第二話 「誰か」
「なんだよ、ここは……」
何度見ても何もこの状況は変わらないというのに、あれから何度も玲は周りの景色を見返す。
まずは頬をつねってみる。
「いて……」
できれば痛くない方がよかった。なぜなら痛いことによってこの場所が夢の世界じゃなく、現実だということを玲に今一度自分で教えているようなものだからだ。
「くそ……」
とにかく前へ進まなくは。そう思い立ち上がると、何かに引っかかって尻もちをついた。何に引っかかったのかと腰の方を見やると、そこには見覚えのあるものが差さっていた。
「真剣……?はっ……!」
そう、真剣が腰に、まさに日本の侍を彷彿とさせるように差さっていたのだ。自分で差した覚えはない。が、綺麗に差さっている。桜の花びらをかたどったピンク色の鍔がじっとこちらを見つめているようだった。
「そうだった……思い出した……」
玲は意識が鮮明になっていくと同時に、これが師範からの珍しすぎるプレゼントだったということ、そしてその真剣の柄に触れると同時に、急なめまいを引き起こし……
「気づくと、ここに、いた」
つまずいた原因はその師範からプレゼントされた真剣に木の根が絡みついていたからであった。
ひとまず何とか根を真剣から剥がし、玲は慎重に立った。ずっと寝ていたのだろうか、そう思わせるほどひどい立ち眩みが玲を襲う。
「ここ……は、どうなってるんだよ……」
改めて周りの景色に目をやる。
周りには木、木、木。これでもかと言わんばかりの量の木、それもかなりの大きさの木が玲の周りを囲んでいた。足元には緑……というには少し濃い色をした草が玲の膝下あたりまで伸びていた。花は今のところ見えない。今わかることは、ここが、どこかの森だということである。
それにもう一つ不可解な点が玲にはあった。
「静かすぎる……」
そう、静かすぎるのだ。もちろんたまに吹く風の通り過ぎる音ぐらいは聞こえるが、普通虫の音や、小動物の声が聞こえても不思議ではない。むしろ聞こえてくるというのが道理であろう。少なくとも玲の耳には何の音も聞こえなかった。その静けさが、余計に玲の不安感を加速させる。
できるだけ、否、何が何でも絶対に信じたくはない。それも当然だろう、師範の部屋にいて、プレゼントに真剣を渡されて、ワクワクして柄に触れたら、ここにいた。そんなこと、到底信じられるわけがない。が、膝下程伸びた草が足に触れる度、その考えをことごとく否定してくる。ここは現実だ、早く受け入れろと、急かされているようにも感じた。
すると、今の状況に陥っている玲のことを嘲笑うかのように、腹の虫が鳴る。
「……とにかく、食べ物、探さないと……」
またここは現実だと、言われた気がした。
今、この状況を無理やり自分に受け入れさせ、かつこれが夢だという希望を捨てずに、その足を、一歩ずつ前へと動かすのであった。
「まずは水、だよ、な」
生きるためには当然水が必要である。ここがどこの森かはわからないが、とにかく生きるためには水がどうしても必要になる。まぁまず見つけたら煮沸消毒すれば問題なく飲めるはずだ。
そう思いまずは川を探すことにした。
———が。
「ぜぇ……はぁ……」
甘かった。
煮沸消毒以前の問題であった。全く川が見つからない。まず川なんてこの森に存在するのかどうかも怪しいのだ。なにせ川の流れるような音も全く消えないのにあるわけがない。……あれからどのくらいの時が経ったのだろうか。二時間?いや、五時間かもしれない。体感ではかなりの距離、時間歩いたはずだ。しかし、上を見やると何とも残酷かな、まだ日が一ミリも傾いていないではないか。つまり、時が全く経っていないのだ。
「はぁ…………」
大きなため息とともに、膝から崩れ落ちた。そして、眠気をどうにか抑えようとしながら、考えたくもないこれからのことを仕方なく考えるのであった。
