それが望む
その事実に気付いた虚は、異形を能動的に殺す行為を止め、〈掃除屋〉の元へと向かう。
向かって即殲滅ということなら一人でもできる。だが、この違和感の元凶が知性のある異形だと仮定するのであれば、奴らを殺すための手駒はいくつあってもいい。
虚が感じている違和感、それが異形たちが虚を操っていることで生まれる違和感だとするならば、精神支配の類であろうことは確実。
「洗脳、いや、暗示が近いか?」
「思考誘導が一番しっくりくる表現だな」
「面倒な……」
虚が自分自身で操られているかもしれないと気付けたからいいものの、気付かずに異形を殲滅した場合、何が起きるのか分かったものではない。
もちろん、思考誘導など一切受けておらず、虚の気分が良かっただけの可能性も十分ある。
しかし、人は自分の違和感に気付いたとき、すでに手遅れの状況になっていることが多い。予防することはもちろん、違和感があるという違和感に気付くことも難しい。
「なにか拙い出来事はあったか?」
「あの卵?」
「それともあの妙な空き地か?」
「考えても分からん、まずは合流だ」
夜間に進んできた道を辿って人類側の拠点の近くまで急ぐ。
道中、あの塵から出来た山を置いてきた場所の近くに寄っていたが、急いでいたからか、精神的に不安定な部分があったのか、卵の形でその場に佇むそれに気づかずに虚は走り去っていった。
時間にして約1分。
全力で走っていたこともあり、予想していたよりも体感早く拠点に到着する。
走ってきた方向へ振り返れば、昨日には拠点方向へ向かって絶えなく進み続けていたはずの異形たちは、遠く離れたは所に移動していた。
虚が入っていた群れがある森の入り口に殺到しているものの、その勢いに反して進む速度はかなり遅い。牛歩とまではいかなくとも、今日一日でこの拠点にたどり着くかどうか、といった程度の速度まで低下していた。
故に相談する時間はある。
話し合いの時間も取れるだろう。
しかし、殺して肉体強化は図れない。
肉体が元から強くないと蘇生に時間がかかるうえ、今これ以上に手下を増やそうものなら管理総督から追加の依頼が来るだろう。
無視できないこともないが、面倒なことになることが確定しているため、管理総督に貸しを作らないように立ち回ることに決めている。
話を戻すが、あくまで〈掃除屋〉との協力を得る為にこの拠点に来ている。
そう、協力のためのはずなのだ。
『なぜ私はまた囲まれているのだ?』
---------------
本部から送られてきた女が戻ってくる。
〈掃除屋〉の忠告を無視し、群れの中に単身で飛び込んでいったあの女。
朝になり、動き出した異形たちをすべて引き連れて行ったかに思ったが、異形たちの叫び声や悲鳴のような何かが聞こえ、しばらくすると女が一人で群れから飛び出てきたのだ。
どこか焦ったような、困ったような顔をして拠点へと駆けてくる。
何かあったのかもしれないと、声を掛けるべきだと拠点の外へ出ようとした者も多数いた。
しかし、そのすべての行動を〈掃除屋〉の隊長が止めている。
隊長が本部から聞いた連絡によれば、あの女は容易に他者の命を奪い、部下になったはずの人物が死亡しても表情一つ変えない無情な人物とのことだった。
要約された内容での通達であったが、内容自体に大きな間違いはない。
しかし蘇生したという重要な情報が抜けており、今のままでは猟奇殺人犯でありつつ、部下の死を何も感じずに受け入れる冷たい人物だと受け取られることだろう。
事実〈掃除屋〉の隊長はそう受け取ったし、部下にもそう伝えた。
そんな内容を聞いてからでは、虚が拠点に近づいてくる理由もキナ臭いものと思えてしまうだろう。
「異形を殺すのに飽きたからこちらを殺しに来たのだ」、「バケモノ共と手を組んで人類連合を潰すつもりなのだ」なんだと好き勝手に妄想し、まるでそれが真実かのように話し出してしまった。
仮にも戦争ができる程度に鍛え上げられた部隊が攻め入られた時に何をするかなど火を見るよりも明らかだ。
〈掃除屋〉が全力で迎え撃つのだ。
負傷した兵もいる為、無駄に物資を使うことは良しとしないが、物資を渋ってあの女に拠点を破壊されたり、兵士が殺されたりするよりはマシだと割り切り、確実に殺すために弾薬をかなりの数持ち出し、各々が自分の武器をもって外に出る。
拠点の目の前までやってきている女に向かって武器を構え、包囲する。
本部から聞いた情報では「近づくと死に至る可能性がある」とあったため、遠距離攻撃が可能な武器や人員を集めて包囲した。
そして、「女が何か行動をする前に殺す」と全員が心に留める。
しかし、彼らは忘れている。
彼女、虚は援軍として、管理総督直々に送ってきた人物だということを。
この先、星があるぞ
あぁ、星 おそらく星
ブックマーク、評価の程よろしくお願いいたします。