記憶の中の他人 -記憶庁捜査官アオイの初任務①-
記憶庁第七捜査課の廊下は、無音だった。
足音すら吸い込む床材。壁に並ぶ抽象画は全て"記憶の視覚化"だと聞いていたが、壁の白さも相まってアオイにはただの歪んだ色の塊にしか見えなかった。
「緊張してる?」
隣を歩くミナト指導官が、ふと問いかけてくる。
白髪まじりの髪を後ろで束ねたその姿は、どこか無機質で、記憶庁の空気に馴染みすぎていた。
「少しだけ。でも、準備はできています」
「なら大丈夫。初任務は"破産者"の定期監査」
「肩の力を抜いて訓練通りにすれば問題ないよ」
ミナトが手渡した端末にはら監査対象の情報が表示されていた。
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対象者名:ナカムラ セイジ
年齢:52歳
職業:記憶清掃員(退職済)
記憶売却履歴:計1284件(感情記憶:812件、技能記憶:472件)
診断:中等度記憶破産症候群(MDS-2)
現在:国家記憶庁保護施設「第六記憶静養所」入所中
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「千件超え、、、」
「もはや"自分"が残っているかどうかも怪しいな。
記憶清掃員は、廃棄記憶に触れる機会が多い。混入や汚染の リスクも高い。」
アオイは頷きながら、端末を閉じた。
記憶破産者の存在は、アカデミアで何度も学んだ。だが、
実際に対面するのは初めてだ。




