第四話 出身地
「おとなのおねえさんって…」
「そのままの意味じゃよ?」
おとなのおねえさん。その言葉は、どうも吞み込みずらかった。それを言った張本人であるアリアドネは、どこからどう見ても子供であるからだ。
そう思いながらしばらく見つめていると
「な、なんじゃ…そんなに見つめよって…」
見つめすぎたのだろう。アリアドネは身を守るように腕を組み、少し赤面しながらこちらを怪しい人を見るかのような目で見ている。
「あ、す、すいません…でも大人って…」
「なんじゃ!見た目が小さいからって子供扱いするのか⁉」
アリアドネは頬を膨らまし、腕をバタバタさせながらこちらをにらみながらそう言ってくる。
「す、すいません…」
そういう仕草が子供っぽいのだがと頭の中で考えながらとりあえず謝っておく。
「ま、別にいいがの」
しかたなく許してやるというかのように、手をひらひらとさせながらそう言った。
「…これは、まぁ、わしが望んでこの姿になったんじゃからな…」
突然アリアドネが意味深な発言をした。玲にはわけがわからなかった。だってそうだろう。誰しも望んで大人になってから子供になれもしないし、子供の時にすぐに大人になりたいと言って望んで大人になることももちろんできない。子供の頃に戻りたいと言う大人はたくさん見てきた。もしそんなことができたら世界はきっと子供だらけになるだろう。
「望んで…?どういうことですか…?」
「ん?まぁ、いろいろとあったんじゃよ」
ますます意味がわからなくなってきた。いろいろとあって大人が子供になってたら本当に世界は子供だらけになってしまうではないか。
「いろいろって…」
「い、いいから!そ、そのままの意味じゃ!今はそれだけわかってればよい……」
何か隠しているのか、もしくは言ったら恥ずかしいことでもあるのだろうか、アリアドネは沸騰しそうなほど顔を赤くして、ついには顔をそむけてしまった。これ以上聞いてもなにも得るものはないと思った玲はとりあえず聞かないことにした。
少し気まずい雰囲気の中、紅茶を啜る音だけが、小さなキャンプの中に響き渡る。
そんな中、アリアドネが口を開く。
「そうじゃった……レイ、お主に一つ聞きたいことがあってな」
「なんでしょう?」
そういうとアリアドネはティーカップを机に置き、玲の腰部分を指さした。
「それじゃよ。その剣、どこから手に入れた?」
「あぁ、これですか。これは僕の師範からもらったものなんですよ」
するとアリアドネはたちまち訝し気な顔をした。しまった。なにか変なことを言ってしまっただろうか。そう考えていると、尋問のように聞いてくる。
「剣士なのか?」
「い、いえ……」
するとさらに警戒心をあらわにした。一体何なんだと考えながら、アリアドネの問に答えていく。
「剣士じゃないのなら、剣は持ってはいけないはずじゃが?」
何を言っているのだろうか。そもそも剣士は日本にはいない。むしろいたらニュース沙汰になっているに違いない。……しかしこのアリアドネの言い方だとまるで剣士がいるかのように聞こえる。
「ふむ……」
少し玲が黙っていると、アリアドネが口を開いた。
「お主はつくづくおかしな奴じゃな……わしの名前を聞いても何も反応はなし、見たところその貰ったとかいう剣の所持も、ま、あげたやつもそうじゃが、お主も剣士じゃない限り禁止されていると知らないようじゃ……」
そういいつつ、犯人を追いつめる刑事のようにじりじりと顔を近づけてくる。
そして、さらに意味の分からないことを言ってきた。
「お主……一体どこから来たんじゃ?」
「———え?」
どこから……そういわれても、日本としか言えない。
「ど、どういうことですか……?」
「そのままの意味じゃよ。どこから来た、そう聞いたのじゃよ」
出身地を言えば何かまずいことになるのだろうか、否、このまま黙ってさらに怪しまれても困る。ここは素直に言った方がよさそうだ。
「そ、そりゃ……日本……ですよ」
当然の回答をした。したのだが、アリアドネの方を見やると、どこか悲しいような、怯えているような、そんな表情をしていた。
