師
書きだめが消えましたね。
取りあえず、どうぞ。
「なんでこんなに帰ってくるのが遅いんですか!?泊まりになるなんて聞いてません!」
地霊殿にさとりの怒号が響く。これまであまり感情を表に出してこなかった(出せなかったと言うべきか)さとりだが京真が来てから毎日が非日常であり、感情が表に出てしまっていた。そして、京真との生活はまだ日が浅いがさもそれが当然かのように過ごしてきた。しかしどうだろうか。この二日間、京真がいない今までの日常にに戻っただけでこれほどまでの憤りを感じるとは。
「いやぁ、これにも色々と訳があるんですよ・・・」
「いいでしょう!話してみなさい!この二日間どこで誰と何をしていたかを!」
地上での出来事。
地上が紅い霧に覆われていたこと。
偶然にも天界に行ってしまったこと。
そして”比那名居天子”という自分と似たような境遇を生きてきた少女と出会ったこと。
紅霧が人体に悪影響を及ぼすこと。
紅霧の発生源である紅魔館の門番に返り討ちにされたこと。
自分の代わりに博麗の巫女である”博麗霊夢”とその友人である魔女”霧雨魔理沙”が異変解決に行ってくれたこと。
門番との戦いでの傷を癒す途中に”ルーミア”と名乗る妖怪に捕食されそうになったこと。
これらのことを全て包み隠さず話す。
途中、門番との戦闘、ルーミアとの戦闘の話の時さとりが心底心配したような顔で京真を見つめていた。
そして話終わった後には京真のほうに近づき傷の方がどの程度のものかをしきりに気にしていた。
「まぁ、帰り道で何度か立ちくらみがあったけど問題ないよ。」
「じゃ、早く休んでください!」
「・・・えー」
さとりの方はやはりどうしても感情的になってしまう。
これは京真を思っての行動ということは京真本人もよく分かっている。
「けど、キョーマが帰ってくるなり叱りだすお姉ちゃんもお姉ちゃんだけどねー。キョーマが怪我してるのは見れば一目瞭然だったしね」
「それは!!・・・・・もう私は休みます!あなた達も早く休みなさい!」
部屋を出て、勢い良く扉を閉める。
瞬間、部屋に取り残された京真、こいし、空、燐を沈黙が包むが、それを空が破る。
「キョーマ?あのね、さとり様は怒りたくて怒ってる訳じゃないと思うから、キョーマも悪く思わないでね。・・・お燐、行こう?」
「おう、大丈夫。それは十分に分かってるから」
「ならちゃんと話をつけるんだよ?じゃあ、お空、行こう。こいし様もおやすみなさい」
空、燐も部屋から出ていく。当然、部屋に残ったのは京真とこいしだけだ。
こいしは部屋を出ていこうとはせず、ただ京真のまわりをウロウロするだけであったが、すぐに京真の前で立ち止まった。
「キョーマ。お姉ちゃん、泣いてたよ。自分のことが気に入らなくてここから出て行っちゃったんじゃないかって。それでこの二日間、睡眠も食事もろくに取ってないよ。だからキョーマ・・・男をみせろー」
内容を見ればいいことを言っているのだがこいしが言うとどうしてもフワフワと浮いてしまう。しかし、今の京真には事実さえ分かればよかった。”自分のせいで友達が涙を流した”という事実さえ分かれば。
「・・・ありがとう、こいし。じゃ、行ってきます」
「はーい、いってら~。今度地獄街道でどらやき買ってね~」
そんなゆるゆるフワフワした声援を背中に京真はキッチンに向かった。
こいしが言うにさとりはこの二日間食事をほとんど取ってないと言う。
流石に食事なしはいくら妖怪といえども辛いものがあるだろう。そう思い京真は簡単に野菜炒めを作ることにした。
油をひき、まず人参から、そしてさとりが嫌いなピーマン、最後にキャベツ。ごく単純は野菜炒めだ。しかし量は3人前ほどある。
そして冷めないうちにさとりの元へ急ぐ。
「さとり?入ってもいいか?」
さとりの部屋の前でノックは欠かせない。これは過去の経験から言えることで、ノックをしなかったことでさとりのサービスシーンをすでに2回見ている。
「ちょ!ちょっと待ってください!すぐに終わります!」
今回は未然に防ぐことができたようだ。サービスシーンをみた後に一番辛いのは他の住人に白い目で見られることであった。
「もう、大丈夫です!どうぞ!」
「んじゃ、入るぞー」
