それとの問答
「奴らの、殲滅……?」
目の前の女、虚の口から飛び出た言葉は、〈掃除屋〉たちにとって信じられない内容だった。
疑ってかかったのは〈掃除屋〉ではあるが、まさか自分に武器を向け、さらには発砲までした相手に対して協力関係を築こうなどと提案するとは思えなかったのだ。
「どうした?」
「奴らを殺すのがこの戦いの目的なのだろう」
「そこまでややこしいことを言った覚えはないぞ」
呆然としている場合ではないと、呆けた顔から軍人らしい凛とした表情に戻し、虚と向き合う。
「何が目的なのですか。確かにあの異形は私たちを脅かす危険因子です。駆除しなければなりません」
「しかし私たちにはここに住む原住民との交流を続けるために奴らと戦うのです」
「……何が言いたい」
「貴方には理由がないと言っているのです。確かに管理総督からの依頼ともあれば無視はできません。しかしあなたは東部管理局の人間ではないのだから、無視しても良いはずです。あなたが奴らを皆殺しにする理由はないのではないですか?」
虚の真意を問う為に放った言葉に対し、一切の躊躇いなく言い放つ。
「理由が必要か?」
「気分を害した、気に食わない、腹が立つ」
「これ以上に殺しに理由が必要か?」
「お前たちだって原住民との交流のために、奴らが邪魔だから殺すのだろう?」
「それと同じだ」
その回答に隊員たちは思わず黙り込む。
一瞬理解できなかったから?自分とは違う価値観の相手に引いていたから?
違う。
理解できてしまったからだ。納得しかけてしまったからだ。
そんな自分を信じることが出来なかったのだ。
元より規律が多く、他の管理局よりも礼儀正しいとされる東部管理局。その中で軍に所属する人物と言うのは、ただ腕が立つだけではない。
一部例外はあれど、人類の為に命を懸けることができ、高潔な意思を持っていると判断された者だけが成ることが出来る存在だ。
自らの為に敵を殺すことなど許されるわけがない。
あくまでも殺しは任務遂行の為だと、必要だから行うのだと、自分に言い聞かせてきた。
言い聞かせてきたのだ。
今回のこの戦いは軍本部からの指令だっただろうか。
今いる戦場は任務のために用意されたものなのだろうか。
共にいた別部隊の隊員がやられたその仇討ちという名目で、個人の感情で殺戮を行っていないと言えるのだろうか。
ここで「違う」と即答できた人物が存在しなかった時点で、この部隊の絶対的な正義は消えた。
【もしかしたら】
【そんな訳はない】
【ありえない】
うじうじと心中で言い訳をしたところで意味はないのだ。
一瞬でも納得しかけた時点でその意識が己の内に生まれていたということなのだから。
「あ……うぅ……」
なにか反論をしようと口を開けるも、一度感じてしまった負い目が邪魔をする。
そんな〈掃除屋〉を見て、虚は笑うでもなく、嘲るでもなく、意外そうな表情をした。
「お前たち、自覚があるのか」
「"軍"に罪を着せて言い逃れでもするかと思ったが、意外だったな」
「だとすれば言い過ぎではなかったか?」
「確かにな。しかし謝る必要はあるまい」
自己完結で自分への問いを終了させた虚は、自分の言葉を聞いて悩む隊員たちに対して、侮るような目線は一切送らずに問いかける。
「さて、どうする」
「その負い目は一生消えんぞ。気付いてしまったからにはな」
「しかし、気付かずに虐殺を命令のままにこなしてしまう機械よりは遥かにマシだろうさ」
さて、と武器を下ろした周囲の〈掃除屋〉をよそに立ち上がり、悩む様子を見ながら準備運動を始める。
虚だって彼女らの気持が分からないわけではない。
〈不死隊〉やクリスティーナと関わっている中で、殺しに対するボーダーが下がっていることに気付いたときはショックを受けたし、小一時間悩んだ。
しかしそれも自分だと受け入れ、殺す以上に蘇生すればいいと開き直った。
だからこそ虚はこの戦場に置いて知性の無い異形を殺すことに躊躇わないし、自分を利用しようとした可能性のある知性のある異形たちへの苛立ちと殺意を我慢しない。
この考え方を理解できるとは思っていないし、飲み込むのに時間がかかることは分かる。
だから、虚なりの優しさとして悩む時間は与えてやるのだ。
幸いにも、あの異形どもの歩みは遅く、悩む時間はある。
その間に自身と会話し、自分の中に違和感がないかどうかも確認する。
『今のところさっきのような違和感はない……か?』
「自己判断は出来んな」
「奴らに聞けるのなら聞きたいが……」
「もう少し待ってやるか」
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