第二十六話 代理王女
「見逃せ……だと?」
アリアドネ国城下町。そこにはもはや町と呼べるほどの建物がなかった。ただ唯一遠くに聳え立つ城があるがゆえにここが城下町であったことを思い出させる。
今、この場所をそうたらしめた元凶が目の前にいた。
「そう、見逃してほしいんだぁ」
ゲノが真剣な表情から一変、満面の笑みを浮かべて肯定した。
「そんなの……」
「無理?なんで?」
後ろでアリアドネの手を握りながらゲノを睨むオリヴィアが声を上げるとそれに被せるようにして疑問を投げかける。
「決まってるでしょう?ここが焼け野原になっても私達は王なのです、こんな惨状を見逃すわけがない……」
ゲノはそれを聞くと困ったような顔をしまるで誤解だと言わんばかりに手を振る。
「何か勘違いしてるみたいだけど、これは君たちのためなんだよ?僕らはここまでして今更許しを請うような器じゃないからね?」
シャリオンは未だ警戒するように姿勢を低くしたまま口を開く。
「わからねぇな、なんでこれを見逃して、俺らのためになる」
「ん~、まぁこれをぜーんぶアルムちゃんの言伝だからぁ、僕もよくわかんないんだけど、一応説明するね?」
そう言いながらゲノは人差し指を顎に当て、少し間を置いてから続ける。
「えっとね、アルムちゃんは、さっきから言ってる真の平和ってやつを目指してるんだって、それが何かっていうと一度大きな罪が起きて、それを教訓に平和を保つ。これがその平和なんだって」
シャリオンは信じれないと言った表情でゲノを見つめる。
「そんな顔で見ないでよ~、まぁ、続けると、要するにアルムちゃんは一度も大きな罪が起きてないくせに平和をのうのうと語っている国を矯正したいんだって~」
そこでオリヴィアが何かに気付いたように顔を上げ、青ざめる。
「すいません……え、っと、大きな罪が起きていない国……と言いましたか?」
「うん、そだよ~、あ、もしかして気づいちゃった?」
ゲノがケタケタと笑っていると後ろで見守っていたロコがゲノの肩を掴む。
「ゲノ、もういいだろう、さっさと答えを」
「はは、そうだね~」
ゲノはロコの手を振り払いながらシャリオンに近づく。
「君たちの利点、そういやまだ言ってなかったね」
「あるなら言ってみろ。どうせないがな」
「君たちさ、毎日が平和で、疑問に思ったこと、なぁい?」
ゲノのその質問に首をかしげる。
「ん~だから、あ、これが平和だ!って、感じること、あった?」
シャリオンが未だ疑問符を浮かべていると、見かねたのかオリヴィアが前にでる。
「感じますよ。子供が笑い、親が育て、子供が大人になる。それを見届けるのが、私なりの平和です」
「本当にそうなのかなぁ?」
「どういうことですか」
オリヴィアは訝し気な表情で睨む。
「僕が殺した人達はね、全員後悔してたよ。後悔するってことはさ、つまり疑問を抱いてたってことじゃん?そして、それが死というきっかけで、明らかになった」
「そうしたのは……お前だろ!」
「嫌だな~、そうかっかしないでよ、まぁ確かにさ、後悔する後押しは僕かもだけど~、その土台は、君らが作ったんだよ?だってさ、ずっと本当に平和で、最高の日々を過ごしてたなら、最期は後悔なんてせず、安らかに―――」
聞いていられなくなったシャリオンがゲノに飛び掛かる。
「ん~、交渉は、決裂ってことでいいかい?要するに僕らを見逃せば、後世にこの大事件が語り継がれ、真の平和が訪れるのに?」
シャリオンの拳を難なく受け止め、その笑顔を崩さないまま問いかける。
「一回でもこう、ちょんってするだけで平和が崩れる、そんな危ない橋を渡るより、一度大きい教訓を皆に知らしめるほうがより強固な平和になるんじゃないの?」