部屋にはいると寝間着に着替えたさとりがベットに腰掛けていた。
急いで着替えたのか少し汗ばんでいるのが分かる。
「何か用ですか?・・・あと、その野菜炒め・・・」
「こいしから二日間ほとんど食べてないって聞いたからさ、少しでも食べてもらおうと」
とても物欲しそうに野菜炒めを見つめるさとりに野菜炒めを手渡す。
最初は野菜炒めを見つめるだけのさとりであったがすぐにキャベツを箸でつまんで食べだした。
「・・・・おいしい。・・・あ、ピーマン・・・」
一口一口、キャベツを一切れ一切れ食べ、人参を一切れ一切れ食べ、ピーマンを一切れ一切れ取り除いていく。
「・・・さとり、食べながらでいいから聞いてほしい。・・・俺はこの地霊殿のみんなを家族と思ってる。これは俺の一方的な思いかもしれない。出会って少ししか経ってないし、ただの自惚れなのかもしれない。けど、生まれてからこんなに他人と家族みたいな生活をしたのは初めてなんだよ。だからこれからもここに住んでいたいし、死ぬときもみんなに看取られて死んでいきたい。そう思ってる。それと、さとりには一番感謝してる。さとりのおかげで生活する場所に困らなかったし、さとりのおかげでたくさん友達ができた。だから、俺はここから出ていったりしない。そういう契約だったろ?」
京真の話を聞いている間、自然とさとりの箸の動きが止まっていた。
空の言っていたとおり、さとりは怒りたくて怒っていたわけではない。むしろ、怒りなんていうものは微塵もなかった。代わりにあったものは”不安”。
京真が地霊殿に帰ってきてからも不安は消えなかった。
仕方なく帰ってきただけで本当はすぐにでも出ていきたいんじゃないか。
またすぐに出ていって、もう帰ってこなくなってしまうのではないか。
そんな不安である。
しかし、京真はさとり達のことを”家族”と言ってくれた。それだけでいままでの不安が一掃される。
「・・・私達も、少なくとも私は、京真のことを”家族”と思っています。それと私も京真に感謝してますよ。京真がここにくる前は地底の方からはいい感情を向けられることは全くと言っていいほどありませんでした。けれど、京真がある人と友人関係を持って、そして京真を通じてその人と知り合うことによって友人になれた人も今ではたくさんいます。そのおかげで街道をひとりで歩くこともできます。京真が教えてくれたことなんですよ?こんなにも簡単に友人は出来ることと、その友人と一緒に過ごすときの安らぎを。京真のおかげで私の周りの世界が変わったんです」
500年近く生きてきたさとりの外見はまだ少し子供のあどけなさが残っているぐらいの中学生と言ったところである。
その外見相応の笑顔で語るさとり。
この姿を見て安心する。
”もう大丈夫だ”と。しかし、
「じゃ、もう休むから、さとりもよく寝ろよ。全然寝てないんだろ?」
「あ、ちょっと待ってください。一つ聞きたいことが」
「どした?」
「地上で知り合った方々、特に天界に住む”比那名居天子”という方とは何もなかったんですよね?」
先ほどまでの微笑みから打って変わり、少し黒い笑顔になる。これは妖力でのプレッシャーだろうか。京真のこめかみあたりに汗が流れる。
「・・・・友達になっただけですよ?」
「・・・そうですか。ならいいです。おやすみなさい」
「お、おう。おやすみ・・・」
500年近く生きる妖怪。
15年ほどしか生きていない京真とは何倍もの妖力の違いがある。
京真は部屋から出るとすぐに布団の中に潜り込んだ。
翌日、珍しく5人全員が揃った朝食。
「見て!キョーマ!私目玉焼き作れるようになったよ!」
「・・・お空?目玉焼きは黄身を潰したら駄目ってこの前言ったろ?」
「うにゅ?そうだったっけ?」
「けど、味はおいしいよ、ね?お姉ちゃん、お燐?」
「そうね、京真が作ったものには劣るけど、おいしいわ。お空、すごいわね」
「ぐぬぬ・・・、同じペットのお空に出来て私に出来ないなんて・・・。キョーマ!今度私にも教えて!」
「・・・・了解した」
血がつながっているのはこいしとさとりだけだがこうして見るとまるで本当の家族にように見える。
「みんなに聞きたいことがあるんだけど・・・いいか?」
京真のこの一言で場にシリアスな雰囲気が流れる。
