それが為す事
「このようなか弱い女を囲んでどうするつもりだ?」
「それにかなり遠巻きから見ているな、寄らないのか」
内心の動揺を隠すように言葉を発する。
明らかに警戒の意志を見せている状態の男たちに囲まれるだけでも多少は緊張するが、眠る前にはこの男たちは死んでいたはずなのだ。
話しながら人数を数えた際に、30人いたことも気がかりだ。
こちらに声を掛けてきた男は自分が触れて塵にしてしまったはずなのだから。
「お前は何者だ」
「何者……何者?さてな、名などないよ。好きに呼びたまえ」
「名前を聞いているのではない。貴様がどこから来て、何の目的で我らを気絶させたのかを聞いている」
「あぁ、それなら」
と、女は荒野の方向へ指を向けた。
「向こうから来たんだ、ずっと歩いて来てな。暇で暇で仕方なかったから君たちの放つ光が見えて年甲斐もなく走ってきてしまったというわけだよ」
その言葉に〈不死隊〉の面々は顔を顰める。
「万死荒野から歩いてきた、だと?」
「あの不毛の地は万死荒野と言うのだな、一つ勉強になった」
「問いに答えるがその通りだ。起きてみたら見るも見事な荒野でなァ……」
「どっちに行けばいいやらわからず仕舞いでその時の思い付きでこちらの方向へ歩いてきたのだよ」
「嘘はついていないよ」
「私に誓おうじゃないか」
「そんな荒唐無稽な話を信じろと言うのか貴様は」
「信じてもらうしかないね、私自身に誓ったんだ。疑いようのない真実だとも」
どこまでも気の抜けたことを言う女に隊長格の男は額に血管を浮かべて睨みつける。
そして我慢できなくなった〈不死隊〉の隊員の一人が女に掴みかかろうとズンズンと近寄って腕を伸ばす。
「あ、」
女が間抜けな声を出すと同時に近寄った隊員の腕から力が抜ける。
近寄った男自身も急激な脱力感に耐え切れず、その場に座り込む。
「な、にが……」
「おや?死ななかったな。昨日と同じように即座に死亡するかと思ったが……もしy「女、どういうことだ」a、ふぅ、言葉を遮るものではないよ、御仁」
「いいから答えろ」
「はいはい」
〈不死隊〉は女からさらに距離を取り、銃を構えた。
そして女が言葉を紡ぐのを待った。何か下手なことを言えば即座に殺すつもりで。
「昨日時点で、君たちは一度死んでいるよ。私が殺したんだから私がわかっているのは当然だな」
そこまで言った時点で部隊のほぼ全員の銃から鈍く光る鉄の塊が発射された。
その弾はまっすぐに女に向かって飛び、命中。
女は20以上もの弾を全身に受け、倒れた。
かに思えた。
映像を逆再生するように体の穴、服に空いた穴が塞がっていき、倒れた女は先ほどと同じような太々しい顔で胡坐を掻いて〈不死隊〉を見ていた。
「急に発砲するものではないぞ、若人よ」
「それよりも驚きだ。まさか全身に銃弾を受けて死なないとはな」
「うむ、だが痛いものは痛い」
「ならば反撃するか?」
「いや、止そう。せっかくの対話相手だ。死なれたら寂しいではないか」
「ふむ?それもそうか」
蘇生するや否や一人で話すように言葉を紡ぐ女を〈不死隊〉の隊員は夢でも見ているかのように見ている。
瞬きを幾度もしながら、隊長格の男は女に問いかける。
「お、お前は、なんなんだ!!」
「さてな。この身が荒野からやってきたこと以外は知らんよ」
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〈不死隊〉と女のにらみ合いは一日中続いた。
死んでも死ななず、自分たちを殺したと平然と言ってのける女を警戒しない理由はなく、もし今この場で皆殺しにできるなら警戒も無駄だとわかっていてもこの女の不気味さを目の当たりにしては無視できず、こうして休憩も食事も忘れてにらみ合いをしている。
「いい加減わかってくれないか?お前たちもいい加減に腹も減っただろう」
「腹は減っていない!休憩も不要だ。貴様が何者なのかわかるまではこのままでいさせてもらうぞ」
「だから私にもわからんと言っているのがわからんのかお前らは……」
「本当に厄介な程に頑固だな」
「頑固でなくては命を守れんのなら頑固で構わん」
「もう一度死んでるんだといっているだろうが」
