第11話 幸せになれるだなんて思わないでね
花嫁のミラベルに、花婿のエルリック=レイヴンシェイドさんが身廊を並んで歩く様は、まるで絵画のようだった。
エルリックさんの髪色はミラベルと同じく燦々と輝く金髪。騎士らしく背も高くてすらっとして、身のこなしは自信に満ちていて軽く、社交界で浮名を流してきたこともよくわかる。
驚くのが、その師団長という高い地位にもかかわらず、誰にも重圧を与えないような朗らかさだった。常にうっすらと微笑みを浮かべているようで、まるで太陽のような、天性の明るさがあるようだ。
人によっては、旦那様とエルリックさんは、騎士団の中でも対の存在かのように語られるという。私にもそれが納得いくような、そういう御仁に見えた。
そして、ウェディングドレスを纏ったミラベルは、こんなにも綺麗なのかと思った。
たなびく純白のヴェールに、ステンドグラスを通った陽光を反射させ、キラキラと光るかのようなレースの装飾。あのアメジストの瞳が瞬くたびに、長いまつ毛が、時が流れるのがわかるほどゆったりとお辞儀をする。
あの奔放な彼女が打って変わって、幸せを噛みしめるかのようにしずしずと歩む様は、まるで非現実的な妖精のようだ。
ぞっとするほどに恐ろしく、美しい。
過剰なくらいだ。
私にはその感覚が、初めて旦那様とお会いしたときに近しいものだとわかってしまった。
それで、私の結婚で式が行われなかったことに思い当たって、ちょっとだけホッとする。
もしも、もしもまかり間違って、私が結婚式で旦那様と並んでいたら、どれほどみすぼらしく見えていたことだろう。
──旦那様に見劣りせず、恥をかかせない、立派な花嫁になれるのは、ミラベルのような女の子だけなのだ。
この光景を見せられては、そう思わざるを得なかった。
新郎新婦は祭壇の前に立ち、神父様から言葉を賜って、互いに誓いの言葉を述べる。
ミラベルはその途中で、ちょっと噛みそうになってはにかんでいた。恥ずかしそうにして、周囲もクスリとほほ笑んでいたけれど、それも全部含めて、幸せが溢れるかのような空気で礼拝堂が満たされていく。
私もそれで悪い気がするわけもなくて、これからは良いことだけが待っているかのような期待感に胸を躍らせる。
これで、すべてはうまく行ったはずなのだ。
私は家に言われた結婚を果たした。
旦那様はとてもやさしくて、私は良くしてもらってばかりで、申し訳なるくらい。
そしてその結果、私の結婚が一助となって、ミラベルは望む結婚をした。今まさに彼女はあれだけ幸せそうで、両親も感慨深そうに彼女を見つめるのみだ。
何も、何も、悪いことは起きてない。
起きていないはずだ。
***
旦那様とはきちんと話して、披露宴には、挨拶にだけ伺おうということになった。
教会の外の披露宴会場は人でごった返していた。
公爵かつ師団長たる新郎の来賓が一番多かった。聞くところによると、エルリックさんの両親は早逝していて、そのせいで彼は若くして公爵位を継がねばならず、いろんな人の協力を受けて今の立場まで来たそうだ。
新婦側、つまりミラベル側の来賓もそこそこ。たくさんの学友と、家にいたころに何度か見た、ペンフィールドの関係者もいる。
対して私たちは、私と旦那様と、マイラさんの三人だけ。
圧倒されるようだったけれど、それをわかってくれたのか、旦那様はそっと私の背中に手を当ててくれる。
「すまんな、シーナ。負担をかけて」
「いえ」
私はなんとか毅然と答える。
「妹の結婚式に来られたのですから。何を負担に思うことが、ありましょうか」
「……そうか」
新郎新婦は順繰りに挨拶周りを済ませ、どんどんと近づいてくる。
両親もついてきている。きっと当たり前に、私と旦那様と話すつもりでいる。
もうじきだ。もうじき私は、久しぶりに家族と話す。
──もしも、もしもこれから、家族と対等に話せる時が来るというのなら。
聞かねばと思った。
命の魔法とはなんなのか。
私の本当のお母さまは、なぜ死んだのか。
そして、どうして私は、あんな目に遭っていて。
みんなは私のことを、どう思っていたのか。
「アルヴェンダール!」
最初に、新郎のエルリックさんが旦那様に声をかけた。
「……久々だな。エルリック」
「同じ年に入学、卒業、入隊、そして結婚! いやぁ僕らは運命の友ってやつだね」
「また調子のいい──」
エルリックさんは噂と、そして見た目の通り、とても明るい人のようだった。
けれど彼のおかげで旦那様が少しだけ私から離れてしまった。マイラさんは私と旦那様のどちらにつけばいいか判断しようとしていて、そして一瞬、迷ったように見えた。
その一瞬に、花嫁姿のミラベルが急に、私の前にやってきた。
「お姉さま!」
なんとミラベルは、私に抱き着いてきた。
過去にそんなことなんて一度もなくて、そもそもミラベルが私に触れようとしたことなんてあるわけもなくて、なのに、こんなことをしたということは。
もしかして。
もしかして、私のことを。
彼女の背越しに両親を見る。
二人とも、前に見たような敵意を感じない。
だけれど、抱き着いてきて、私の耳に接近したミラベルの口から聞こえてきた言葉は。
──本当に、似合ってないわね。
自分の耳を疑った。
「さっさと殺されるかと思ったんだけれど、ずいぶん着飾らせてもらっちゃって、ばっかみたい」
私はそれで、固まってしまった。
振り払うことなどできなかった。
「あなた、そういう服の意味とか、なんにもわからないのにね。なんの意思もないお人形さん。あなたはずっと、生涯、私のために死ななきゃいけないのに」
ミラベルは私を抱きしめながら、あのときと変わらぬ意地の悪い顔で囁いた。
「お姉さまが幸せになれるだなんて思わないでね?」




