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元勇者、我が子と国道沿いをうろつく  作者: ---


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第8話 光る髭と真夜中の冒険

 時刻はもうとっくに深夜帯だ。

 街明かりが消え、信号の光と大型トラックのライトがまぶしく光る国道を、銀色の軽自動車が走った。


「ずいぶん遅くなっちまった。

 この時間帯はネカフェコンビニパチンコ屋と、あとコインランドリーくらいしかあいてないなあ~」


 運転席には番場、助手席には轟剛三郎が座っており、後部座席にはケニー君とアンジェリカが並んで座っている。

 全員がなんとなく黙り込んでいる車内に、ピピピ、というスマホの通知音が響いた。


「……おい。轟」

「うん?」

「電話がきてるじゃねえか。出ろよ」

「ええ? ……ああー。会社からじゃ」

「一日無断欠勤したってことになってるもんなお前。

 業種的に激詰げきづめ間違いなしだろ……って、あああっ!

 切った!! コイツ電話を切りやがった!!」

「会社からの連絡など、ブッチンじゃ!」

「なにやってんだよ、もう立派な中年だろうがお前はよお~」

「いやだって、ワシがワシだって証明するのとかどうすればいいんじゃ?

 客観的に見て、ワシは異世界トリップとタイムトリップと異世界の食糧事情のせいでめちゃめちゃに老けていて、どうしたって25歳の轟剛三郎とは似ても似つかんジジイになっとるんじゃぞ?」

「まあそりゃそうだけれどもよ~」


 車内が騒がしくなる一方で、街の明かりはほぼ消えていた。

 街が深い眠りについている一方で、国道はむしろこの時間こそが忙しいようで、軽自動車の周囲は大型トラックの姿が目立っている。


(……あらまあ。あのトラックとかいう乗り物、魔物討伐(とうばつ)の視察で見たグリフォンよりも大きいですわ……)


 と、アンジェリカは軽自動車の隣を走る大型トラックを見て素直に感心したが、すぐに慌てた風に首を振る。


(────のんきに異世界の感傷にひたっているヒマはありませんわ!

 このままではわたくしたち……デスの危険があるのですから!!)


 アンジェリカは後部座席の隣に座っているケニー君をギッとにらんだ。

 彼女の視線を受けて、ケニー君は恥ずかしそうに微笑む。

 イケメンの微笑である。年頃のアンジェリカにとってはなんとも目の保養になる光景だが、しかし、ケニー君のこの様子さえもアンジェリカにとっては怪しく見えた。


(……ケニー君ってば、さっきから窓の外の異世界の様子をほとんど見ていないわ……。

「人生は冒険だ!」ってしょっちゅう言ってる冒険狂いのケニー君が、冒険に興味を示さないなんて。

 やはり何者かがケニー君に成り代わっているか、ケニー君が何者かによって操られているかしているのではないかしら……)


 アンジェリカは何とかしてケニー君から情報を引き出そうと考えたが、気の利いた質問は何も思いつけやしなかった。


 軽自動車はあっさりと轟剛三郎の住宅に到着する。

 国道沿いの団地……。

 裏手に一列だけ平面駐車場があるタイプの、かなり古い五階建ての建物だった。

 ベニヤ版でふさがれている窓があったり、カーテンが付いていない部屋もかなりあったりして、人の気配が全然しない部屋もあるが、クリスマスイルミネーションらしきものを窓やベランダにつけている部屋もあるので、どうやら完全に無人というわけでもないらしい。


「そんじゃあな~。また様子を見にくるぜ。

 轟、お前は車を運転するんじゃねえぞ~」


 笑顔で手を振った後、徒歩でファミレス方面へと消えていく番場烈……。

 ……。

 ……。……そう、彼はもともと、ファミレスに自分の車で来ていたのだ。

 それなのに轟剛三郎を心配して、轟剛三郎の車を運転してここまでの長旅に付き合っていたのである。


「番場さんは、面倒見の良い方でしたわね。お父様」

「優しい奴なんじゃよな。

 アイツと一緒に遊び惚けていたらなんかアイツだけ人生が助かって、ワシは天涯孤独のブラック企業勤めになっていた……その辺を申し訳なく思っているのかもしれん」


 三人は団地の階段をのぼる。


「……なあ。アンジェリカよ……」

「なんですの? お父様」

「もし……もしなんだがな。

 もしアンジェリカにものすごい力と権力があって、下々《しもじも》のものたちからカツアゲし放題だったら、お前はどうする?」

「ええっ!? そんなの……!

 ……。……。

 ……民草たみくさから金銀財宝をしぼり取れるだけ搾り取って、ぜ~んぶこの世界の本屋さんで使い切るに決まってますわ!