「ならなぜ俺たちは生きている!!」
「そんなものこっちが聞きたいわ」
このような問答がずっと続いている。
女はにらみ合いが始まった頃から「もういっそ殺して行ってしまった方が早いのでは?」と考えていたが、初めて会った人間ということもあって踏みとどまっていた。
何かを奪う行為を進んでやりたいとも思っていない。
だが、こういう場合は一度実際に見せた方が早い。
「分かった、なら証明しよう」
「これから何人か殺す」
「それでそいつらが生き返れば事実の証明になるだろう?」
「ほら、今までの問いへの解が出るぞ?よかったな」
「答えが欲しかったのだろう?ほら、代表で死ぬ奴を決めろ」
「決めないのなら私が勝手に選んで勝手に殺す」
そういって立ち上がる女に全員が反射的に武器を向ける。
無駄な行為だとわかっているが、軍人としての癖、そして生き物としての本能には勝てない。
そうさせるほどの何かがこの女から発せられている。
「やめろ。やめて、ください」
「なぜ今になって止めろと宣う?」
「死にたく、ない」
「はぁ。先ほどから何度も言っているがお前たちはすでに一度死んでいるぞ?」
「その証拠が、ないから」
「堂々巡りだな、もういい。お前でいいか」
「ッ!!」
女が近くにいた男に近寄り、無造作に顔を掴む。
女に掴まれた瞬間に男の肌はやせ細り、ポロポロと肌が崩れ落ちていく。
皮膚が崩れ去り、筋肉が萎れ、頭蓋骨が軽い音を立てて砕けた。
その光景を前に男たちは声も出せずに眺めることしかできなかった。
『ずいぶん崩れるのが遅いな、やはり一度死んでから何かがあったと見るべきか』
崩れた頭蓋骨の破片を払うように手を振って崩れ去った男の遺体を見る。
すると、10秒もしない頃に粉々になった男の遺体が熱を持ち、逆再生のように体が再構成される。
生き返った男に〈不死隊〉の全員が目をむき、女もまた目を見開く。
「悪いな、実験だ」
「えっ、ぁあ"あ"あ"あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
生き返った男の頭をもう一度掴み、命を奪おうと試みる。
すると、やせ細り皮膚が落ち始めた時点で崩壊が止まった。
手を離せば、先ほどよりも速い速度で体の修復が始まる。
治りきったところでもう一度掴む。
今度はやせ細った時点で止まった。
5回ほど繰り返せば、隊員の男は女が触れても脱力感に襲われる程度まで影響を感じなくなっていた。
「繰り返せば耐性が得られるのか?それとも強く作り直されていく?はたまた自分の力が弱くなっているだけか?」
「……試すか」
呆然とする男を前に女は思案する。そして良い機会だといわんばかりに部隊の男たちを見据え、実験を繰り返す。
女は男たちに触っていき、体が崩れ去っていき、再構成される光景を見届ける。
逃げ回る隊員全員を強引に捕まえて実験を行い、いくつもの悲鳴が響き渡った後、女は満面の笑みで〈不死隊〉を見る。
「私は、与えることが出来る!!!」
「奪った後にその対価として!命を与えることが出来る!!」
「散ってしまった儚い命を救うように、新たな強い体で生き返らせることが出来る!!」
「なんてすばらしい……ついに、私は何かを生みだすことが出来たんだ!!」
目を爛々と輝かせながら男たちに語りかける。
その姿を見ているとなぜか心が高揚するような、敬う人から賞賛の言葉を聞いたような心地になる。
先ほどまでの嫌疑の心すら忘れ、〈不死隊アンデッド〉の心にはこの女に対しての「忠誠」が産まれていた。
何度も殺され、そのたびに強い体で生き返った。
殺されるたびに女に命を吸われた。
吸われるたびに女への負の感情が消えていった。
そして吸われたもの以上に大きな命を与えられた。
そして最後には、この御方に尽くしたい、この人のために生きたい。というような狂信に近い気持ちのみが残された。
軍所属死地捜索特化部隊〈不死隊〉は、軍という鎖を砕き、新たな命めいを与えてくださったこの神のような女性について行くことを決めたのだ。
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