それと軍
東へ進むこと20日、その間女の率いる隊はほとんど休息を取らずに進むことが出来ていた。
元の習慣によって夜の睡眠はとるものの、空腹は感じず、疲労もない。生命としての機能を失っているような状態ではあるが、摂ろうと思えばいくらでも摂ることはできるし、摂ろうとしなければ全くとらなくても生きることに何の支障もない。
人にとっては魅力的な身体であろうが、最低限の欲求を満たすことすらも娯楽の一部となってしまう。
種族として体を強く作り変えるとはどういうことなのかを〈不死隊〉は身をもって実感することとなった。
「明日には軍本部へと到着する予定だったな?」
「は、このペースであれば明日の昼前には到着するかと思われます」
「そうか、じゃあ一度休憩を取れ。気疲れもあるだろうしな」
「お前たちはまだ動き続けられる肉体で本当に動き続けられるわけじゃない、心は大事にしろ。お前たちは機械じゃない」
「自分の身体は機械であります!!」
「そういうことじゃないのは分かってるだろ」
「自分なりのジョークです」
「知っている」
こうして〈不死隊〉と軽口を言い合える程度には親睦を深めることが出来ており、全員と一度は手合わせをしている。
隊長格の男の言葉に嘘はなく、実際に手合わせをして偶然でも女に攻撃を当てた隊員は二人しかおらず、継続して喧嘩を続けられたものに関しては隊長格の男のみで、それ以外の隊員たちは2、3回程度体を破壊されれば音を上げてしまう。
それでも一度手合わせをすることで少なからず心の距離は近づく。
『喧嘩はコミュニケーションツール』というのが女の持論であった。
「今回も私の分の食事はいらん。自分たちで食べるといい」
「承知しました」
「まいど聞きますけど、ほんとに要らないんですかい?飯を食わずに生活するとか俺には考えられないんですけど」
「なぜだろうな、精神構造がお前らとは違うのかもしれん。こういうものだと納得しておけ」
「出来たら聞いてねぇですわ」
「はは、それもそうだ」
この20日間、女は一切の食事を摂っていない。
本人が必要ないと言っていることもあるが、食欲を一切感じず、体の調子も常に一定のために必要だと感じないのだ。
食べることはできるが、食べたところで幸福感など感じないし、排せつもされない為少々気持ち悪さが残ることも理由の一つ。
いらないならそれでいいと、いつも食事の際には隊員たちの食事を見守っている。
「食事は楽しいか」
「えぇ、そうですね。必要ないとわかっていてもどうしても食べたくなってしまうものです」
「そうか、いいな、それは」
「あなた様もなにか食事などの楽しみができると良いですな」
「できたら、な」
食事が終わり、就寝。
その間も女は眠らずにぼぅっと夜空を見上げ、ほのかに見える軍基地の発する光を感じていた。
毎晩考えることは同じ。
なぜ自分が存在するのか、なぜこの体でこの世界に生まれ落ちたのか。
理由がないならそれでいい。だが、すべての物事は総じて【ない】ことを証明することの方が難しい。
であるならば、自分で理由を作り出してしまえばいい、とまでは思い至ったものの、今のところ理由らしい理由が思いつかない。
この30人の私兵を守るために?それとも世界を作り変えるために?はたまた第二の生を大いに生きられるように?
思いついては「違う」と考えを切り捨て、逡巡後には同じような理由を考え、それもまた「違う」と切り捨てる。
切り捨てるばかりで何も浮かばない。いっそのこと何も考えずに生きるのがいいのかもしれない、などと考えるまでが定番である。
結局のところ生前で大した目標もなく活動していただけの自分がなにか高尚な考えを出せるわけがないのだ。
いつものように無駄に考える中で、ふと天啓のように思いついた。
何も見返りを求めない、世界に身を捧げる存在になればいいと。
別に感情の無いただの現象になれと言っているわけではない、あくまで自分が思う捧げ方。自分が良いと思う方向に向かうようにすればいいのだ。
邪魔をしてくるなら消すか取り込むまで。
対立するなら与え続けて呑み込んでしまえばいい。
摂りこむまでもないなら捨てればいい。
自分本位に、思うがままに進もう。自分にはそれができる。
そう思い立った女は目を閉じ、自分の指標を定めた。
柔和な笑顔を浮かべ、目を開く。
「自分のために、皆に捧げる……か」
「いいなそれは」
「変に他人のためと考えないほうが自分らしい」
「生き方も定まったな、これで無意味に生きることもなくなる」
「あぁ、好きに生きよう」
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朝になり、〈不死隊〉の隊員が準備を終えた。
軍の基地がすぐそこに在る、ということもあって心なしか隊員たちの表情も引き締まっている。
軍人としての習慣というか、反射的なものなのだろう。
そんな隊員を見守りつつ、いつも通りの隊列で森を進む。
少しすれば遠目からも見えていた要塞ともいえるような巨大な建造物の全容が見えてくる。
この世界に来て初めて見る人の手が入った物。
ここまで大きな建物が作れる技術力があるなら〈万死荒野〉からここまでのどこかに道路や街灯があってもおかしくなさそうなものだが、利用価値のない場所への道を整備する必要性を感じなかったのか、それとも別の理由か。
整備がされていなかったおかげで怪しまれることがなかったので、女としては都合がよかったことも事実だが。
「大きいな、何メートルあるんだ?あれは」
「約800mと言われております。かなり巨大ですが、北部の管理局よりは小さいのだとか」
「行ったことはないのか」
「北部は行ける人が限られてるんスよ。俺等もそこそこ優秀だとは思うけどなぁ、都市の方針を決められるレベルか、その人に信用されていないと行けないらしいっスよ」
「ほぅ、気になるが今は目先の軍とどういった話をするかを考えておくべきだな」
「交渉事なんかはお任せしますわ、俺ァ捨て駒みてぇなもんだからよ」
「ふむ、まぁそれならお前らを貰っても文句はないだろうさ。文句をつけてくるようならやりようもある」
あまり平和的とは言えない話をしながらも〈人類連合東部管理局〉、通称〈軍〉の防壁へとたどり着いた。
たどり着いたが、出入り口のようなものは見当たらず、女が壁に寄っても触れても崩壊する様子はない。
「出入口はどこだ?反対側か?」
「いえ、扉はございますよ」
と、隊長格の男が胸元にある勲章を外し、壁の一部に押し当てる。
すると、押し当てた場所の壁が左右へ折りたたまれるように開いていく。
壁の動きが止まり、男が女を中へと促す。
「この先が、〈人類連合東部管理局〉。我ら〈不死隊〉の古巣でございます。ようこそ、我らが主よ」
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