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第1話:エリート校の非情な日常
「なぜだ。なぜ俺は、この国最難関のエリートパイロット養成校で、こんなにも非合理的な運命を強いられているんだ……!」
赤星コウタは心の中で叫んだ。
長身で端正な顔立ちの彼は、周囲からは将来を約束された天才パイロットと見なされている。
だが、現実は違う。
コウタは今、この学園で最も異質な二人組に挟まれ、昼食の列に並ばされている。
「コウタ、訓練で消費したカロリーは、私たちが完璧に計算してやる!」
右隣から聞こえるのは、空色レイコの声だ。
身長2m、体重200kgの体躯は、エリート校の特注制服を常に引き裂きそうだ。
彼女は既に巨大なトレイにダブルカツカレーと山盛りラーメンを載せている。
その眼差しは、鋼鉄の巨神が敵を射抜くように熱い。
「うん!コウタの心のエネルギーは、私たちが勇気で満タンにするからね!」
左隣は、勇結ユウコ。
こちらもレイコと同じく身長2m、体重200kgの巨漢だが、その笑顔は勇者ロボの合体バンクのように明るい。
しかし、その笑顔こそがコウタにとって最大の「非科学的な重圧」だ。
「俺の人生から、データと理屈が消えたのはいつからだ……」
コウタは考える。
「そうだ、この二人が2mを超え、200kgに達した、あの日からだ……!」
第2話:非科学の旧式機、起動
1. 愛情とタライの戦場
赤星コウタは、自分の旧式汎用機『ヴァリアント・ゴースト』のデータシートを握りしめたまま、食堂の空いている席にたどり着いた。
「はぁ……ようやく、この非合理的な重圧から解放される……」
安堵は一瞬で終わる。
ドスン!ドスン!
という振動と共に、コウタは左右から巨体の幼馴染みにサンドイッチにされた。
「コウタ、訓練お疲れ様!さあ、この特製ダブルカツカレーを食べろ!」
レイコがコウタの隣に置いたのは、トレイではない。巨大なタライだ。
タライの中には、特大ダブルカツカレーが湯気を立てている。
「ぐっ……レイコ、もう少し、パーソナルスペースという概念をだな……!」
コウタは叫ぶ。
「そして、タライでカレーを食うな!ここはエリート校だぞ!」
「そんな理屈は知るか!気合と根性は、フィジカルの近さで伝わるんだよ!」
レイコはそう言うと、タライのカレーに手をつけ始めた。
「チマチマ食うなら、私が食べる!」
「コウタは栄養を逃がしちゃダメだよ!」
今度は左側のユウコだ。
ユウコもまた、別の巨大なタライに超特大のラーメンを鎮座させた。
「や、ユウコ!ラーメンのタライなんて初めて見たぞ!」
コウタは絶叫する。
「タライは、タライは非科学的だ!」
「大丈夫、大丈夫!勇気があれば、タライなんて食器と同じ!」
ユウコは笑顔で言う。
「この食事の量だって、コウタを巡る友情と愛の戦いなんだから!」
コウタは、左右から迫る巨体と、目の前で繰り広げられる「タライ大食い戦争」という、究極の非合理性に戦意を喪失した。
「くそっ……!俺のデータが、俺の理性が……!」
コウタは頭を抱える。
「熱血と、ロマンと、タライに……潰される……!」
2. スーパーゲップの最終兵器
そして、二人は同時に動きを止めた。
二人とも、タライの底を綺麗にさらっていた。
その直後だった。
ゴオオオオオッッッ!!!
レイコがタライのカレーを全て平らげた満足感と共に、コウタの右側の顔面に向けて「スーパーゲップ」を叩きつけた。
「うぷっ……ゲッホ!食った食った!」
レイコは満足げに笑う。
「ふぅ、コウタ、これでエネルギー充填完了だ!わはははは!」
「ふぁあ……プハァ!」
今度は左側から。
「ごめんねコウタ!レイコの野蛮なゲップには勇気の友情で対抗しないとね!」
ゴボォッッッッ!!!!
