亮輔と並んで歩く明日花の顔が耳まで赤くなった。
「もうすぐ着く」
マリヤは、坂の上に見えてきた明日花の家を指差して言った。外灯に照らされて、その場所だけ明るくなっている。
手前にある亮輔の家も、一階のリビングに明かりが点っていた。
少女は駆け出していく。
◆◇◆
――午後八時三十八分。
紙屋家、浴室。
「打ったー! センター前ヒット!! 一塁ランナーは二塁ベースを蹴って、一気に三塁へ! ヒットエンドラン成功! ノーアウト、一塁三塁でーす!」
浴室に防水ラジオを持ち込み、贔屓チームのチャンスに小さくガッツポーズした紙屋豪大は、大きな体を小さな湯船に沈める。
大量の湯が流れ出ていった。
「お父さーん! 洗濯した浴衣、置いとくよー!」
「ああ!」
浴室の入り口で娘の彩里が叫ぶ。豪大は大きく返事をして、浴槽のお湯で顔を洗う。
「お兄ちゃんは直接、明日花さんの家に行ったのね」
「ああ……」
今度は小さく返事して、湯船の外で手鼻をかみ排水溝へと流す。
すると、浴室のガラス戸に肌色の人影が見えた。
「ガチャリ」
戸が開き入ってきたのは、全裸の彩里だった。少しも隠そうとはしてない。
僅かな膨らみの胸。そして、細い腰。綺麗で長い足。頭には白いタオルを巻いている。
「あ、彩里!」
驚いて、声をあげる豪大。
「アナタ、わたしよ……」
片膝を付いて、肩から掛かり湯をした彩里は、右足から湯船の小さな隙間に入り込む。
「お、お前か……」
豪大は左手を伸ばしてラジオのボリュームを小さくする。
「亮輔がいないから……今晩は……久しぶりに、ね」
「あぁ」
豪大の胸に抱かれる形となっていた彩里はクルリと向きを変える。
「その前に、ちゃんと髭を剃りなさい……」
「あぁ……」
豪大の左頬を右手で撫でて、自分の方から濃厚なキスをする彩里だった。




