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元勇者、我が子と国道沿いをうろつく  作者: ---


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第3話 アイパーと猿の星

 轟剛三郎は長い長い話をした。

 番場はその話にうなずきながら、合間合間に「主語は?」「ええとそれは、お前の話? 相手の話?」などと聞き返している。


 ……轟剛三郎は、そんなに頭のいい人間ではない。

 ニュースは見ないし読書もしない。

 いわゆる脳筋というやつで、あらゆる問題をパワーとガッツと長時間労働で押し切ってきた戦士だ。


 そんな彼が長い長い話をした結果、ディナータイムのピークが終わった郊外ファミレスの店内は、そんなに夜更けでもないのにもうかなりガランとしはじめていた。

 社用PCを開いてぼんやり眺めているサラリーマンがいたり、ドリンクバーを飲みながら文庫本をひらいて店に長居する気満々の高齢者がいる程度。

 配膳ロボットは奥に引っ込み、人間の店員がコップや皿の片付けをしている。

 机の上にある注文タブレットは役目を終えて、延々とファミレスの求人広告と地域活動の宣伝動画を流し続けていた。


「ぜ、全然わかんねえ……」


 轟剛三郎の長い長いよく分からない話を聞いて、番場烈はアイパーのキマった頭を抱えた。

 ……今この時にいたるまでに、ドリンクバーのジュースが飲まれまくり、サイドディッシュの食べ比べがあり、ちっちゃいお皿に入ったミニパスタがアンジェリカに大ウケして3皿追加注文されるなどした。

 そして、炭水化物だけじゃなくて野菜やたんぱく質も食べたほうがいんじゃね? という方向に話がそれて、ほうれん草のバター炒めとからあげが追加注文され、ドリンクバーのお茶が飲まれまくって、つまりは結構長い時間がたっている。


「マジでわかんねえ……特に、2025年に異世界に攫われたのに、体だけ年取った状態で2025年に戻ってこれたってあたりが全然意味わかんねえぜ……」

「ええーっ、分かんないのはそこじゃったんか?」

「つーか主にそこじゃねーの?

 あとは大体ウチの実家の商売道具で見たことがあるからヨユーで分かるぜ。

 異世界召喚だろ? 剣と魔法の世界だろ?

 勇者と魔王に婚約破棄……漫画で死ぬほど読んだ話だぜえ~~~~」


 番場は片手をひらひらさせながら、ドリンクバーからとってきた炭酸飲料の残りを飲み切った。


「……床屋に置いてある漫画を、商売道具にカウントしていいのか……?」


 轟剛三郎が疑惑の目を番場に向ける。

 ──番場はこう見えてかなりの読書家だ……漫画しか読まないが。

 彼の実家は小さな古い床屋なのだった。

 床屋の壁一面に大きな本棚が並び、新旧様々な漫画が詰まっており、そこでは日々アイパーのオッチャンオジーチャンが量産されているのだ……。


「あの。お父様……さっきからちょいちょい喋り方が変ですわ……なぜ若者のようなしゃべり方を……?」


 トイレから帰ってきたアンジェリカが、少しおびえた様子で轟剛三郎の隣に座る。

 アンジェリカはドリンクバーを大層気に入って、いろいろなジュースを飲み比べた後には紅茶やジャスミンティー、プーアル茶を楽しんで、案の定おなかを壊したのでトイレに4回行っている。(日本のトイレの正しい使用法は、父がスマホの動画で説明したのである)


「おお。すまんすまん、昔馴染むかしなじみといるとどうも昔の喋り方になりがちでのう~」


 轟剛三郎が娘を安心させようと陽気なおじさんの笑みを浮かべる。

 すると今度はそれを見た番場が怖がり出した。


「おい轟よォ……さっきからなんでちょいちょいジジイ口調なんだよ。しゃべり方が変だぜ……」

「ウオオオオどっちに合わせればいいんじゃ~~~~」


 轟剛三郎はサイドメニューのソーセージをかじりながらしばらくユラユラしていたが、やがてあきらめた風のため息をついた。


「……ハア。娘に怖がられたくないのでジジイ口調で行くぞい……」

「お、おう……つうかなんでオメーはそんなジジイのしゃべり方になっちまったんだ?」

「異世界で死ぬほどモテすぎてイヤんなっちゃって……」

「お前ずっとモテてるもんな……。……そんなトンチキなジジイの姿になってもモテてたのか……」


 番場はため息をついた後、頭をガシガシきながら話を戻した。


「まあつまり、2025年に25歳の社畜だったオメーはいきなりよくしらん世界の女神様に異世界召喚されて、魔法の力を与えられて、勇者をやらされて、そこで20年粘って戦い続けたけれども、最後は増殖し続ける敵に押し負けて、また『ここ』に逃げ帰ってきたってワケだ。