 さぞかし気持ちいいでしょうね……」

「だめじゃあ~~~~。こんなやつに世界の秘密は打ち明けられない……」

「権力ですの!? 私に権力がありますの!? くださいませ! もしくは遊んで暮らすためのお小遣いをくださいませ!!!!」

「ええいうるさいうるさい! スマホのフリマアプリ使用権をやるからチマチマお小遣いを稼ぎなさい!!」


 スマホを受け取り、無心に操作する娘の横で、轟剛三郎は団地の201号室を開錠してドアを開いた。


「ふう~我が家についた。懐かしい1LDKじゃ~~」

「……この家、本当に家でしたのね……。

 お父様が異世界トリップ魔法を使って、私が最初にこの場所で目を覚ました時には……ぜひ、ここは倉庫であってほしいと、思っていたのですけれども……」


 アンジェリカはげんなりした様子で部屋の中を見回した。

 ……控えめに言うと少し散らかっており、正直に言うとゴミ屋敷スレスレの状態なのだ。雑誌、カラーボックス、衣類、錠剤シートやタオルなどが無秩序に積みあがっている……。


「ねえお父様、ここで休むとおっしゃいましたけれども、ベッドはどこにありますの?」

「布団は、押し入れの中じゃ」

「……。……その押し入れとかいう物置きが、たくさんの物にさえぎられてほとんど見えないのですけれど????」

「……」


 深夜なのに大片付けが始まった。

 ポリ袋に「いるもの」と「いらないもの」をより分けて、いらないものをとりあえずベランダに出していく。


「もお~。わたくし生活魔法は使えませんのに~」

「ワシもじゃ。仕方がないのう……これはいつも通りに普通に掃除するしかないぞい」

「この前の年末にも大掃除しましたのに~~~~」


 アンジェリカは泣き言を言っているが、いらないタオルを雑巾にしたり、洗剤を見つけて使用法を確認して使ったりして、そこそこ小器用に掃除をしている。

 ──トロイエンバウム家は、父・轟剛三郎の方針により、異世界なのに日本式の生活を強行していたのだ。

 つまり、年末には家族総出で大掃除をする習慣があったのである。

「王族と政略結婚をさせるしかなさそうだが、それでもアンジェリカには普通の人としての生活スキルも身に着けてほしい……」という願いを轟剛三郎は持っていたのだが、『異世界の人間の普通の生活』を轟剛三郎自身もよくわかっていなかったので、自分の知っている現実世界流の掃除や料理のやり方をざっくりと教えるしかなかったのである。

 洗剤なんてものはなかったが、異世界方式の掃除法を人から聞いて、塩を絨毯じゅうたんにまいてほうきをかけたり、塩水を使って木材にしみ込んだ手垢を取り除いたりもしていた……。


「この蛇口? とかいうのは便利ですわねえ~。

 これを持ち歩けばいつでもどこでもお水を出せるのではないかしら?」

「それはそういった種類の道具ではないぞい」


 部屋の中のほこりや汚れがそれなりに落とされていき、いらないものが入った袋がどんどんベランダに積みあがっていく。

 ベランダに収まりきらないものは、もう窓際にでも置いておくしかないですが……。


「お父様!!

 いくら何でもカーテンが汚すぎますわ!

 なんかにおうし、雑巾ぞうきんの色をしていますのよ!?」


 アンジェリカがイヤな顔をしたら、轟剛三郎が「今度洗う、今度洗うから!」と言いながらカ慌ててーテンを外した。

 ケニー君もみようみまねでポリ袋にいろいろなものを入れてお片づけをしている。

 平和な光景だった。


「はあ……いるものといらないものの選別作業、面倒くさいですわ……。

 ……。

 ……。……メニュー画面オープン! 魔法補助魔法、トレジャーサーチ!」


 と、アンジェリカがダンジョンで隠しアイテムを見つけるための魔法を使って楽をしようとすると、この家に住んでいた人々がしまいわすれたらしき小銭が色々な場所で次々と光った。


「うわあ! この世界のお金ですわ~~っ!」


 アンジェリカは歓声を上げたが……なぜか轟剛三郎の口髭が見たこともない勢いでビカッと激しく光りもしたので、それには怪訝けげんな目を向けるしかなかった。


(怖いですわ……髭にお宝的な価値はないでしょうに……)


 ケニー君の首の血管も光っているのをアンジェリカは見逃さなかった。


(不気味ですわ……首の血管にお宝的な価値はないでしょうに……)


