それに望む
包囲された直後、〈掃除屋〉の誰かからあらぬ疑いを掛けられぬようにと弁明の言葉を紡ごうと口を開いた。
「あ――
刹那、空気を割くような破裂音と共に虚の左耳が吹き飛んだ。
有無を言わさぬ攻撃。明確な敵対行為であるが、虚は気にしていない。
急にミサイルで飛ばされてきた女が自分たちの話をほとんど無視して群れの奥までさっさと行ってしまったのだ。
怪しむ要素なぞいくらでもある。
近づいた瞬間に発砲されなかっただけマシだと考え、両手を上げる。
口を開けずに、何も発さずに。ゆっくり、ゆっくりと手を上げ、降参の意志を示す。
両手を広げ、服を風に任せてはためかせることで武器を持っていないことを言外に伝え、自ら即座に動けないようにその場に座る。
これで形としては完全に降伏したことになる。
普通の人間であれば即座に反撃が出来ず、座ったことで立ち上がるためのタイムラグも発生する。そんな状態で全方位から銃を乱射されてしまっては堪ったものではない。
そんな虚の姿勢を見て、〈掃除屋〉の面々は武器を下ろさぬままに少々警戒を解いた。
少なくとも先ほどまでの、少しでもアクションを起こしたら撃つ、といった緊張感ではなくなった。
「なぜ戻ってきたのですか? 奴らの群れの中に向かってから約半日、怪我をしている様子もなければ、疲労している様子もありません。表情こそ少々慌てたような雰囲気は感じますが、それだけで敵ではないと判断できるほど我々はあなたのことをよく知りませんので」
距離を保ったまま、照準を虚の頭に据え、油断なく言葉を伝える。
本部の情報からは友好的な人物だとは思えないし、実際にこちらに来たばかりの時会話した印象でも完全な味方と感じることは出来なかった。
異形を手も動かさずに片付けたその姿を見て、〈掃除屋〉全体で思わず救世主だなんだともてはやしてしまったが、異形を殺した力がこちらに向いたらと思えば、あの場で判断して騒ぐべきでなかったと部隊全体で反省した。
そんな暫定危険人物が目の前にいて油断なんてできようはずがない。
武器を握る手に滲む汗を手袋に吸わせながら言葉を続ける。
「あなたが私たちの味方であると証明できる何かはありますか? 異形の仲間、間者などではないことを今証明できますか?」
「無理だ」
女が声を発したことに一瞬警戒し、手に持つ武器を構えるが、なんら行動を起こさないことを確認して、空気を少し緩める。
「なぜ無理なのですか?」
「物的証拠などないからな」
「その場の記憶を覚えているであろうこの脳みそと」
「その真実を語るこの口を信じてもらうしかあるまい」
質問をしている女も、物的証拠を出すことを命令しても何も出さず、服の下に何も持っていないことを判断して、まず話を聞こうと会話を続ける。
「あなたの所属は」
「ない」
「部隊なんぞに所属していないし、軍にも所属していない。身分証もないしな」
「ここに送られたのは、軍の中の部隊と人物を引き抜こうとした対価だ」
「何をすればいいのかの指定は受けていないが、この戦いに加担して勝利させれば問題ないだろう?」
「伊那止殿辺りから連絡は来ていないのか」
所属なし、身分証もなし。
戦場に送られてきた経緯は聞いていた話と一致している。
軍部の伊那止の名前を出したことで虚言の可能性は減った。
しかし依然として疑いは晴れておらず、あの異形共の仲間になって戻ってきた可能性はまだ残っていた。
「初日に群れの奥へ行き、半日以上経っていますが、なぜ無傷で戻ってきたのですか? あの異形共が殺到して無傷でいられるはずはありませんが」
その言葉を聞いて、虚はきょとんとした顔で女を見た。
まるで「聞いていないのか?」と言わんばかりの表情。
「連絡を取ったのは伊那止殿ではないのか?」
「てっきり私の特性はすべて伝わっているものだと思っていたが」
少々考えて、あの場で〈不死隊〉の不死性は見せて伝えたが、虚自身の特性の話を一切していなかったことを思い出す。
「あー……私が悪いのかこれは?」
天を仰ぎながらどう説明したものかと思案するが、いい説明が思いつかなかったのでそのままに話す。
「私はそう簡単には死ななくてな」
「体の欠損程度ならすぐに再生する」
「さっき撃たれた耳もこの通りだ」
質問を投げかけてきた女へ自身の左耳を見せる。
先ほど消し飛び、周囲の皮膚や肉も削いでいた弾丸の後はかけらも残っておらず、そこにあるのは綺麗な白い肌。
それを見た隊員たちは息を呑んだ。
撃たれても再生するということは、今こうして包囲している状態もいま座っている女の気分次第でいくらでも突破が可能だということだ。
今のこの状態はこの女が自ら拘束に適した形にしているというだけで、実際にはただの尋問ごっこなのだといやでも理解する。
「な?」
「だから戦っても怪我はしないし、なぜか服も一緒に治るからな。戦った後だとは思えないだろうよ」
「さて、私のこの心意気に免じて話は聞いてくれないか」
「私がこうしているのもこちらが譲歩しているだけだと分かっただろう?」
「アイツらを殲滅する作戦を一緒に考えようじゃないか」
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