コウタは、左右から巨体と、非科学的な消化ガスに同時に圧迫され、頭の中で全ての理性的データが爆発した。
ついに椅子の上でぐったりと横倒しになり、意識を失った。
3. 強制覚醒への道
コウタが意識を取り戻したのは、突然の衝撃と電子音に揺さぶられたからだった。
目を開けると、視界に広がるのは旧式機のコックピット。
そして、目の前には対戦型シミュレーション開始のカウントダウン。
「ま、待て!俺はまだ完全に回復していない!」
コウタは叫ぶ。
「それに、なぜ対戦シミュレーターだ!?」
「目が覚めたか、コウタ!気合でデータ修復完了だ!」
レイコの声。
「勇気があれば、睡眠なんて必要ないよ!」
ユウコが続ける。
「さあ、私たちが隣でサポートするから、安心して戦うのよ!」
コウタの叫びも虚しく、シミュレーションが始まった。
相手はパイロット部トップクラスのアイリーン・バーネット。
コウタは最新鋭機とのスペック差で装甲を剥がされ、火花が散る。
「何を言うか!コウタ!」
レイコが叫ぶ。
「鋼鉄の巨神は、やられる前にやるんじゃない!やられても立ち上がるんだ!」
「お前のおんぼろ機はまだボコボコが足りない!」
「コウタ!そこだ!動くな!」
今度はユウコ。
「敵の最大火力をわざと被弾しろ!フレームの『熱血ブースター』を起動させるには、絶対絶命の被弾データが必要だ!」
「非科学的だ!非論理的だ!」
コウタは絶叫する。
「俺の旧式機が、俺の理性が、こんな……!」
コウタの絶叫と共に、最新鋭機の最大出力ビームが、旧式機の胸部を直撃した。
ズガアアアアアン!!!
コックピット内の照明が消え、機体は地面に膝をつく。
その時、機体内部の非常電源と共に、『熱血ブースター』のランプが点滅を始めた。
剥がれた装甲の下から現れたのは、真紅の内部フレームだった。
モノアイは白熱し、機体全体から金色に輝く熱量が噴出する。
4. 必殺!大切斬
コウタは、自分の体が熱血に焼かれるような感覚に襲われた。
そして、『熱血ブースター』の緊急レバーを、理屈ではなく、本能で握りしめた。
「くそっ!データなんか知るか!」
コウタは叫ぶ。
「……勝つぞ、てめぇ!」
彼の叫びと共に、旧式機は真紅の炎を噴き出しながら、最新鋭機目掛けて再発進した。
コウタはヒートホークのビーム出力を最大にした。
機体から噴出していた金色の熱血エネルギーを全て刃先に収束させる。
ヒートホークの刃が、100mを超える巨大なビームの剣へと一気に伸び上がった。
「必殺……大切斬ッ!!!」
旧式汎用機が放った巨大なビーム剣は、最新鋭機のすべての理屈、すべての防御データを無視して、その機体を上下真っ二つに切り裂いた。
【シミュレーション終了】
【勝者:MS-07G ヴァリアント・ゴースト】
第3話:努力と理性の悲鳴
1. 理性のトレーニングと非合理の監視
コウタは午前中、誰にも見つからないよう、学園の奥にある個人トレーニングルームで静かに汗を流していた。
「心拍数、130を維持……」
コウタは呟く。
「感情のノイズを排し、肉体を最高の制御ユニットに最適化する」
「これが、理性のパイロットの道だ」
彼の背後で2つの巨大な影が音もなく仁王立ちになった。
「チマチマとインテリジェンスな玩具で遊んでいるな」
レイコの声だ。
「コウタ、お前が乗る『ヴァリアント・ゴースト』は、非常時にパイロットが耐えられない高負荷を発生させる」
レイコは続ける。
「お前の理性がぶっ飛んだ時、機体をコントロールできるのは、機体とフィジカルで直結している私たちだけだ!」
2. パイロットによるデッドリフトの意義
「コウタ、よく見ろ」
レイコは学園の油圧式ウェイトマシンの前に立った。
「これが、『熱血系パイロット』としての、私たちの存在理由だ!」
ウェイトを最大負荷に設定し、さらに手動でプレートを追加した。合計400kg。
コウタは即座に頭の中でデータを解析し、絶叫した。
「待て!レイコの体重は200kgだ!」
コウタは叫ぶ。
