それのやりかた
〈人類連合東部管理局〉の周囲に建てられた壁は、外敵から身を守るだけでなく、内側から人を出さないようになっている。
出入りには軍本部の発行する認識チップが組み込まれた紀章が必要になり、配布される前に遺伝子情報と紐づけが行われるため、配布された本人しか使うことが出来ないのだそう。
外部との扉を一人分の権限で長い時間開くことも難しく、外部から人物を招き入れることも難しいらしい。
壁内部の都市はほぼ完全な管理社会になっているそうで、軍が住民全てのバイタルと行動をモニタリングしており、不審な行動を取った場合即座に調査が行われ、場合によってはその場で殺処分になることも多いそうだ。
そんな説明を受けながら裏口から続いている無機質な白い廊下を進む。
廊下には窓もなく、ホログラムで表示された案内板がたまに表示されるだけの殺風景な部屋であった。
「なんだ、こう……未来的だな」
「未来的?その表現はよくわかりませんが、ここ東部は他拠点に比べてこういった機械的な発展が顕著なようで、こういった無機質な作りになっている場所が多いのです」
「ほぉ、ということは他の部署はまた違った雰囲気なのだな」
「えぇ、北は見たことはありませんが、西と南はまたこことは一風変わった外観をしておりましたな。ただ、だからと言って北以外の部署の発展具合がとびぬけているわけではないですが。大体どこも同じくらいの規模で稼働しているはずです」
「ふむ……」
そういった説明を受けつつ廊下を進んでいると、扉が一つ見えてきた。
矢印とホログラムで何かが書かれていることは分かるが文字が読めない。
少なくとも日本語ではない。話している言語は日本語のはずだが、ここにある文字は女の生前の記憶の中にも存在しなかった。
「これは何と書いてあるんだ?読めん」
「あぁ、御身は文字がお読みになれないのですね。では私が代わりに。こちらの案内板には「居住区」と表示されております」
「人が住んでいる場所か、興味があるな。お前たち以外の人間を私は知らんからな。いい勉強の機会になりそうだ」
そういってスタスタと進んでいこうとする女を隊長格の男が止めた。
「ん、なんだ。扉はこれしかないのだから進むしかないぞ?」
「いえ、そうではなく。あなた様が居住区の人間と接触するのを控えていただきたいのです」
「なぜ…あぁ、そういうことか。確かに無差別殺人と変わらんな。お前たちと長いこと居たからその辺りのことを忘れそうになる」
「作り変える分には私たちも同法が増えるので歓迎なのですが、急にそういったことをすると軍がいろいろと言ってくる可能性もございますので、話がつくまでは見境なく命を吸い取ることを控えていただくことはできますでしょうか」
「いいぞ、と言っても出したりひっこめたりできるわけじゃないからお前たちに人除けをしてもらいながら本部に行くことになるが、よろしく頼むぞ」
「「「はっ」」」
隊長格の男が紀章を壁に押し当て、扉が音もなく開いていくと目の前に現れたのは、人々が忙しなく動き回る光景、ではなく
完全武装の軍人たちによる包囲であった。
正面には身長190をゆうに超えるであろう巨体の男が〈不死隊アンデッド〉の隊長格の男をじっと見据えている。
「おい」
「失念しておりました。裏口に入った時点で私たちの情報が伝わっているでしょうからこうなるのも予想できましたね」
「死地捜索特化部隊〈不死隊アンデッド〉!まずはお前たちが帰還したことをうれしく思う。しかし一度死亡したと思われるお前たちが本物か判断することが出来ない!確認と検査のためにお前たちを一度こちらで拘束させてもらう!」
「我々が拘束される分には構わん、だが軍の上層部にこの御方をお連れして差し上げろ。我々の今の主だ」
「却下だ。なぜこれから拘束し、取り調べをしようと言っている状況で見知らぬ人間を上官に会わせなければならんのだ」
女は一歩進み、二人の言い合いに口をはさむ。
「先ほど紹介に預かった、この30人の今の雇用者だ。給金は発生してないがな」
「今の話を聞くとこの部隊の死亡は一度確認しているのだな?」
「もしそうならなぜ捜索隊を出さない?」
「リスク管理的なあれそれや人材不足もあるだろうから深くは問わないがな」
「こいつらが死んだと判断されてから何日経過しているのか知らんが、探しに来る素振りもない連中に代わってこいつらを救ってやったのは私だぞ」
「であればまず先に出るのは御礼の言葉ではないのか?」
「こいつらにもできることをもしそちらが出来ないのなら、そちらの軍人たちは見捨てた兵たちよりも出来が悪いことになるが、その認識でいいか?」
急に口を挟んだと思えばペラペラと話しだす女に対して軍の男は一瞬躊躇い、大きく口を開けた。
「こいつらを救った!ほぉ、であれば確かに御礼をせねばならんな?だが先にお前たちがどこで出会ってどうやって命を救ったのか。もし完全に死んでいたこいつらを蘇生させたのならなおさらバイタルチェックをせねばならん!それを飛ばして上官に会わせろなんど馬鹿馬鹿しい」
「であれば其方をこちらに派遣した上官殿とやらのおつむが足りていないのだな」
「自分の組織の人間が救われたのならまずは礼、それが基本ではないのか?」
「それとも軍に所属している奴はそんなことも習わない教育不足の子供未満の奴等ということかぁ?」
流れるように自分や上官、軍全体に対しての侮辱を行った女に対して軍の男は怒りを隠せないといわんばかりに顔を真っ赤に染め、髪を逆立てた。
そんな男に対し女は暗い笑みを浮かべ、男へと距離を詰める。
悠々と自分に歩み寄ってくる女を見据えて油断なく構えていた男だったが、ゆっくりと女が一歩足を進めた途端、全身の力が抜け、その場に倒れ伏す。
そんな男を眺めて女は満足といった具合に笑う。
「調整できているな」
「ON、OFFは無理でも強弱くらいはできるか」
「それでもほとんど戦闘不能にしてしまうがな」
「結局は奪うことを止めることはできないということだ」
倒れ伏す男を前に独り言を話し始める女。
包囲していた軍の隊員たちが後ろに一歩引き、武器を構えた。
「撃つなよ」
「しょ、少将に、な、何を、した!」
「少将……こいつ思ったより上の人間だったか」
「私は何もしていないさ、ただ寄っただけだ」
「ま、魔導でもつかって、何かしたんだろ!!」
「していない」
「ここには魔法、魔導?なるものがあるのか。一つ賢くなったな、感謝する」
「別にこちらに何かするわけでもないならこっちから何かすることはない、交渉がしたいのだから自分の立場が悪くなることはほとんど意味がないしな」
無駄な問答をしながら女は都市の中で一番高い建物。軍本部を眺める。
まるで何かを待つように。
『参った』
「お、思ったよりも早かったな」
『そちらの力量は理解した。こちらに来れるように手配する。こちらに来るまでの安全と身柄もこちらで一時的だが保証しよう。だからできれば暴れたりはしないでくれると助かる』
「あぁ、なにもされなければしないとも」
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