シャリオンは怒りの表情を隠せないままゲノの腕を蹴り、一旦離れる。
「お前らな、なーんか、勘違いしてねーか?」
「ん?何が?」
シャリオンはゲノとロコを睨み、両手を前に掲げる。
「……交渉は決裂か」
「そうみたいだな」
ゲノとロコが前に出てきたのを確認すると、再度口を開く。
「お前らの罪を見逃そうと世間に公表しようと、俺は最初からお前ら二人を殺すつもりだったよ……」
シャリオンは一息つくと、詠唱を始める。
「炎魔法……曲芸師」
その一言の直後目の前に火の玉が無数に表れ、それぞれが変則的な動きをし、それが一斉に標的に向かう。
着弾した個所からは火柱が立ち、一瞬で目の前が焼け野原になる。
「これでわかったろ……また来世―――」
「来世が……なぁにぃ……?」
「お兄様!」
オリヴィアがシャリオンに駆け寄るが、おそらく遅い。
なぜならシャリオンが振り向くとほとんど同じタイミングでゲノが一瞬でシャリオンの背後に回り、肩に顎を乗せていたからだ。
ゲノが腕を振り上げ、魔法を口ずさむ。
「闇氷魔法・冷酷者」
するとゲノの指先から氷の茨の鞭のようなものが生え、それを振り下ろす。
シャリオンの肩にめり込み、抉った。
「ぐああああ!」
抉れたところから噴水のように血が噴き出て、膝から崩れ落ちる。
「くっ……ほ、炎魔法……!」
「させなーい」
上げかけていたシャリオンの手をゲノが踏みつぶし、骨がまるでガラスでできた花瓶のように砕けた。
「ああああぁあああぁぁぁあああ!」
「お兄様!ゲノ!この……」
「お姫様の相手は私……ですよ」
「―――っ」
オリヴィアが振り向くと至近距離にロコが立っており、既に手をオリヴィアの顔を覆うように構えていた。
「……闇炎魔法―――」
バンッ―――と、ロコが詠唱しようとした直後、破裂音がした。
「は……?」
見ると、ロコの構えたはずの腕がなくなっており、直後血しぶきが舞う。
「な、なにが……」
オリヴィアは顔に飛び散る血には目もくれず、破裂音がした方向を見る。
「あ、あなた……もしかして……それ……」
シャリオンもゲノに抉られた肩を抑え苦悶の表情を浮かべながら見ると、痛みよりも、驚きが勝った。
「……ヴォレット……何持って……」
皆の視線の先には銃のような武器を持った最近雇われたメイドであるヴォレット・B・オワゾニアが撃った自分に恐怖しているのか、肩を震わせ立っていた。
―――襲撃事件が起きる一時間前―――
「あの、そういえばこの部屋の中って……」
シャリオンとその妹オリヴィアがアリアドネ探索に向かって約一ヵ月、早くもメイド長になったヴォレットは捜索隊を出動させるか否かの会議を終え、副メイド長であるカミュ・ナタンと廊下を歩いていた。
「え?知らなかったんですか?ここは禁止魔道具庫ですよ」
「禁止魔道具庫……中に入っても?」
「だめですよ!何言ってるんですか~ここは王家の方しか立ち入ることができないんです!」
ヴォレットが申し訳なさそうに笑う。
「はは、申し訳ありません、何分最近入ったばかりですから……」
「そう考えるとすごいですよね~、アリアドネ国で初代代理王女をなされてるんですから」
歩きながら乾いた笑みを浮かべる。
「はい、でもよかったのでしょうか……アリアドネ様に黙って皆からの支持があるというだけで勝手に代理王女を……」
ヴォレットがこうして代理を務めているのは王女からの指示でもなんでもなく、ただ王がいないこの国を誰が支えるのかと会議が開かれたとき、最も王と親しかったヴォレットに白羽の矢
カミュが下から覗くように見つめる。
「やっぱり、心配ですか?」
「はい……ここは私の国ではありません、なのに……」