「その2倍の負荷を常態的に行うのは、世界トップクラスのウェイトリフターの領域だ!関節への負荷データが完全にレッドゾーンだぞ!」
「うるさい!肉体が崩壊しない限り、気合は減らない!」
レイコはそう言うと、400kgのウェイトを、まるで軽いダンベルのように、驚くべきスピードで数十回持ち上げ始めた。
その動作の度に、周囲の精密計測機器が異常値を知らせるアラートを鳴らしている。
「オオオオオオッッ!!行くぞ、コウタ!」
レイコは叫ぶ。
「これが、お前を理性の崖から引き戻すフィジカルの絶対出力だ!」
一方、ユウコは高G回転ボックスの前に立ち、コウタに笑顔を見せた。
「10Gなんて、友情の重さに比べれば軽いものよ!」
ユウコは明るく言う。
「コウタの『熱血ブースター』の暴走を防ぐには、私が正確に機体の動きを予測しないとね!」
コウタは、非合理の極致にあるトレーニングを前に、再び絶望的なデータを叩き出す。
「くそっ……!」
コウタは頭を抱える。
「俺の理性の光が、二人の努力の熱量に、かき消されていく……!」
第4話:量子制御論の講義と熱血の拡大解釈
1. エリートの座学と理性の絶対領域
場所は、エリート校のロボット工学特別講義室。
コウタは完璧なデータに基づいたレポートを提出し、教授に評価された。
彼の瞳には、
「合理性」
という名の光が宿っている。
「ようやく、俺の領域だ」
コウタは安堵する。
「熱血やロマンなどという非合理なエネルギーは、この講義室では、ただのノイズとして却下される」
コウタがそう確信した次の瞬間、教室の後ろの扉がドゴン!と音を立てて開いた。
レイコとユウコが、それぞれ巨大な体躯を揺らしながら教室に入ってきた。
彼女たちは、自習時間にトレーニングをやりすぎたせいで、わずかに遅刻していた。
「すまんな、教授!『熱血ブースター』のデータ採取に時間がかかった!」
レイコが言う。
「遅れてごめんなさい!でも、友情と勇気のエネルギーを体内に満たしてきたわ!」
ユウコが続ける。
二人はコウタの隣の、通常は二人分のスペースを要する席に、無理やり座った。コウタの机がギィ…と軋む。
2. 講義を破壊する非合理
講義は、先ほどのコウタのレポート内容の延長に入っていた。
「……次に、この『感情ノイズ排除システム』の例外的な研究として、一部の特例生が提出した『熱血ブースター理論』を検討します」
教授が映し出したのは、レイコとユウコが手書きで作成した、理性を超越したグラフだった。
グラフのタイトル:『熱血と熱血波動のエネルギー相関性〜食後のゲップは3Gを超える〜』
コウタは思わず席から立ち上がった。
「なっ……!教授!それは、学術論文でもデータでもない!」
コウタは叫ぶ。
「ただの熱血ファンタジーです!私の『量子制御論』と並べるのは、あまりにも非合理的だ!」
教授は深いため息をついた。
「赤星コウタ君、君のレポートは完璧だ」
教授は言う。
「しかし、レイコ君とユウコ君の『熱血理論』は、無視できない『実証データ』に基づいている」
教授がホログラムに映し出したのは、前回のシミュレーター戦の記録だ。
記録データ:「MS-07G ヴァリアント・ゴースト、被弾時:パイロットの『理性崩壊』をトリガーに、機体性能が非線形的に向上」
「必殺技:大切斬。『理論上の破壊力』は0。『実測された破壊力』は測定不能」
「君たちが提出した『非科学的な熱血波動』こそが、現実に、最新鋭機を破った唯一のデータなんだ」
教授は結論づける。
「そうだコウタ!理屈なんて、熱血の前に無力だ!」
レイコが叫ぶ。
「だから、『非合理的データ』も、立派な『勝利の理屈』なのよ!」
ユウコが続ける。
コウタはガクッと椅子に座り直した。
「ああ……駄目だ」
コウタは絶望する。
「俺の理性の灯台が、この学園の非合理な海原に、沈んでいく……」
第5話:0.001秒の理性、光る天才
1. エリートの挑戦と絶体絶命のデータ
午後の総合戦闘演習。コウタの理性とデータ処理能力が絶対的な武器となる。