やはり一番は食料だろうか、いや、川さえないのだ、目覚めた時ですら全く動物らしい鳴き声なんて一つも聞こえてやしなかったじゃないか。この辺に動物の生息地があるとも思えない。まず動物を狩るとかそんなの……
そんなことを考えていると、ふと腰に差さっている真剣が目に入った。
「これで……やる……か?」
一応師範から剣道を習っていたので、振り方は知っていた。———が、普通に考えて狩りに真剣、それも師範からもらったもので動物を狩るなど、剣心に背く行為だ……やはりやめておくのが吉である。
「はぁ……」
しばらく考えたのち、ふと周りを見ると少し暗くなっていることに気づき、空を見ると少し暗くなりかけていることに気が付いた。しかも少し、いやかなり肌寒い。
まずい、かなりまずい。水や食料よりも先にまずは体を温めなければ、そう思い、玲はほぼ無意識で足を動かしていた。
「ひゅー……ひゅー……」
水も食べ物も何も口にしてない状態での場所探しで、もう玲の体は限界に達していた。呼吸もほぼ過呼吸気味になっている
いったいどれだけ歩いたのだろうとふと自分が今まで通ってきた方向を見やると、もうすっかり暗くなっており、何も見えなかった。
「今夜は……ここで休むしかないのか……」
目の前を見ると、最初に目覚めたときに周りに生えていた大木よりも見たところ二回りほど大きな大木が見て取れた。
寒さで震える手をこすり合わせながら、大木の幹部分に腰かけた。そして少しでも寒さを和らげようとそこら辺の使えそうな草をごっそり引きちぎり、布団……というには全くふわふわしてないが、今はこの草で今夜を凌がなければならない。
少しでも体を暖かくしようと身を縮こませ、じっとしていた。
そんな玲の頭の中では、とある文章が何度も何度も繰り返されていた。
「なんで僕は……こんな剣を、受け取っちまったんだ……くそっ」
さすがにもう精神が限界なのだろう。ずっとあの時わくわくしながら何の気なしに剣を握ってしまった自分を、何度も、何度も責めては後悔し、責めては後悔を繰り返すのだった。
「明日には……もう、この夢から覚めてたら……いいな」
叶わないことはわかり切ってはいるが、そう願わないとどうにかなってしまいそうだった。
そんなことを考えているうちにいつしか玲の瞼は閉じられていた。
「んっ……」
……朝だ。朝になった。
「……」
もしかしたら師範の部屋、もしくは自分の部屋に戻ってるかもしれない、そう思って周りを見渡す。
「まぁ……そうだよな」
当然、周りには昨日見つけた大木と、今腰かけている木より一回りほど小さな木が囲っており、今は座っているので玲の目元の高さまで伸びた草が生えている。
それはまるで、玲を閉じ込めている檻のようにも感じた。
やはり夢の世界ではないかと一縷の望みに賭け、少しこけている頬をつまむ。
「いた……」
痛い。当然だ。
そうしてまた、自分に「ここは現実だ」と自分で教えてしまった。
「今日は……どうすっかな……」
すっかり朝になった空を見ながらそう呟いた。もう何も食ってないし、何も飲んでいないせいだろう、頭が回らない。とにかく何か飲むものが欲しい。飲み水が手に入れられなけらば絶対に死ぬ。そう確信した玲は、ゆっくりとその大木に寄りかかりながら立ち上がった。
「あぁ……師範……」
そう呟いた後、あることをひらめいた。そうだ、玲のそばにはいつも師範がいてくれた……人だ、今欲しているのは人だ。人の温もりだと気づいた玲は、やはりそれが一番の望みであったのか、少し元気が出てきた。食べ物や、飲み水ももちろん大事だ。しかし、やはり精神は、食べ物や飲み水ではどうにもならない。精神を回復するには人なのだ。どんな形であれそこに人がいるという温もりがあるからこそ、自分は、人は正常を保って生きていけるのだ。