「お、主……今なんと……」
「日ほ———っ」
「ニホン…そう言ったのか?」
なぜ片言なのだろう、日本がそんなに珍しいのだろうか。玲の言葉と重ねるようにしてそう言い、アリアドネはさらに深刻そうな顔をした。
「うーむ……これは困ったのう……」
アリアドネが頭を搔きながら何かを考えている。
「あ、あの……」
何かおかしなことを言ったかと聞こうとした瞬間、何かを決断したようにアリアドネが玲の肩を掴んで真剣な顔で見つめてくる。
「いいか、よく聞くのじゃ」
「は、はい……」
周りの空気が重くなった気がした。ゴクリと緊張で喉が鳴るのがわかった。
そして次のアリアドネの言葉に、玲は驚きと、困惑を隠せなかった。
「……日本、いや、お主の住んでいた地球は……もう、ないんじゃよ———」
———あれからどれだけの時間がっ経っただろう。
二時間?否もっとだろう。それだけの時間、玲はただ到底受け入れがたい、現実からかけ離れすぎている答えに、困惑していた。それは当然だろう。誰しも地球なくなりました、はいそうですかと受け入れられるはずがない。現に玲はこうして何時間も経ったというのにまだ受け入れられていない。ただ呆然と現実逃避をするかのようにアリアドネのテントを出てすぐの所にある大樹の根元に座りつくしていた。
そうしていると不意に後ろからアリアドネが心配したように話しかけてくる。
「レイ……その、すまんかった……」
「……アリアドネさん、さっきの話、嘘だと言ってくれますか?」
地面を見ながら玲はアリアドネに聞く。
「…………」
アリアドネが申し訳なさそうな顔で答える。
「……すまん、言えぬ……」
できれば嘘と言ってほしかった。普通言ってくれなくても嘘と思うだろう。しかし、アリアドネのその言葉からは、なぜか嘘だと思わせてくれなかった。もしくは、玲はとっくにこの信じがたい告白を受け入れてしまっているのかもしれない。剣に触れたらこの意味の分からない森で目覚めた時点で、ここが日本ではないどこかだと、そう思っていたのかもしれない。
しかし、ここが日本じゃないと思っていても、地球がなくなったという部分だけは、いつまでたっても信じられなかった。否、信じたくはなかった。
「地球がなくなったなんて、信じると、思いますか?」
「……まぁ、信じる信じないは、お主にまかせよう。わしは、歴史書に書いてあった通りに伝えただけで、わしが直接見たわけでもないからの。信じないならそれもいいじゃろ。それで今のお主が落ち着きを取り戻せるのならな」
アリアドネは玲を慰めるように、隣に座り、背中に手を添えてそう言った。
その手からはかすかな安心する温もりが感じ取れた。
「……本当に、すまんかったの」
「……いえ」
こういう時のアリアドネは、それこそ大人のお姉さんのような、そんな風格を身にまとっていて、本当に不思議な人だ。そんな人がわざわざ地球がなくなったと玲に伝えたのだ。なにか理由があってのことだろう。今はそう思うことにした。
———それから暫くして、ふぅとアリアドネが一息つくと立ち上がり、テントを指さした。
「さ、もう暗くなってきたし、寒くなってくる頃じゃろ。テントに入らぬか?……落ち着くのは、テントの中でもできるじゃろ?」
「……そう、ですね」
誘導されるがままにテントの中に入り、アリアドネはすぐに調理に入った。
「魚は好きかの?」
「まぁ、ほどほどには」
「なら塩焼きにするかの」
「……かなり和風———」
「やはりそう思うかの!?」
待ってましたと言わんばかりにアリアドネが玲の言葉を遮り、興奮気味に話してくる。
「実はな、歴史書にはかつての地球の料理も載っておってな。この魚の塩焼きは日本の調理方法らしく、まぁ、なんだ、その……ワフウ?を試したくなったのじゃ」
どうやら、少しでも玲の気持ちを和らげようと努力してくれているらしい。
それにしてもすごい歴史書だ。歴史のことだけじゃなく各国の料理も載っているなんて。そう思っているといい匂いが漂ってきた。魚の塩焼きができたらしい。
「どうじゃ?うまいかの?」