今回の演習で、コウタの機体は、敵機の完璧なフォーメーションと、ユウコとレイコの非科学的な『質量』によるプレッシャーで機動性が通常の60%に低下していた。
「くそっ!この400kgの質量は、俺の回避行動の最適解を常に邪魔している!被弾率、既に40%!」
その時、敵機が連携必殺技を発動。
「危ない、コウタ!熱血で突っ込めば、当たらない!」
「勇気があれば、ビームは避けられるわ!」
「馬鹿め!その非合理的理論こそ、被弾率100%だ!」
コウタは叫んだ。彼の頭脳は、極限の状況下でこそ、その処理速度を5倍に加速する。
2. 0.001秒の解析と絶妙な回避
コウタのモノアイには、敵の攻撃データが、0.001秒単位で表示されていた。
「ダメだ。このままでは、俺の機体だけでなく、左右のバカ二人も巻き添えになる……!」
コウタは、最高の勝利とは最高の無感情でもたらされるという理論を、この瞬間、「大切なものを守る感情」ために裏切った。
「レイコ、ユウコ!今すぐ、後方10mへ0.5秒間、全速で離脱しろ!」
二人はコウタの理性の指示に戸惑うが、コウタの声には、絶対的な確信が込められていた。
コウタは、二人が渋々離脱を開始した0.001秒のタイムラグを利用した。
「全動力、1.05%の感情ノイズを許容し、出力に回す!」
コウタは、自身の感情ノイズをあえて利用することで、処理速度を5.05倍に引き上げた。
そして、敵機のビームが拡散を始めた0.120秒後、コウタの旧式機は、誰も予測できない非線形的な軌道を描き始めた。
その回避軌道は、敵機の突撃軸と、拡散ビームの安全領域を、髪の毛一本分の誤差で縫い合わせる神業的な0.001秒の機体制御だった。
キュゥゥゥン!!
コウタの旧式機は、敵のビームと突撃を同時に回避し、二機の間に立ち位置を確保した。
3. 天才パイロットの証明
「完璧だ。ビームの余波は、レイコ機とユウコ機の10m後方で減衰する。そして、俺の機体は、敵の連携を分断した!」
通信越しに、レイコの驚愕の声が響く。
「な、なんだ今の動きは!熱血も勇気もゼロなのに、なぜ避けられた!?」
「コウタ……すごい!勇気とは違う、すごく、すごく複雑な何かが、私を守ってくれた!」
コウタは、敵の連携を崩した機体を静かに前進させながら、0.001秒で全てを計算した天才としての冷徹な顔に戻った。
「勝利とは、確率と計算によってのみもたらされる。お前たちの非合理性を、俺の理性で逆用してやる……!」
第6話:夜の特別ルームと理性の限界ライン
1. 400kgのシェアハウスと非常招集
総合戦闘演習での勝利後、コウタはすぐさま自室に戻ろうとしていたが、彼の部屋の扉が、轟音と共にノックを受けた。
「コウタ!疲労データは友情の力で上書きするぞ!夜の特別訓練だ!」
「早く開けて、コウタくん!今日は私たちのお部屋に泊まるのよ!」
コウタは逃げる間もなく、扉を突破してきた二人に両脇を抱えられ、そのまま『特別ルーム(頑丈)』へと連行された。
特別ルームは、普通の寮室の3倍の広さがあったが、中央には400kgの巨漢二人が並んで寝る特大ベッドがあり、周囲の家具も全て業務用の超頑丈仕様だった。
「お前たち!なぜ俺を無理矢理連れてくる!俺のプライベートなデータ領域を侵害するな!」
「ふふ、コウタくんたら、えっちなんだから!」
ユウコはニッコリ笑い、指を一本立てた。
「え、エッチ!?何を言っている!俺は健全な理性の持ち主だ!」
「だって、私たちのお部屋に来たんでしょう?お約束よ。ほら、一緒に友情の汗を流しに行こう!」
ユウコはそう言って、特別ルームに設置されている業務用シャワールームの分厚い扉を指差した。
「ま、待て!シャワールーム!?三人で!?そんな非合理的な密着訓練は、俺の理性と倫理観が許容しない!」
2. 下着姿の非科学的な日常
「くそっ!俺は絶対にシャワールームには入らない!俺の貞操と理性を守る!」
「しょうがないわね、レイコ。コウタはまだまだ理屈が抜けないみたいよ」