そう思った玲はすかさず民家がないか探し始めた。
「ずっとまっすぐに行けば、きっとどこかにはたどり着くはずだ……」
歩き出そうとしたとき、ふと自分の少しやせ細った手が見えた。今まで鍛えてきたはずの腕や手がやせ細っていくのを直に感じるのは、やはり来るものがある。が、そんなことは今考えるべきことではない。今は何か、何でもいいから少しの希望をもって行動しなければ。
そう自分の頭の中で考えながら、一歩、また一歩と歩みを進める。
どれだけ歩いたかはわからない、が、一つ確かなことがある。木が増えてきた。
今は朝、もしくは昼のはずなのに、夜かと疑うほどに木が視界を覆いつくしていた。
「それでも前に……進まなければ……」
そう言い聞かせ、もう疲労で足が震えながらも歩みを止めずに前へ前へと進み続けた。
すると———
「まぶしっ……」
光だ。光が、こぼれていた。やった、ついにやったんだと、その光に向かって走り出した。……が、
「が、崖……」
玲は、希望が打ち砕かれ、落胆し、その場に崩れ落ちた。
玲の瞳にはもう光がなかった。それはそうだろう。食料を探して、飲み水を探して、何も成果がなかった。今日もまた空腹で暮らすのかと思った矢先の人という存在に希望を抱き、その希望を掴むため歩き出した先は崖だったのだから。風の吹く音、それとともに揺れる草木の音、その全てがまるで今の玲の事を嘲笑っているかのように思えた。
もう怒る元気も残っていない。今の玲の頭の中にあるのはただ一つの言葉だった。
「死……か……」
死。その言葉だけが玲の頭の中で回っている。体がこれ以上水分を出すまいとしているのか、もう涙も流れない。
「誰……か……誰か……いません……か……」
玲は無意識のうちにいるはずもない「誰か」のことを呼んだ。
「誰か……!いま……ケホケホッ、いませんか……!」
もう叫ぶことしかできなかった。疲労で足も動かないし、なんなら水も一滴も飲んでいないので喉も乾ききっており、ほとんど声がでなかった。それでも、呼び続けた。玲にとって呼ぶのをやめるということは、それすなわち「死」であるからだ。まだ死になくない。今はそれだけを胸に、虚空に向かって「誰か」を呼び続ける。
「誰か……っ!いません———」
「誰かおらぬかーーーーーーー⁉」
玲の言葉を遮るように、一瞬「誰か」の声が聞こえてきた気がした。ついに幻聴まで聞こえだしたのか、玲はそう思った途端、自分の今の状態を再確認し、再び「死」という言葉が頭の中で回り続けるのであった。
それでももう今の玲にはこれぐらいしか生き残る手段はないので、あきらめずに、もう一度「誰か」を呼ぶことにした。
「誰か———」
「おーーーい!誰かおらぬかーーーーー⁉」
……これは……幻聴ではない。確かに聞こえた。また玲の呼ぶ声を遮り、ほかの「誰か」の呼ぶ声がした。しかしなぜだ。なぜこんな崖に人が……それに今聞こえてきた方向は玲が今まで来た道である。なぜ出会わなかったのだろうか……
いや、今はそんなことどうでもいい。とにかく、このチャンスを逃せば本当に死んでしまう。そう思い、生まれたての小鹿みたく震える足で何とか立ち、とにかく無理やりにでも足を動かし、その声をする方へと向かう。
すると、その声の持ち主であろう姿が見えた。しかし、その姿は———
「女の……子……?」
目の前には今にも泣きだしそうな少女がこの森に見合わない上品な身なりで、そこに立っていた———
皆さんこんにちは!隠岐供契です!
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「別界勇者」は毎週金曜日の20時投稿です!乞うご期待ください!!