口に入れると魚の香ばしい匂いと共に魚独特の食感と染み出た油がじゅわっと中からはみ出てくる。
「おいしい……」
「そうか!それは———レイ?」
不意に師範と一緒にキャンプに行ったときのことを思い出した。
確かあの時も今のように師範が魚を焼いて塩焼きにしてくれて、そのあと川で豪快にこけて尻もちついて一週間程動けずにいたのだった。あの時は看病が大変だった。師範は患者のくせにあれしろこれしろととにかくうるさかった。別に魚に罪はないのに魚料理はもう嫌だとも言ってたっけ。
あの時はいい思い出だと思ってもいなかったが、今思い返すといい思い出であったのだろう。玲の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「お…いしい…です…」
魚を口に運びながら嗚咽した。
「レイ……」
アリアドネが玲の隣に座り、背中をさすりながら、何も言わず、しばらくの時を過ごした。
「すいません…つい師範のことを思い出してしまって…」
「いいんじゃよ、急にあんなこと言われて、一日も経たずして落ち着く方が逆に怖いじゃろ」
微笑みながらアリアドネは場を和ませようと冗談めかしてそう言った。
「はは、そうですね」
おかげで少し落ちついた気がする。しかしだからと言って信じたわけではない。決して。アリアドネが信じなくてもいいといったのだから今は信じないことにしよう。信じざる負えなくなった時に、初めて信じよう。そう玲は心に決めたと同時に、涙もようやく止まった。
「さ、もう夜も深くなってきた。寝るとするかの」
「はい、あ、布団……」
「ん?どうしたんじゃ?」
「あ、いやなんでも———」
そう言いかけてアリアドネの方を見ると、当然のように布団を二枚用意しており、もう完璧に敷いてあった。用意がよすぎる気もするが……今夜はその好意に感謝して甘えることにしよう。
「ありがとうございます……」
「ふふ、いいんじゃよ。こういうのはお互い様じゃろ?」
布団に入りながら突然不思議なことを言われた。お互い様?はたして彼女になにかしただろうか。してもらってばかりだと思うが、そう思ってつい聞いてしまう。
「えっと……何か僕しましたっけ……?」
そういうとポカンとした顔をして、ふふっとほほ笑んだ。
「何を言っておる。お主は、わしと出会ってくれたではないか」
出会ってくれた。それはこちらのセリフだ。死にかけて、もう希望もなくなって、もう誰かを呼ぶことしかできなくなっていた僕と出会ってくれた。あれほど人の出会いに感謝したことはない。
「あの時、お主ほど大変じゃなかったのかもしれない、じゃがな、水や食料はなんとか手に入っておったが、何分人の温もりに飢えておってな。もう誰もいないはずじゃったが、それでも誰かを呼ぶしかなかったんじゃよ。そこに、お主が来てくれた。あの時ほど人に感謝したことはないぞ?」
そう言ってアリアドネは横になりながら玲に微笑みかけた。
「そう……だったんですか……」
同じだ。この人も同じ気持ちだったんだ。そう思うと少し気持ちが楽になった気がした。
そしていつしか、布団の温もりと、人の温もりを感じながら、玲は眠りに落ちた。
———ガシャンガシャン———
何かの音が聞こえる。
———ガシャンガシャンガシャン———
鉄が衝突したような音が次第に大きくなってくる。
「ん……なにが……」
目を少しずつ開けると、そこには、布団から少し体を出したアリアドネが、緊張した面持ちで少しテントの入り口を開けて外を見ている。
「どうしたんですか———」
「レイ!起きたか!すぐに隠れろ!」
玲の言葉を遮るようにして、アリアドネは静かな声でこちらを見ずに注意喚起する。
「一体、どういう———はっ!?」
———見やるとそこには、大量の鎧を着た兵士と思われる人達が多数、アリアドネのテントの周りを囲っており、中から女性が一人、顔を出した。
皆さんこんにちは!隠岐供契です!
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「別界勇者」は毎週金曜日の20時投稿です!乞うご期待ください!!