しかし、京真が流すシリアスなどなんてことはない、と言わんばかりにこいしが発言する。
「どーせ、キョーマのことだから”このところ負け続けで悔しい。だからこの地底で一番強い人に修行をつけてもらいたい。お前ら、地底で一番強い奴を教えろ”って言いたいんでしょ?」
「こいし・・・心は読めなかったんじゃないのか?」
こいしの言ったことは完全に京真の考えと一致していた。
勇儀、紅魔館の門番、ルーミア。この3人との戦いは全て敗れている。当然と言えば、当然であろう。京真はまだ妖力の使い方もままならない弱小妖怪なのだから。
だが、男のプライドがそれをよしとするはずがない。ここまで戦ってきた者達は全員女性だ。女性に戦いで敗れるなど、京真の中ではあってはならないことなのだ。
そしてこの時京真はこいしに対してある意味感心していたが、ここで終わらせてくれないのがこいしである。
いつものように爆弾を投下した。
「読めないよ?・・・けど・・あの夜から京真と私は一心同体だから・・・」
「京真ぁぁぁぁ!!!」
「こいし様!京真と何したんですか?私も京真と一心同体になりたいです!」
無意識からくる猥談。京真からすると一番厄介なものである。
さとりと空がその話を鵜呑みにしてしまうからだ。これほど厄介なことがあるだろうか。
しかし地霊殿には凄腕のツッコミ役がいた。
「いや、さとり様もいい加減学習しましょうよ?お空も。京真とこいし様は何もしてないし、間違っても一心同体になっちゃ駄目。あと、こいし様も話を卑猥なものに持っていくのはやめてくださいね。結構京真のこれからが決まる話なんですから。・・・じゃあ、京真、話をどうぞ」
燐である。
本来ならば、さとりもツッコミに入るのであろうが京真関連になると完全に恋する乙女一直線になるので自己抑制が出来なくなってしまう。そこで燐の存在が重要となってくる。
燐がさとり、こいし、空を止めてくれたことで本来の話題に戻すことができた。
「ああ、ありがとう、お燐。・・・それで聞きたいのはこいしが言ってくれた通り、この地底で一番強い人を教えてほしい。俺が予想するに地上ではまた紅い霧みたいな異変が起こると思うんだ。・・・だって、俺みたいに外で住めなくなった妖怪がどんどん入ってくるわけだろ?それなら幻想郷を支配しようと思う奴がいてもおかしくないし、支配じゃなくても今回みたいに人間たちに害を及ぼすような奴らが来てもおかしくはない。それに、異変が起こったときに地底にまで影響が及んでみんなが傷ついたりするのが嫌なんだよ。だから何も起こってない内に少しでも戦えるようになっておきたい。・・・頼む、教えてくれ」
京真が一番恐れていることは地上の人間に害が及ぶことでも地底に影響が及ぶことでもない。
家族のような存在の地霊殿の住人に害または何らかの影響が及ぶことだ。
外の世界では胸を張って家族と呼べる存在がいなかった。そのせいもあり、京真は地霊殿の住人だけは絶対に何があっても手放すまいと決心していた。
「・・・地底で一番なら鬼の大将で、”鬼神”称される、”鬼追七夕<きおいたなばた>”でしょう。ですが、京真、あなたと鬼神ではあなたの体が持ちません。ですので、紹介することはできませんね」
「でも、やってみなきゃ分から「いえ、絶対に耐えきれないでしょうね」・・・じゃあ、どうしろって言うんだよ」
5人を沈黙が包む。
京真とさとりがにらみ合い、燐が目を伏せ、空とこいしが何が起こっているか分からないような顔をする。
「・・・はぁ。京真。あなたは私に友人を頼れと言いましたよね?それなのにあなた自身は友人に頼ろうとはしないんですか?」
「・・・どういうことだ?」
「いるでしょう?あなたの友人で、あなたを負かし、申し分ない実力がある者が」
京真は瞬間、考えを巡らせる。そして頭に浮かんだのは自分を負かした人物で友人となった唯一の存在。
「勇儀さんか・・・!!」
「おおー、なるほどー!勇儀なら教えてくれそうだね!キョーマのこと気に入ってたしね」
こいしが感嘆の声をあげる。空と燐もなるほど、と言いそうな顔をしている。
「はい。勇儀なら加減も忘れないでしょうし、死ぬことはないでしょうね。・・・では、朝食が終わり、準備が出来次第、勇儀の元へ向かいましょうか」
京真のこれからが決まった。