第七話 身代わり
「風魔法———」
「ガァアアアアアア!」
アリアドネが詠唱を始めると同時に隙を見たのかその熊は拳をアリアドネにむけて振り下ろす。
「ばーか、わかっておるわい」
するとそうされると事前にわかっていたかのようにアリアドネはちらと熊の方を見て三角形にしていた両の手を片手にし、掌を向け、魔法陣を顕現させた。
ガギンと鈍い音を立て、熊の拳はその魔法陣によって見事に阻まれた。
そしてアリアドネは余裕の笑みを浮かべ、再度両手の指と指を合わせ、胸の前で三角を作り、詠唱を続ける。
「風魔法———風の矢!」
そう言い放った直後、アリアドネの胸の前にアリアドネの数倍はあるであろう特大の魔法陣が展開され、そこから大量の緑のオーラを纏った矢のようなものが放たれ、熊に襲い掛かる。
「ウガアアアア!ガアアア!」
体中に矢が刺さり、そこから血が溢れ、体を搔きむしるようにして暴れる。
「まったく…この生き物は学習というものをしないのかの?」
アリアドネが矢を放ちながらそう言う。
「ウゥウウ…ガルルルル…」
熊の動きが止まった。
「何?」
そう思うのも束の間、熊は勢いよく地面に向かって拳を叩きつけ、土埃を撒き散らす。
「くっ…」
少しアリアドネが怯んだその隙を狙ってか、熊がアリアドネに突進する。
「シールド!———あっ!」
遅いでシールドを出そうとしたが遅い。一手先に木の幹程あるであろう熊の腕がアリアドネを襲い、吹っ飛ばされる。
「くそ…なかなか…やりおるの」
アリアドネが額の汗を拭うと何か汗とは違うものが手についた。
「…ふっ、このわしに血を垂らせるとはの」
顔をしかめず、逆に熊の方を見てにやりとしてみせた。
それと同時にアリアドネは足に力を籠め、一瞬のうちに熊の背後に回り、至近距離で魔方陣を展開させた。
「終わりじゃ」
数多の矢が熊の全身を貫き、血が噴き出す。
「ウガアアアアアアアアア!ガアア!」
必死にもがき、アリアドネを殴ろうとこぶしを振り回すがその手は届かず、ついにその巨体が倒れ、うめき声が聞こえなくなった。
アリアドネは静かに地面に降り立ち、残りの熊に目を向ける。
「お主らのリーダーは倒した、逃げるなら今のうちじゃぞ」
そういいながら手のひらを顔の前に差し出し、魔法の準備をする。
「ま、逃げても倒すが———ん?」
何かがおかしい。そう思い、今一度その熊達に目を———達?今目の前には一体しかいない。アリアドネの記憶違いだろうか。確か後二体いたはずである。なのに一体しかいない。
もう一体はどこに———
「ウガアアアアアアアア!」
「———ウグッ!」
気づいたときには遅かった。二体のうち一体がいつの間にかアリアドネの背後に回り、見事に拳をアリアドネの腹部に命中させ吹き飛ばす。
「こんの…」
「オオオオオオ!」
そしてすかさず二体目が拳を振り上げアリアドネに追い討ちをかける。
「ぐはっ———!」
両腕を前で交差し、身を守ろうとしたが遅く、またもや腹部に命中し、ついに口から血が噴き出る。
「まだ…じゃ」
「グオオオオオオオオオ!」
止めを刺そうと二体の熊が同時に拳を振り上げ、アリアドネを襲おうとする。
———が、その手は小さな手によって止まる。
「…風魔法…風の呻き声」
右手の拳に風を纏わせ、それを熊二体の拳を見事受け止めていた。
「うおおおおおおおお!」
そして左手にも風を纏わせ、ついに熊の拳を弾いた。
「ケホッ、おい、どうした…かかってこい」
血が滴り落ち、フラフラの状態でアリアドネは煽る。
「ウガアアアアアアア!」
威嚇する熊の隙を見てアリアドネは再度熊の背後へ即座に移動し、両手を掲げる———が
「カハッ———!」
先の親玉の戦闘で学習したのだろう。背後に回ったアリアドネをいともたやすく地面に叩きつける。
「く…そ、なんじゃ…学習能力、あるではないか…」
頭をやられたのだろう、視界がぼんやりとしてくる。
その視界の中、アリアドネは決死の覚悟で両手を前に掲げ、唱える。
「風魔法…」
集中しているからか鼻から血がしたたり落ちる。
「風の呻き声」
両手の拳に風を纏った後、もう一つ魔法を唱える。
「風魔法…世の風…!」
そう言うと、左目から糸のようなオーラが出現し、拳に纏っている風の影響か、更に勢いを増した台風の様な渦を巻く風が、二体を襲う。