レイコは特注の制服を、まるで邪魔な装甲パーツのように引き剥がした。ユウコもそれに倣う。
二人の2m/200kgの巨体は、わずかなスポーツブラとスパッツのような下着姿になった。
「な、なっ……!お前たち!なぜ、その姿で部屋の中を!理性の危機だぞ!」
「ああ?何言ってるんだ、コウタ。私たちは普段からこの格好だぞ」
「そうよ。だって、私たちの体、ちょっと動くと服がすぐに破れちゃうんだもの。訓練で熱血が出過ぎると特にね!」
二人は、熱血に耐えられないという、非合理極まりない理由で、夜の特別ルームを堂々と下着姿で闊歩し始めた。
「さあ、コウタくん。早くパジャマに着替えて、私たちと一緒に寝るのよ!熱血を共有するわ!」
コウタは、理性が崩壊寸前のトリプルアタックを前に、頭を抱えた。
「ああ……駄目だ。ここには理性もデータも、貞操の最適解も存在しない……!」
第7話:寮長の怒りと理性の脱出
1. 寮長の介入と理性の脱出
コウタが、特大ベッドで下着姿の二人と「添い寝」という理性の最終防衛ラインを突破されそうになったその時、特注の頑丈な扉が、今までで一番激しいノックを受けた。
ドォォン!ドォォン!ドォォン!
「おい、レイコ!ユウコ!またあんたたちかい!鍵を開けなさい!」
寮長の怒りの声だ。
コウタは、寮長という『権威と規律』が、彼女たちの『熱血とロマン』を凌駕する、唯一の合理的な抑止力だと悟った。
レイコが仕方なく扉を開けた瞬間、筋骨隆々の女性寮長が、怒りのオーラを纏いながら部屋に突入してきた。
「またあんたたち!男女が一緒に泊まったらだめって、何回言わせるんだい!」
「だ、寮長!違います!俺は理性的な被害者です!彼女たちの非科学的な質量に連行されたのです!」
コウタは必死に訴える。
寮長の怒りの矛先がレイコとユウコに集中した0.5秒が、コウタにとって最高の脱出ウィンドウとなった。
コウタは、寮長と二人の巨体の間を低空でくぐり抜けるように飛び出した。その速度は、彼の旧式汎用機の緊急回避に匹敵する。
「ちょ、コウタ!」
「逃げるな、コウタ!」
レイコとユウコは、寮長の怒りの鉄拳指導要綱が振り下ろされるのを食い止めることはできなかった。
「逃げるんじゃないよ!あんたたち二人は、今から指導室で3時間の反省訓練だよ!」
コウタは、「理性の勝利」を掴み取り、自分の部屋に逃げ込んだ。
2. 熱血の破壊力とパジャマの悲劇
寮長から「すぐに服を着ること」を厳命されたレイコとユウコは、渋々特注のパジャマに着替えたが、2m/200kgの熱血フィジカルにとって、パジャマはあまりにも脆弱すぎた。
夜中、400kgの二人が特大ベッドで寝返りを打つたびに、ビリッ、バチッと繊維が断裂する音が響き渡る。
翌朝、コウタが廊下で通りかかったとき、特別ルームから出てきた二人の姿を見て、思わず立ち止まった。
レイコのパジャマは、まるで激しい修行を経た格闘家のように肩と胸の部分で大きく裂け、袖が引きちぎられていた。ユウコのパジャマは、激しい足技によって下部がボロボロになっていた。
二人の姿は、まさに激戦後の格闘家が、激戦の後に着ている道着そのものだった。
「よう、コウタ。おはよう!昨晩の反省訓練で、熱血エネルギーが溢れすぎて、パジャマが少しオーバーヒートしたな!」
「ごめんね、コウタくん。でも、勇気と友情は無事だよ!この破れたパジャマも、私たちの努力の証なの!」
コウタは、その規格外のフィジカルと熱血が、静かな睡眠という行為すら非合理に変えてしまうという事実に、新たな絶望を覚えた。
「ああ……やはり、お前たちの存在は、この世のすべての理屈とデータを否定する……!」
コウタの非合理な日常は、今日も400kgのボロボロのパジャマと共に、幕を開けたのだった。
第8話:静寂の熱血と理性の地獄
学園の格闘訓練場。俺、赤星コウタ(推定70kg)の周りには、エリート候補生たちが呻き声を上げて倒れていた。
俺の攻撃は、回避率99.99%を誇る「理性の戦術データ」に基づいていた。しかし、その中心に立つ小柄だが背筋の伸びたキョウコさん(推定70代)には一切通用しない。
