それらの在り方
5分ほど準備運動をしながらその場で待っていると軽い足音が聞こえ、ずいぶんと軽装な伝令役が来た。
それも今まで見てきたような男たちではなく、花の咲くような美少女であった。
先の女の行動を見ていれば重武装で来てもおかしくないが、武器もハンドガン一つのみで、とても危険人物の前に送るような装備ではなかった。
それに〈不死隊アンデッド〉の面々でさえつけていた紀章が一つもないのが妙に印象に残った。
伝令役の女は女から絶妙な距離を取って立ち止まり、敬礼をする。
「伝令役として参りました!〈不死隊アンデッド〉の皆様とその管理者様ですね、大将閣下が本部へと案内するようにと仰っておられましたので、ご案内します。どうぞ、こちらへ」
伝令役の女が移動を手で促し、女と〈不死隊アンデッド〉はそれに従って進む。
進みながらも女は先行する伝令役の動きを目で追う。
伝令役はこちらに敬礼をしてから全く同じ距離を維持したまま歩いている。こちらに背中を向けた状態で距離を測り、全くズレの無い歩みで歩き続ける。
女が少し歩幅を広げれば、伝令役も同じ程度歩幅を広げた。
「ふむ、その動きの察知はどうやっている?」
「先ほどから私の効果範囲のギリギリ外を歩いているようだが、いたずらに歩幅を変えてみても合わせることが出来ている」
「どういうカラクリだ?」
伝令役の女はにこやかに笑顔を向けながら女へと返答を返す。
「運です。幸運ですよ。私はこういった危険の回避が得意なんです。意識の動きとか、音の流れなどから予想して、安全だろうという場所に向かって歩いています。それが外れたらだいたい死にますからね。結局はただの運なんですよ」
「なるほど、それで貴女が伝令役に指名されたと」
「そういうことです」
その会話以降に会話らしい会話はなく、20分程歩いた。
その頃には遠くに見えていた軍本部も間近に見えており、見上げるようにその巨大な建造物を見ていた。
「こちらでもう少々お待ちください。内部との連絡を取りますので」
「待ち伏せか?」
「いえいえ、あなたを中に入れて何かがあったら困りますからね。不用意な人員を下がらせるんですよ」
「皮肉が巧いな」
「そう聞こえましたか?でしたらそう受け取ってもらって結構ですよ」
軽い口撃を受け流しながら伝令役が通信するさまをジッと見る。
通信をしながらも隙はなく、何をしても距離を保たれたまま銃弾を撃ち込まれそうな予感がした。
「気になりますか?」
「ん?あぁ、そうだな」
「伝令役としては強すぎる、お前も恐らく勝てんな」
「私もこの体質がなければ厳しいかもしれん」
「それは、どういう……」
「お待たせしました、準備が出来ましたので中へどうぞ。あぁそれと、上昇機構は使用しないでくださいね。同じ空間に閉じ込められるのは勘弁です」
「上昇機構……あぁ、エレベーターか。わかった」
「では何で上がればいい、階段か?」
「そうなります。ですがそこまで高い位置にあるわけではないのでご安心を」
伝令役と共に軍本部の内部へと足を進める。
あの巨大な建造物の内部は白で統一がされた綺麗な空間だった。
天井はどこまでも遠く、見上げてもよく見えないほど。壁一面にはホログラムで文字や図形、地図のようなものが表示されており、無人のカウンターには同じようにホログラムで表示されたスタッフが立っている。
見慣れない光景につい女はキョロキョロと顔をせわしなく動かしてしまう。
生前でもこのような未来的な光景は見たことがない。田舎から出てきたばかりの女子のような反応をしてしまってもおかしくはないだろう。
「珍しいですか?」
「あぁ、初めて見た」
「凄いのだな、東部管理局は」
「そうでしょう、こうして外部の方に褒めていただけると気分が良いですね」
「穏便に済んだらいろいろと見せてもらいたいものだ」
中央にある巨大な螺旋階段を登る。
かなり長い階段だが、疲れ知らずの女はもとより〈不死隊アンデッド〉も全員が肉体的には疲れを感じぬ為、苦ではなかった。
ただ、階段を登る最中は一切の会話が発生しなかったため、精神的な疲れは相当に感じていた。
その点女は無言無表情で階段を登り、その間も伝令役の動きを眺めていた。
観察するように、技の隙を探るように。
伝令役の言葉に偽りはなく、10分程階段を登れば目的の部屋が見えてくる。
この白で統一された建物に似つかわしくない艶のある木材でできた扉。
生前見たドラマの社長室に出てくるような両開きの扉を開き中へと促される。
中に入ればそこには、誰もいなかった。
暗い色を基調としたその部屋は黒いソファ、黒檀のような木材でできた重厚なデスク、黒い革が張られたデスクチェアと、ドラマのセットと言われれば納得してしまうようなものだった。
「ようこそ、私の部屋へ。どうだい、良いだろう?昔の文献で見つけた一室の再現をしてみたんだ。古風でいい雰囲気だろう?」
声は隣から聞こえてきた。
その声は先ほど外で聞こえてきたものと同じもの。
貫録と年齢の重みを感じさせる男の声だ。
声の方向を見てみれば、そこには伝令役の女が立っているのみで、声の主は見えない。
女が伝令役を見つめれば、伝令役だった女が表情を崩す。
「バレてしまったな」
「口が動いているのだから分かるにきまっている」
「流石に初めから予想がついていたわけではないがな」
「フフフ、流石だな」
伝令役だった女はコツコツとブーツで地面をたたきながら正面にあるデスクへと進み、椅子へと腰掛けた。
そして、その身に似合わぬ男の声を響かせて話す。
「私が〈人類連合東部管理局〉管理者補佐、大将の位を預かっている。よろしく頼むよ、荒野からの侵略者」
「侵略した覚えはないよ」
「発言を失礼します。名乗りはしないのですか、大将閣下」
「そちらも名乗っていないだろう?ならば先にこちらが名乗る理由はないさ」
「そうか、じゃあ名乗ろうか」
「と言いたいところだがな、私は名乗る名を持ち合わせていないんだ」
「生憎と無名の放浪者だ」
「そいつは残念だ、なら名乗る名前を思いついた頃に言ってくれたまえ」
大将とは十分な距離を保ったまま部屋の奥へと進み、大将の反対側、扉に一番近い椅子へと腰掛ける。
「あなた様、こちらは下座でございます。我らの主たるあなたがこちらに座られては……」
「ここの方が大将閣下の顔がよく見える」
「それに、あまり近寄って間違って殺してしまっては交渉も何もないからなぁ?」
「はっ、よく回る口だ」
大将はデスクの上に足を乗せ、見下ろすかのように顎をあげてこちらを見る。
「出口を塞ぎやがって、逃がさねぇようにしてんのはそっちじゃねぇか」
「一度騙されたんだ、これくらいは許してほしいもんだな」
外見だけは麗しい美女である二人が獰猛に歯をむき出しながら見つめ合う。
部屋に漂う空気は交渉のそれではない。
まるで荒れ狂う猛獣の閉じ込められた檻のようであった
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