そして、力を失ったかのように両腕を地面に下ろした。
熊の体を引き裂いているのだろう、次第にその渦の色が血の色に変わっていく。
「———なん…じゃと…」
その光景を眺めるや否や、中から地面を揺らすような地響きが聞こえてきた。それもこちらに向かってきているように聞こえる。
「あれを…凌いだ、のか…!?」
「グルルルルルゥ…」
その地響きは次第にアリアドネに近づき、ついにその姿を現した。
それを見てアリアドネは目を見開く。
「仲間を…盾にして…この渦を、突破したじゃと…」
そう、その熊はなんともう一体の熊の角と腕を鷲掴みし、その熊を盾にして、この風の渦を突破してきたのだ。
その盾にされた熊は血まみれになり、もう身動きも取れないのか、ビクともしなかった。
「ガアアアアア!」
ついに完全に風の渦を抜け出した熊は盾としていた仲間をリーダーと思われる熊の亡骸と同じ場所に投げ捨てた。
盾にしていたためか、傷一つついていないその体は、息も絶え絶えなアリアドネに向けられた。
「ふっ…わしも、ここまでかの…城を抜け出した代償がこれとは…何とも惨いものじゃの…」
頭から、鼻から、腹部から、あらゆるとこから血を流しているアリアドネは力なく後ずさりをし、木にもたれかかる。
「何とか、外して…木に拳をぶつけて…痛み悶えてくれないかの……?」
「ガアアアア…」
ゆっくりと熊が拳を振り上げる。表情こそわからないが、どこか余裕の面持ちをしているように見えた。
「…ま、そう上手くはいかぬか…」
アリアドネはゆっくりと目をつぶり、覚悟を決める。
「グアアアアアアアア!」
何か大きなものが頬を掠めた。
…まさか本当に拳を木にぶつけたのだろうか…そう思い恐る恐る目を開ける。
「———!?お主…」
「アリアドネさん…また寝てるんですか」
「…ふっ、そうじゃよ、どうやら寝てしまったようじゃ」
「…寝てていいですよ」
「りょーかーい……」
目の前にはずっと腰に着けていた真剣を抜き、見事に熊の拳をいなしている玲がそこにいた。
安心したかのようにアリアドネは目を閉じ、文字通り寝てしまった。もちろんそのままにしておくわけにはいかないので、オリヴィアが洞窟にアリアドネを引きずり、中で横にさせた。
「さて…運良くいなせたもののどうするかな…」
熊が再び立ち上がり、玲を睨みつける。
「ま、やらなきゃ死、だもんな、やってやるよ」
柄を顔の横に持っていき、両手でしっかりと握り、上体を低く構え、剣先を相手の左手あたりに向ける。
そして集中し、目を閉じる。
「グルルルル…」
熊が腕を振り上げたのが感じ取れた。それでもまだ動かず、構えの姿勢を崩さない。
「ガアアアアアア!」
「…今」
体を捻り、拳を頬ギリギリで躱す。
「うおおおおおおおお!」
躱した後、その遠心力を利用し、刃を下から上げ、熊の左腕に深い切り傷を作った。
「なかなかの切れ味だな…さすが真剣」
「ウグオオオオアアアアアア!」
真剣に感心しているのも束の間。熊はすかさず右手で玲に向けて拳を下ろす。
「わかってるっての…!」
今度はジャンプし、熊の腕の上に乗り勢いよく刀を振り下ろす。
「ウグアアアアア!」
ザクっという音と共に熊の右手が地に落ち、血が噴水のように吹き出る。
その隙を見逃さず、玲は素早く背後に回り、右足の健を狙う。
「ここ…!」
そしてすかさず真剣を振り下ろし、熊の腱を切り、右足を崩す。
「ウガアアア!ウガアアアアアア!」
熊が左腕を振り、玲を攻撃しようとするが、前より動きが鈍くなっており、簡単によけられる。
「すいませんが、このままいかしてもらいますよ…!」
左腕を避けた勢いで左足の腱も狙い、刀を振り上げる。
が、熊も大人しくはやられてはくれず、右膝に体重を乗せ、左足を上げ躱される。
「なっ———!」
驚いているのも束の間、熊は左足を下ろし、玲を踏み潰そうとする。
「レイ様!」
横から自分の名前を呼ばれ、振り向くと同時に、強い風が玲の頬を掠め、熊の左足に命中し、倒れる。
「オリヴィアさん!」
「私にはこれぐらいしかできませんが…」
「いえ、本当に助かりました」
「はぅ、そ、そうですか?ど、どういたしまして、です…」
オリヴィアがまた赤面し、両手で顔を覆い、体をモジモジさせる。
そんな会話を中断させるかのように、熊がこちらに向けて威嚇するかのように吠える。