「くそっ……!なぜ俺の攻撃が、人生と経験に基づいた絶対的な効率によって、全て上回られるんだ……!」
訓練開始直後、俺は0.5秒後には地面に組み伏せられていた。
そして、最後に残ったのは、俺の理性の最大の癌、熱血の権化たる400kgの質量。空色レイコと勇結ユウコの2m/200kgコンビだ。
「さあ、レイコ、ユウコ。君たちだけだね。夜中の風紀を乱した罰だよ。その非合理的な熱量を、私の昔ながらの指導で叩き直してあげようかね!」
キョウコさんは、重力を無視した足払いをレイコの足首に放ったが、レイコは動じない。
「熱血で、重心を固定する!」
レイコは200kgの質量を「気合」でさらに重くし、物理的に足払いを無効化した。地面がミシリと鳴る。
「くそっ!あいつらは、『質量』を、『気合』で操作しているのか!?非科学的だ!」
ユウコがキョウコさんの連続突きを腹部に受け止めるが、腹筋を200kgのパワーで収縮させ、ゴムマリのように押し返した。
レイコの『熱血質量打撃』が放たれる。キョウコさんは老練な受け流しの技でエネルギーを地面に逃がしたが、200kgの質量の熱量は、キョウコさんの『経験の道着』の肩の部分を、わずかにビリッと裂いた!
「ふむ……私の『経験の道着』を破ったのは、君たちが初めてだよ。大した熱血だね」
だが、勝負は一瞬で終わった。
キョウコさんは、二人の連携の隙間に入り込み、首元のツボに寸止めの突きを同時に放った。
「君たちの『友情と熱血』は素晴らしい。だがね、パイロットは、私のような古い人間が教える『理詰めの冷静さ』が必要なのさ」
俺は、70歳の合理性が400kgの非合理を圧倒する瞬間を見た。しかし、それは俺の理性が
「70歳の合理性と400kgの非合理の板挟み」
という、新たな地獄に突き落とされた瞬間でもあった。
組み手から1時間後。
俺はキョウコさんの隣で、『特例生400kg用特別強化訓練プログラム』のデータ入力を行うよう命じられていた。
「しかし寮長さん!この『サイレント・デッドリフト』は、負荷が通常の500%を超えています!400kgの質量が、音を一切立てずに100回動くなど、物理法則を完全に無視しています!」
「赤星君。この学校で、物理法則なんてものが通用したことがあったかい?」
キョウコさんは、「熱血の究極は、静寂にある」と宣言した。
彼女の設計した機体『ヴァリアント・ゴースト』の真の最終奥義は、『熱血で生み出した音と振動を、0.001秒で完璧に無にする』ことなのだという。
「熱血の究極が静寂……!?」
400kgのレイコとユウコは、熱血を『静寂を保つためのバリア』として全身に纏わせた。そして、400kgのウェイトを、まるでスローモーションのように静かに持ち上げ始めた。
音響センサーのデータは「0」を指す。レイコとユウコの熱量出力は異常な高値を維持しているにも関わらずだ。測定史上最悪の矛盾である。
「あああああ……!熱血の極致は静寂……非合理の極致は、70歳の合理性によって示されるのか……!」
訓練後。俺は400kgの静かな熱量に両脇を固められ、『静かな反省会』という名の静音モードの精神攻撃を受けそうになった。
「コウタくん、今夜は静かにね。静かな熱血で、理性のパジャマを破るわよ」
「男女イチャイチャしてんじゃねえわよ!」
その時、寮長さんの規律という名の最終兵器が介入し、俺は『理性の写経』という罰で、400kgの地獄から一瞬だけ解放された。
「逃げたな、コウタくん……静かな熱血は、夜が明けても続くんだからね」
「お前の理性は、明日、必ず回収する」
理性の写経は、俺のデータ崩壊を12時間延期したに過ぎない。
第9話:400kgの「少し」と海の幸の暴力
翌日の夕食。
俺の目の前には、データに基づいて完璧に計算された、低カロリー高タンパクの夕食トレイが置かれていた。訓練で疲弊した肉体を効率的に回復させる、理性の極致たるメニューだ。
ドゴォン!
