第15話 一緒に帰ろう
秋になった。
私は旦那様に、肌寒くなってきましたね、と言った。
その翌日の夜に、綺麗なコートが届いた。
***
旦那様は騎士団の第二師団長だから、一年の半分を王都での騎士団業務に費やす。そして残りの半分は、領地であるロウデン領に戻ってロウデン家の後継ぎとして生活を送る。
「……シーナ。今日、騎士団の用事が片付く。準備をしてくれないか」
ある朝に、旦那様はそうおっしゃった。
いよいよそのときが来た、とわかって、旦那様が騎士団本部に向かったあと、マイラさんと一緒に荷造りをした。
旦那様がお帰りになって、夜ご飯を食べて眠り、早朝に王都を発った。
大通りを南に、そのままずっと、ずっと、南に向かい、途中に西に曲がる。
一つの山を越えて、夜になる。予定通りそこの宿で一泊をする。
翌朝には少し舗装の剥げた道を南西の方向に向かい続ける。
そして昼頃にロウデン領の、ロウデン本邸に着いた。
馬車を降りてすぐ、屋敷の門の向こうに使用人たちがずらっと並んでいるのが見えた。
たくさんの執事に、経験が豊富そうなメイドさんたち。まだ幼い子供も多くいて、奉公に来ているのだろうか。
貴人の帰りを迎えるとはこういうことか、と思う。
旦那様は私より先に馬車を降り、手を差し伸べてくれたので、私はその手を取って馬車を降りる。
その先にどうすればいいのかわからなかったけれど、旦那様は私の腕を引っ張り、強く組んでそのまま歩みを始めた。私は促されるまま、旦那様についていく。
執事の手によって門が開かれる。旦那様は前庭に足を踏み入れて、悠々と歩いていく。
「「「「「アルヴェンダール様! 奥様! お帰りなさいませ」」」」」
訓練された挨拶に、私は慄いてしまう。
頭を上げて、じっと私たちを見る使用人さんたちは格調高いふるまいと視線で私たちを見つめるけれど、その中にどうしようもなく、私に対する好奇の視線が混じっていることがわかる。
玄関前には、旦那様のお父様で私のお義父様にあたる、すなわちロウデン侯爵が待っていた。
旦那様と同じく、日光を乱反射する銀色の髪。背はすごく高い。けれど旦那様よりずっと体の線が太く、たっぷり髭を蓄えていて、話す前からどこか気持ちの良い、闊達さを想起させる。
「よく帰ったアルヴェンダール。そして、シーナ殿。お初にお目にかかる。私はカエド=ロウデン。ロウデン家の当主だ」
侯爵様は私の目を優しく見つめて、言った。
「ようこそ。ロウデンへ」
***
旦那様は自室へ、そして私はマイラさんに、旦那様のお母様がかつて住まわれていた区画に案内された。
区画、というのは、屋敷にある男子禁制の、奥方だけの部屋部屋のことだ。
自然とそういう扱いを受けて、私は驚きととんでもない緊張に見舞われてしまった。客室ではなくここを私室として使ってほしい、ということの意味は、さすがの私にもわかる。
こういう場所は、ペンフィールドの実家で、継母とミラベルが住んでいたところだ。
「ま、マイラさん。わ、わたくし、こんなところに案内されてしまっても、その、何をすればいいか」
「……?」
「わたくしには、その、過分すぎます、これではまるで」
「なーにをおっしゃっているのですか。シーナ様はロウデン家の女主人になるのですよ?」
マイラさんはさも当然かのように言う。
……やっぱり、そうなんだ。
「で、でも、わたくしに、そんな、誰かの主人だなんて」
「これは自然なことです。奥様がおられないロウデン家では、むしろ坊ちゃまが早く結婚をして、家政の長となるお方を迎えることが望まれていました」
「そ、やはりわたくしには、過分で」
「女主人が不在では、この私が家を家政婦長として切り盛りすることになってしまうのです。それこそ私には過分です。使用人たちにどう説明するというのです」
「うう……」
「旦那様もそのつもりで縁談を受けています。胸をしゃんと張ってください」
マイラさんが初めて「旦那様」と言うのを聞いて、私は少し止まった。
そうだ。私にとっての旦那様はアルヴェンダール様だけれど、マイラさんたち使用人にとっての旦那様は、あの侯爵様なんだ。
「で、でも、でも、この家のことも、土地のことも、何も、わからないし」
「……そうですねぇ」
マイラさんはそこで、思案するようにした。
「もちろん、覚えていただかないといけないことは多々あります。けれど、ロウデンのやり方をするべきだとは、私は思いません。坊ちゃまも旦那様も、それは望んでおられないかと」
私にはそれが、どういうことかわからなかった。
「先ほど、坊ちゃまとシーナ様をお迎えした使用人たちを見て、違和感はありませんでしたか?」
「違和感、ですか?」
「シーナ様と同じ年頃の娘がいなかったでしょう」
思い返してみると、そうだったかもしれない。
メイドさんたちはみんな経験豊富そうな中年の女性ばかりで、あとは数名の、奉公に来ているであろう子供たちだけだ。
それからマイラさんは、過去の話を始めた。
三年ほど前、侯爵様がアルヴェンダール様の縁談に苦心していたころ、騎士団の関係の貴族ではなく、ロウデン領の有力者の娘との結婚を断行したことがあるそうだ。
ロウデン領では、妻とは、とかく強い女であることが求められるという。それ自体は伝統的に問題がなかったけれど、アルヴェンダール様が挙げた戦果と、そして当時のロウデン領での権力争いが組み合わさって、家は大変なことになった。
そのときに来た女性というのが、すごく典型的なロウデンの妻になった上で、てきぱきと家事を仕切り、そして、他の有力者とも連絡を取るだとかして、実家の権力を増そうとする野心があったらしい。しかし、アルヴェンダール様は彼女を愛さなかった。肝心の後継ぎの意思を汲まないまま権力を振るおうとした彼女のせいで屋敷は崩壊し、ついにその女性は、無理に子を為した上で、侯爵様を毒殺しようとまで画策した。
それ以来、アルヴェンダール様は、一種の、特に同年代の女性不信に陥ったそうだ。
以後ロウデン家では妙齢のメイドは全員解雇し、そういった危険性のない、安全な年齢の者だけで使用人だけで固めるようになったという。
「……そんなことが」
「ですからね。必要なことは私がお教えしますけれど、シーナ様は、とかく自然体でいてください。そうしていればきっと良いようになります。旦那様にも、坊ちゃまにも、我々、使用人たちにとっても」
そう言われてしまったら、私はもう、頷くしかない。
マイラさんは最後に、でも、一つだけアドバイスがあります、と言って、次のように続けた。
「ごめんなさい、だけは禁止です! 代わりに、ありがとう、とおっしゃってください!」