ヴォレットが少し俯いているとカミュが両手をパンと合わせ、にっこり笑って見せた。
「何を言ってるんですか~先ほどの会議でも上手に指揮されていましたし、この前の強盗事件だってちゃんと国民の声に耳を傾けて見事事件解決まで導いてたじゃないですか!自信、持ってください!」
そう、ヴォレットは若くして代理王女を任されただけでなく、大きいものから小さいものまで様々な事件に対応し、国民の声もできる限り聞き、オリヴィアの次の王女はヴォレットだろうとまで言われていた。
「それに、アリアドネ様もきっとお許しになりますよ」
「そう……なのでしょうか……」
「はい!」
カミュはいつも励ましてくれるいい子だ。思えばヴォレットをメイド長に推薦したのもこの子だった。今日の会議だって資料に不備があって焦っているところに横から必死に即興で資料を作ってくれてなんとか切り抜けたのだ。
お世話になりっぱなしで最近何かお返ししないとと最近思っている。
「なんでしょう、あの騒ぎ……」
カミュが見ている方向を見ると、確かに何か騒がしい。
「行ってみましょうか」
双方頷くと早歩きで騒ぎの現場に行った。
「何があったんですか?」
「何って……あれ見てくださいよ!」
一人のメイドに聞くと、慌てた様子で窓の方を指さした。
「何って……え―――?」
見ると、そこには半壊した建物、燃える城下町が映っていた。
「な、んで……こんな……」
「襲撃です……か?でもそんな……」
呆然とその燃え続ける城下町に一つ、飛び回る影が目に入った。
「あれは……」
するとカミュが突然青ざめて尻もちをついた。
「カミュ!?どうしました!?」
「あ、あれ……って、ク、死の放浪者……なんで……」
「落ち着いて!今は避難を仰ぎましょう!」
取り乱しているカミュを何とか立たせ、指示をする。
「お、おい!こっちにくるぞ!」
ガシャーン!と後ろで窓が割れ、振り返ると、一人の子供と、その下には首のなくなった女性が、地に這い蹲っていた。
「あ、あぁあ、ああああああ!」
周りの人もその血しぶきを浴びて混乱に陥っており、カミュも例外ではなかった。
「カミュ!今は逃げましょう!カミュ!いいから!……私も、辛いんです……」
走ってといいカミュを走らせ、ヴォレットは振り返り、その子供が隣にいた男性まで襲おうとしていることに気付き、思いっきり裾を引っ張った。
「わあああ!」
間一髪のところでなんとか頬に傷は付いたものの、回避できた。
ヴォレットはすかさずその男性の背中を押し、逃がす。
自身もまた後退する。
が、目の前の曲がり角から爆発音がした。
その方向は紛れもなくカミュを逃がした方向だった。
「カミュ……!……二人、は確実ですか……!」
逃げ場を失ったヴォレットは後ろを振り返り、その子供を睨む。
子供はゆっくりと腕を前にし、ヴォレットの方へ伸ばした。
「闇氷魔法―――」
「―――っ!」
子供がそう呟くと同時に、まずいと脊髄反射で傍にあった扉を押し開け逃げるが、遅かった。
その手から放たれたであろう爆発は一瞬でその地を薙ぎ払い、ヴォレットの意識もそこで途絶えた。
「……あ、シャ……オン……さ―――」
意識を失う直前まで死という言葉が脳裏をその一瞬で何度もよぎり、その間で自身が最も愛する者の名を呼んだ。
皆さんこんにちは!隠岐供契です!
今回の話も読んでくれてありがとうございます!
第二十六話、いかがでしたでしょうか??
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「別界勇者」は毎週金曜日の20時投稿です!乞うご期待ください!!