凄まじい振動と共に、400kgの質量が俺の左右に配置され、テーブルを完全に支配した。
「コウタ、訓練お疲れ様!静かな熱血は、静かな食事で補充しないとね!」
「うん!今日は私たち、女の子だから、ちょっと控えめにするの!」
レイコの前には、工業用アルミ製の巨大な『バケツご飯』が鎮座し、隣の巨大な木製まな板の上には、頭から尾まで丸々一匹、豪快に刺身にされたカツオが置かれていた。その横には、甲羅の大きさが俺の頭より大きいタラバガニが丸ごと一匹、湯気を立てている。
「ちょ、待て!そのカツオ一匹とカニ丸ごとの量が『少し』なわけがないだろ!海の幸の総重量が、10kgを超えているぞ!それを『少し』と定義するお前たちの熱血データがおかしいんだ!」
ユウコの前も同様にバケツご飯と、タライいっぱいの特製味噌ラーメン、そしてカツオの半身と巨大なズワイガニの山盛りが展開されている。
俺が400kgの食事データを解析しようとした一瞬後、事態は動いた。
ガツガツガツ! ザクッ!
レイコはスコップスプーンでカツオの刺身を骨ごと豪快に切り分けて食べ始め、カニの甲羅は拳の一撃で粉砕された。ユウコはタライのラーメンを空気も吸わずに啜り上げ、ズワイガニの身をチューブから絞り出すかのように0.1秒で平らげた。
「あああ……!静寂の訓練を経た400kgは、『音』を消した代わりに、『食事の速度』と『食材の原型』を限界まで無視してきたのか!」
俺の理性がフリーズする中、レイコは残りのバケツご飯をユウコのタライラーメンの上に盛り付け、カニの甲羅を丼の蓋のように乗せた。
「ユウコ!これ!特製カツオカニラーメン丼だ!」
「くそっ!俺の理性が……!『女の子だから少ししか食べられない』という虚偽のデータと、海の幸とバケツによる非科学的なカロリーの暴力に、押し潰される!」
第10話:別腹の最終兵器、寸胴プリン
そして、理性の墓場は、デザートで完成した。
「さあ、コウタくん。〆はデザートよ!デザートは別腹だから、いくらでも食べられるわ!」
ユウコが巨大な荷台で運んできたのは、ラーメン屋で豚骨スープを煮込むための特大サイズのアルミ製『寸胴鍋』だった。蓋が開けられると、直径50cm以上、深さ30cmはあるだろう、黄金色の巨大なプリンが湯気を立てて鎮座している。
「待て!なぜプリンがラーメン屋の寸胴鍋に入っている!そして、『別腹』という非科学的な概念を、『スープ用寸胴』という物理的な容器で表現するな!」
俺の頭脳は、目の前の「豚骨スープ鍋サイズのプリン」という非合理な質量のギャップを処理できず、完全に白煙を上げた。
「これが、女の子の別腹よ。レイコと二人で400kg分の愛情を込めて作ったんだから!」
「デザートは、理屈じゃない!魂なんだよ、コウタ!」
レイコは、タライラーメンの残骸を寸胴鍋に放り投げ、巨大なスコップスプーンでプリンを掬い始めた。そのプリンの量は、俺の頭蓋骨一つ分に相当する。
コウタが抵抗する間もなく、400kgの巨漢二人は、互いに寸胴プリンをスコップでぶつけ合いながら、歓喜の叫びを上げ始めた。
50Lのプリンは、一瞬で体積を減らしていく。
ラーメンスープを煮込むための寸胴鍋の底が露呈したとき、俺の理性の灯は完全に消えた。
「ああああ……!俺は今日、70歳の合理性にも、400kgの静かな熱量にも、そしてラーメン屋の寸胴プリンという別腹の物理的暴力にも……敗北した……!」
コウタの運命は、規格外な幼馴染みの非科学的な食欲と巨大なデザートによって、今日も一方的に握りつぶされていくのだった。