 ……これからどうするかってアテはあるのか?」

「ない」

「ヒエーッ、マジかよ」

「安全な場所で娘を休ませるならここしかないと思って戻ってきたが、よく考えるとこのジジイの姿で25歳の轟剛三郎として働き始めるのは難しそうだし、貯金も残り2000円だしなあ」

「いやでもほら、タイムトリップできる力があるんだろ?

 ここが難しいと思ったら別の時代にタイムトリップしてもいいんじゃねえの?」

「あんまり使い勝手がよくないんじゃよこの力。

 タイムパラドックス? みたいなのとかちょー怖いし、なにより一回使うだけで10年分くらい老ける感じがするんじゃ。

 タイムトリップで試行錯誤すればするほど詰んでいく気がするので、もう当分この力は使いたくないぞい。

 今回はタイムトリップと異世界トリップの合わせ技を使って死ぬほど疲れたしな」

「……。……こんなムチャクチャなジジイによく娘さんがついてきたな……」

「お父様のことを悪くおっしゃらないでくださいませ。

 お父様は、人類のために誰よりも力を尽くして戦ってきましたのよ」


 アンジェリカが静かに語り始める。


「……かの世界の、人類を脅かす敵対勢力はあまりに強大でした。

 しかし、お父様は人類の女神が召喚した歴代最強の勇者。

 魚霊族に炎妖族、森精族に空竜族……お父様は20年もかけて、敵対勢力全ての神を血祭りにあげました。

 人類はヤツらによって滅ぼされかけながらも、仕返しに彼らの神を滅ぼすことで辛勝しんしょうつかんでおりましたの。

 わたくしの婚約者のケニー君がなぜか魔族に寝返って、婚約破棄と人類の終了を宣言して大量の魔族を人類領土に引き入れてしまったので、事態は滅茶苦茶になってしまったのですが……」

「……そのケニー君? ってのの話は置いといて……おまえさんのお父さん、かなりめちゃくちゃやってねえか?」


 神殺し……? と番場がいやそうな顔をする。


「俺ァ難しいことはよくわかんねえけどよお……。

 その、敵が一番大事にしているものをボコボコにするってのは……不良の世界じゃ大善行だが、国同士とかだと後々まで恨みが残るやつなんじゃじゃねえの?

 神を殺すって大体物語の世界でやったらロクなこと起きねえモンだし……。

 異世界の人類、神を殺しすぎて恨まれまくって滅ぼされたんじゃね?」

「だって普通ボスを倒しまくっていけば世界が救われるって思うじゃろうがよお~~~~!!」


 轟剛三郎はやりきれない様子で机をバンと軽く叩いた。


「人類はあの世界で一番弱く、一番ナメられていたんじゃ!

 人類というのも人類自身が名乗っているだけで、ほかの種族からはシンプルに猿族と呼ばれ、聖なる風呂での入浴を禁じられていたアリサマなんじゃぞ!」

「猿かあ~」

「猿だ! だからナメんじゃねえぞと思ってボコして分からせてやったんじゃッ!!

 ……ったく、あと少しであの星を猿の星にしてやるところだったのによお~」

「そんなタイトルの映画あったなあ……」


 番場は力ない笑い声をあげながらも、空気を切り替えるように手をたたいた。


「……まあ、猿の星のゴタゴタのことはよくわかんねーけど、一番大事なことだけはわかったわ」

「おお。わかってくれたんか?」

「オメーはとにかく娘のアンジェリカちゃんを元気にしてやりたいんだろ?

