それと進む
「―――!!……はぁ、久々にここまで大きな声で話したな」
「?、なんだお前たち、そんな信者が神に向けるような眼をして」
「さっきのような言葉はもう話さないのか?」
ひとしきり興奮しきった女は黙って聞いていた〈不死隊アンデッド〉の面々に訝し気な顔をする。
さきほどまでこちらを疑って止まなかった連中が一転。こちらの話を一言一句逃さないといわんばかりに真剣に聞いているのだ。どんな心境の変化だと聞きたくもなるだろう。
「あなた様にあのような言葉をもう一度発せと申すのですか!?とんでもない!!そんなことをする者がいるのなら俺が即刻その者の首を切り落として差し上げましょう!!」
「どうした、気でも狂ったか」
死亡と蘇生を何度も繰り返されれば気の一つや二つが狂っても何らおかしなことではない。そのことをこの女は失念している。
そも、この女に殺しをしているつもりはなく、『生き返るなら死んでいない』と平然とした顔で言う。
「あんな御業を見せされれば疑いなど晴れるってもんですわ。おかげさまで俺等はすっかり生まれ変わった気分ですよ」
「あんた様にこんなもんをぶっ放した自分をぶっ殺してやりてぇもんですが、与えられた命ですからねぇ。しっかりとあんた様のために生きさせてもらいます」
「急にこうも態度を軟化させるとゾッとするものがあるが、まぁいい」
「そう言ってくれるってことはお前たちのことは私の私兵として扱ってもいいのか?嫌だといってもそうするがな」
挑発するように笑みを浮かべて30人の男たちを見れば、各々が感極まったかのように跪き、胸に手を当てる。
「我ら軍所属部隊〈不死隊〉、これより先は軍という枷を外し、あなた様のために死力を尽くすと約束しましょう!」
「「「誓いましょうとも!!」」」
「そうか、励めよ」
「「「はっ!!」」」
人類連合大陸の中心、何も生まれない〈万死荒野〉と人が住む領域の境界で、人知れず一つの勢力が立ち上がった。
〈不死隊アンデッド〉を率いる美しい女。
名を持たぬそれは人類との接触のために進み始めた。
与えるのは施しだ。滅びなど与えない。奪わない。殺さない。与えて、与えて、与えて与えて与えて与えて、最後には飲み込まれる。
これが救いだ、創成だとこの世界に教えるのだ。
「さぁ、進むぞ。お前たち」
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「ふむ、とはいえここがどの辺りにあるのかも、どっちに向かえば人の生存域なのか全くわからん」
意気揚々と進むかと思えば、まず初めに始まったのは地図を広げての会議であった。
女が「地図を見たい」と言えばすぐさま隊員の一人が胸から勲章のように見えるバッジを外し、机に置いた。
すると、机一面にホログラムが現れ、現在地と周辺の地形を示した。
「おぉ、すごいなこれは、とても便利だ」
「自作であります。お褒めに預かり光栄です」
「自作か、これは思いのほか良い拾いものかもしれんな」
表示された地図を見てみれば現在女がいる場所は〈万死荒野〉と森の境目だ。
映す範囲を操作することも可能なようで、自分が歩いてきた〈万死荒野〉全域が確認できるように縮小してみれば、うんざりするような広さであった。
巨大な大陸の1/3を占める土地が大陸のど真ん中に鎮座しているのだ。それも隊員たちの口ぶりから察するにその名の通りどんな生物も生存ができない地域なのだとか。
こんなものが大陸の中心にあるせいで開発が進まないのだと、大陸を管理する者たちはよく愚痴っているという。
話を戻し、現在地周辺の話になった。
現在地は〈万死荒野〉の東端に位置する開拓が全く進んでいない余白地点。人の目がなく、悪だくみにもってこいの場所であるが、すぐそばに危険地帯があるため、犯罪者が最後に逃げてくるような場所だという。
そしてそこからさらに東に向かうと〈人類連合東部管理局〉、別名〈軍〉があるらしく、そこで人類が都市を築いているのだそう。
「軍、か。まずはそこに向かうべきか?お前たちを貰い受けたと報告もしなければならんしな」
「いえ、やめておいた方が良いかと」
「ふむ、なぜ?」
「軍は他の管理局に比べて規律を重んじる色が強く、その、現在の規律と反発しそうなあなた様は、あの、相性が悪いかな、と」
おずおずと歯切れ悪く、しかし歯に布着せぬ言い方をする隊員を隊長格の男が責めようとするが、女がそれを止める。
「そういう注意はいらん、時間の無駄だ」
「別に気を悪くすることもないからな」
「そう、で、すか」
「お前ももう少し気を抜いて動け」
「さて、そういうことであれば辞めようかとも思ったが…お前たちの前の雇用主に挨拶もしたいところだからな」
「意見は変えん。一晩休憩したら東に行くぞ」
「「「はっ!!」」」
その場に建設されたキャンプを再利用し、各々が食事、警備、拠点の修復、明日の準備に動き出す。
女はと言えば、食材に触れると崩してしまい、警備には就かせてもらえず、拠点は修復どころか破壊するため、椅子に腰掛けて〈不死隊〉を眺めていた。
「まるで働きアリだな」
「御身のために皆が自己的に動いているだけですので」
「そうかい。で、隊長」
「あなた様に隊長と呼ばれるのは、こう、申し訳ない気持ちがありますな」
「そうか、今後は気にするな」
「はっ。それで、ご用は何でしょうか」
「お前、強いか?」
「あなた様に比べられては私なぞそこらの小石と変わりませぬ」
「そういうのはいい」
女は隊長格の顔をじっと見つめ、問い詰めるように再度言う。
「お前、強いか?」
「……この中であれば、負けはないかと」
「そうか、じゃあ付き合ってもらおう」
「は?」
女は椅子を崩しながら立ち上がり、隊員が居ない方向へ向けて歩き出す。一歩進むたびに元から生えていた草木が枯れ落ちていく様は一種の神々しさすらある。
女は進みながら呆けた隊長格の男に話しかける。
「もう私が触れても死にはしないだろう?多分体に出る影響も軽微だ。なら多少の喧嘩の真似事くらいはできようもの、だから付き合え」
「御身を打つなど……」
「くどいぞ、無礼とか考えて手を抜いてみろ、お前だけ捨てていく」
「分かりました!!全力でやらせていただきます!!」
「それでいい」
キャンプよりそこそこ離れた場所。
女が立ち止まったことにより周囲の森は時が加速したかのように枯れ、崩れ去っていく。
少し待てば十分喧嘩が出来そうな空き地が完成した。
「こんなものか、こういう時は使い勝手がいいのかもしれんな」
女は声のトーンを落としてぼそりとつぶやく。
そしてついてきた男を見据えてだらりと立つ。
「気を抜くなよ」
「そのつもりでございます」
「よし、来い」
その言葉を合図に、男は女に向かって駆け出した。
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