表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

奈落の底で

テーマ:借金による絶望、自己破壊、そしてわずかな希望の探求


借金という重いテーマを通じて人間の弱さと強さを描き、読者に深い感情的共鳴を呼び起こす

東京の裏通り、薄汚れたアパートの部屋に、佐藤悠斗は蹲っていた。携帯電話がけたたましく鳴り、画面には「非通知」の文字。心臓が締め付けられる。闇金業者からの着信だ。「3日以内に200万円。さもなきゃ臓器か死かだ」。昨夜、倉庫で受けた拳の痛みがまだ残る。悠斗は震える手で酒瓶を掴み、喉に流し込んだ。焼けるような感覚が、恐怖を一瞬だけ誤魔化した。


悠斗、37歳。かつては中堅企業の営業マンとして、妻子と笑顔に満ちた生活を送っていた。だが、ギャンブル依存と詐欺的な投資話に溺れ、6000万円の借金を背負った。妻の美咲は娘の彩花を連れて去り、悠斗に残されたのは孤独と絶望だけだ。部屋の壁には、彩花の幼い頃の写真が一枚、埃をかぶって貼られている。

その夜、かつての同僚・田中からの連絡が来た。「一発逆転の仕事がある。100万稼げるぞ」。悠斗の目は一瞬輝いたが、胸の奥で警鐘が鳴った。それでも、選択肢はなかった。娘からのメッセージが脳裏に蘇る。「パパ、彩花、病気なの。助けて」。美咲の冷たい声が続く。「もう関わらないで」。悠斗は歯を食いしばり、田中の待つ裏通りの喫茶店へ向かった。


喫茶店の薄暗い一角で、田中はニヤリと笑った。「簡単だ。鞄を運ぶだけ。報酬は即金」。悠斗は頷き、詳細を聞かず鞄を受け取った。指定されたビルの裏口に着くと、突然サイレンが響き、警官の声が迫る。「動くな!」。悠斗は反射的に走り出した。裏路地の濡れた舗道、街灯の点滅、背後の足音。心臓が破裂しそうだった。路地のゴミ箱に身を隠し、息を殺す。警官が通り過ぎると、鞄を握りしめ、田中のアジトへ戻った。

だが、田中は冷たく笑う。「報酬? 悪いな、俺の取り分だ」。悠斗の怒りが爆発したが、田中の背後に現れた屈強な男たちに気圧される。「お前、闇金に借金増やしたかったか?」。その言葉に、悠斗の膝は崩れた。田中はさらに追い打ちをかける。「次は裏カジノだ。一晩で借金全部チャラにできるぜ。負けたら? まぁ、命はないな」。


裏カジノは、煙と汗の匂いが充満する地下室だった。テーブルの向こうで、ディーラーが無表情にカードを切る。客たちの叫び声、チップの音、時計の秒針。悠斗の手は汗で濡れ、震えていた。200万円の借金を返すには、ここで勝つしかない。賭け金は命そのものだ。

最初は運が良かった。チップの山が育ち、600万、800万と膨らむ。だが、ディーラーの目が一瞬光った。次の瞬間、悠斗の手札は無残に崩れ、全てを失った。「イカサマだ!」。叫んだ瞬間、男たちに取り押さえられ、裏口から放り出される。追っ手が迫る中、悠斗は川沿いの廃工場に逃げ込んだ。


冷たいコンクリートの床で、悠斗は血を流しながら横たわっていた。肋骨が折れ、息をするたびに激痛が走る。娘の笑顔が脳裏に浮かぶ。「パパ、彩花、怖いよ」。闇金からの脅迫が耳に響く。「娘の居場所、知ってるぞ。金がなきゃ売るだけだ」。悠斗の視界が暗くなり、死がすぐそこに迫る。

その時、ガサガサと音がして、ボロボロの老人が現れた。山本と名乗るホームレスだ。「お前も奈落の底か。俺もだ」。老人は汚れた布で悠斗の傷を拭き、乾いたパンを分けてくれた。「死にたいなら勝手に死ね。だが、生きるのはもっと苦しいぜ」。その言葉が、悠斗の心に突き刺さった。彩花の笑顔が再び浮かぶ。死ぬのは簡単だ。だが、娘を置いて死ねるか?


翌朝、悠斗はよろめきながら廃工場を出た。老人から聞いた無料法律相談所の住所を握りしめ、歩き出す。背後で車のエンジン音が聞こえる。闇金の追っ手だ。悠斗は振り返らず、歯を食いしばって歩いた。その夜、自助グループの薄暗い部屋で、初めて自分の過去を語った。「俺は…まだ終わってない」。涙が頬を伝う。外では、車のライトが不気味に光る。

悠斗の闘いは終わらない。借金の鎖は彼を縛り、闇はすぐ背後に迫る。それでも、彼は一歩を踏み出した。奈落の底で、微かな光を信じて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