 ほかのことは全部テキトーに考えていても」

「その通りじゃ……アンジェリカはワシの死んだ妻との間にできた大切な子……人類が終了してしまった今、この子だけはなんとしても元気にしてやりたいんじゃ」


 轟剛三郎はそう言って、隣に座るアンジェリカを苦しそうに見る。


「この子にはずっと不憫ふびんな思いをさせてきた。政略結婚のための修行も勉強も頑張らせすぎてしまった……。

 だから今は、少しでも笑っていてほしくて出来ることをやっている」

「ありがとうございますお父様。わたくし、こんなに短時間で色々な飲み物を飲んだのは初めてですのよ」


 アンジェリカは幸せそうにドリンクバーからとってきたホットココアを飲んでいる。トイレはもう6回行った。


「うむ。この後は残り少ない現金を使ってスーパー銭湯に豪遊に行く予定じゃよ。拠点にしているワシんちの部屋は風呂が腐海になっているからな」

「……ん? スパ銭だあ? スパ銭ってオメー……」


 番場は渋い顔をしながら、アンジェリカに目を向ける。


「な、なんですの?」

「……アンジェリカちゃんをスパ銭に連れて行くのは、俺ァ難しいと思うぜ」

「なんじゃと! 娘の何がダメだっていうんじゃ!

 このドレスか? リボンか? ガムを飲み込むうっかり加減か!?」

「や。そりゃこのヒラヒラな服も一人で着替えるのが面倒くさすぎて厳しいだろうしよぉ……なにより、この長すぎる髪だよ。

 スパ銭は男女別で行動しなきゃなんねーんだぞ?

 この髪130センチくらいはあるぞ?

 これ、アンジェリカちゃん一人で乾かせるのか?」

「……無理ですわ」


 アンジェリカがシュンと肩を落とす。


「わたくし一人では、髪を乾かしたことがありません」

「そういう魔法とかもねーワケだな?」

「わ、わたくし妃見習いの護衛職ですのよ……いままでずっと、攻撃魔法や防御魔法ばかり練習してきましたの。

 生活魔法は、生活魔法が得意なメイドや女官しか使えません……」

「んじゃスパ銭行く前に俺んちの床屋に寄ろうや。

 俺は美容師理容師どっちも資格持ってんだ、俺がお嬢ちゃんの髪を切ってやるよ。

 頭の手入れがしやすいほうが、遊ぶにも休むにもやりやすいだろ。

 それともお嬢ちゃん……アンジェリカちゃんだったか。髪を切るのは嫌か?」

「いえ、そんなことありませんわ。

 この世界の人は男性も女性も極端に長い髪の方は少ないのですね。

 あまり周囲から浮かないように、髪を切ったほうがいいなって……さっきから周りの人を見て思っておりましたの。ありがとうございます」

「いいってことよ……おう轟、車のカギを貸せ。オメーは二度と運転するんじゃねえ」

「んあ? そんなにワシのドライビングテクニックが信用できんか? ……できんのか。池袋のペーパードライバー講習にでも行くかのう……」


 轟剛三郎は釈然しゃくぜんとしない様子で首を傾げつつ、席を立つ。

 国道の大渋滞はもうとっくに解消してガラガラになっていた。

 うすぐらい駐車場をそぞろ歩いて一行は今度こそファミレスを後にする。




☆☆☆




「ワハハハッ客だぁ! ようこそおいでくださいましたっ!

 バーバーバンバへようこそっ、アイパーのことでしたらぜひ当店にお任せくださいっ!」

「ゲエッ! 親父まだ起きてたのかよ!

 さっさと寝ろ寝ろ!」

「うるさいぞ烈!

 お客様をアイパーにするのがワシの無上の喜び……。

 ……ん? なーんだ。

 アイパーにしない方の性別の客か。なら用はない。シッシッ」

「シッシッじゃねーんだよ、親父てめーがひっこめや!!」

「あの、今の方はなんですの? 性差別者ですの?」

「差別は差別だが性差別じゃねえんだよアンジェリカちゃん。

 アイツはアイパーじゃない人間を男女問わず全員差別している過激思想の差別主義者なんだ。だから、店の外には絶対に出さないようにしているんだぜ」

「お前んち、お母さんもアイパーだもんな」

「もう誰にもとめられねンだよアイツらは……。

 ああアンジェリカちゃん、ここに座ってくれ。

 で、リクライニングしていきますよー……こんなに長い髪を洗うのはさすがに初めてだな。

 さーて、どんな髪にしようかなあ。ボブかなロブかなミディアムヘアかな。

 ショートボブもいいかもしんねえナア……」


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