「オリヴィアさん、本当にありがとうございます、僕が何とかしますので、あなたは下がっててください」
「はい…お、お気をつけて…」
一瞬オリヴィアは自分も加勢しようか迷ったが、玲の勇気を見てか、心配しながらも素直に洞窟に戻った。
「…来い」
それを合図に、熊が右足を引きずりながらこちらに向かってくる。
「グルアアアアアアアアア!」
残った左腕を振り上げ、玲に向って振り下ろす。
「あぶねっ」
玲は一歩後ろに下がり、間一髪で躱し左の甲に真剣を突き刺した。
「ウグアアアア…」
熊は腕から真剣を抜こうと腕を上に上げたが、それが間違いだった。
「ありがとよ…!」
その真剣の柄をしっかり握り、真剣と一緒に振り上げられていたのだ。
玲は熊の頭と同じ位置まで上げられたのを確認し、手の甲に何とか足を乗せ、真剣を抜き、左肩に着地する。
「ウガアアア!ウウウウウガアアアアア!」
熊は左手で自分の肩を殴ろうとしたが、玲は熊の体毛を掴み右肩に移動し避けられる。
「終わりだ」
何度か殴り避けられを繰り返していくうちについに疲弊したのか、熊の動きが著しく遅くなったのが見て取れた。
玲は熊の首の後ろに回り、真剣を突き立てる。
「お前は強かったよ、とても」
「グルル、グアアア…」
最後の抵抗なのだろう、熊が左腕を上げ玲を殴ろうとするが、その拳が届くよりも先に、玲の剣先が熊の首を一太刀で切る。
「…ふぅ…」
ようやく終わったと周りを見渡すと、そこには二体の熊の亡骸と、アリアドネを寝かしつけているオリヴィアが安堵の表情でこちらを微笑みながら見ていた。
———数時間後———
「ん、むぁ?」
「———!あ、起きましたよ!レイ様!」
「本当ですか!良かったです…」
数時間の介護の後、ついにアリアドネが起きた。
そしてアリアドネはゆっくりと玲の方を見る。
「お、お主…生きて…」
「はい…?」
「あぁ、いや、生きててよかった…本当にやったんじゃな」
「アリアドネ様、もっと感謝した方がよろしいかと」
オリヴィアがじっとアリアドネを見つめ、アリアドネが気まずそうに目を逸らす。
「アリアドネ様?」
「わ、わかっとるわい…」
アリアドネが玲の方にゆっくりとドレスの裾を地面に擦らせながら歩み寄ってくる。
「べ、別に僕は何も感謝されるようなことは…」
「い、いいから…」
すると急に鼻を摘まんできた。
「ふぎゅっ…なにを…」
「…さっきは、助けてくれて…ありがとう…感謝…するぞ」
そう言い、何故か赤面し、目が合うなり逸らした。
「…どういたしまして」
玲は鼻を摘ままれながらそう返した。
…なぜ鼻を摘まむのだろうか。確か前にも摘ままれたような…そう疑問に思っているとようやくアリアドネは摘まんでいた手を離した。
「えっと…前から思ってたんですが、何故鼻を?」
「う、うるさい!そ、そんなこと…ど、どうでもよいではないか…全く…」
「えぇ…」
アリアドネがこれまでにないぐらい赤面して何かブツブツ言いながらそっぽを向いた。
「ふふっ」
オリヴィアはまるで家族のじゃれ合いを見ているように微笑んだ。
「楽しいですね」
オリヴィアがそう言うと、玲とアリアドネがオリヴィアの方を見て少しぽかんとしていたが、やがて微笑む。
「…じゃな」
「ですね」
オリヴィアが外を見るともうすっかり夜になって辺りが暗くなっていた。
「…もうこんな時間になってしまいましたね、そろそろ寝ますか?」
「そうじゃの、ほれ、布団は用意したぞ」
「だからなんでそんなに用意周到なんですか…」
「まぁまぁいいではないか、ほれ、ランタン消すぞ」
ランタンの火を消し、すっかり暗くなった景色の中、玲は頭の中で、案外この生活も楽しいかもしれなと思いながら目をつぶる。
———ガサッ……
「…あんな辺鄙な場所に本当にいるってのか?」
男が一人でぶつぶつと木の影に隠れ、身を低くしながら呟く。
「まぁいい…なんにせよ」
男は強く拳を握りしめ、とある洞窟を見ながら言う。
「待ってろよ…我が妹」
皆さんこんにちは!隠岐供契です!
今回の話も読んでくれてありがとうございます!
第七話、いかがでしたでしょうか?
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「別界勇者」は毎週金曜日の20時投稿です!乞うご期待ください!!