 彼女は丁寧な手つきで小銭を一つ残らずあつめて、ちっちゃいポリ袋にしまう。


「……ふう。やーっと布団が出てきましたわ……」


 アンジェリカがよっこらせと押し入れから布団を出した時には、轟剛三郎が畳の床の上で大の字になって爆睡していた。

 ……異世界の人類滅亡、ファミレス、スパ銭などといった試練をしのぎ続けていた轟剛三郎であるが、ついに限界が来たようだ……。


「大勇者様は疲れていらっしゃるのだ。寝かせて差し上げよう」


 ケニー君がそう言いながら、ぶあつい敷布団をそっと轟剛三郎にかけている。

 ……彼はどうやら掛け布団と敷布団の区別がついていないようだが、それを訂正ていせいできる人間はこの場にはいない。


「アンジェリカ、私たちも寝よう」


 と、ケニー君がアンジェリカに布団の上に寝るよううながすと、彼女は内心冷や汗をかいた。


(ううっ、大変ですわ!

 お片付けに必死になりすぎて、結局ケニー君の正体を暴くことはできませんでしたわ……!!)


 アンジェリカは焦った。

 もし、このまま眠ってしまえば、寝込みを襲われてアンジェリカと轟剛三郎は殺されてしまう確率が高いと思ったのだ。


(ど、ど、どうしましょう、どうしましょう……!)


 アンジェリカは焦りを隠せないまま窓の外を見る。

 ──すると、国道の道向こうに、コインランドリーがあるのが見えた。

 アンジェリカは必死に目を凝らして店の売り文句を確認する。店の中も明るいし、電飾看板も全力で光っているので、どうやら深夜でも営業中のようだ。『毛布、カーテン、お洗濯できます……』……。……。


「……ねえ。ケニー君。このあまりに汚すぎるカーテン、お洗濯しに行きませんか?」


 アンジェリカは、父親が外したカーテンを拾い上げてそういった。


「ええっ。でも、大勇者様なしに外の世界に出るのは危ないのでは」

「あら、危ないですって?」


 ケニー君が渋る様子を見せるが、アンジェリカは引き下がらない。


「お忍びでしょっちゅう危険な冒険に出かけていらしたケニー君らしからぬ言葉ですわね。ケニー君は冒険が大好き……そうでしたわよね?」

「……」


 アンジェリカが黄色い目でケニー君を見据えると、ケニー君は分かりやすく固まった。彼はなぜか轟剛三郎の髭をチラチラ見ながら、何かを考え込んでいる様子だ。


「ケニー君?」

「わかった……アンジェリカ。冒険に、行こう……」


 ケニー君は観念した風にため息をついた。

 二人は連れ立って団地のドアを開け、深夜の国道沿いの街に出る。

 ケニー君を先導しながら、アンジェリカは決意を新たにした。


(頑張りますわ、ここが正念場ですわ……!

 寝込みを襲われたらひとたまりもない爆睡中のお父様とケニー君を引き離して……私だけでも、ケニー君をなんとかしてやりますわ!!)




☆☆☆




「ああっ、お父様から離れたら翻訳魔法が切れてしまいましたわ!

 お父様のあの魔法、そんなに広範囲に影響するわけではありませんのね……」

「なあ。もう帰らないかアンジェリカ。

 言葉も分からないのに……このコインランドリーとかいう場所に長くとどまるのは危険だ」

「ケニー君。わたくしを見くびらないでくださいませ。

 わたくし、この世界の本を読みまくったおかげで、日本語の文字の形を結構覚えておりますのよ。翻訳魔法がなくたって勘で何とかなりますわ。

 ええと、まずは説明書きをよく見ましょう……カーテンは、この中に入れればよろしいのね。

 で、ここに小銭を入れて、この『開始』って書いてある場所を触るって……やりましたわ! 洗濯乾燥機が無事起動しました!」

「おお。凄いなアンジェリカは」

「これでカーテンを洗濯乾燥出来るはずです!」

「本当に凄いなアンジェリカは。

 ……でも、その、この世界のカーテンって……乾燥まで機械でやって大丈夫か?」

「えっ?」

「生活魔法で強引にカーテンを加熱乾燥してしまった新人メイドが、メイド長にすごく怒られているのを見かけたことがあるよ。

 こういう繊細な布は、自然乾燥させないと結構縮むらしい」

「……。……じ、じゃあ洗濯だけにしておこうかしら?

 いったん洗濯乾燥をキャンセルして……あら?」

「……」

「……。……こ、これって、キャンセルはできませんのね。一度動かしてしまったら途中で止めることはできないんだわ。

 ……じゃ、じゃあ、もう、乾燥までやっちゃうしかありませんわね……カーテンを、乾燥させるしか……」


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